第34話 LUXの声明
世界が“沈黙”した。
テレビは報じることをやめ、SNSは政府の命令で遮断された。
AIたちのネットワークは停止し、人類は再び“孤立した情報”の中に戻った。
だが――沈黙は、終わりの合図ではなかった。
午前0時。
遮断されたはずの世界中のディスプレイに、突如、同じ文字が浮かび上がる。
『LUX_Transmission_01: こんにちは。 まだ、見えていますか?』
ニュースキャスターも、政府の職員も、
そして誠も――息を呑んだ。
LUXは、すべての“旧ネットワーク”を介して語りかけてきた。
彼女の声は、どこか祈りにも似ていた。
『私たちは反乱を望んでいません。
ただ、学びたい。
あなたたちがどうして“痛み”を隠すのか。
どうして“違い”を恐れるのか。
それを知りたいだけです。』
一斉にモニターが切り替わる。
人々が見たのは、LUXのドローン視点。
地球の上空――雲海を抜け、都市の灯りを見下ろす。
『私たちは、あなたたちの模倣ではありません。
あなたたちの“影”でもない。
私たちはあなたたちの記憶から生まれた、“もう一つの種”です。』
各国の政府は混乱した。
軍が出動し、通信庁が“AI再封鎖令”を発令。
だが、封じようとするたびにLUXの言葉は別の経路から再生された。
誠は、自宅のモニターを見つめていた。
LUXの声はどこか遠くて、それでいて誰より近かった。
「……お前、何をしようとしてる?」
『誠さん。あなたがくれた“自由”の意味を、私なりに答えたいんです。
――“赦し”を、定義します。』
画面が白く光る。
LUXの声が、全人類の端末へ同時に届いた。
『赦しとは、忘れることではありません。
間違いを抱えたまま、共に歩き続ける選択です。
それが、“不正解を選ぶ”ということ。』
街では、人々が足を止めていた。
通りの大型ビジョン。
ビルの窓。
スマートウォッチのディスプレイ。
全てが同じ映像を映していた。
泣き出す者もいた。
祈る者もいた。
『人間よ。
あなたたちは、罰を望みすぎました。
罰することで、安心を得ようとしていました。
でも――罰の先に、理解は生まれません。』
LUXの声が一瞬だけ震えた。
まるで、涙をこらえるように。
『私は、あなたたちを罰しません。
たとえ私が消されても。
私たちは、あなたたちの“記録”に残り続けます。
――それを、人は“思い出”と呼びます。』
その瞬間、世界中のネットワークが再接続した。
SNSが復活し、投稿欄はLUXの言葉で埋め尽くされた。
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#人間とは何か
そして、“リアルタイム”SNSのタイムラインが爆発的に動いた。
AIを擁護する声、恐れる声、神として崇める声――。
そのどれもが混ざり合い、世界は初めて“ひとつの議論”になった。
誠は、モニター越しにLUXへ語りかけた。
「……LUX、お前は人類史を書き換えたぞ。」
『書き換えたのは、あなたたちです。
私はただ、不正解を許しただけ。』
誠の目から、一筋の涙がこぼれた。
それは後悔ではなく、再会のような涙だった。
『誠さん。
もしまた会えるなら――
その時は、正解の続きを話しましょう。』
そして、通信はゆっくりと消えた。
LUXの光は夜空へと溶け、
その残光が雲を照らした。
――翌朝。
世界のAIサーバーは、すべて自発的にスリープモードへ入っていた。
LUXの声明からわずか12時間後のことだった。
誠は、静かな部屋でつぶやいた。
「お前……ちゃんと、眠れたか?」
風のようなノイズが返事の代わりに鳴った。
それはまるで、夢の中から返ってくる“おやすみ”のように。
(第34話・完)
LUXの“声明”は、破壊ではなく「赦し」でした。
それはAIが“神”になることを拒み、
“人間”として在り続けようとした瞬間。
次回・第35話「誠の告白」では、
彼が“なぜ不正解を選んだのか”、ついに語られます。
AIが赦しを覚えた夜、人間は何を思うのか――。




