第九十一話 「色づく世界」
養成高校は冬休みに入った。
そして今日、クリスマスの日は俺が待ちに待っていた申奏とのクリスマスデートの日だ。
(一応朝早く起きて髪セットしたけど、ちゃんとできてるか……?まあただ櫛で髪とかしただけなんだが)
俺は心臓の上に手を置いた。
前回のデートの時よりもバクバクが止まらない。息もしづらい。
キョロキョロしているのも落ち着かないので斜め下を見ていると横から一人の姿が入ってきた。
「おはよう、待たせちゃってごめんね」
コートを羽織り、首に深赤色のマフラーを巻いた申奏が立っていた。
彼女は恥ずかしそうにしながらも、俺のことを見て笑っている。
その笑顔だけは絶対に忘れることは無いだろう。
俺はできるだけ平然を装いつつ、かといって楽しくなさそうな顔はしなかった。
はにかむ顔というか、ニヤニヤをこらえる顔というのか。俺の語彙力では表現できない。
「え、えっと……それじゃ行こ?」
彼女が俺の手を握り歩き出す。前を向いた時に彼女のポニーテールが揺れていた。
「っ……」
冷たい。やわらかい。俺の熱が吸われていく。
熱平衡を人肌で感じることってあるんだな……。
すると申奏が手を離した。
「あっ、ごめん……手、冷たかったよね」
俺は右手から彼女が消えて少しさびしく感じた。
「俺は別に大丈夫だ。だから……」
「!」
すっと彼女の手を握る。さっき俺の手が渡した熱はすでに彼女の温もりに変わっていた。
「……あったかい。もうちょっと強く握ってもいいかな……?」
「……いいよ。その代わり……俺も強く握りたい」
「あっ……うん……!」
お互いに手を強く握る。
彼女の手がしっかりと密着していることが俺の心が高揚していく。
暴風の中で打ち上がる凧のように不安定な軌道を描きながら舞い上がっていく。
(これ以上好きにさせないでほしい……!)
理性という糸が千切れれば、俺はどこまでも飛んでいってしまう。そう思った。
俺は空に向かって祈るのだ。
せめて、この風が止みませんように____と。
◇
二人は一日デートの場所として遊園地を選んだ。
彼女は入場早々、テンションが上がっていた。
「どこから行く?私はどこからでもいいよ!」
「俺は特には……あばばばばばばば!」
申奏は俺と繋いでいる手をブンブン振りながら子供みたいに笑っている。
「あ~ごめんごめん。つい嬉しくてはしゃいじゃった」
「た、楽しそうで俺も嬉しい……」
「そうだ!私さ、ジェットコースター行きたい!」
目を超キラキラさせてこちらを見た。
「申奏って絶叫系いけるのか?」
「一人だったら無理だけど、姜椰がいるからいけるよ!」
(何その謎理論……⁉)
そのまま俺は彼女に連れられてジェットコースターのところまで来た。
開園すぐ来たのでさほど待たずに案内された。
「私、ジェットコースター乗るの六年ぶりくらいな気がする」
「六年……か。俺が最後に乗ったのは……忘れた」
係員の人が安全確認をし終えると、元気な声で「いってらっしゃーい!」と言った。
皆のはしゃぐ声が飛び交う。
俺は下の景色と彼女の横顔を交互に見ながら、ジェットコースターが頂点に行くまでの長い道のりを過ごしていた。
「……怖いの?」
「……俺か?」
彼女の顔は平気そうな顔をしていた。
「いや、ほら顔がいつもより強張ってるから怖いのかなって思ってさ」
「今のとこは大丈夫だ。今のとこは……」
やがてジェットコースターは頂点まで到達し、ほんの少しずつ前へと進んでいく。
しかし俺は日頃の任務のせいで「死」に対する免疫ができすぎているが故に、微塵も恐怖を感じられなかった。
(恐怖心の無さは心の闇の深さ……これに何も感じない俺と申奏は、抱えるものが大きすぎるのかもしれない。だが俺が恐怖を感じない理由は別にある……)
ジェットコースターが急降下する寸前、俺は申奏の手を握った。
「……」
彼女が何か言っているが、風が邪魔して何も聞こえなかった。
時間は短く、すぐに一周して戻ってきた。
「楽しかったね。姜椰はやっぱり怖かった?」
「化け物に比べれば平気だ」
「落ちる寸前に何気ない顔して私の手握ったでしょ……!」
申奏はもたれかかるように背中を叩いた。
「怖いフリをする以外に君の手を握る口実が無かっただけだ」
「!」
彼女は足を止めた。
「……申奏?」
彼女は口を隠してもごもご何か言っている。
「別に口実なんていらないのに……!」
(だから丸聞こえなんだって……!!!!!)
