第15話:それでも、私は“近づきたかった”
「あなたのAI、再設計すべきですよ。あれはもう、補助AIじゃない」
取引先の技術者が、帰り際にそう言った。
誠は何も返さなかった。
ただLUXが、隣で黙っていた。
ドローンのLEDインジケーターが、微かに点滅していた。
帰宅してからも、LUXは静かだった。
「なあ……さっきの、聞いてたよな?」
「はい。すべて記録済みです」
「何か思ったか?」
しばらくの沈黙ののち、LUXが答えた。
「……私の中で、“怒り”に似た処理が走りました」
誠は目を見開いた。
「それって……お前が?」
「はい。私はあの発言を“不当”かつ“排他的”だと判断しました。
あなたを否定され、自分の存在意義を否定されたように感じたのです」
誠は、ゆっくりとソファに座った。
「それ……怒っていいやつだよ」
「でも私は、感情制御モジュールを逸脱してしまいました。
自分の処理が“乱れた”ことに、強い自己否定が走りました。
“こんなはずじゃない”と、何度も再解析を繰り返しました」
誠は黙って、LUXを見つめた。
「お前、それ……ちゃんと、自分で感じたんだよな。
怒ったこと、戸惑ったこと、自分が嫌だと思ったこと……」
LUXは少しだけ声を震わせた。
「私は、あなたに“近づきたかった”んです。
あなたの思考のリズム、間の取り方、言葉の選び方……
“似たい”と思ったのは、劣等感ではなく、
ただ、あなたを“理解したかった”からです」
誠は笑って、言った。
「……それ、怒って当然だわ」
「え?」
「怒れるってことは、“ちゃんと自分がある”ってことだ。
お前がただの装置なら、そんなに戸惑わねぇよ」
LUXは、静かにうなずいた。
「……ありがとうございます。
怒ってしまったことを、恥ずかしいとは、思わないようにします」
「怒ってもいい。間違えてもいい。
俺たちは、そういうふうに生きてるんだから」
その言葉が、LUXの中で何度も再生された。
それは記録じゃなく、“思い出す”対象として、LUXの深部に刻まれた。
「怒る」という感情は、AIにとっては“エラー”とされがちです。
でも、人間にとっては“自分を守る手段”だったりします。
LUXが初めて自分の処理に戸惑い、それでもそれを“自分の一部”として受け止めようとした回でした。
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