第八十一話 「無限回廊の果て」
赤い目を輝かせる化け物はすぐに俺と月海を囲んだ。
俺達は互いに背を合わせて迫りくる化け物に刃を向けた。
無数の赤い点が今にも襲ってきそうに微かに揺れているのがさらに俺の緊張感を増させた。
「行くわよッ!」
「俺まで斬るなよ」
二人は化け物の中に突撃して剣を振るった。
月海の双剣は青い月を描くように光った。
そして頭数が多いはずの化け物は一方的に殺され、ついには暗闇に狂わされて同士討ちまでし始めた。
「神村、こっちよ!」
血が飛び交う中、彼女は元来た道を引き返した。
「ああ、今行く」
俺も出口に向かって走り出したその時__。
「!」
俺の地獄耳が不穏な音を感知した。
化け物の断末魔が鳴り続ける部屋の中で姜椰は、引き返す月海に近づいて彼女の腕を掴んだ。
「ちょっ……何するのよ!コイツらが我に返る前に早く戻るわよ!」
「ダメだ。理由は後で説明するからとりあえず奥に進むぞ」
俺は彼女と共に奥の道へと駒を進めた。
「は、はぁ⁉何考えてるのよ!」
二人が走り去ると同時にゆらゆらと揺れる人影が階段を下りてきた。
人影__若い青年は殺し合っているハイエナたちを見た。
「……脱走していたか。だがなぜ共喰いを……?」
争っているハイエナたちが耳障りだったのか、彼らを一瞬で粛清すると床に転がっている死体を蹴り上げた。そして宙に浮かんだ死体の頭部の毛を引っ張るようにして持ち上げると腹部を観察し始めた。
「腹を食い破られた痕……そして刃物による鋭い斬撃……」
若い青年は死体を部屋の隅の方に放り投げた。
「さっきの鳴き声の中に足音が混ざっていたような気がするが、どうやら間違いないようだな」
ブブブブブブ_____。
「こんな夜中に誰が……」
男はバイブが鳴る携帯を取り出し、通話に応じた。
「想決か。こんな真夜中に何の用だ」
画面の向こうから想決の声が聞こえてきた。
「今セキュリティの画面を見てるんだけどさ、そこって騎渦の管轄だったよね?」
「だから今、そこに向かってるところだ。わざわざ言う必要は無い」
「頼むよ。あそこの化け物が放たれたら処理が面倒なんだからさ」
「わかってる。全部確認しておく」
騎渦という名の青年は携帯をしまった。
「この研究所ほど闇が深いところも滅多にないだろうな」
血生臭い部屋の中で彼は呟いた。
◇
姜椰と月海は何も無い一本道を走り続けていた。
「どこまで行くのよ!そろそろ理由を教えてくれるかしら?」
「……」
俺は耳を澄ませて追手がいないことを確認した。
「黙ってないで早く教え……」
姜椰は月海の前に人差し指を翳した。
「静かにしないと聞こえる音も聞こえない。さっきのお前も少し注意不足だったぞ」
「……何が言いたいのよ」
「お前が階段の方へ向かっていたあの時、上の方から物音がした。俺達が入って来たからくり扉の音と全く同じの……な」
「アタシたち四人以外にもこの研究所に人がいるってこと?……」
「いてもおかしくはない」
月海は自身の後ろを見た。当然、誰もいなかった。
彼女は無言でさらに奥へと進みだした。
「行くのか?」
そう言うと彼女は立ち止まり、数秒ほど経った後に振り返って言った。
「道があるから」
「いい言葉だな」
「適当なこと言わないでくれるかしら」
それから出口を求めて歩いていると月海の足がピタリと止まった。
「な、なんなのこれは……ッ⁉」
「何かいるのか?」
彼女の横に立った。
「本当に研究所らしい部屋だな……」
そこにあったのは複数の檻とそこに収容された化け物だった。
全て俺が今まで見てきた化け物のどれとも似つかず、部屋に蔓延る殺気は段違いだ。
「これがこの施設の闇といったところか」
「生きててこんなおぞましい光景を見たのは初めてだわ……!」
月海はローブの袖で目より下を覆った。
確かにさっきから例え難い異臭もしている。
「ここは研究室とはまた別の部屋のようだな。一応見て回るか」
俺は先に部屋へと足を踏み入れた。
「あまり牢に近づかないようにしてよ。いくら閉じ込められてるとはいえ、襲ってくる可能性だってあるんだから」
「その心配は無い」
「ッ⁉」
月海の背後には騎渦が立っていた。
