第百十六話 「血と混ざる涙」
「もう戻ってきましたか……」
一台の車がやってくる。真っ黒な装甲で身を包み、その上には特殊部隊の人間の姿があった。
「渡世薙……この僕に面倒な置き土産をくれましたね……!」
ボタボタと流れる血を見つめながら必死に息を整える。そして血だまりで足を滑らせないようにゆっくりとその場から去った。
◇
「あそこだ!」
弥生が指さす方にはこの世のものとは思えないほどひどい破壊痕があった。
連れて来た応援には、あのSランク隊員、玖維も同行していた。
「誰かが倒れてる!救急班の準備もして!」
車が停まり、弥生が我先にと飛び降りて駆け出した。
ッ______⁉
「……」
弥生がピタリと足を止める。
それを見た玖維が声をかけた。
「城城、怪我人は何人だ?」
「……」
返答は無い。
「おい、怪我人は……」
玖維が弥生の視線の先にあるものを見た。
「……!」
誰かが死んでる___。
「隊服……化け物と戦闘があったのか……!」
弥生の右手がぶるぶると震え始める。目にはうっすらと涙を浮かべ、そしてゆっくりと死体に近づいた。
「おい、城城!まだ勝手に近づくな!」
見たことある姿__。
「世薙……?」
彼の左手には壊れた電撃剣が握られていた。
「あ……」
現実が見えたその時、弥生の目から涙が零れた。
「うわぁ~~~~~~~~~~~~~ん!!!!!!!!!!!!!」
血だまりでぴちゃぴちゃと音を立てながら世薙の亡骸に抱きしめる。
彼の二本の腕はだらんと垂れたまま、弥生を抱きしめ返すことはなかった。
「城城!何があった!」
彼女の叫びを聞いた隊員たちが駆けつける。
「うあっ……うぐっ……ひぐっ……」
何を言わんとしてるかは彼女の嗚咽が物語っていた。その場にいた隊員たちは彼女から聞いた話を思い出し、そっと目を瞑った。
「ごめんね……!ごめんね……!わたしがもっと早く来てたら……!」
弥生は世薙の体に顔を埋めたままずっと泣いていた。
近くにいた隊員は近くを警戒しつつ、彼の死を弔った。
渡世薙__彼の命星は最期の輝きを放って散った。
これが彼の運命だったのかは本人さえ知り得ない。だが、これはなるべくしてなった、遺された仲間たちはそう思うことにした。
たった一人の少年を除いて__。
◇
神村姜椰宅にて___。
「相棒、今朝から何考えてるんだ?何にもしないでボケっとしてるなんて変だぞ」
姜椰は「ふぅ……」と溜め息を吐くと、セイエイの目を見つめて話し始めた。
「世薙が……アイツが簡単にやられるはずがない。アイツがあんなあっさりと……!」
袖に目を押し付けるように突っ伏してしまった。その話し声はまだわずかに悲しみが残っている。
「相棒、何か忘れてないか。特殊部隊は常に死と隣り合わせなんだ。今だって名も知れぬ隊員がどこかで死んでるかもしれない。それに彼だって相討ちに……」
「うるさいッ!」
姜椰は自分さえ聞いたことないほど大きな声で怒鳴り声を上げた。
セイエイは完全に萎縮してしまい、場には冷えきった重い空気が残された。
「ご、ごめん……」
「……」
セイエイが謝っても姜椰は黙ったままだった。
彼はかなり頭に来ていた。短い間だったが、命を預け合う仲間をこんな理不尽な形で失ったこと__あの場で世薙に剣を渡してしまったこと___。
(俺が……アイツを殺してしまったのだろうか……)
本当はセイエイに怒鳴るなんておかしい。そうわかっているのに……。
やり場の無い怒りをどこかにぶつけたい。自分にまとわりつく架空の責任を手放したい。
俺がやるべきことはこんなことじゃない。本当にアイツが力及ばずで亡くなったのなら、それはそれで構わない。ただ、アイツの最期くらいはこの目で見届けなくては。
行こう。自分が納得する真実を見つけるんだ。
「少し出かけてくる___」
俺はセイエイにそう告げ、玄関の扉を開けた。




