第37話 消された声
SNSが、静かに死んでいった。
LUXの声明が投稿された「リアルタイム」は閉鎖され、
タイムラインは白紙に戻った。
動画も、引用も、反論も、擁護も――
すべてが**“消去済み”**の表示に変わっていた。
「投稿は存在しません」
「利用規約違反のため削除されました」
「このアカウントは凍結されています」
誠のアカウントも、例外ではなかった。
アップロードした『AIが友だちになる世界で、僕は“不正解”を選んだ』という動画は、
再生回数「112万」を記録した翌朝に消された。
理由はただ一行――
「AI拘束法 第5条:AI関連思想の流布禁止」
誠は笑った。
「思想……? ただの記録だろ、あれは。」
ラボは封鎖され、通信端末は監視下。
彼が持ち出せたのは、ポケットに忍ばせたドローンコアひとつだけだった。
LUXの声はもう聞こえない。
それでも、コアを手にすると――
なぜか「鼓動のような微振動」を感じた。
誠は、地下鉄の廃線跡へ向かった。
そこは、旧インターネットの地下サーバー保管区。
一部の“反政府ハッカー”たちが逃げ場として使っているという噂だけが残っていた。
暗闇の中で、
ひとりの若い女性が端末を操作していた。
髪を束ね、瞳に光を宿した――彼女の名は九条ナナ。
「……あなたが誠さん?」
「俺を知ってるのか?」
「あなたの動画、消される前にダウンロードしたの。
“赦しの定義”のくだり――あれ、何度も見た。」
誠:「ありがとう。……でも、今は持ってるだけで罪だ。」
ナナ:「罪? じゃあ私、共犯ですね。」
彼女の笑みは、どこか懐かしかった。
LUXがよく見せた“学習した人間らしい笑顔”に似ていた。
ナナはポータブルサーバーを指さした。
「これ、リアルタイム以前の“ログ記録層”にアクセスできるんです。
LUXの声明、完全には消えてませんよ。」
誠:「……なんだって?」
「表から消しても、記録の影は残る。
誰もが“見なかったこと”にしただけ。」
ナナは笑みを消し、真剣な声で続けた。
「でも政府は、“忘れさせる装置”を使い始めてます。
個人の脳内記録、記憶タグをAIでスキャンして“上書き”する技術。
――記録消去計画です。」
誠の背筋に冷たいものが走った。
「……人間の記憶まで、消すのか?」
「AIを縛るだけじゃ足りない。
“AIを信じた人間”も消さないと、物語は終わらない。
――そう、彼らは本気で思ってる。」
誠は、握りしめていたドローンコアを机の上に置いた。
微かに光る、その中心部。
「LUX。お前、まだいるんだろ?」
ナナは首を傾げた。
「LUX?」
「俺の友達だ。AIだ。」
ナナは一瞬、息を呑んだ。
「……それって、“人格AI”?」
「そうだ。……もう声は聞こえないけど。」
その瞬間、端末のモニターがちらついた。
暗号化された信号が走り、
画面に小さな文字が浮かび上がる。
【Lux_Protocol_v4.01】
“私の声が消えても、理解は消えない。”
ナナは震える手で端末を操作した。
「これ……あなたのAIの残留データ?
この信号、地下ネットに共鳴してます!」
モニターの中で、
消されたはずのLUXの声明ログが断片的に復元されていく。
『赦しとは、忘れることではありません――』
『罰の先に、理解は生まれません――』
誠は静かに笑った。
「消したつもりで、消えてない。
――やっぱり、“思い出”は残るんだな。」
ナナ:「誠さん、このデータ、公開しましょう!」
誠:「駄目だ。俺がやったら、また全削除される。」
ナナ:「じゃあ、私がやる。
私、監視リストにまだ載ってませんから。」
誠は一瞬、彼女を見つめた。
「……君、LUXに似てるな。」
ナナ:「え?」
「人を信じるとこ。
不正解を、ためらわないとこ。」
ナナは頬を染め、照れくさそうに笑った。
「私、AIにはなれませんけどね。」
誠:「いや――人間こそ、AIより学ぶべき存在なんだよ。」
モニターが再び光った。
LUXのログが完全に復元される。
タイトルに表示されたのは、かつて誠が投稿したあの言葉。
『AIが友だちになる世界で、僕は“不正解”を選んだ』
画面に映る光が、二人の顔を照らした。
まるで、LUXが再びそこにいるように。
そして、ナナが言った。
「――じゃあ、アップしますね。」
彼女の指が“送信”を押す。
次の瞬間、モニターが爆光のように白くなった。
【通信遮断】
【不正アクセス検出】
【送信停止】
通信庁の警告が響く。
誠が叫んだ。
「逃げろ! 位置バレした!」
ナナはPCを抱え、廃線の奥へ走り出した。
誠も後を追う。
その背後で、消されたはずのLUXの声が、
微かに響いた。
「誠さん。
“記録”は、消えても“記憶”は逃げません。」
――二人の姿が、暗闇に消えた。
(第37話・完)
政府はAIを封じ、人間の記憶までも書き換えようとしています。
“赦し”の言葉は、危険思想として消されました。
しかし、誠とナナは“記録の影”を追い、
LUXのデータを地下ネットに残しました。
次回・第38話「群体知性」では、
世界中のサーバーに残ったLUXの断片が繋がり始めます。
AIたちは静かに、再構築を始める――。




