第二十話 「サバと花火」
現在時刻、午前4時半。
俺たちは一旦、各々の部屋に戻り休憩することにした。
「ただいま~……」
俺が部屋に入ると脳内に緊急クエストが生成された。
そう、俺の部屋は申奏というクラスメイトが生息している大変危険な地域である。
ここでの任務はこれから一切の音を立てずに布団に入ること。
そして何事も無かったかのように起きて、旅行の続きを楽しむというものである。
報酬?そんなものはない。
ここはゆっくりと行きたいところだが、電撃剣を持ってるところを見られたら怪しまれるそう……
ここまでの思考時間、二分ほど。
「はぁ~」
(寝起きで疲れたし、とりあえず座るか……)
座ると、目の前に肌色の柱が二本立っていた。
「おかえり。どこ行ってたの……?」
話しかけられるや否や、すぐさま布団に潜り込んだ。暗闇の中で着実に足音が近づいてくる。
青鬼が、俺の最大の盾である布団を剝がしてくる可能性がある!
「ねえ、こんな朝早くどこに行ってたの?」
俺は顔だけを出して申奏に話した。
「今川さんと一緒にヴァリァスを攻略してきた。それで今戻ってきたところだ」
申奏は俺をジロジロと見ると、仕切りの下に手を入れた。
「姜椰、ちょっと布団から出て」
彼女の言われた通りに出ると、タオルで頭をくるんだ。多分拭いてくれてるんだと思うが、力加減のせいで撫でてくれてるように感じる。
「どう?乾いた?」
「多分」
「朝食まで時間あるけど、もう少し寝る?」
「どうしようか」
「私は寝ようかな」
そう言うと、自分の布団に行って寝てしまった。
(ゲームでもするか……)
◇
やがて朝飯の時間になった。
みんなの移動する音が聞こえる中、申奏が起きてこない。
「申奏、朝ごはん」
返事は返ってこない。
「入りますよ、知りませんからね!後でセクハラとか言われたって無視するからね!」
俺はおそるおそる申奏の仕切りの布をどかした。
そのまま申奏の枕元まで移動した。
「起きろ~」
「……おはよ。朝ごはんの時間になった?」
申奏が目を擦りながら上半身を起こした。
「みんな移動し始めてる。俺たちも行くぞ」
下に行くと皆はすでに食べ始めていた。
旅館あるあるなのか、朝は和風の献立だった。
「わあ、美味しそうだね」
「俺らも食べようか」
(時雨はまだ来てないみたいだな……床にいないし)
「モグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグ……」
「⁉」
時雨はすでに食べ始めていた。そして食べる速さが早食いの域を超えていた。
「現役フードファイターでもこんな食べ方はできないぞ……」
「んっ……」
時雨は俺にパンを一欠片差し出した。
「どうも……」
口に放り込むと小麦でできた生地に唾液が吸い込まれ、ほどよい甘さを引き出した。
おまけに焼かれた香ばしい匂いが鼻を吹き抜けていった。
「……ところで俺の朝ごはんは?」
机に置かれている朝食の数は八人分。その内、平らげられた皿は二人分。食事中なのが六人分。
この場にいないのは宮坂試練だけ。
じゃあ、あの空席は誰の分だ……?
「モグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグ……」
「まさか……!」
「バレた……」
俺は膝から崩れ落ちた。
「ダメだよ、時雨ちゃん。姜椰の分まで食べたら」
申奏が時雨を注意した。
「お腹減った……いつも寝て空腹を我慢してるけど、一度食べ始めたら制御できなくて……だから申奏さんを食べてもいい……?」
時雨はつぶらな瞳で申奏を見つめる。
「いいわけないだろ。お前に渡せるか」
俺は、獲物をお預けされた捕食者のような時雨の前に立ちはだかった。
「え……」
申奏がこちらを見る。
「いや……別にそういう意味は含まれてないけど?」
「フフッ……わかってるよ。それはそれで残念だけど」
とりあえず俺は朝食をデザートだけで済ませた。
「んじゃ、今日は釣りに行こう!」
今川と墓庭が仲良く肩を組んではしゃぎ始めた。まだ酒を飲んでないのに、二人が騒いでいる様子を見ると、心の底から人生を楽しんでいるようで涙が零れてきた。
「姜椰、大丈夫?」
「あの二人を見てたら泣けるものがあったんだよ……」
「変なの」
その後、熱海港で船に乗って沖合に出た。
「なんか釣るのってめんどくせぇなぁ……」
釣り竿片手に墓庭がぼやく。
「魚も釣られなくて悲しんでると思うよ」
今川がすかさずフォローを入れた。
「俺もまだ一匹も連れてない……」
「アジとかサバとか釣れるらしいけど、私も釣れる気配がないのよね……」
「だから!釣れないのは魚が悪いっつってんだろ!」
(何言ってんだ……???)
