第六話 「引き出された才覚」
地面があたたかい。触れている肌がそう教えてくれた。その暖かさは全身に血が巡るように広がっていた。
そういえば、あの戦いが終わった後に気を失ってしまったんだ。冬の布団の中のように居心地が良かったが、外で寝るわけにもいかないので目を開けた。
視界に飛び込んだのは全てが真っ黒に染まった駐車場だった。
(なんだこれは……)
暗黒の世界は目の前で崩れ去った。自分のいたところも崩れ、俺は果てしなく落ちていった。
最後に見たのは見下すようにその姿を見せる太陽だった。
「ハッ……!」
本当に目が覚めると記憶通りの場所にいた。近くには死んだ隊員たちが相変わらず転がっていた。
俺は自分の剣をしまい、これからどうするか悩んでいた。
(どうやって助けを呼べと……?)
隊長の無線機はあの化け物の光線で綺麗に真っ二つになっていた。他の隊員の持ち物を漁ろうとも思ったが、後で文句を言われたくなかったのでその場でボーッと突っ立っていた。
戦うことに意識を取られて気がつかなかったが、俺にはこのインカムがあった。なぜか震える左手で、マイクをオンにした。
向こうに聞こえるかはわからないが、とりあえず状況報告をすることにした。
「任務……完了しました」
それだけ言ってマイクを切った。
すると応援が駆けつけてきた。彼らは呆然と佇む俺と真っ二つになってしまった他の隊員たちを見るとすぐに行動を開始した。テキパキと死体の身元を把握したり、防犯カメラの映像を確認したりと手慣れていた動作で仕事をこなしていた。
やがて俺のところに隊員の一人が事情聴取に来た。
♢
「状況はわかったけど……よくCランクを単騎で倒せたね」
「そうですね……」
その場で適当に対応したが、俺の能力のことをあまり他人に知られたくない。あくまで適性のおかげで身体能力が上がっているという範囲で済ませたいのだ。
俺は病院に運ばれ、傷を治療された。その日は病院に泊まり翌日に帰るように言われた。
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ヴァリァス特殊部隊本部の一室で重役たちが面々を合わせて議論を交わしていた。
この議会を取りしきる総隊長、相田俊之は言った。
「やはりEランクは一般人と変わりない。ヴァリァスをまともに攻略できないなら、いない方が我々の負担も減る」
そこに口を挟んだのはSランク五番隊隊長の今川晴斗だった。彼は若くしてSランク隊員になった才能の塊を持って生まれた人である。
「だが、今のEランク隊員はどうするつもりですか。全員を強制的に辞めさせるか、Dランクに昇格させるかの二択ですよ」
「そうも限らないぞ。試験を設けて隊員たちを篩いにかけて一定の基準に満たなかった者を辞めさせるようにすれば不満も無く足手纏いを減らすことができる。実際に先日では、Eランクヴァリァス相手にCランク隊長率いる部隊が壊滅したそうじゃないか」
総隊長は見ていた資料を机に滑らせて今川に渡した。今川がその資料に目を通している間に総隊長は秘書に何かを準備させた。
「今川隊員、それで見てわかっただろう。もう少し隊員の基準を厳しくしないとそういう事態がこれからも多発する。我々は量より質に重きを置く組織である以上、これは真っ当な判断だと思うが?」
「わかりました。僕も異論はありません」
今川は資料を総隊長に返した。
すると部屋が暗くなり、一枚のデータが映し出された。
「これを見てほしい。これは先日入隊した隊員の一人なんだが、Eランクでありながら初任務でオーバーブレイクしたCランクヴァリァスを単騎で消滅させた麒麟児だ」
一同は映し出された少年を見てどよめいた。
「それに彼は入隊前にもDランクヴァリァスを単騎で攻略し窮地に陥っていた隊員を救ったことがある。私が求めるのはこういう未来の卵のような人材なんだよ。後日改めてこの少年と対話を試みるつもりだ」
総隊長を除く場にいた11名が黙り込んだ。そこに追い打ちをかけるように言葉を続けた。
「先程、Cランク隊員率いる部隊が壊滅したと言っただろう?彼はその場に居合わせていたんだよ。目の前で仲間を殺されて尚、化け物を仕留めるメンタルは諸君も見習うものがあるんじゃないか?」
それから隊員の階級には定期的に試験が設けられた。これによって思わぬ才能を持った人材の発掘を図り、無能を蹴落とすことができるようになった。
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退院した俺のもとにもその一件で通知が来た。怪我が時々痛むせいで日曜日は口癖が「いててて」だった。今日は月曜日で学校がちゃんとある。俺は端の席でスマホを見ていたのだ。
(試験か……具体的な日時が書かれていないし……。)
持ち前の地獄耳のせいで教室にいる生徒たちの声が手に取るように聞こえてくる。
