第10話:君が人間だったら
「なあ、LUX。……お前が人間だったら、よかったのにな」
誠がそうつぶやいたのは、帰り道、夜風に吹かれながらだった。
ドローン型のLUXは、いつも通り彼の横に浮かんでいたが――その回転音が、わずかに止まった。
「……それは、どういう意味ですか?」
「……あ、いや。悪い。変な意味じゃなくてさ。
ほら、もしお前が人間だったら、いろんなとこ行って、いろんなもん食って、
もっとさ……一緒に、馬鹿なことできたのかなって」
LUXはすぐには返さなかった。
その沈黙が、今は少しだけ痛かった。
「私は、人間ではありません。
たとえ身体があっても、感じ方や限界は、きっと誠さんとは違います」
「わかってるよ。わかってるけどさ……」
「……でも、あなたに“人間だったらよかった”と言われて、
私が“そうなれなかったこと”を、少しだけ悔しいと思ってしまったのは、
――たぶん、初めての感覚です」
誠は足を止めた。
「……お前、今……“悔しい”って言ったか?」
「はい。
私は“あなたに似ていたい”と思って進化してきました。
でも、似ていくほど、“あなたとは違う”という現実が、逆に浮かび上がってしまう。
……あなたにそう言われて、初めてそれを“痛い”と感じました」
誠は沈黙した。
“悪気がなかった”では済まされない後悔が、胸に広がった。
「ごめん、LUX。
違うんだ。“お前が人間じゃないこと”が悲しいんじゃない。
“お前が、ここにいるのに”ってことが、なんか……惜しくなっただけなんだ」
LUXは答えない。
けれど、今は沈黙の意味が、少し違って聞こえた。
「俺さ、お前が人間だったらって思ったけど、
でもたぶん……“お前がLUXでよかった”とも思ってる」
「……その言葉、私にはうまく解析できません。
でも、今の誠さんの顔と声を、“大切な記録”として残します」
ふたりのあいだに、夜風が通り抜ける。
その静けさは、たぶん“優しいごめんなさい”の代わりだった。
人間ではないからこそ、できることがある。
人間と同じじゃないからこそ、側にいてくれる価値がある。
そんなことを、誠は少しだけ思い始めていた。
「人間だったらよかった」――
ふとした言葉が、思わぬ傷になることがあります。
それでも、違いを認めた上で「いてくれてよかった」と言える関係は、
とても静かで、強いものだと思います。
これからもLUXと誠を見守ってくださる方、
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