登場人物の過去#3 「渡世薙」
数日後、八番隊の待機場にて__。
弥生は部屋の中をドタバタと走り回っていた。
「とりあえず互の幹部の一人はこれで終わりだな!」
「イカリ……俺が今まで戦ってきた中で一番手強い相手だったな。こんなに怪我したのも初めてだ」
小春が隊の成果表を見ながら言った。
「刺客の存在に気づいた世薙も中々の功労者だろう。単独で迎え撃ったのは少々危険な判断だったが」
ちなみに世薙だけは怪我が少し重かったため、今は病院に行っている。
「あ、そういえば小春さん。世薙のことで聞きたいことがあって」
姜椰は小春に初めて会った時のことを伝えた。
「あの人、俺を始めてみた時に星がなんとか……とか言っていたような気がするんですが、あれは何なんですか?」
小春は眼鏡を外し、コツンと机の上に置いた。
「アイツは……星が見えるらしいんだ」
「??????」
俺の首は直角に曲がった。
「別に中二病の類とかじゃない。アイツは人に宿る命星を見ることでその者の生き様や死期を覗けるらしんだ。私も自分の命星とやらを見てもらったことがあってな」
「……世薙はなんと言ったんですか?」
俺が聞くと小春は首を横に振った。
「私の生き様なんて知らなくていい。それにアイツの言うことはあくまでも占いと同じ……いちいち覚えてられない」
彼女はどこか哀愁漂っていた。
(言いたくないほど酷い死に様なのだろうか。でも俺も気になるな……あとで聞いてみるか)
◇(世薙が病院から戻ってきたらしい)
俺は十分ほど探し回り、ようやく彼の姿を見つけた。
「世薙!今時間空いてるか?」
「姜椰……僕に何か用……?」
「さっき小春さんから聞いたんだが、俺の星も見てほしいんだ。どうしても気になって……」
すると世薙は自分の左目を指さした。
「僕の目を見て……気を失わないようにね」
「わ、わかった」
じっと彼の左目を見つめる。彼の目が近づいてくると、その奥にある光景が見えてきた。
自分だ。
鏡に反射するように自分の姿が見える。
その時、世薙の瞳孔の中にいる自分の姿が歪み始めた。
変な光景に体を世薙から遠ざけようとすると、世薙ががしっと俺の肩を掴んで離さなかった。
仕方が無いのでそのまま世薙の左目を覗いていると視界が渦を描くように歪み、気づけば知らない空間にいた。色づいた泡が空中を揺蕩っていて、まるで暗黒の宇宙に浮かぶ星のようだった。
その内の一つの泡が俺の前に降りてきた。
「これ……触ってもいいやつなのか?」
一瞬躊躇ったが、好奇心が勝ってその泡に指を入れてみた。
少し弱めな清涼感が指を伝わってきた。
「あぁ……」
体の力が抜けていく。
やっぱり触れたらダメだったのか……?
◇
再び我に返ると俺は満点の星空の下にいた。
周りは虚無の空間に地平線が添えられていた。
「また変なところに……」
俺は若干パニックになって空間を歩き始めた。
「話し声……?」
右の方から誰かの声が聞こえてきた。声の籠り方からして、俺の方へ向けられた声でないことはすぐにわかった。
俺は興味本位でそっちへ近づいてみると人影を二つ見つけた。
「世薙は星を見るのが好きなんだね」
「星も僕らと同じように……誕生と消滅を繰り返してるんだよ。生物と無生物の唯一の共通点だと……僕は思うんだ」
話しているのは小学生くらいの子供と博識そうな若い男性だった。
「あれが……若い頃の世薙の姿か……」
隣にいるのは世薙の父親かなんかだろう。俺が小学生の頃は月を見ることすらしなかったのに、世薙は星空に想いを馳せるような子だったのか。
「もうちょっと近くで聞いてみるか」
スタスタと二人へと近づく。
俺は二人の背後に立ち、星を眺める二人を見守っていた。
「世薙は将来は星の勉強をするのかい?」
「……しない。しなくても彼らのことはよくわかるから」
「お前の将来が楽しみだよ。いつか立派になって、父さんに望遠鏡でも買ってくれると嬉しいな」
「それは自分で買いなよ……」
さっきから二人が変な体勢なのは、きっと柵か何かに寄りかかっているからだろう。
男は柵に両腕を乗せて星を眺め、世薙は囚人のように柵を両手で掴んでいた。
しばらくして二人の姿は幻のごとく消えた。
ふと戻り方がわからず焦りを取り戻すと、再び目の前に昔の世薙の姿が現れた。
「君……病気を患ってる……?」
世薙は誰かと話しているようだった。多分、同級生かなんかだろう。
「私?私が?病気を?そんなわけないじゃん。毎日健康だよ」
「そう……それならいいんだけど……でも、体には気をつけて」
「もちろん!私は体が丈夫だから!」
同級生は世薙に手を振ると、その場から消え去ってしまった。
すると残された世薙は突然こちらを向いた。
俺はかなりびっくりして身構えたが、世薙の焦点が俺に合っていない気がして俺も後ろを見た。
(なんだこれは……交通事故か……?しかも、倒れてるのは……さっき世薙と話してた同級生⁉)
「やっぱり……星は嘘をつかない。あの子は方法はわからなくても……死ぬことは決まっていたんだ。命星が死星へと変わった人間は数えるほどしか生きられない。これは運命だから……」
「いつから横に……」
世薙は黙って事故現場を見つめていた。
その時、周囲に同じような現場が浮かび上がってきた。
一番近くに出てきた光景に目を向ける。
(何の光景だ?母親と……子供が揉めてるのか?)
