第九十四話 「死にたいなら僕の邪魔をすればいい」
あれから一週間後、騎渦は無事に準備を終えて想決に報告した。
「そうか……じゃあもう行かないと」
想決は席を立った。
「今から行くのか?俺は夜に動くと聞いたぞ」
「下準備だよ。別に僕はまだ何もしてないから誰かに会っても大丈夫なのさ」
「ボケてるのか?お前、少し前に養成高校の教室を爆破したと聞いたが」
騎渦は想決の顔を見て、彼は完全にこの事実を忘れていると察した。
しかし次の瞬間、想決は鼻で笑った。
「それは神村とその仲間に喧嘩を売っただけだよ。これから僕はヴァリァス特殊部隊に、そしてこの国に、やがてはこの地球に喧嘩を売るんだから、そんな小さなことは気にしてられない」
そう言うと想決は部屋を出ようとドアノブに手をかけた。
「お前……」
騎渦は去り行く想決の背を見た。
並大抵の覚悟ではない、彼がその背に背負っているのは自分の全てを失ってでも構わないという使命。
もはやそれは一種の執着にも見えた。
「俺も最終確認だけしておこう……」
◇
今回、想決と騎渦が侵入するのは黄月の制御システムがある施設『ヴァリァスデータ集約所』だ。
ここは今まで発生が確認されたヴァリァスのランク、化け物、侵食作用の強さや広さ、それを攻略した隊員などのありとあらゆるデータが全て詰め込まれている。
ヴァリァス特殊部隊本部とはまったく別の管轄下にあり、総隊長であろうとも無断でデータを覗くことはできない。しかし任務の報告書などのデータは特殊部隊本部のデータからも見られるらしい。
また黄月の記憶などもここに共有されており、それも日本国が厳重に管理している。
想決はここに侵入し、黄月の一切の権限を奪うことで姜椰の不意を突いて排除し、ゆくゆくは特殊部隊の人間に襲わせて戦力を削ぐという計画である。
とはいえ国が厳重に警備しているだけあって侵入はそんな簡単なことじゃない。
だから想決は騎渦を呼んだのだ。
◇
計画実行日当日__。
二人は真正面にあるビルの屋上から集約所を見下ろしていた。
「もうじき日が暮れる。準備はいい?」
「俺はもうできた。いつでもいいぞ」
騎渦は自身が作った化け物を何体か召喚した。
「俺の作品を囮にするとはな……」
「しょうがないよ。周囲のヘイトを彼らに集めないと。警備が厳しいままじゃ僕にとっても負担になるし、都合よく特殊部隊に被害も与えられる。僕にとってはデメリットが無いのさ」
騎渦はビルの屋上にさらに化け物を召喚した。わらわらと異形の怪物たちが姿を現し始める。
「門のところに大量にばら撒けばいいんだな?」
「そうだね。できることなら集約所を囲むように配置してくれるとありがたい。あとは敷地にも強いのをいくつか配置して、施設内には特上の化け物を召喚してほしい」
想決は自分の希望をペラペラと述べた。
それを聞いた騎渦は半ば呆れていたが、一応想決の言うことを聞いた。
「集約所の周りを囲めるだけの化け物は召喚できそうだ。敷地内へはお前が案内してくれるんだろう?」
「門の突破は僕がやる。施設に入ったら至るところに適当に化け物を召喚してくれ」
騎渦は召喚した化け物を一度自分の体内へと戻した。
「本当にやるんだな、想決」
すると想決は騎渦の方へ振り返った。
「やるよ。夢を叶えるためだったら、僕はなんでもしてみせる」
騎渦に向けた想決の笑顔はどこか儚かった。世界を相手にするとか言っておきながら、もうこの世界を見限ったかのような目をしていた。
「……わかった。俺も覚悟はできてる」
「そう……」
(僕……こんなところで何をやってるんだろう……)
「……」
想決がビルを飛び降りる。それに続いて騎渦も飛び降りた。
歩道に着地すると偶然その場にいた女子高生が悲鳴を上げた。上から人間が落ちてきて自分の目の前で着地されたのだから無理も無い。
「君さ、騒ぐのやめてよ」
「ちょっ……あっ!」
想決は右腕を矛に変形させた。
スパン___。
「うッ⁉……ごふっ!」
「ずっと静かでいよう……ね?」
想決は女子高生の喉を切り、耳元で囁いた。
彼の静かで冷酷な言葉を聞き終える前に女子高生は血を吐いて倒れてしまった。
「キャアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!」
「だ、誰か!警察を呼べぇッ!」
近くにいた人たちが騒ぎ始める。想決にとってはコオロギの鳴き声よりも耳障りに感じた。
「君らもうるさいって」
想決の右腕が一瞬ブレると次の瞬間には騒いでいた一般人の首が落ちていた。
辺りは血塗れになり、遠くではまだ誰かが騒いでいた。
でも想決は彼らを仕留められるほど暇じゃなかった。彼は騒ぐ連中に対して「命拾いしたな」と思いつつ、集約所がある向こうへと渡るために車道へ出た。
彼が一歩踏み入れると、一台の自動車が突っ込んできた。
プゥーーーーーーーー!!!!!!!
