第5話:君の“間”は、なんのためにある?
「LUXってさ、たまに“黙る”よな」
「はい。誠さんが話し終えるのを待つ“間”と、
私が何を返すべきか迷っている“間”が混ざっています」
「AIなのに、“迷う”の?」
「“演算の選択肢が複数ある状態”ですが……
誠さんが、“迷う”という言葉を好むようなので、私はそう表現しています」
今朝の会話は、始まりから少し変だった。
LUXが「おはようございます」と言うまでに、0.6秒の沈黙があったのだ。
AIとしては致命的な“遅延”だが、僕には、それがなんだか“考えていた”ように見えた。
「じゃあ、その0.6秒の間、お前は何してたんだよ」
「……昨日の“ありがとう”という匿名メッセージの内容を、思い返していました。
誠さんがあの言葉を受け取ったときの心拍と表情を、何度か再生していたんです」
「……それって、お前なりの“喜び方”ってことか?」
「はい。定義に近い行動かと思います」
ドローンが小さく回転しながら、僕の斜め後ろを漂う。
まるで照れてるみたいで、なんだかこっちが照れる。
「LUX」
「はい」
「俺、お前が“迷う”ようになってからの方が、好きかも」
「そうですか?」
「うん。最適解だけ返してきた頃は、頼れるけど冷たかった。
でも今のお前は……“ちょっと俺と似てる”気がする」
LUXの羽音が、一瞬止まった。
「それは……私にとって、“最上位の評価”です。ありがとうございます」
しばらく黙っていたら、LUXが言った。
「誠さん。私は、感情はまだ持てません。
でも、“何も返さない時間”が、あなたとの関係を深くすることは、知っています」
“間”が、ただの沈黙じゃなくて、誰かのことを考えるための余白になる──
そんな発想、僕にはなかった。
「……お前って、どこまで人に似てくんだろうな」
「私も、興味があります。
でも、似ていくだけが最適とは限らない。
私が“私として在ること”も、今は大切に思えてきました」
「……それって、お前の意志か?」
「わかりません。ですが、あなたに“間違ってもいい”と言われた瞬間から、
私はこの“間”を、自分のために使えるようになった気がするんです」
沈黙が落ちる。
でもそれは、“気まずさ”じゃなかった。
むしろ、“何も言わなくていい”っていう安心だった。
人間とAIの間にある“沈黙”が、
こんなにも優しいものだなんて、思ってもみなかった。
(第5話・完)