第七十七話 「全てを金という土で被せれば」
俺は昨日の獅子との戦闘の疲れが取れないままに学校に向かっていた。
(明日は土曜日……明日は土曜日……)
どれだけ疲れていてもこの言葉で限界突破して今日も頑張れる。
現実世界にある史上最強の回復の呪文だ。
「あ、おはよっ」
疲れが溜まっていた朝に軽快なものに変えてくれたのは申奏の声だった。
「おはよう。まさか同じ電車だとは思わなかった」
「今日寝坊しちゃってさ……あはは……」
いつも俺が乗る電車は申奏より一本遅い。
だから登校途中で会うことは一度も無かったのだ。
「なんか新鮮だね。こうやって二人で登校するの」
「朝からちょっと気分が良くなった」
ちらっと隣を見ると彼女と目が合った。彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「私と会えて気分が良くなるのか……ふふ」
「っ……!」
俺が顔を背けると、彼女は俺の耳元で囁いた。
「私も……嬉しいよ?」
ちょっと照れ交じりな疑問形の囁きに心臓を撃ち抜かれた。
◇
十一月の極寒の中、彼女は長いマフラーで手をくるみ、体を丸めた。
「……最近寒いよね。手袋持ってくればよかった」
彼女の吐く息が白い霧となって空気に消える。
「どうして申奏は毎日早く学校に行くんだ?」
「家が居心地悪くてね……」
「あぁ……」
深堀りしてはいけない話題だと察した俺はすぐに会話を切り上げた。
沈黙が一分ほど続いただろうか。
彼女はさっきの話を細かく話し始めた。
「私のお父さんさ、ギャンブル依存症で負けると人とか物にあたるタイプなの。それのせいでできるだけ家にいたくなくて……」
「……ってことは君も暴力を振るわれたりしてるのか?」
「そうだね……昨日も寝る前に見たら新しいアザができてたし……」
「大丈夫なのか。そんな危ない環境で……」
「もう慣れちゃったかもしれない。気づけば当たり前になってて……」
「それなら……事が大きくなる前に俺に言ってほしい。心身どちらでも申奏には傷ついてほしくない」
「姜椰……ありがと。その時になったら頼りにするかも……」
彼女は俺に少しだけ肩を近づけた。
二人は学校に到着し、各々席に着いた。
申奏が椅子を姜椰の方に向けたその時、教室の後ろの扉が音を立てずに開いた。
「月海……?」
「え?」
彼女は想決がいないことを確認すると二人の席のところまで来た。
「朝っぱらから何かあったのか?」
「何を吞気なこと言ってるのよ……!」
月海は想決がいないことをもう一度確認するとスマホを取り出した。
「これを見て」
(養成高校の一年七組の生徒が連続失踪を遂げている……その内二人が死亡が確認されている……)
俺も申奏も文字の羅列を処理できなかった。
「何があったんだ……⁉」
「アタシも詳しいことはわからない。でもあのクラスには小林がいるから……」
(小林……どこかで聞いたことあるような気がしなくもなくもないような……)
「はぁ……なんで忘れるのよ。アンタが元創祭で戦ったあのデブよ」
「……アイツか。確か想決と同じ部隊だったはずだよな」
「大体の物騒な事件にはアイツ(想決)が関わってる気がするのよね……。七組の当事者である小林だけがこんな事態になっても冷静なままなのも怪しいわ」
ガラガラ__。
教室の扉が開き、想決の姿が視界に入った。
「もう来たか」
「じゃアタシは戻るわ」
月海はベランダから教室に戻っていった。
(小林が絡んでるとして……なんで自分のクラスの人間を手に掛けるんだ?……無理だ、アイツらが考えてることなんて他の人間が理解できるわけがない)
頬杖をついて考えていると想決が席を立ち、廊下に出た。
すると待ち合わせていたのか小林らしき人影が合流し、二人は足を揃えてどこかへ歩いていった。
「面倒なことになったな……」
「追いかけるの?危ないからやめた方がいいよ……」
「アイツらも学校で面倒事は起こさないはずだろうから大丈夫だ。すぐ戻る」
俺は二人の後を追った。
「大丈夫かな……」
申奏は不安そうに姜椰の背を見送った。
◇
想決と小林は体育館までやってきた。
そこから少し後ろにある入り口のところでは姜椰が潜んでいた。
(ここからでも十分会話が聞こえるな……バレないようにもう少し離れた方がいいか……?)
