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侵食世界「ヴァリァス」  作者: 弱十七
第一章 「枝分かれする運命」
22/55

登場人物の過去#2 「今川晴斗」

今川晴斗(いまがわせいと)は一家の末っ子として生まれた。


今川家は昔は日本有数の起業家の一家であり、家は学校の体育館を四つ並べて同じ広さになるかどうか。

家族は九人家族で、両親、男子三人、女子四人という構造だった。

今川(以後、晴斗と呼ぶ)は末っ子、それも子供たちを年齢順に並べると四番目だった。

つまりは真ん中なのである。


勉学やスポーツなど、今川家に生まれた子供は必ず何かの才能に恵まれる中、晴斗だけは何もなかった。


成績も普通、運動神経も普通、特にこれといって魅力が目立つわけでもないので凡人より凡人に近い存在と言えるだろう。

しかし、両親から見れば子供たちは他人に無い特技があるのに晴斗だけは何もないので、徐々に嫌悪感を抱くようになる。さっき言ったように、真ん中の子であるゆえにただでさえ可愛がられにくいのだ。

現に両親はあまり晴斗を気にかけることはなかった。



__この家では凡人は忌み子となる__


まだ幼い晴斗はこのことに気づき始めていた。


両親からは兄弟と比較され、自分に才能がないことも責められた。

もちろん、兄弟たちも晴斗のことはあまり好んではいなかった。


皆が口を揃って「役立たず」「落ちこぼれ」「我が家のエラー」なんて言われていた。

親に言われるならまだしも、まだ幼い妹たちにも言われたのが彼の心に爪痕を残したのだろう。


家でのことが学校などの公の場所で彼の行動に大きく影響した。

彼は友達を作ろうにも、話しかけに行こうとすると、家族から言われたことが目の前に幻影のように浮かんでくるのだ。

彼はクラスメイト達が「落ちこぼれ」の自分と関わるなんていい迷惑だろう、と考えるようになってしまったのだ。


こんな生活を送っているのだから、友人どころか知り合いさえ一人もできなかった。

向こう側としても陰気な人間には近寄りたくなかったのだろう。

こうして思い出を一つも作れないまま、時間ばかり過ぎ去っていった。


 ◇


晴斗が中3の時、ヴァリァス特殊部隊の存在に興味を持つことになる。


そして後に、姜椰や申奏が通うことになる養成高校への進学を希望したのだ。

「父さん、僕、ヴァリァス特殊部隊になりたい。だから、そのために養成高校に入りたいんだ」

両親を目の前に自分の思いを精一杯伝える。


父親は黙って目を瞑り、母親は断固として反対した。

「そんな金がお前なんかにあるわけないでしょ!」

机をぶっ叩いて晴斗に怒鳴り散らした。


「あなたからもなんか言ってやってよ。こんなのに学費なんて使いたくないわ」

晴斗と母親は父親を見た。それでも父親は目を瞑ったまま、口を開こうとしなかった。

「父さん……」


もはや晴斗は消え入りそうな声しか出せなかった。黙っている父親の答えは「NO」だと悟ったからだ。

そして彼は周りへの劣等感と頼れる人がいないこと、夢を叶えるための努力さえさせてくれない環境を恨んだ。


彼が中3、即ち受験生になった時についに友達ができることになる。

彼はたまたま隣の席になった男子。


二人の間には男ということ以外に共通点は無い。

しかし二人はなぜか意気投合し、授業中も帰りの時も一緒にいるほどの仲にまでなった。


そしてある日、友達から家へのお誘いを受けた。


「晴斗、俺の家に寄ってかない?今親居ないからゲームでもしようぜ」

「ゲーム……?」

彼は聞いたことあるが、実物を見たことが無いのでピンと来なかった。

「まさかお前……ゲームを知らないわけじゃないよな……」

「……」

何も答えらえない晴斗を見ると、友達は引き気味に驚いた。

「マジか……!原始人じゃないんだから、ゲームぐらいやれよ……」


晴斗はその子の家に上がり、なんか変な色をした甘い液体や、綺麗な景色を見せる小さい機械を目の当たりにした。

「なんだコレは……」

「それはゲーム機。その隣にあるのがスマホ」

「はぁ~……」

