第百十二話 「死しても敵を殺めよ」
あの電車の事故から一週間後、とうとう三月になった。
もう今年度も終わりを告げる頃になったわけだが、特殊部隊にはそんなのは関係無い。
今は九番隊の待機所で一同がくつろいでいた。
「怪我……大丈夫?」
「奇跡的にな」
世薙の目がキラリと光る。俺の今の命星を覗いてるのだろうか。
「ハハハ……全然問題なさそうだよ」
彼は朗らかに笑ってみせた。
しばらくゆっくりしていると小春が立ち上がった。
「世薙、私と手合わせしないか」
「僕?ああ……まあいいけど」
「ありがとう」
小春は壁に掛かっている大剣を手に取り、二人して部屋を出て行った。
「ヒャッハーッ!」
セイエイが大声を上げて机の上に飛び出した。
「なんでそんなテンションが高いんだ」
「相棒以外の誰かがいると、こうやって騒げないだろ。大人しくしてるのは僕の性に合ってないんでね」
「そうか。一応言っておくが、そこに防犯カメラあるからな」
俺は天井にある黒い半球体を指さす。
「やばいっ!」
セイエイは爆速で俺のところまで戻ってきた。
「机が黒いからワンチャンバレてないかもな」
「今更セイエイの存在がバレたところで何も変わらない気はするけどな。この前の黄月さんとの一戦の時に結晶は見られてしまったわけだし……」
「相棒たる偉大な僕の存在は大々的に告知した方がいいに決まってる、うん」
「新ドラマの放送じゃあるまいし、わざわざ手の内は明かさなくていい」
その時、俺の部屋に放送が流れた。
「___地区にてヴァリァスが出現。___地区にてヴァリァスが出現___」
「ヴァリァスだ。行くぞ」
「おお!暴れてやるぜ!」
姜椰は剣を手に取り、部屋を出た。
(流石に何事も無く一日は終えられないか……)
◇
外に向かう途中、弥生ら三人と合流した。
「それじゃ、現場に向かうよ」
弥生が運転する車に飛び乗る。その直後に急発進し、道路に飛び出した。
「最近多いよな」
姜椰が風に煽られながら言う。
「まあ……ノリだけで言えば火事みたいなものだし……」
世薙は微塵の緊張感すら持ち合わせていないようだ。
「現場付近には着いたけど……」
四人は車を降りて周囲を確認した。辺りは静まり返っている。確かに人が避難したような痕跡はあるが、化け物とそのヴァリァスが見当たらなかった。
(ポケットヴァリァスか?俺も詳しいことはわからないが、あれなら化け物だけ出現させることが可能になるが……)
俺はよりいっそう警戒を強め、剣を引き抜く。
まだ何も起きてないのに手汗をわずかにかいていた。
「みんな、向こうに誰かいる」
世薙が示す方向へ行くと、近くの住民の格好をした中年男性が胸から血を流していた。
一応意識はあるようで、どうやら怪我した後に止血の方法がわからず、とりあえず壁にもたれかかっていたらしい。
世薙が怪我の具合を確認している間に残りの三人で近辺を確認した。
「特に何もいなさそうだな。本当にヴァリァスが出現したのか?」
「……戻ろう。世薙が危ない」
姜椰が二人に呼びかける。
「なぜだ?化け物が見えたのか?」
状況が読めていない小春が姜椰に問いかけた。
(今の音……気のせいか?いや、今のは確かに軽い衝撃音だった……俺の耳はこういう時に役立つからな)
三人は足早に世薙の元へ戻ってきた。
角を曲がると、ちょうど戦闘が始まる一歩手前だったようだ。
「もう戻ってきたのかぁ……!」
さっきの中年男性が異形の化け物へと姿を変えていた。さらに気色悪い顔になり、俺は食欲が失せた。
「三人とも……ナイスタイミングだよ」
「神村の耳は天下一品だな」
小春が大剣を構える。
中年化け物は世薙と俺達に挟み撃ちにされて退路を断たれた。
「おでの……ことぉ……!」
中年化け物の体がブヨブヨな形態になって小春に襲い掛かった。
「ハッ!」
ズバンッ____パシャ……。
小春の大剣が中年化け物の体を真っ二つに切り裂き、その体は水溜まりのように地面に広がった。
「この程度か……」
「待って小春。まだ油断はできないよ」
「いや、すでに体が蒸発している。もう大丈夫だ」
確かに中年化け物の体を構成していた液体は消えつつあった。
「小春!そこから離れてッ!」
「⁉」
世薙が大声を上げ、小春は咄嗟に身を下げた。
「急にどうした、まだ何もされてないぞ」
小春が世薙に問いかける。しかし世薙はその場に立ち尽くしたままだ。
姜椰は弥生に問うように呟いた。
「小春さんの命星に何かあったのか……?」
「私もわからない……」
ガハッ____!!!!
目の前にいる人が血を吹いて膝から崩れ落ちた。
「小春ッ!!」
「やっぱり何かされたのか!」
姜椰と弥生が小春のもとへ駆け寄り、急いで容態を確認した。
彼女の顔色はすでに悪くなっていて、かなり苦しそうに呻いている。
「この匂い……まさか……」
「弥生、小春さんを連れてここから逃げるぞ!世薙は周囲を警戒してくれ!」
俺が小春さんを背負い、弥生と世薙がその護衛をするように車まで引き返した。
「姜ちゃん、小春は何をされたの……?」
「ゲホッ……お、おそらくあの化け物が蒸発した気体を吸い込んだんだ。俺も……少し吸っただけで気分が悪くなってきた……!」
どうにかして車まで戻り、病院まで連れて行こうとエンジンをかけた。
「シートベルトした⁉」
「いいから早く出せ!病院までそれなりに距離があるんだぞ!」
小春を乗せた車は急発進して道路を我が物顔で走り始めた。