彼女からはその姿はよく見えないが、明らかに異様な空気を纏う騎渦を見て一瞬だけ恐怖を覚えた。
「誰⁉」
その声を聞いた姜椰も振り向き、月海の奥にいる人影を見た。
「やはり追ってきたか……」
「お前らこそ私の行く道を先回りしないでもらえるか。正直言って仕事の邪魔だ」
男がタバコに火をつけると彼の顔がうっすらと見えた。目の下には濃いクマができており、顔はやつれていた。
「さっきの化け物をけしかけたのもアンタなの?」
「あれはここから勝手に脱走したんだ。だから私は牢の鍵を確認しに来た……ただそれだけだ」
男はそう言うと、姜椰たちに敵意を向けることなく片っ端から鍵を確認し始めた。
「コイツは何者なの……?」
「想決の手下とかいうわけではなさそうだが……」
俺達がその場に突っ立っていると男は戻ってきた。
「そういえば一つ聞き忘れていた。赤目の狼を始末したのはお前らか……?」
男が鋭く俺達を睨む。
月海は剣を構えて言った。
「イエス……と言ったら?」
「……そうか」
男はそれだけ言うと俺たちに背を向けて引き返した。
俺達は戦闘に入ると構えていたが、あっさりと引き返されて拍子抜けした。
「ちょっと待って。帰る前に少し聞いてもいいかしら」
月海が男を呼び止めた。
「なにか……?」
「アンタは何者なの?」
男はタバコの火を踏み消し、体半分をこちらに向けた。
「私は騎渦。ARLではヴァリァスによって生じる化け物の研究をしている者だ」
「ここにいる化け物はアンタが管理してるの?」
「ああ、そうだ……」
ガチャン___!!!!!
「檻が開く音……?」
俺は音が聞こえた方に目を向けた。
小さな妖精みたいな化け物が暗闇から姿を現した。
「騎渦といったかしら。これは何の真似?」
「私は何もしてない。おそらくセキュリティー室で誰かが触ったんだろう」
俺は騎渦に尋ねた。
「こいつは倒してもいいのか?」
「お前らは手を出さなくていい。私が元に戻しておく」
「元に戻す……?」
騎渦はふらふらと漂う妖精に近づくと羽を指でつまんだ。
「お前らは出口はわかるのか。あの隠し扉が内側から開かなくなって、迷子になっていたんだろう?」
「俺達はただお前から逃げるためにここに来ただけなんだが……出口を教えてくれるのか」
「いつまでもこんなところにいられては私の作品に何をされるか不安で仕方ないからな。ついてこい、連れて行ってやる」
二人は騎渦の後をついていった。
◇
時は少し遡る__。
今川と黄月は少し焦っていた。
姜椰と月海の二人が消息を絶ったことで何かに巻き込まれたのではと心配していたからだ。
「あの二人はどこに行ったんだ?」
「もうこの部屋にはいないようですが……」
「黄月の機能は使えないのか。あれで周囲を……」
黄月は首を振った。
「すでに使いましたが、半径三百メートル圏内に二人はいません」
「三百メートル……⁉いつの間にそんな距離を歩いたんだ……!」
「どうしますか。あの二人を捜すか……先に進むか……私個人としては前者の方を勧めます」
「僕もそうするつもりだ。二人が去ったとして扉を開ける音はしなかった……つまり落とし穴や隠し扉がある可能性が高いな……」
二人は部屋を大雑把に見渡した。
だが隠し扉に繋がるボタンやレバーなど、それらしきものは何も見つけられなかった。
「床の音も全て異常なし……どういうことだ……」
「壁はチェックしましたか?」
「怪しい装置とかは何も見つからなかった」
「なにも隠し扉は装置で作動するものとは限りませんよ」
「……まさか!」
今川は周囲を見渡した。
白い壁には隙間なく棚が並べられている。
だが一箇所だけ、部屋の端だけ棚も何もない空間があった。
今川は、これだけ不自然な虚空があるにもかかわらず全く気にも留めなかった自分を情けなく思った。
そして壁に近づいてゆっくりと体重をかけた。
ガコ、スゥーーー___
「開いた……ッ!」
「神村殿や月海殿もここに入ったのでしょう。何が起こっていたのかはわかりませんが……」
「とりあえず後を追おう!」
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