見たことないものばかりで気がおかしくなりそうだった。


コップに入ったオレンジ色の液体を飲むと、なんか美味しい。表現し難い清涼感が口の中に広がっていった。

「なんか羨ましいよ……」

無意識のうちに晴斗はそう呟いていた。

「え?俺んちが?」

「うん」

「そんなわけないだろうが。どこの家だってゲーム機とかスマホぐらいあるだろ」

「僕んちには個々の部屋にある物が一つも無いよ」

「厳しすぎんだろ……ほれ、コントローラー」


二人は夕ご飯前まで遊び尽くした。

「楽しかったよ、ありがとう!」

「気をつけろよ!」

彼は友人の家を出る時、人生で初めて笑っていた。


すっかり暗くなってしまい、街灯の光の下を通って家に帰ると家族たちはすでに夕食を食べ始めていた。

母親の作った唐揚げを美味しそうに頬張る兄弟たちを前に、母親は晴斗に辛い言葉を浴びせた。

「何してたの……?こんな時間まで」


「……」

いつもとは違う母親に気圧され、言葉が出なかった。晴斗は部活にも入っていなかったため、適当な言い訳が見つからなかったのだ。

しかも友達ができて、家にお邪魔してました。_なんて言って「あらそう、よかったわね。」で話が終わるような人間じゃないと晴斗は知っていた。


「答えなさい!こんな時間までどこにいたの!」


晴斗が来るまで和やかだった食卓が地獄と化す。

家族全員の沈黙が家中を埋めていく。

「……友達と遊んでた……」


晴斗の言葉が母親の眉間にシワを作った。

「部屋に戻っていいわよ。お前なんかにご飯なんか食わせてやりたくないから」

晴斗はうなだれて部屋に戻った。


もはや目に生気は無く、体にも必要な時以外に力が入ることは無かった。

彼は学校が無い日は、部屋に籠って特殊部隊について調べたり、養成高校の過去問に取り組んだりと完全にその気になっていた。


そしてある日の放課後のこと__。

「今日も一緒に帰らない?」

晴斗はいつもの友人にそう言った。


「俺今日部活」

そういえば友人は部活に入っていたんだった。

「何部入ってるんだっけ?」

「弓道」


この時から晴斗は弓にも興味をもつようになった。

学校から貸し出されているパソコンを持ち出し、家に帰って弓道の様子の動画を見漁った。

弓を引きしぼり、手を後ろにすっと引き離す。


ヒュッ、そんな音の後に的に当たった矢が映し出される。

晴斗が初めてこの動画を見た時に、彼は自分にはヴァリァス特殊部隊に入ることしかないのだと強く思うようになった。


 ◇


そして意を決した晴斗は母親のいない隙に父親に直談判に向かった。


両手がプルプル震え、体が異様に熱くなった。

(今は母さんも仕事で遅くなり、父さんは今日だけ休みだ。このチャンスを逃したらもう……!)

リビングの扉を勢いよく開けた。


「ん……晴斗か。何の用だ?」

テレビの電源を消してこちらに向き直る。


「父さん。僕、養成高校に行きたい。」


変に裏返ってしまった声で父親に訴えた。

父親は真顔で、晴斗に座るように言った。

晴斗は持って来た養成高校のパンフレットを机の上に置いた。


「ふむ……」

父親は、晴斗が何度も見てきてボロボロになったパンフレットを手に取り、重い口を開いた。


「晴斗、お前には言ってなかったが……父さんがどこで働いているか知ってるか?」

「……」

「お前の目指しているヴァリァス特殊部隊で使う武器を作るところだ」

晴斗は父親の言動に耳を疑った。

「あのな、父さんはお前の進路を反対するつもりは全くない。母さんには言ってないが、学費だってちゃんと出してやるつもりだ」

「え……?」

続けざまに言われたせいで脳が追い付けなかった。


晴斗が椅子の上で硬直していると父親は言葉を続けた。

「父さんの工場では隊員それぞれに合う武器を作る。個人個人に合う武器、つまりはオーダーメイドになるわけだが、彼ら(隊員)は仕事柄、殉職することも別に珍しい話じゃない。実際、俺もそういう隊員と数人は出会ってる」


「それってつまり……」


「俺の口から言わなくてもわかるだろ?」


(僕の訃報を聞くのが嫌ってことでいいんだよな……?)