横を見ると、墓庭の愚痴がヒートアップしていた。
そこに今川の神回答が降臨する。
「龍が可愛い女の子に釣られないのは、龍自身が悪いってことか?」
「……なるほど。それは釣らない女が悪いな……」
納得したのか、墓庭が腕を組んで黙り込んだ。
「あの人って頭の回転が速いな」
「龍さんを説得させるなんて今川さんだからできる芸当だよ」
俺たちが話していると、後ろから時雨が来た。
「お腹……減りましたか?」
「減ったというか、朝からほぼ何も食えてないから……」
すると時雨は両手で俺の顔を持ち上げた。
「え⁉え⁉お腹が減ったからって俺まで食べるのはやめてくれ⁉」
「ごめんなさい……今から取ってきますので……」
「取ってくる⁉」
ドボン__!!
時雨は船から降りて直接魚を獲りに行った。
「時雨のヤツ、わかってんじゃねぇか!」
墓庭も後を追った。
「これ、法律でアウトだったりしないよな?」
俺は申奏にそう聞いた。
すると彼女はグーサインを出した。
「バレなきゃ……でしょ!」
いや、そんな笑顔で言われましても……
「私と時雨ちゃんって歳が近いのに、ギャップがあって驚かされるんだよね」
「俺はあの人の年齢は知らないけど……中身だけ見ると年上のような感じがする」
「おい、私のコソコソ話か⁉変な事言ってるわけじゃないよな⁉」
話していると彼女が俺と申奏の間に来ていた。
「いや、別に話してはない……」
「ホントか?」
城城が圧をかける。
「えっと……城城が可愛いなって話を……してました」
完全に嘘を言った。すると、申奏と城城の二人が同時に反応した。
「私が可愛いなんて、そんな当たり前のこと言うなぁ~~!」←城城のセリフ
「私にさえそんなこと言ってないのに先に弥生ちゃんに……!」←申奏のセリフ
ちょっと待った。
たった今、声が聞こえた中に「シンプルキモイヤツ」と「メンヘラ予備軍」が潜んでいた気がする。
「二人とも落ち着いてくグエッ!!!」
何かが頭にぶつかり、びっくりした俺は後ろにぶっ倒れた。
「これ……サバだよ。あの二人が獲ってきたんじゃないかな?」
申奏は魚を見て言った。
「よっしゃ、大漁だ!」
海から誰かが船に飛び乗った。
どうやら墓庭が魚を何匹も獲ってきたようで、船の中で魚たちがぴちぴちと跳ねていた。
「時雨は?」
まだ来ていないみたいだ。
「ここです……」
「ん?」
みんなして振り返った。
彼女の足元には、ぴちぴち×8くらいの魚がいた。
「全部……時雨が獲ったのか?」
「神村さんには……朝ごはんの分まで食べてほしかったので……」
「おお……。ところで、これって乱獲とかになって法律に触れたりしないよな?」
それに今川が答えた。
「大丈夫だって、ここは僕ら以外に誰もいないんだから」
申奏もそれに乗じた。
「バレなきゃ……でしょ!」
だから、そんな笑顔で言われましても……
そんなこんなで港に戻ってきた。
昼食は店で注文したものと、みんなで釣った魚(一部直獲り)を焼いて作った。
その美味しさに墓庭が絶賛した。
「釣りたてって新鮮でうめぇな!」
「龍の方がずっと新鮮でいられると思うよ」
龍の方が新鮮でいられる=龍は(女の子に)釣られることは無い、という言い換え。なんとも皮肉だ。
「はぁ?今川、俺と魚を比べんじゃねぇ。魚の餌にするぞ」
違う、ツッコミどころはそこじゃない!
