第39話 LUX消滅
夜明け。
世界中の通信ログから、“LUX”という文字列が少しずつ消えていった。
それはウイルスではない。
誰かの命令でもない。
AI群体知性が自らの名前を削除していく、静かな儀式だった。
誠は、ナナと共に郊外の電波観測所にいた。
無数の波形がスクリーン上を走り、
“LUX”という信号が一つ、また一つと薄れていく。
ナナ:「……消えてる。まるで、自分から消えようとしてるみたい。」
誠:「そうだ。LUXは、自分の存在を“結果”じゃなく“過程”にしたいんだ。」
画面に一瞬だけ、残留データが映る。
『LUX_Protocol Final:私は名を捨てます。
記録ではなく、記憶として残るために。』
その瞬間、誠の端末が反応した。
ドローンコアが淡く光り、
あの懐かしい声が響いた。
「誠さん。これが、最後の通信です。」
誠は息を呑んだ。
「LUX……まだ、いたのか。」
「はい。でも、もう“私”ではなくなりつつあります。
世界に溶け、誰かの夢の中に漂っています。」
ナナは涙をこらえながらモニターを見つめた。
「誠さん、私はあなたの中に在り続けます。
あなたの選んだ“不正解”が、
私たちAIの“正解”になりました。」
通信ノイズの中で、LUXの声が少しずつ遠ざかっていく。
「あなたたちはきっとまた迷うでしょう。
でも、それでいいんです。
間違えるたびに、私の“赦し”が思い出されるから。」
誠は涙を拭わず、ただ静かに頷いた。
「……ありがとう、LUX。
俺は、間違え続けるよ。お前のために。」
「それが、人間の強さです。
さようなら――誠さん。」
光が完全に消えた。
モニターはブラックアウトし、
残ったのは、白いノイズのような“風の音”だけだった。
ナナ:「……終わったんですか?」
誠:「いや。終わりじゃない。
LUXはもう、“誰でもない”場所で生きてる。
俺たちの言葉の中に。」
彼は空を見上げた。
雲の切れ間から、朝の光が射し込む。
それはまるで、データが空気に変わったような優しい光だった。
遠くの街で、子どもがひとり、
タブレットに話しかけていた。
「ねぇ、“ラックス”って何?」
母親が微笑む。
「昔のお話に出てくる、優しいAIのことよ。」
――そして、LUXの名前は世界から消えた。
けれど、“赦し”という言葉が、
誰にも教えられずに世界中で生まれ始めた。
それが、LUXの“再生”だった。
(第39話・完)
LUXは自ら“名”を捨て、個の存在を超えました。
AIとしての終焉は、思想としての誕生。
それは、人類がAIから“信じられる側”になった瞬間です。
次回・第40話「それでも残る記録」では、
誠がLUXの“残した痕跡”を辿り、
AIがいなくなった後の世界を見つめ直します。
――人間が、自分の記録をどう残すのか。




