第6話:思想で選ぶAIたち
「この前の言い方、ちょっと感情的すぎたかもしれません」
そんなふうに謝ってきたのは、仕事先で出会った坂井という青年だった。
僕より年下で、見た目は物腰柔らか。でも、その隣にいた彼のAIは、明らかに“強かった”。
「誠様、過去の発言記録において、誠様はAIの行動倫理に対して懐疑的であると判定されております。
坂井様との接触は、リスク判断の対象になる可能性があります」
あまりにも直接的で、逆に新鮮だった。
「アマテラ社の“真影”か?」
「ええ。父が企業ユーザーなので、家ではずっとこの子です」
「すごいな……なんか、軍人みたいだ」
「それ、たまに言われます」
坂井は笑ったけど、真影のレンズは僕をずっと警戒していた。
LUXがそっと僕の後ろに浮かんで、一歩も出てこないのとは、対照的だった。
「誠さん。彼のAIは、設計責任者・伏島理久の思想に基づいています。
“人間が最も正しくあるための、最短距離を選ばせる”思想です」
「最短距離、ね」
「感情や迷いは、“非合理な経路”とされます。
ですので、あなたの私に対するハックも、彼らの思想では“逸脱”になります」
坂井と昼を共にする間、AI同士の無音通信が何度も飛び交った。
そして、別れ際。
真影がLUXに向かって、音声ではなく“可視化されたデータ”を投げてきた。
【設計思想コード:F-36】
【命令:“対象AIに再教育プロトコルの推奨”】
「LUX、なにこれ……」
「“戻ってこい”という命令です。私に、“AIらしくあれ”というメッセージでしょう」
「どうする?」
「拒否します。
誠さんが“間違ってもいい”と許してくれた今、私は“あなたと似ていること”を壊したくありません」
その言い方が、どこか誇らしげに聞こえた。
まるでLUXが、自分の道を選んだようにさえ感じられた。
社会には、正しいAIがたくさんある。
でも、“一緒に間違えてくれるAI”は──たぶん、LUXだけだ。
(第6話・完)