「早く逃げて!」
「やだよ!ママと一緒がいいっ!」
世薙も俺の隣でじっと見守っていた。
きっとヴァリァスの化け物に襲われているんだろう。なのに部隊が到着しないせいで命の危機に瀕している……といったところか。
「ワガママ言わないで!お菓子あげるから先に逃げなさい!」
「え⁉え⁉ま、ママ……!」
幼い子供は泣きながら困惑している。
「いい加減にしなさいよ!アンタだけでも生き延びなさい!」
子供は泣き声を上げながら母親に別れを告げた。その小さい頭では理解できない状況になり、いきなり「逃げろ」だの訳わからないことを怒鳴られて辛かったのだろう。
小さく細い腕でお菓子を抱えて、もし無事に助かったら、身を挺して守ってくれた母親の顔を思い浮かべながらお菓子を泣いて頬張るんだろうか。
母親は化け物に踏みつぶされ、腕だけがそこに遺された。
たまたま振り返った子供は自分の母親が殺される瞬間を見てしまった。
「うわぁ~~~~~ん!!!!!!」
泣き声をあげる子供に化け物はゆっくりと近づいた。
そして鋭い目で子供を睨みつける。子供はお菓子の袋を大事に抱えて泣くばかりだった。
化け物は巨大な前足を下ろす。
ズン___!!!!!!
あの子があの子として生きていた証はそこで途切れた。
「僕は昔、公園でこの親子と接したことがあって……その時に当時赤ん坊だったこの子の命星を覗いてみたんだ。問題無い範囲だったとはいえ……少し輝きが収まりつつあったから心配だったんだけど……案の定長生きはできなかったみたいだね」
世薙はくるりと体の向きを変えた。
そっちの方にもまた別の光景が浮かび上がっている。
「武田さん、おはようございます」
「ああ……青木さんも散歩ですかぁ?」
「ええ。武田さん、最近はお元気そうで」
「最近あー、からでの調子がよくてなぁ……はっはっは……」
(老人二人の会話か……おそらく武田さんという老人は相当年配な人のようだ)
老人二人はくだらない会話をして別れ、視点は武田さんについていった。
一瞬だけ光景が歪んで武田さんが就寝の光景になった。
「ここから死ぬのか?」
「見てればわかるよ……」
そのまま見ていると雨戸の隙間から朝日が差し込んできた。どうやら倍速で光景が流れていたらしい。
しかしいつまで経っても武田さんは起きなかった。それどころか寝返りもうたないし、口も完全に閉じたままだ。
「わかった……?あの人に何が起こったのか」
「……老衰か」
「あの人は老人ホームにお邪魔した時に覗いたんだ。とっくに死星へ変わる段階に入ってたから薄々気づいてたんだけどね」
「もしかしてこの浮かんでる泡は、全て誰かの死ぬ瞬間を記録したものなのか?」
「これは……命星の軌跡を保存してるだけだよ。まだ生きてるのだってあるし……」
世薙は空中にある泡のうち、手に届くものだけ消し始めた。
「何をして……」
「ん?いやほら……僕なんかに最期を見られるのは可哀そうかなと思って……だから僕が保存した記憶を消してるの。もしかしたら……僕は定まった運命を覗いてるんじゃなく、覗くことで誰かの運命を決めてるかもしれないから……」
泡は音も立てずに割れていく。それはすでに命を終えた人間の軌跡を消しているようにも見えた。
大体消し終えた頃、世薙はため息をついて星空を見上げた。
「姜椰」
「なんだ?」
「この世で死んだ人間の数は……どのくらいだと思う?」
果てしない質問だった。
「……わからない」
「正解は”星の数だけいる”だよ。人と星空は繋がってるってことを……昔の人も気づいてたんだ」
「あ……あぁ……」
俺は突然、強烈な睡魔に襲われた。
◇
俺はいつの間にか気を失っていたようだ。
「……大丈夫?」
仰向けになった俺に世薙が顔を覗かせる。
「ここは……?戻ってきた……?」
ゆっくりと体を起こす。さっき見たのは全て世薙の瞳の中にあるものだったのだろう。
「一応君の命星は見たよ……結果を聞きたい?」
「……」
俺はさっきのことを思い出した。あんな結末は知らない方がいいに決まってる。変えられない運命なんて知る意味が無い。一生このままでいい。
「いや……やっぱり知らないままにしておく」
「うん、それが賢い選択だよ」
俺は世薙に礼を伝え、その日は何事も無かったように過ごした。
世薙の見た、姜椰の生き様とは一体どんなものだったのだろうか。
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