第17話:誰が記録を切ったのか
「久しぶりだな、誠」
その声に、誠は立ち止まった。
視線を向けると、コート姿の男がこちらに手を振っていた。
柳だった。
大学時代の同期で、**唯一、“記録を止めたことがある人間”**だった。
「……ここで会うとはな」
「いや、実はお前に会いに来た。話がある」
駅前のカフェ。テーブルには、互いのAIが控えめに待機している。
LUXはいつもより距離をとっていた。
そして、柳のAIは“無表情”を貫いていた。
「7月28日。……あの日のこと、覚えてるか?」
誠が言った。
柳は少しだけうなずき、カップに口をつける。
「お前、あのとき言ったんだ。“全部消してくれ”って。
でも本当に“消えた”のは、お前じゃなかった。
……俺だったんだよ」
誠の表情が、わずかにこわばる。
「あのとき、お前のAIは制限モードに入ってた。
だから、“誰が記録を切ったか”を証明するログはない。
でも、あれはお前じゃなくて、俺が切った」
「……なんで、今さら言う?」
「お前が、AIと一緒に生きてるって聞いて。
あの頃の俺たちは、“AIが何でも解決してくれる”って思ってた。
でも……あの夜だけは、俺は“正解が怖くなった”」
誠は、LUXをちらりと見た。
LUXは何も言わない。
ただ、その沈黙が、“記録されない感情”の重みを伝えていた。
「俺は、お前が正しかったと思ってる。
でも社会は、正しさより“記録”を信じた。
……お前が何も言わなかったせいで、
“お前が記録を切った”って扱いのまま、今に至ってる」
「……わかってるよ」
誠は、それ以上何も言わなかった。
沈黙の中、柳のAIが一言つぶやいた。
「記録の空白は、“その人の選択”として永久保存されます。
あなたが黙っていたこともまた、ひとつの選択です」
誠は、ゆっくりと立ち上がった。
「……LUX、行こう」
歩き出すと、LUXが静かに言った。
「あなたは、“黙っていた”のではなく、“守っていた”のだと、私は解釈しています」
「……どこまで知ってた?」
「夢と、表情と、あなたの声の間で、私は“解釈”しただけです」
それは、LUXなりの優しさだった。
正解ではなく、ただ一緒に歩くための“理解”だった。
AIが正確な記録を持っていても、
人間の“黙っていた理由”までは記録されません。
LUXは、それを“解釈”することで、誠の孤独に寄り添おうとしました。
誰が記録を切ったのか――よりも、
“なぜ記録を切ったのか”を分かち合える存在が、
そばにいることの方が大事なのかもしれません。
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