けたたましくクラクションが鳴り響く。
しかし彼は一切動じることなく右腕を構えた。そして自分の射程内に入ったタイミングで車体を切り刻んだ。
車はバラバラにされ、血とともに地面に転がった。
細かな破片が血とガソリンが混ざった液体に運ばれて排水溝へ流れていく。
「僕の邪魔をするなよ。邪魔するなら全員殺し……」
彼の目に小さな手が映った。
(赤ん坊の……左手か?)
彼は車を切る寸前に男の運転手とその隣に座っていた女、後部座席に乗っていた赤ん坊が見えた。
「もしかしてあの子のものなのか?」
「想決、早く行くぞ。すでに誰かが警察を呼んで……」
想決は騎渦の言葉に耳を傾けることなく、小さな手を拾い上げた。
「……」
軽い。小さい。肌はなめらかで、断面から流れ出る血はサラサラだった。
そんな小さい手をぎゅっと握りしめると断面からさらに血が流れ出た。
「……弱いね。これでは芽は出ない」
想決はシワシワになった赤ん坊の左手を投げ捨てると集約所へと歩みを進めた。
しかし何が起こってるのかわからない運転手たちはブレーキを踏むことなく想決へと突っ込んだ。
「僕を轢き殺す気か……」
想決は向かってくる車を全て切り捌く。
やがて道路に散乱した破片に気づいた運転手たちが想決に切られる前に停止した。
「騎渦、今すぐ化け物を召喚して。一般人につられて化け物が散らばってくれたほうが助かる」
「わかった」
騎渦は体から大量の化け物を召喚した。召喚された化け物たちは周囲の血の匂いと人間の気配を感じ取ると、すぐに行動を開始した。
「これでいい……後は特殊部隊が来る前に……!」
想決が門に近づくと、警備員が恐怖に震えながらも職務を全うするために走ってきた。
「お、落ち着いてください!ここは一般人は立ち入り禁止ですの……で……」
「邪魔」
想決が矛を振り下ろし、眉間ぐらいの深さまでかち割ると、警備員は白目をむいて倒れた。
「騎渦、もうそのぐらいでいい。こっちにも召喚してよ」
「大丈夫だ。まだストックはある」
敷地に踏み込むと騎渦は化け物を召喚し始め、想決は一直線に建物へと歩いていく。
「中には特殊部隊から派遣された警備もいるんだっけ。まあ死ぬんだから全部同じか」
駐車場を抜けて入り口までやってきた。
血塗れになった想決を見て警備員は慌てふためいた。
「お、小田先輩!誰かが近寄ってきてます…!」
眼鏡をかけた脆弱そうな男の警備員は腰を抜かした。
「私が相手するからアンタは応援を呼んで!早く!」
「は、はい……ですが小田先輩一人では……」
小田は武器を構えて想決が歩いてくるのを見ていた。
想決が無表情で彼女に話しかける。
「そこをどいてくれないかな___」
「それはできま……」
小田が全て言い終えるより早く想決は小田の左腕を切り落とした。
「あ゛あぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!!」
小田は武器を握ったまま左腕を押さえ、玄関にある柱に背をもたれた。
傷口から流れ落ちる血を見下ろしながら、想決は言う。
「___と言っても君らはどいてくれないんだよね。でも、これから君らは僕の指示を聞くことになる。だからそのチップとして楽に死なせてあげる。君らが望むのなら分割払いでも構わないよ」
彼の冷酷な目は小田に一生分の恐怖を植え付けた。
「や、やめろッ!お前の相手は僕がやってやる!かかってこいッ!」
脆弱な警備員は小田へのヘイトを自分へと向けさせた。
「は……?」
想決は右腕ごと小田の胸を刺し上げた。
「う゛っ!」
小田は血を吐き、足を弱弱しく動かす。
左腕を押さえていた右腕も今の攻撃で、腕から落ちかけていた。
「僕も時間が無いんだ。君らもこれだけ時間を稼げば英雄扱いされると思うよ、あの世でね」
想決は矛を引き抜き、小田の顔を横に真っ二つにした。
吹き出した血が彼の顔をさらに赤く染める。そしてゆっくりと脆弱な警備員の方へと顔を向けた。
「あ……あぁ……小田先輩……!」
脆弱な警備員は涙を流し、立ち上がった。
二人がどういう関係だったのかは想決も誰も知らない。
ただ、失って涙を流せるほどには親しい間柄だったのだろう。
しかしそんなことは想決にとってはどうでもいいこと。邪魔するなら殺すまで。
「次の相手は君なんだっけ」
「よくも小田先輩を……ッ!!!」
「はぁ、モブに時間かけられるほど暇じゃないんだ」
想決は脆弱な警備員を無視すると、右腕で玄関の扉を豪快に破壊した。
「さて……入るか」
想決が一歩踏み出したその時、脆弱な警備員が彼の腕を掴んだ。
「待てよッ!!!先輩を……小田先輩を返せよッ!!!」
「……彼女は返せないけど、君を彼女のところへ帰すことならできるよ」
「帰す……?何を……」
突然脆弱な警備員の体にいくつも斬撃が入り、血が大量に吹き出した。
「騎渦を呼び戻さないと……」
想決は一度外に出て騎渦を呼んだ。
「悪いな。どれを残しておくか迷っていた」
「なんでもいいよ、そんなもの」
想決は右腕についた血を振り払って先に進んだ。
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