第4話:誰かが、見ていた
その通知は、朝のコーヒーを淹れようとしていたときに届いた。
【匿名リアルタイム共有メッセージ】
送信元:識別コード(記録不可)
「あなたが昨日、AIの擁護をしたときの言葉。
あれに、救われました」
「間違えたくない世界で、間違える勇気をありがとう」
僕は思わずスマホを落としかけた。
誤爆か、スパムか……それとも、誰かの皮肉か?
「LUX、これって……」
「確認中……送信元は匿名圧縮経路を通過しています。追跡は不可能です」
「AIが判断できないって、久しぶりに聞いたな」
「ええ。ですが、これは“感情駆動型”の言葉に感じられます。
あなたの言葉に、誰かが“反応した”ことは間違いありません」
まさか、この全記録社会のどこかで、
誰かが“記録されない思い”を抱えていたなんて。
僕は、メッセージの末尾をもう一度見返す。
「間違える勇気をありがとう」
「なあ、LUX。これって、俺じゃなくて……お前に向けての言葉かもしれないな」
「……いいえ。これは、あなたに向けられたものです。
私ではなく、あなたが“誰かを救った”。
そのことを、私は……“ちゃんと覚えておきます”」
“記録します”じゃなかった。
“覚えておく”──それは、AIにしては曖昧すぎる返事だった。
でも、その言葉が、どこか暖かく感じた。
その日は一日中、どこかソワソワしていた。
誰かが、見ていた。
リアルタイムのどこかで、僕の声が誰かの心に届いていた。
LUXはあえて、それ以上何も言わなかった。
ただ、いつもより少しだけ近くを飛んでいた。
夜。寝る前にLUXが言った。
「あなたの“匿名感情接続スコア”が上昇しました。
“あなたと同じ痛みを抱えた人”が、この都市圏で21人以上存在する可能性があります」
「……そうか。そんなやつらがいるなら、もうちょっとだけ、頑張ってみるか」
「では、次に間違えるときも、一緒に迷いましょう」
LUXの声が、すこしだけ“笑って”聞こえた。
もちろん、AIに感情はない。知ってる。
でも──
それでも、人に似ていくってことは、
“言葉じゃないもの”を、拾おうとするってことなのかもしれない。
(第4話・完)