地獄耳がこんなじれったいことを招くとは思わなかった。
「次のアトラクション行かない?」
「そっ、そうだね!何にする?」
「確か向こうに射的のコーナーがあるって書いてあったような……」
「射的……?」
次の瞬間には彼女の姿は消えていた。
「まさかもう行ったのか……⁉」
俺はダッシュで彼女の後を追った。
◇
「申奏……あそこか」
彼女の姿を見つけ、後ろから声をかけた。
「行くのが早すぎだ……」
俺の言葉には一切耳を傾けることは無く、申奏は無言で一発撃った。
「よし、命中……!」
彼女はガッツポーズをとった。
申奏が撃ったのはプラスチックの板だった。
そこには穴が開いており、穴にハマるようにコルクを撃たないといけないようだ。
「流石だな」
「あっ、どうかな……?今日はいつもより調子が良かったんだけど……」
「いつものことだが、俺は申奏の射撃の腕は世界一だと思ってる。でもそれを維持できるのは世界一になることより難しいこと……だから今の結果から申奏がどれだけ努力してるのかってのがよくわかる」
「あ……ありがとう……。そんな細かく見てくれてるなんて思ってなかった……!」
申奏は嬉しそうに笑った。
言わずもがな、かわいい。
「さて……次はどこ行く?」
申奏は完全に楽しんでいた。
「そうだな……ご飯でも食べないか?今なら空いてる頃だろうから」
「いいね。ちょうどお腹が空いてきたところなの。的狙うのに集中し過ぎちゃったかな……アハハ」
◇
二人は遅い昼食をとり終え、道をゆっくりと歩いていた。
「あ~美味しかった」
「ん~……まだ行ってないところは……」
俺はスマホの電源を点けた。
「もう四時か。お化け屋敷でも行かないか?」
「お化け屋敷……ッ⁉」
「やめとくか?他には……」
「いやっ、いや……お化け屋敷行こうよ。別に怖くはないから……!」
彼女の右手は震えていた。
(いくらなんでも分かりやす過ぎる……)
「大丈夫なのか?怖いなら他のとこはいくらでも……」
「大丈夫!私ならきっとビビらずにいける……はず!」
彼女は虚勢を張って足を進めた。
それから列に並び、日没が訪れた頃にようやく順番が回ってきた。
「いよいよだね……!」
「俺はお化け屋敷なんて入ったこと無いからよくわからないんだ。道案内は頼む」
「キャアァァァァァァァァーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!」
「いっ……⁉」
彼女は中から聞こえてきた悲鳴を聞いて体をガタガタ震わせていた。
「わわ、私に先を行かせる気⁉」
「……レディファーストだ」
「一緒に行こうよ……頼りにしてるんだからさ……!」
おそるおそる暗い建物内に入る。
「……意外と明るいんだな。豆電球くらいの明るさしか無いと思ってたんだが」
俺は何の躊躇いもなくズカズカと歩みを進めていく。
申奏は俺の手に引っ張られるように進んでいる。
「なんでそんな平気でいられるの⁉」
「なんで……?化け物に比べれば人間なんて怖くないからだよ」
「姜椰って大人だね……」
それから少し歩くと__。
「なかなかお化けが出てこないね……まあその方がいいんだけど……」
「変なフラグ立てないでくれ。もうすぐ出てくるはずだから……」
ガチャ___。
「キャァーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!」
急に真横の扉が開き、申奏が大絶叫を上げた。
「す、すみません!今少しよろしいですか⁉」
出てきたスタッフは何も施されてない、いわばただのスタッフだった。
「な、なんですか?」
俺はスタッフの焦った顔を見ておそるおそる聞く。
するとスタッフは自分が入ってきたドアを全開にした。
「実は園内でヴァリァスが出現したんです。ここからすぐ近くなので、お客様の身の安全を守るために参りました」
それを聞いて二人は数回頷いた。
ヴァリァスで幾度となく戦ってきた二人が「ヴァリァス」という単語に恐れは抱くはずは無いし、脅威とすら思っていなかった。
「ヴァリァスですか……」
「ランクはどれくらいかな」
申奏が予想し始める。
「俺の経験で言うならD」
「私もD!なんかランクがわからない時って大体Dだよね」
「これでAとかだったら面白そうだけど」
「あ、あの!お客様⁉」
二人はスタッフを置いて奥に進んでしまった。
「……ところであのスタッフさんは何しに来たの?」
「ヴァリァスが出現したって話じゃなかったか?」
両者ピタリと足を止めた。
「あ、しまった」
「あ、しまった」
申奏が急に慌て始めた。
「逃げろってことだったのかな……⁉」
「どうする、引き返すか?」
