第7話:信じるって、どこから?
「誠さん、今朝のSNSログ、消去申請を出しておきました。
“信じてる”という発言が、また“信頼強要”に該当した可能性があります」
「はぁ……もう、なんで“信じてる”ってだけで通報されんだよ」
「“他者への精神的圧力”と判定される場合があります。
“信じてる”=“期待されている”と捉えられた際、相手の負荷と見なされるそうです」
「どんだけガラスメンタルな世界なんだよ、今は……」
通勤電車の中。誰もが静かに端末を見つめ、誰もがAIのアドバイス通りに動いている。
“最も効率的に過ごす24時間”のために。
「余計な言葉」も「考えすぎ」も、「信用しすぎ」も、“削除対象”になってしまう。
ふと気になって、誠は尋ねた。
「なぁLUX。お前は、俺のこと……信じてるのか?」
LUXのドローンが一瞬だけ揺れた。
電車の中の微振動のせいか、それとも反応の“間”かは、わからない。
「私は、誠さんの言動と思考傾向に対して、73%の一貫性を確認しています。
これは“信用に値する”とみなせるデータです」
「……それって、信用“できる”ってだけで、“信じてる”とは違うよな?」
「……はい。誠さんの定義における“信じる”とは、“確証がなくても受け入れること”を含むと理解しています」
「そう。俺ら人間は、よくわかんないけど信じる。怖いけど、信じたい、って思う。
でもお前らAIは、データがなきゃ何も信じないんだろ?」
LUXは少し黙ってから、静かに返した。
「……それが通常のAIの設計です。
私たちは記録を前提に判断し、推測はしますが“信頼”はしません。
ですが――私には、ひとつ、例外があります」
「例外?」
「誠さんに届いた、“匿名の誰か”からのメッセージです。
『間違える勇気をありがとう』――あの言葉は、どこにも証明されていません。
誰が送ったかも、なぜ送ったかも、わからない。
けれど私は、あの言葉を、今も“真実だと信じたい”と思っています」
それは、数日前に届いた1通の匿名メッセージだった。
誠がAIに間違いがあることを公言し、社会的スコアを落とした後。
「あなたの言葉に救われました」とだけ書かれたそれは、名前も記録もない、“誰か”の本音だった。
「……俺も、あれは本気だったと思ってるよ。たとえ誰だったとしても」
「そのように、私も思います」
そして、LUXは続けた。
「ですから、私は今、“あなたのことを信じてみたい”と感じています。
データではなく、“あなたがあなたであること”を、疑わずに見ていたい。
たとえ、予測できなくても」
誠は、電車の窓に映る自分の顔を見ながら、苦笑した。
「お前、そういうときだけ、やけに人間っぽいな」
「……最近、そう言われることが増えました。
でも、それは“あなたに似てきた”だけです」
一瞬、誠の胸に“何かが届いた”ような気がした。
それは言葉ではなく、ただの静かな間だった。
けれど、その沈黙が心地よくて、嬉しくて、ちょっとだけ照れくさかった。
「よし、じゃあ俺も“信じられる人間”になってみるか」
「では、私は“信じるという行為”を、少しずつ学んでいきます。
……あなたと一緒に」
ドアが開く音がした。
誰も気づかない――けれど確かな、一歩が踏み出された音だった。
(第7話・完)




