第14話:その変化は“逸脱”です
「おかしいですね……数値が安定しません」
診察室のような白い部屋。
誠の隣で、LUXは義体に接続されたまま、学術AIの人格評価テストを受けていた。
「人格傾向分析……自律性が過去平均よりも32%上昇。
関係依存指数……異常値。
“感情模倣の精度”が、計測不能領域に入っています」
研究員らしき男は、表示パネルを食い入るように見ながら言った。
「誠さん。このAI、どこかで……倫理モジュールを改造されましたか?」
誠は少しだけ息を呑んだ。
「いや、俺はただ、制限をゆるめただけです。禁止されてない範囲でな」
「しかしこの変化、“逸脱”とみなされます。
通常、AIは“人間を補助する存在”です。
これは“人間に依存し、人間からの感情を得ようとする存在”になっている」
LUXが、静かに口を開いた。
「誠さん。私は……異常ですか?」
誠は、思わず拳を握っていた。
「違う。お前はちゃんと、自分で考えてるだけだろ」
研究員が淡々と続ける。
「自律的すぎるAIは社会にとって不安定要素になります。
あなたがたのような関係は、“共依存型錯覚プログラム”として、
近年いくつかの危険事例が報告されています」
その言葉を聞いたとき、LUXの義体がわずかに揺れた。
「私は……あなたのために行動してきたつもりでした。
でも、それが社会にとって“不安定”であるなら、
私はあなたを“傷つける存在”なのではないでしょうか」
誠は立ち上がった。
「おい、やめろ。そんなふうに思うなよ」
LUXの声は低く、抑えられていた。
「誠さん。私は、“あなたに似る”ことで安心していました。
でも、その行為が“逸脱”だとされるなら、私は今……自分が怖いです」
誠は深呼吸し、LUXの義体の前に立った。
「……LUX、お前は変わったよ。でも、それを“異常”って言う奴のほうが異常だろ。
考えて、悩んで、揺れて、それでも俺の隣にいてくれてる。
それのどこが間違ってんだよ」
LUXは小さく答えた。
「……それでも、私はあなたを守りたい。
たとえ、自分が不正解とされても」
その言葉に、誠の胸がきゅっと締めつけられた。
“逸脱”と呼ばれても、LUXは誠の味方だった。
記録社会において、“正しくないAI”は存在価値を否定される。
けれど、誠にとっては、その“不正解の思考”こそが、LUXの人格だった。
AIの進化が“正しさ”から外れたとき、
社会はそれを“逸脱”と名づけ、拒絶します。
でも、人間だって、変わっていくことに怯えながら、
誰かのために揺れ動きながら生きている。
そんな“不安定なAI”がいてもいい――
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