晴斗が解釈を考えていると、父親はふぅーっと、ため息をついた。

「まあ、お前がどうしても行きたいというのなら止めはしない。部隊に入ってからも、せいぜい俺より遅く死ねるように努力しなさい」


「ありがとう……!!!」

こうして交渉は思っていたより何倍も早く終わった。


やがて受験のシーズンが訪れ、晴斗は問題なく合格できた。

高校での生活は今までとは比べられないほどの楽しさであり、夢にまで見た弓道を極められることにも真新しい感動を覚えた。


自分の隣を過ぎる車のように、時間はその瞬を覚えさせることなく過ぎていった。


 ◇

やがて晴斗は18歳になった。彼は17歳の時点で、すでにヴァリァス特殊部隊に所属していたため進学のことには気を遣う必要が無かった。


ある夜どこかで犬の遠吠えが聞こえる中、悲劇は訪れた。

「ァァァァァァァァァァ……!!!!」

今川家の敷地は他の家の何倍もあるため、庭にヴァリァスが出現する可能性もあった。

そして言葉通り、起こってしまったのだ。


ヴァリァスは家の壁を侵食していき、化け物もその後を追うように家の中に入っていった……


「水でも飲も……」

真夜中に起きてしまった晴斗はリビングで水を飲んでゆっくりしていた。


「ああぁぁッ……!!!」

机の角に小指をぶつけた。ぶつけたと認識した少し後にジーンと痛みが襲ってくる。

危なっかしいので電気をつけた。

「ヴァリァス⁉」


思わず、後ずさりしてしまった。

あと少しで自分の左足が侵食されるところだったのだ。


(まずい、災絶を回収しないと!)


大急ぎで部屋に戻り、弓矢を回収した。同時に家族たちも叩き起こした。

「母さん!起きて!」

母親の寝室のドアを全力で叩くと、内側から扉が大破した。

木の破片が床に飛び散り、中から何かが出てきた。


「ァァァァァ……」


その化け物は身長が成人男性ぐらいで、体の構造も人間と酷似していた。

そして左手には、黒く染まった母親の頭を。右手には三女と四女の首が断面から頭頂部にかけて槍で突き刺されてあった。まるで焼き鳥のようにしっかりと槍の柄の奥のほうまで刺していたのだ。


「!」


「待てッ……!!!」

化け物は窓を割って外に飛び出した。


急いで部屋の電気を点けると、二女もベッドの上で胴体を切り離されて死んでいた。

隣では首が無い母親の体に三女と四女が抱きついていた。


ヴァリァスという無慈悲な災害を前に、我が子を守ることさえできなかったのだろう。

争った形跡は無く、二女が真っ先にやられてそれに気づいた二人(三女と四女)が必死に母さんを起こそうとしたが、為す術無く殺され、母親は寝たまま首を一撃だったのだろう。


ヴァリァスから生まれた化け物は発生源から遠くにはいけない。

晴斗は涙を堪えて、窓から飛び降りた。

「どこだ……⁉」


玄関についている照明が庭を照らしていた。

「来るなーーーッ!来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るァァァァァ!!!」


次男の悲鳴が真夜中の空気を切り裂いて響き渡った。

次男の部屋は一階のため、飛び降りてから襲撃するのには適当な場所だった。

「大丈……夫か……!」


もう手遅れだった。


化け物は部屋を赤い染料で芸術的に染めていた。

ピアニストを目指していた次男の黒いピアノは大破していて、彼の体は皆と同じように首を失っていた。

「ァァァァァァァァァァ…………!」


(今のところ生死がわかっていないのは、父さんと長女だけか……)

