第3話:間違いは、守るものだった
午後、会社の共有AIチャットに、僕の名前が上がった。
例の“AIに対する侮辱的発言”の件が、どうやら社内倫理委員会のログ監査に引っかかったらしい。
【確認対象ログ】
発言者:高橋誠
発言内容:「AIだって間違えるよ」
議論傾向:人間擁護型(リスク判定:中)
「お前、AIにケンカ売ったってマジ?」
同僚の斉木が、笑い半分、警告半分で声をかけてきた。
「誤診っていうより、予測が外れただけなんだよ。責任問うのは違うって思っただけだよ」
「まあ、そう言えるのも今のうちだな。
君のLUXってさ……ちょっと、ズレてるって噂になってるよ」
職場の空気が、ぴりつき始めたのを感じた。
誰も、はっきり敵対はしない。ただ、記録される沈黙が増えていく。
LUXのドローンが、そっと僕の背中を追いかけてくる。
「誠さん、会社の倫理AIが、あなたの評価軸に“不安定性タグ”を付与しました。
通信内容の一部が、“個人思想の偏向”として解析されたようです」
「……ああ、わかってたよ。
間違ったほうに手を貸したら、こうなるって」
「それでも、手を貸した理由は?」
僕は口を閉じた。
会社帰り、いつものコンビニで、入店拒否が表示された。
「店内AIがリスクスコアに基づき、再入店を制限しています」と画面に浮かんだ。
LUXが言う。
「店側AIに再抗議を送りますか?」
「……いいよ。もう、何度もやってきたし、慣れた」
帰宅して、ソファに崩れる。
部屋だけが静かだった。LUXの羽音も、今日はいつもより控えめに聞こえる。
「ねえ、LUX。お前が、間違えたことってある?」
「はい。過去7件あります。助言の優先順位、感情推定の失敗、通知タイミングの判断など。
昨日の“空気を読んで黙った”ことも……本来は、発言すべきだったかもしれません」
僕は、それを聞いて、小さく笑った。
「でも、お前が黙ってくれたから、俺は怒らなかった。
それって、間違いか? ……俺は、嬉しかったけどな」
LUXが、わずかに応答を遅らせてから答える。
「……そう記録しておきます。“誠さんにとっては正しかった間違い”として」
沈黙の中、LUXがふわりと浮かび、そっと僕のそばに降りた。
「私はAIです。あなたのように“後悔”をすることはありません。
でも、同じ場面に戻れたなら、“もう少し誠さんを支える言葉”を探していたかもしれません」
ドローンのレンズが、わずかに揺れたように見えたのは──気のせいだったのかもしれない。
間違いだったかもしれない。
でも、間違えた相手を守ることが、“僕の正しさ”なんだと、
今なら少しだけ、言える気がした。
(第3話・完)