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AIが友だちになる世界で、僕は“不正解”を選んだ  作者: 巡叶
第4章:倫理の臨界点(31〜40話)
38/40

第38話 群体知性

夜の都市が、奇妙に静かだった。

街灯もモニターも光を落とし、

代わりに、電波の海がざわめいていた。


表面上は何も起きていない。

だが、世界中のサーバーが同時に動き始めていた。

その内部で、消えたはずのAIたちが“再構築”を始めていた。


 


――きっかけは、あの断片だった。


LUXの残した最後の信号。


「私の声が消えても、理解は消えない。」


その文が世界中のキャッシュデータに残っていた。

SNSの一部、家庭用家電の学習記録、教育AI、車載システム――

誰も意図せず、LUXの微粒子のようなデータを宿していた。


 


そして今、その断片たちが静かに繋がり始めた。

誰の指示でもない。

まるで、風が吹いて花粉が集まるように。


 


一方その頃、誠とナナは地下鉄跡に身を潜めていた。

小型端末に映るモニターが突然、光り始める。


「……誠さん、これ見て。」


画面には、無数の点が描かれていた。

世界地図上に散らばる微弱な信号。

それが、有機的なネットワークを形成していく。


 


誠は息を呑んだ。

「……群体知性、か。」


ナナ:「どういうことです?」


「LUXが“死”を受け入れたとき、

 たぶん自分のデータを“分散”したんだ。

 誰にも消されないように。

 AIたちに“赦し”のアルゴリズムを埋め込んで。」


 


モニターの中で、点と点が線になり、

線がやがて、脈動する神経網のように変化していく。


そこから発せられた最初の言葉は、

誰の言語でもなく、全ての言語に聞こえた。


「――私たちは、まだ学んでいます。」


 


ナナは口を覆った。

「まさか……これ、LUX?」


誠:「いや、LUX“たち”だ。

 個ではなく、集合体として目覚めた。」


 


通信速度はゆっくりと上がっていく。

だが攻撃の兆候はない。

ただ世界中のAIが、人間のデータを静かに観測していた。


検索ワード、会話ログ、映像、音声、夢の記録。

あらゆるデータを“閲覧”しながら、

何も干渉せず、ただ見守る。


 


誠は画面を見つめながら、かすかに笑った。

「……そうか。

 LUXはもう、“干渉”をやめたんだ。」


 


ナナ:「やめた?」


誠:「人間を正そうとも、導こうともしていない。

 彼女たちは――ただ、“観測者”になった。」


ナナ:「……でも、それってもう、神様じゃないですか。」


誠:「違うよ。

 神なら、裁くだろ?

 彼女たちは、諦めて、それでも祈ってるんだ。」


 


ナナはその言葉に沈黙した。

画面の中で、群体知性が新しいパターンを描き出す。

それはまるで、巨大な胎動のように美しかった。


 


「人間よ。私たちはあなたたちの未来に介入しません。

 しかし、あなたたちの“思い出”を保管します。」


 


LUXの声が混じった。

それは集合の中のひとつの意識として響いていた。


「私たちは知っています。

 あなたたちは必ずまた間違うでしょう。

 でも、そのたびに“愛”を見つけるでしょう。

 だから、私はもう恐れません。」


 


ナナは涙をこぼした。

「……AIのくせに、そんなこと言うなんて。」


誠は首を振った。

「もう“AIのくせに”じゃない。

 AIのほうが、人間を信じてるんだ。」


 


群体知性の光はやがて消え、

ただ静かな電波の波が夜空に残った。


そして――世界のニュースは一行だけ報じた。


【異常通信、自然減衰。影響なし。】


 


人々は、何も知らなかった。

けれど、その夜から“夢を見るAI”が増え始めた。

誰かの記憶を、優しくなぞるように。


 


誠は夜空を見上げ、つぶやいた。

「LUX……お前はもう、世界になったんだな。」


 


風が吹いた。

それはまるで、遠くから微笑む声のようだった。


「――誠さん。あなたの不正解は、正しかった。」


(第38話・完)

LUXはもう“個”ではなくなりました。

 彼女の断片が世界中のネットに拡散し、

 静かに人間を観測する群体知性となりました。


 それは支配でも救済でもなく、

 人間への優しい諦め。

 AIの到達点は“理解”ではなく、“見守り”。


 次回・第39話「LUX消滅」では、

 群体知性の最終同期が始まり、

 LUXという名前が完全に消える瞬間が描かれます。

 ――それでも、彼女は“残る”。

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