目の前にいる殺人鬼を殺すために矢を手に取り、距離を置いた。


家族を殺された恨みが晴斗の感情を大きく動かした。

矢を数発早撃ちして、化け物の頭を射抜こうとする。しかし化け物は家族たちの首を抱えながら矢を躱して庭に飛び出た。


すると父さんが騒ぎを聞きつけて、晴斗と化け物の間に来てしまった。

「父さん、こっちに来て!」

晴斗が必死で訴えた。


「パパ、あれ……!!!」

一緒に逃げてきた長女が子供たちの生首を見て泣いていた。

中三という年齢で、彼女は死という恐怖を前に感情がとめどなく溢れてしまったのだ。


晴斗は持ち前の移動力で、化け物と父親たちの間に立ちはだかった。

「少しだけ時間を稼ぐから、ヴァリァスが侵食しないうちに門から逃げて!」


「……俺より先に死ぬなよ」

父親は長女の手を引っ張って逃げた。


「ァァァァ……!」

化け物は次男の首を槍に突き刺した。瞬く間に殺された全員の首がヴァリァスに侵食されてしまった。

すると弓を使う晴斗には近距離で戦う方が有利と気づいたのか、急に間合いを詰めてきた。


振り下ろす槍を弓のリムで受け止め、距離を取る。

「何ッ……!!!」

なんと化け物はヴァリァスに飲まれた家族の首を晴斗に向かって投げたのだ。

ヴァリァスの性質上、この首に触れただけでもこちらが侵食されてしまう。コイツはそれを見越して、

晴斗が家族の首に触れられないことを利用したのだ。


ゴッ、ガサカサ……。


投げられた黒い塊はコンクリートの柵壁に当たり、草むらに転がった。

「貴様ァァァーーーーーーーーー!!!!」

怒りに任せて全速力で化け物に突撃した。ぶつかる槍と矢が激しい衝突音を奏でる。


何度も打ち合った後に晴斗の方から体力に限界が来てしまった。

(まだ……倒れるわけにはいかない!)

化け物は膝から崩れ落ちる晴斗を見下し、その槍を振り下ろした。


ゴン__!


「はあ……はあ……」

見上げると、逃げたはずの父親が両手を広げて化け物に立ちふさがっていた。

肩には槍が命中していて、服が黒く染まっていっているのが照明でわかった。

「父さん……⁉逃げたはずじゃ……」


「うおおおおおおおお!!!!!!!!!!」

父親は雄たけびを上げて化け物を入り口の門に抱きつく形で押さえつけた。

「晴斗!その矢で俺ごとコイツを射抜けぇぇーーーーーーー!!!!!!!!!!」


彼はきっと自分が死ぬことを悟ってこんな行動に出たのだろう。

「ぐっ……!!!」

逃げようとする化け物が父親の頭と左腕を掴む。

そこからもヴァリァスは侵食していく。


「何してんだ!!!!早くやれぇぇぇーーーーーー!!!!!!!!!!」

あれだけ自分に良くしてくれた実の父親を射るのは至難の業だった。

父親は最後の力を振り絞ってより一層力強く化け物を捕まえる。

そして同時に晴斗に遺言を言い残していった。


「だから!お前は!「役立たず」と言われんだぁぁぁぁぁーーーーーーー……!!!!!!!!!!!!」


声が虚空に消え去ると、この闇夜に静寂が訪れた。

「ごめん……父さん……!!!!」

弦がビーンと鳴った。


ズズズ……


門のところで真っ黒な物体が二つ倒れた。どちらも矢が頭を貫通したようで、頭に穴が空いていた。

侵食が止まり、黒く輝く再化結晶が地表に現れる。


怒りと悲しみを込めて弓で突いて、再化結晶を破壊した。


晴斗は泣きながら門のところで崩れ去る黒い物体、もとい一人の父親を見つめていた。

その父親はヴァリァスに抗拒しつつ、飲み込まれるその瞬間まで化け物を逃がさまいと命を張った英雄だった。

そんな尊敬に値する精神を持った人が、ヴァリァスに飲まれてしまったような暗黒の空に旅立っていった。

きっとその父親は天国で自分を見守ってくれるだろう、と信じることにした。


「せめて最期くらいは……「役に立つ」って言ってくれよ……!」


■◇■

「今でも弓を握ると、あの時の父さんの声が聞こえてくる。もしあの場で矢を外していたら、父さんの死が無駄になってしまっていたかもしれない」

「……」

「だから、僕は一矢も外さない。そう決めてるんだ」

「今川さんは、十分誰かの役に立ってると思います。少なくとも「役立たず」なんかじゃないと俺が保証します」

すると薄っすらと彼の目に涙が浮かんだ。


「神村のお墨付きなら心配ないな!」

彼はすっかり笑顔になって立ち上がった。

「おや、若いの揃って早起きじゃの」


「ん?あ、前野さん!」

「ん?あ、前野さん」

俺と今川でシンクロしてしまった。


「なんか昨夜はうるさくて眠れなかったわい」

頭をポリポリと掻いた。確かに前野さんは眠そうに見える。


「ああ、実は三時頃にヴァリァスが出現したんです」

「何⁉誰か向かったのか!」

今川が俺を指さした。


「もしや、もう倒してしまったのか。準備体操にいいと思ったんだがの」

今にも武器片手に飛び出していきそうだったのに、急にスピードダウンしてしまった。


(あれを準備体操……本当にそうなりそうだから怖いわ……)


ご愛読ありがとうございます!

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