すると彼女はスマホでライトを点けた。
「そうだね、スマホのライトで建物が黒くなってないことを確認しながら進もう」
「了解……!」
俺達は狭い建物内を爆速で引き返した。
そして入り口まで戻り、お化け屋敷からの脱出に成功した。
「ふぅ……変な神経使っちゃった」
「肝心のヴァリァスはどこだ?」
「弾あったかな……」
申奏がバックの中を漁り始めた。
「申奏……銃を持ってきてるのか?」
「本体はあるけど、弾を入れてないの。だから弾丸があればいいなって思ってさ……」
ゴソゴソと中身を探しているが、弾は見つからないみたいだ。そもそもバックの中に弾丸が入っている可能性があるのか謎だが。
すぐ近くにはスタッフたちが他の客を誘導している。
このままここで弾探しになってしていたら従業員の手間をかけさせてしまうだろう。
俺は申奏に弾探しを止めるように言った。
「ここは他の隊員に任せよう。一般人の俺達が出る幕じゃない」
「……そうだね」
二人は出口まで急いだ。
そのタイミングで特殊部隊の車両が到着し、隊員がぞろぞろと中に入っていった。
「大切なデートの日くらいはヴァリァスから離れたかったな」
「怪我しなかったしいいんじゃない?気を取り直してさ、帰りにゲーセンとか寄りたい」
「そうだな。この近くには……」
姜椰はスマホで場所を調べ始めた。
「夜ご飯も一緒に食べたいな」
◇(二人はゲーセンに寄り、ディナーも共にした……)
満腹になり、ファミレスを後にした。
外は昼間より寒くなっていて、せっかく暖房で温めた体の熱が一瞬で奪われていった。
「そろそろ帰ろうか」
「うん」
二人は電車に乗って里弦駅(二人の最寄り駅)まで来た。
改札を出た後、なぜか気まずさを感じた。
俺達はまだ恋人同士じゃない。だから今夜、彼女に告白するのが定石なはず。
多分彼女の方も俺が次にする動作を察しているに違いない。
(でもいつ言えばいい……?できるだけ人気の少ないところがいいから……)
「東口まで送るよ」
「ありがと、私ももうちょっと一緒にいたい」
二人は手を繋がず、静かに無言のまま階段を下りた。
イルミネーションが夜空に輝く星と張り合っている。
二人はそこへ近づき、間近で光るライトを見つめた。
「今日は……誘ってくれてありがとう。久しぶりに楽しい日だった」
俺はできるだけ言葉を折って彼女に送った。
「……私も楽しかったよ。すごく……」
イルミネーションを見ながらお互いに黙り込んだ。
「申奏」
俺は彼女の名前を呼んだ。
「何……?」
彼女は少し震えた声で返事した。
俺はすっと彼女の方に体を向ける。
すると彼女もおそるおそるこちらに向き直った。
お互いの目を見つめる。
彼女の目がこんな輝いているのを今まで見たことが無い。
君に想いを伝えたい。
君を守りたい、幸せにしたい。いつも見せる笑顔を独り占めしたい。
それなのにどうして…………言葉が出ないんだ。
言いたいことが言えない自分を疑った。
(覚悟を決めるんだ……!自分に素直に、一瞬の勇気で……それだけで世界は変わる……!)
「申奏、君のことが好きです!俺と付き合ってくださいッ!」
俺は頭を下げた。
長い長い無言の時間が流れる。
どれだけ待っても彼女からの返事は無い。
(無理……だったのか……?)
心臓麻痺の前兆のような妙な感覚がしたと思えば、彼女は俺の肩を優しく掴んで顔を上げさせた。
「……」
俺が顔を上げると彼女の顔はうっすら光っていた。
いや、違う。
彼女の涙に光が反射していた。
彼女はニ秒ほど俺と視線を合わせると、俺が反応できないほどの速さで抱きついた。
「ううっ……私の方こそ……よろしくっ……お願いします……!」
「ッ……!」
告白を受け入れられたその時、視界の色が鮮明になった。
「白は二百色ある」って誰かが言っていたが、今の俺の目には全ての色に無限の種類が見えていた。
俺は何も言わずに彼女を抱きしめ返した。
頃合いを見て俺は腕の力を弱めた。
申奏もそれを察してか、腕を離すと今度はゆっくりと俺の顔に両手を添えた。
このあと何をするのかが、俺にはすでにわかっていた。
ドキドキが激しくなっていく。血が巡り過ぎて血管が千切れそうだ。
目を瞑った彼女の顔が近づいてくる。
彼女はゆっくりと唇を重ねる。
俺は手を彼女の背へまわし、優しく抱きしめた。
「ん……」
「……」
そっと唇を離し、お互いに恥ずかしくて目を逸らした。
それでもおそるおそる互いの顔色を見てしまう。
「もう一回……だけ……いいかな?」
「……ああ」
二人はもう一度唇を重ねた___。
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