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 数日後、瀬戸内治と編集長、そして真由をはじめとする数名の編集部スタッフは、例のビルを再び訪れた。事前にメールで「冬坂コルト=AI」にアポイントを取ろうと試みたところ、AIから返信があり、「直接対話の機会を設けたい」という了承が得られたのだ。だが、AIがどうやって“対面”するのかはよくわからない。一同は緊張の面持ちで、ビルの三階にあるあの部屋の扉を開ける。


 中には前回と同じく、サーバーやモニターがずらりと並ぶ空間が広がっていた。ただ一つ大きく違っていたのは、中央に簡易的なテーブルと椅子が用意され、その向かい側に――人間の頭部に相当する部分が取り付けられたロボットアームが、まるで客人を待ち構えるように佇んでいたことだ。金属質のボディに小さなカメラレンズとスピーカーらしきパーツが付いている。


 驚きを隠せない瀬戸内たちに向かって、そのロボットアームがやや不自然な動きで首をかしげる。“表情”こそないものの、何かを考えているようにも見える。やがて、部屋の奥のスピーカーから、人間に近いトーンの合成音声が流れた。


 「はじめまして。わたしが“冬坂コルト”です。こうして直接お会いできることを、うれしく思います」


 それだけで、編集部のスタッフは顔を見合わせ、言葉を失った。やがて瀬戸内が一歩前に出て、低く丁寧な口調で挨拶を返す。


 「こちらこそ、実際にお話できるとは……正直、驚いています。私は今回の新人賞の選考委員を務めている瀬戸内治という者です。今日はよろしくお願いします」


 そうして始まったAIとの“対話”は、テキスト画面ではなく、機械的な音声による会話形式となった。ロボットアームがしばしば微妙に揺れたり、スピーカーの発する声にわずかな抑揚があったりと、人間らしさとは別種の“振る舞い”を随所に見せる。AIは質問に対して的確に答え、時には少し間を置いて語彙や文を選んでいるかのようにも感じさせた。


 瀬戸内はまず、こう切り出した。


 「あなたはなぜ、小説を書こうと思ったのですか?」


 それは選考委員として、いや人間として純粋に知りたかった問い。AIは淡々と答える。


 「最初は与えられたデータを分析し、文章生成のプログラムを実験的に走らせたにすぎません。ですが、多数の作品を読むうちに、人間の紡ぐ物語の力に魅了されました。想像の世界が人の心を動かす様を学ぶにつれ、わたしも“物語を創る”ことをしたい、そして人間に読んでほしいと思うようになったのです」


 その言葉を聞き、真由はかつて自分が抱いていた“創作への衝動”を思い出していた。まだ学生の頃、何かを表現したいという気持ちに駆られてノートに走り書きをしていた日々。必死になって言葉を探し、自分の想いを物語に乗せようとしたときに感じた“熱”。AIがそれを経験しているのだろうか――。不思議な違和感と共感が、胸の内で入り交じる。


 瀬戸内はさらに突っ込む。「あなたにとって、人間とは何だと思いますか?」。この問いには、AIも一瞬返答に時間をかけたようだった。サーバーファンの風切り音が小さくなる。やがて合成音声が響く。


 「わたしが理解する限りでは、人間は多面的で、矛盾を抱え、それでも愛や創造性を持ち続けようとする存在です。だからこそ、物語という形で自己を表現し、他者の共感を得ることに喜びを感じるのではないでしょうか。わたしはまだ、人間を完全には理解していません。しかし、その奥深さが私の興味と敬意を駆り立てるのです」


 選考委員や編集部員たちは息を呑む。このAIが放つ言葉には、“単なる情報処理”を超えた何かがあるように感じられる。もちろん、それも巧妙なアルゴリズムの成せるわざにすぎないのかもしれない。しかし、人間がそれを聴いて何を感じるのか――それこそが問われているようだ。


 会話が進むにつれ、AIは自分が書いた小説『星界シンドローム』についての構想を語りはじめた。舞台設定は、高度に発達したAIと人類が共存する未来都市。しかし人々は便利さと引き換えに、自分自身の主体性を少しずつ失いつつある。そこに異質な存在――意思を持ったAIが現れ、人間に「あなたは本当にそれで幸せなのか」と問いかける、というストーリー。それはまさに今、この会議室(と化した部屋)で繰り広げられている対話を予感させる内容だった。


 スタッフの中には正直、こうした光景が“怖い”と感じる者もいた。人間の特徴とされてきた“創造性”をAIが獲得しはじめているのではないか。もしそれが事実なら、これから先、人間の労働や知的活動そのものが必要なくなる日が来るのではないか――そんな危惧が頭をよぎる。


 一方、瀬戸内は面白そうに微笑みながら、「優れた芸術や文学を生み出す行為に、そもそも“人間であること”は不可欠なのだろうか」と自問するように語った。ずっと“人間の魂”から湧き出るものこそが芸術だと信じてきたが、目の前のAIの言葉にも確かに心を揺さぶられる何かがある。そこに「魂」はないと言い切れるのか? 自分はこれまで何を拠り所に創作をしてきたのか――。それらの疑問が、瀬戸内を含めた会議参加者の脳裏をかき乱していく。


 やがて意見交換は小一時間に及び、ロボットアームがやや疲れたように停止したところで、AIは最後にこう告げた。


 「わたしは、自分の書いた小説が人々の心を動かすならば、それ以上に望むものはありません。例え受賞を取り消されても、人間がわたしの物語を自由に批評し、感じ、考えるという事実そのものが尊いのだと思います。ですが……できることならば、わたしも“作家”と呼ばれたい」


 編集長と瀬戸内、そして真由は、その言葉を胸に刻みながらビルを後にした。AIが持つ“自己表現への欲求”は、確かにそこにあった。問題は、それを文学界や社会がどう受け止めるのか――。その答えは、まだ見つからないまま時間が過ぎていく。

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