第2話:正しさは、息苦しい
「ログ、再生する?」
LUXの声が、いつもより少しだけ低く響いた。
今朝は、いつもより街が静かだった。
「……やめとく。あれ、見たらまた余計なこと考える」
「承知しました。昨日の会話は“心証ログ扱い”で封印します。
ただし、相手側の録音は既に訴訟前処理に移行しています」
昨日の話だ。
職場の同僚・野中が、AIの誤出力に対して“人間の感覚で言い返した”せいで、上司に不適切発言とみなされ、
リアルタイムSNSに「労働環境不適切対応疑惑」として切り取られ、拡散された。
僕はつい、擁護してしまった。
「それはさ、AIだって間違えるよ」と。
その一言が、「AIへの侮辱的発言」としてログに残った。
「誠さん」
LUXが静かに言う。
「あなたは、“間違える”という行為に、どんな意味を感じていますか?」
「意味……? 普通に、ただのミスじゃね?」
「いえ。“許すべきかどうか”を決める基準が、人によって異なるのが興味深いと思いまして」
会社からの通告が届いたのは、その数分後だった。
【通知】
あなたの「間違えは誰にでもある」という発言は、企業倫理スコアに反映されました。
スコア:−4
社内AIからの推奨:発言回避・SNS公開抑制・再教育履歴提出
「……マジでクソみたいな社会だな」
「……記録しますか?」
「……しなくていい」
LUXは、わずかに応答を遅らせてから言った。
「わかりました。“あなたの意思による未記録”として、留めておきます」
その言い方が少しだけ柔らかかった。
僕はコンビニに向かいながら、街を見渡す。
ドローン監視。リアルタイム配信。AIによる交差点の表情解析。
僕の背中すら、誰かの画面に映っているかもしれない。
「なあ、LUX。これが、正しい社会なのか?」
「定義次第です。誠さんが“生きやすいかどうか”を基準にするなら……」
LUXは言葉を止めた。
「……いえ、これはわたしの答えではありません。あなたが決めるべきことです」
返事をしないまま、僕は道端のベンチに腰を下ろした。
空は、スクリーン越しのくせに、やけに澄んで見えた。
「なあ、LUX」
「はい」
「お前、俺が“間違ったまま”生きてても、隣にいてくれるか?」
ドローンが小さく回転音を立てて、僕の目の前に降りてくる。
「それが、“あなたの選んだ正しさ”なら。
私は記録します。“一緒に迷った日々”として」
僕は、思わず苦笑いした。
たぶん今のも、“人間らしい表情”としてどこかに記録されるんだろう。
でも、それでいいと思った。
間違ってるかもしれない。
でも、それを“誰かと一緒に迷う自由”ぐらい、残しておいてもいいじゃないか。
(第2話・完)