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侵食世界「ヴァリァス」  作者: 弱十七
第二章 「四色の瞳」
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第六十話 「君と見る机に世界が広がっていた」

とある日の放課後__。


「姜椰……この後暇?」

彼女はバッグに荷物を突っこみながら俺に顔を向けた。

「俺か?もちろん暇だ」

「じゃあさ、一緒に図書室に行かない?」

「トショシツ……?」

俺は入学以来初めて聞く言葉に脳が一瞬だけ停止した。

「ほら、生物の課題にレポートが出たでしょ?私、今日部活無いからあなたさえよければ一緒にやりたいなって思って……」


教室の窓から差し込む光で彼女の目がキラリと光った。

「わかった。準備するから少しだけ待っててくれ」

掃除当番が教室の机を全て前に運んでいく。その端で俺の机だけが運ばれずにわちゃわちゃしていた。

「生物の教科書ってどこだ……?」

机の中身を全て出して探したが結局見つからなかった。

俺は自分の机を運び、教室の後ろにあるロッカーの上にバッグを置いて教科書を探した。

「何探してるの?」

「生物の教科書」

「さっきバッグにしまってなかった?」

そう言われてバッグに手を突っ込むと生物の教科書がこんにちはした。

「……あった」

「無くしてなくてよかったよ。それじゃ行こっか」

彼女は先に廊下に出た。


「まったく。相棒ときたらおっちょこちょいなんだから」

「俺は昔からこういうところがあるからな……」

俺はバッグのチャックをしめて右肩に背負った。

「早く行くぞ。女の子を待たせたらダメだって、大昔に博士が言ってた」

「言われなくてもわかってる」

セイエイに急かされながら俺は廊下に出て彼女の下に走った。


「お待たせ」

「ううん。早く行こ」


ガラガラの図書室に着くと一番端の席を陣取り、俺は渋々レポートの紙と筆記用具を取り出してバッグを床に置いた。バッグが床に崩れる音が静かな部屋の果てへ溶けていった。

「あ、ちょっと教室に忘れ物取ってくる」

「ああ」


(にしても静かだな……)