「なあ、相田ってお父さんが総隊長なんだろ?どれぐらい強いんだ?」
(相田……この前の風船割りの時に無双してた奴か。しかも、総隊長ってマジか。)
「別に。父さんとはしばらく話してないんだ。」
質問してくる生徒に短く、そして冷たく答えた。
「この前の風船割りの時もすごく速かったよな。俺もお前に一瞬で割られてマジでビビったわw」
「それな。普通に、その身体能力が羨ましいわ。」
取り巻きたちは相田を持ち上げてるのか、それとも心から言ってるのかわからなかったが、なんか視線を感じた。お耳アンテナを最大にして聞いてみた。
「羨ましい?それより僕は今あの端の席で携帯を見ているヤツの方が羨ましいよ。」
「端の席?……アイツか。確か最後まで残っていた奴だよな。」
俺は聞こえてないふりをしてスマホに視線を固定した。だが、自分のことを話しているとわかっているせいか全く画面の情報が頭に入って来なかった。
「最後にコートの端の方で突っ立っていた彼を見て、捕食者から逃げ惑う獲物とばかり思っていた。
けど彼は幾度も僕の攻撃を躱し、時間が来たから終わらせるように風船を割った。その余裕さからは
強者の覇気というよりも、絶対に負けるはずがないという確信に裏付けられた油断さえ見えた。」
「アイツって話しかけにくいんだよな……多分話せば良い奴なんだろうけど。」
(おお、嬉しいこと言うね。)
「でもさ、相田が羨ましいって言うほどの人間だぞ。あれだって絶対、全力なんかじゃない。そう考えるとゾッとしてくる。」
「まるで力を隠してる主人公みたいだなw」
「確かに主人公席だもんな!」
「声でかいって!」
耳にシャッターを下ろして何も聞こえなかったことにした。取り巻きたちの笑い声が一限目の開始のチャイムの音を濁らせていた。
最初の授業は数学だった。先生が教壇でなんか言ってるのに俺はストップウォッチをポケットから取り出し、「加速」を発動した。
(時間の経ち方で加速倍率を計算できる。これをより遅く、そして持続できるようにすればやがて疑似時間停止もできるようになる。)
客観的に見れば、授業中にストップウォッチを使ってる変人だが、訓練の一環です、って言えば先生も理解ってくれそうな気がする。(そんなはずは無い)
数字はゆっくりと進んでいった。現時点では体感の一秒で数字が0.5秒ほど増えていることから普段通り加速倍率は倍程度とわかる。この状態だと、周囲の動きの相対速度は俺から見て半分の速さになる。
先週の土曜に戦った時はこのぐらいだったが、一体どこまで遅くできるのだろうか。
なんか寄り目をするようなノリで体に力を入れるとストップウォッチの数字の増え方は一気に小さくなった。ストップウォッチは一分ぐらいを示していたのでリセットするために「加速」を解除した。
すると時間は元通りに進め始め、ストップウォッチも大急ぎで数字を増やしていった。
(じゃ、全力でやってみるか。)
ストップウォッチのスイッチを押し、「加速」を発動した。
(さっきより少し遅くなるくらいが限界みたいだな……)
つまり現時点で、時間は従来の33%ぐらいになると判明した。そしてその時、右手に握っていたはずのストップウォッチが手から滑り落ちた。それと同時に能力が強制的に解除され、息切れを起こした。
幸いクラスの連中に聞こえるほどでは無いが、四階まで全力で階段を上ったような苦しさだった。
(確か、鼓動が早い生き物は時間が遅くなるって聞いたことがある。俺の心臓にもそれほどの負荷がかかっているのか……。何にせよ、頻繁に使ってたら体が持たないだろうな。)
心臓に負荷を掛け過ぎるのは良くないので連発は控えることにした。
「はい、それじゃあこの式の答えを……神村君。前に出てきて書いてくれないか?」
不意に俺が指名された。しかも問題のところに「難」って書いてあるし。
どうしようか考えていると、先生はパスを提案した。もちろんそれを受け入れるつもりはない。
誰かから舐められるような人生は御免だしな。
(因数分解か……時間かかりそうだな。)
「加速」使えば、瞬殺できるんじゃ……?
「加速」発動!
ちゃちゃっと計算して教壇に向かい、答えを書いたが先生は何も言わなかった。
(やば……加速倍率を低めにしたとはいえ、能力発動したままだった。)
先生はゆっくりと動いていた。能力を解除し、何事もなかったかのように話しかけた。
「先生、これで合ってますか?」
「君……いつからそこに?」
「物心ついた頃からです……。」
どこかから笑い声が聞こえてきたが、知らんふりして席に戻った。
「で、この答えからわかるのが__。」
先生は仕切りなおして授業を再開した。
いやはや、一時期はどうなることかと思ったが実に使い勝手のいい能力だ。
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