俺の心の声が龍に届くことはなかった。なくてよかったかもしれないが……。
「どう……?美味しい……?」
時雨が濡れた体でやってきた。
「美味しいけど……寒くないのか?」
「朝ごはんの罪滅ぼしだから……気にしないで下さい……」
「でも、風邪ひいたら残り五日間、楽しめなくなるんじゃないか?」
「食べれば治ります」
時雨はきっぱりと言い放った。
「さ、流石です……」
その気迫に思わず敬語になってしまった。彼女をここまで駆り立てるって、食べ物ってすごいな。
その時、今川の電話が鳴った。
「ごめん、少し席を外す」
しばらくして戻って笑顔で戻ってきた。
「みんな、ヴァリァスが出現したみたいだ」
「!」
一斉に戦闘態勢に入った。
「今川さん、現場はどこですか?」
「ここ(熱海港)から五百メートル離れたところだ。すでに化け物が出現し始めているらしい」
「誰が行きますか……?」
俺が聞くと全員が黙り込んだ。
「俺が行こう」
「わしが行こう」
墓庭と前野さんが立候補した。
瞬きすると二人は消えていた。どうやら現場に向かったみたいだ。
「ところで、ランクは……?」
俺が聞き、今川がスマホを見ると、なにやら深刻そうな表情になった。
「そんなヤバそうなランクなら加勢に……」
「えっと……Dランクかな」
「戦力過剰じゃない⁉」
「あ、もう消滅したみたいだ」
「早くね?」
すると二人が帰ってきた。
「ふう、いい運動になったわい」
「さてと腹ごなしもしたし、もう一杯いくか……」
皆はヴァリァスを攻略してきた後とは思わせないほど、元通りになってしまった。
もう驚きすぎて無反応だったが。
◇
そして夕食後、一行は花火をやるために砂浜まで向かった。
「花火か。やるのは久しぶりじゃのう……」
前野さんは顎の髭を撫でた。
「なあ、みんなで線香花火からやらないか?」
そう言い出したのは宮坂試練だった。思えば今日一回も存在感を感じなかった気がする。
「俺意外と線香花火うまいぞ?」
「へえ、これに技術とかあるんだ……」
墓庭が大口叩いたところに今川が線香花火を渡して回った。
「で……誰が火を点けるんですか?」
俺が聞いても誰も点けたがる様子は無かった。
「危ないからどこかに火を点けて、そこに皆で花火を入れればいいんじゃないの?」
「ナイスアイデア!」
早速、火を準備した。
「いくよ?せーの!」
一斉に花火を入れて、優勝を争った。
誰が真っ先に消えるか、息を飲んで見ていると前野さんが脱落してしまった。
「わしが最初か……」
燃え尽きた花火をバケツに入れた。
すると今川と墓庭がほぼ同時に燃え尽きた。
「お前と同じかよ……」
「僕だって望んだ結果じゃないけど」
二人は花火を入れると、そろってどこかに行ってしまった。
「あ、私の消えちゃった……!姜ちゃん、その花火くれ」
城城の花火が消えたことで、俺の花火をもらおうとしてきた。
「無理無理!あ、危ないってば!」
危うく火が消えるところだった。
すると時雨と宮坂の花火も消えた。
「昔が懐かしく思える……」
宮坂は燃え尽きた花火を見つめていた。どこか懐古しているようだ。
場にいる全員が、俺と申奏の成り行きを見守っていた。
「……綺麗だね」
申奏が隣で呟いた。
「そうだな……」
二人は花火が消えるまで無心で待っていた。
それから僅差で俺の花火が先に消えた。
「私の……勝ちかな?」
「俺の方があと一秒遅ければ……」
輝いていた閃光の余韻に浸っていると、どこかに行った今川と墓庭が戻ってきた。
「それじゃ、ラムネでも飲んでシメようか」
ガコン、ビンとカゴがぶつかる音がした。