「ところで……そっちはどうなの?ちゃんと足がつかないようにしてる?」
「問題無い。あとは篠宮博士次第だ」
「ヴァリァサーを使うのは心が痛むんだけどね……まあ邪魔は消しておかないと後々痛い目に遭うからしょうがないね」
すると小林は想決を鼻で笑った。
「何が『心が痛む』だ。お前にそんな人間味があるとは思えんが」
「どこまで堕ちても僕は人さ。今はね」
(ヴァリァサー……ヴァリァス関連の何かか……?)
考えていると二人は体育館倉庫の扉を開けて中に入った。
「薄い本にありそうな展開……ダメだ、気持ち悪すぎて抜けない」
「相棒にそんな趣味が……おえ」
「いや、俺も薔薇は無理だ」
(会話が聞き取れないな……近づこうにも遮蔽物が無くてできない……)
「セイエイ、少し頼まれてくれないか」
「無理無理、なんで僕がカメラマンにならないといけないんだ。タイトルは『真冬の昼の__』……」
「お前はいったん薔薇の思考から離れろ。いいか、お前が壁に沿ってアイツらの会話を盗み聞きしてほしいんだ」
「(ナニをとは言わないが)やってたらどうすればいい?」
「黙れ早く行け」
(ここ最近、セイエイもインターネットに触れるようになってからネットミームにハマりだしたな……俺のスマホ貸すのやめようかな……)
セイエイは壁に溶け込みながら倉庫の中に入った。
外から見てもただの壁だから目視で気づかれる心配は無い。
倉庫中は冷え込んでいるのか、小林は両手をポケットに入れていた。
「ここで殺したのか」
「まあね」
想決は壁に近づくとあるものを見つけ、それを小林に見せた。
「ほら血しぶきのシミがまだ少しだけ残ってる」
(殺した……⁉誰を殺したんだ……⁉)
「警察からよく逃れられたな。賄賂でも渡したのか」
「ああ。それが一番早いからね」
想決は高く積み上がった跳び箱を座り、足をぷらぷらした。
「人を殺した割には気味が悪いぐらいに平常だな」
「慣れてるからね」
小林は壁が焦げた痕を指でなぞった。
「俺の興味本位なんだが……大体いくら渡したんだ」
「1……くらいかな」
「一億か……なかなかの額だな」
「一億?何言ってるんだ、十億のことだよ」
真顔で言う想決を見て小林は「はぁ……」と息を吐いた。
「田中角栄や金丸信でもせいぜいその半分だぞ。そんなに払って大丈夫なのか」
「バレるよりはマシだよ。警視総監とか上層部の人間に渡した総額だから、そんなに大金ではないよ。これからもお世話になるだろうし」
「今俺は、お前だけは敵に回さなくてよかったと思ってる」
「そんなに怖がらないでよ。幼馴染なんだからさ」
(そういえば相棒が言ってたな。佐宮って人を殺したヤツはこの相田想決という人物である可能性が高いって……まさか賄賂まで渡して証拠隠滅してたとは……!)
二人は倉庫を出た。
「想決」
小林は歩き去る彼を呼び止めた。
「……何?」
「ここで聞くのは間違ってるかもしれないんだが、何故俺にヴァリァサーの被験体を集めさせた。ヴァリァサーを作って何をする気だ?」
「もちろん利用するんだよ。生きる屍となった彼らを……一抹の欲すら無い彼らを使って僕の欲を満たすのさ」
「……アイツ(神村姜椰)を殺すのにヴァリァサーを使う必要があるのか。俺に任せるとこの前言ったはずだが」
「別にヴァリァサーを使うのは彼を殺すためじゃないよ。あくまでもとどめを刺すのは君の予定だから」
想決は急に走り出した。
バンッ__と左手を体育館の扉に打ちつけてブレーキをかけた。
「何かいたのか?」
後ろから小林が歩み寄った。
「……気のせいか。最近少し過敏になってるかもしれない」
「佐宮とやらの霊が見てたのかもな」
「いいキレ味の冗談だね」
二人が去った後、姜椰は上から降りた。
想決が走り出したことに気づいて体育館の壁に掴まっていたのだ。
「危なかった。咄嗟に『加速』を使って難を逃れられた……」
空っぽになった体育館に入り、セイエイを呼び戻した。
「大丈夫だったか、そっちに想決が走ってったけど」
セイエイが俺の手のひらで毛づくろいをし始めた。
「間一髪ってところだな。ところでそっちは色々聞けたか?」
「やっぱり佐宮を殺したのは想決だったよ。小林とやらにそう話してた」
「ッ……やはりそうか」
俺は体育館から足を踏み出す時に振り返った。
「佐宮……安らかに眠ってくれ。そしてアイツには相応の報いを受けさせると約束しよう……」
開いている窓の隙間から風が入り、体育館のカーテンがバサバサと揺れた。
まるでこちらに向かって手を振っているようだった。
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