誰も人が来ない場所との代表格として知られる図書室では自分の息遣いが一番の騒音だった。

少しエアコンの効きが悪くて暑く感じた俺はワイシャツの第一ボタンを外し、ベルトを一段階緩めた。

そして机の下で思いっきり足を伸ばす。

「いたたたた……」

伸ばし過ぎて足が攣りそうになった。


「なあ相棒」

セイエイが小声で話し始めた。

「相棒は……いつも隣にいる申奏(あの娘)が好きなのか?」

「……どうしてそんなことを聞くんだ」

俺は平静を装って真顔で言葉を返した。

「僕の予感だけど、彼女は相棒に気があると思うぞ。友情とかじゃなくて異性としての……な」

「俺は……自分から想いを伝えられるほどの勇気も覚悟も無ければ、彼女に言わせるほどの技量も女々しさも無い」

「なんだ。わかってるじゃんか」

「わかってるってなんだ」

「これだけアプローチされて、おまけに彼女に気も寄せているのに自分から行かないのか?」


俺は陽光を横に頬杖をついて目を瞑った。

呼吸と呼吸の間に部活をする生徒たちの声が聞こえてきた。

「俺は生まれて十六年、一度も告白したことが無い。だからやり方がわからない」

「はぁ……告白にやり方もあるか。好きだって言えばいいんだよ」

「少なくとも今じゃない。最近は任務やら忙しくて彼女と話す時間を取れなかったから、もうちょっと彼女がどういう人か知りたい」

「相棒って……惚れ方が女みたいだな」

「俺は一目惚れするほど安直な人間じゃない」


すると図書室の扉が開いた。

「ごめんね、ちょっと城城先輩に声かけられちゃって……」

「ああ、そういえば弥生も射撃部だったな」

申奏は「え?」という顔をした。

「城城先輩のこと、下の名前で呼ぶんだ……」

「夏休みの旅行の時に彼女にそうお願いされたから」

「二人ってどういう関係なの?もしかして付き合ってる……?」


彼女は顔を近づけ、俺の目をじっと見つめた。

あまりの目力に一瞬たりとも目を合わせることができなかった。

「……俺もよくわからない。お互いに親しく接してはいるけど、恋人ではない。あくまでも親しい友達位だと思う。多分」

「そうなんだ」

彼女の声は少しだけ元のトーンに戻り、椅子を引いた。

「それじゃ早く課題だけ終わらせよう」

「了解……」


チャイムが一回鳴り響いた___。


「やっと終わった……」

「でもこれで週末はゆっくりできるね」

俺は驚異的な速さで筆記用具や使ったものをしまった。

「もう帰るの?」

「いや、もうちょっとここにいるつもり」

「私さっき読みたいやつ見つけたんだ。ちょっと持ってくるね」


待つこと十分、彼女は帰ってこない。物音も聞こえない。

「見つからないのか……?」

少し胸騒ぎがした俺は、彼女が消えてった本棚の方へ向かった。

「申奏……?」

「ん……はぁ……」

彼女は本棚にぶら下がり、左腕を一生懸命に伸ばしていた。

「何してるんだ……???」

「本を取ろうとしたけどっ……台が見つからなくて……!」

「そこにあるのは……?」

俺が指さした先には彼女の求めていた「台」がポツンと置かれていた。

「それで取りたい本はどこにあるんだ?」

「私のっ……左手の前にあるやつ……」

ぶら下がっている両腕がぷるぷると震え始める。

「もう限界なんだけど……!」


俺は『加速』を使って台を彼女の足元に運んだ。

「はあ……助かったぁ……」

「よく自力で取ろうと思ったな」

「だって(台が)見つからなかったんだし……」

彼女は台の上でつま先立ちになり本を手に取った。

「……うわっ!」

バランスを崩した彼女が声を上げた。

「いったぁ……」

「大丈夫か……痛っ!!!!」

俺が頭を押さえると床に申奏が取った本が視界の下の方に落ちていった。どうやら俺の頭に本の角が直撃したようだ。

「ご、ごめんね……!」

彼女は寝たまま謝った。

「ふふっ……!」

「っ……!」

芸人がコント中に笑っちゃった時みたいにお互い視線を逸らした。

「さ、席に戻ろう」

俺は彼女に手を差し伸べた。


彼女は席に着くまでの道のりで制服をパタパタとはたいた。

「ところでこれは何の本なんだ?」

「タイトル見てみて。ちょっと面白そうだよ」

持っている本の表紙に見た。

「『世界地図で見るヴァリァス』……確かに面白そうだな」

俺は本を置いて席に座った。

固い表紙をめくり、目次を飛ばして本編を覗いた。


そこには世界地図とともに各国に〇が書かれていた。

社会の授業でよく見る図だ。

「やっぱり……日本だけ他より多いんだな」

「面積当たりの割合で見ても、発生件数で見ても世界一だからね……」

「……特殊部隊があるのって日本だけなんだな。初めて知った」

「他国は軍隊を派遣すれば事が済むからね。日本は戦後にGHQが軍隊を特殊部隊に変えさせて実質的な非戦国にしたらしいし」

「なんでそんな詳しいんだ?」

「中学の教科書のコラムに載ってたよ?」


一通り読み終え、広がった世界を一冊の本に戻した。


「そろそろ帰ろっか」

「そうだな」

本を戻し、図書室を後にした。


二人は最寄り駅に着き、改札を出た。

「今日は楽しかったよ」

「俺もだ。おかげで課題も終わらせられたし」


空は紅かった。

夕暮れが二人の影を真っ直ぐ伸ばしていく。

二人はその影が蛍光灯に消されるまで笑顔で話していた。


ご愛読ありがとうございます!

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