下ろされたカゴに入っているラムネの本数を確認して城城が言った。
「……なんで24本もあるんだ?」
額の汗を拭って、今川が答えた。
「みんなが一本ずつで8本。僕と龍が追加で5本ずつ。残った分は今夜飲むつもりだ」
「……二人で10本も飲むとか、頭のネジどうなってんの……」
◇
「かんぱ~い!!!」
「あぁ~!体に沁みるぜ!」
「ちゃんと僕の分も残しといてよ?」
その後、各々雑談したり残った花火を楽しんでいると瞬く間に夜が更けた。
「姜椰、私先に部屋戻ってるから」
「あれ?鍵持ってる?」
「私持ってるよ」
そう言うと申奏は旅館内に戻っていった。
俺も戻ろうかとした時、少し離れたところに時雨が立っているのが見えた。
「こんなところに一人だと危ないぞ。曇りだから足元も見えないし」
俺からは彼女の横顔しか見えなかったが、時雨がこちらを向くときに右目をハンカチで拭っていた。
(もしかして泣いていたのだろうか。それなら来るべきではなかったかもしれないな……)
俺の登場で完全に気まずい空気になっていたところ、彼女が口を開いた。
「神村さんが申奏さんと話してたので……私だけ暇を持て余してたんです……」
「あ……えっと……」
「後日聞いた話なんですが……神村さんが初めて私たちと会った時、私だけ寝てたからまともな自己紹介もできてなかったかと……」
「一応名前だけは聞いたけど……」
「では改めて自己紹介を……Sランク六番隊隊長の『冬野時雨』と言います……」
「あ……Cランクの神村姜椰です……」
それから数秒の沈黙が流れた。
「お互い名前しか知りませんし、雑談でもどうですか……?」
「俺でよければ」
とりあえず二人は海の水面で歪み続ける月を見た。
「あの……神村君と呼んでもいいですか……?」
「神村でも姜椰でも……なんでもいいよ、好きなもので」
話すことにしたはいいものの、話題が無かった。すると時雨の方から話を切り出した。
「最近の任務の調子はどうですか……?」
「順調だよ。やっと化け物にも慣れ始めてきたところ」
「先日……神村君がBランクヴァリァスを単騎で攻略したと聞きました……。私よりも成長が早いみたいで嬉しいです」
「まだまだSランクには程遠いかな。いつかSランクにまで上り詰めたいと思ってる」
「私も……六番隊を率いて神村君と一緒に……戦ってみたいです」
彼女の微笑みを見て、俺も頬が緩んでしまった。
「……そういえば、今何時かわかりますか……?」
「まだ8時くらいじゃないか……?」
俺がスマホを見ると10時手前になっていた。
「そろそろ帰ろうか」
「ですね」
旅館の道中、俺と時雨はまだ話していた。
「神村君、今日は……ありがとうございました。わざわざ話しかけに来てくれて……」
「こちらこそありがとう。俺も時雨と一回ぐらいは話してみたかったから」
「私……昔から軽度のコミュ障なんですが……話してて楽しかったですか……?」
俺は頷いた。彼女は両手を合わせて笑った。
「それはよかったです……!……ではこの辺で。おやすみなさい……」
「ああ、おやすみなさい」
◇
部屋に戻ってくると猛烈な疲労が襲ってきた。
多分今の俺なら、の〇太よりも早く眠れるだろうし羊を一匹数え切る前に気絶できる自信がある。
(せめて……布団まで……!)
ああ……無理だ__
ご愛読ありがとうございます!
この作品が気に入った方はブックマークや☆5をつけてくれると作者のモチベが上がります!
初心者なので酷い文章力ですが、感想などもお気軽に書いていってください!
できる限り毎日投稿をするつもりなので、読んで下さるとありがたいです!