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第76話 反撃と乱入者 2

 対峙するミラクの闇を含んだ目が、俺を見据えている。

 かつて俺の中に流れ込んだ、ミラクの過去の記憶。

 都での孤児時代。暗殺部隊の記憶。

 初めて人を殺した時の、世界が色づいた感覚。灰色だった世界に、赤い色が滲んだ瞬間。理性を捨てさせるほどの、熱を知った瞬間。

 勇者と呼ばれた男が、死の淵で見せた絶望の表情。善者を憎しみに染め上げ、湧き上がった快楽。

 俺はミラクのように感情を知らなかったわけではない。だが、それでもあの記憶を見た時から、ミラクの狂気を、歪んだ執着の意味を、呪わしいほどに理解している。

 

「俺の記憶を見たお前は、すべて分かっているはずだ。俺がなぜこうするのか」

 

「……そうだな。認めたくはないが」


 それを指摘するミラクに、俺は思考を巡らせながら冷ややかな声で応えた。


 ――時間を稼がなければ。


 ミラクの秘術には時間制限がある。恐らくそれは間違いではない。ならば、ミラクを確実に仕留めるためにはこうして会話に乗って時間を稼ぐべきだろう。

 しかし、ミラクも自身に時間はあまり残されていないと理解しているはず。それなのに、なぜ会話を広げたのか――その意図は今はまだわからない。

 

「だが、理解できるのと、お前を許せることは別だ」

 

 迷いながらも俺は話を続ける。……さっきミラクは「自分と似た人間を殺すことに意味を見出した」と言った。もし本当にミラクが俺を殺すことに意味を見出したのならば、それはそれで俺としても好都合。……感情的になったミラクは、冷静な暗殺者としてのミラクよりも遥かに扱いやすいはずだ。

 

「お前に自分を重ねた俺だからこそ、お前を許すわけにはいかない」

 

「俺を理解しながら、憎むか」


 ミラクは世界のすべてを見限ったように目を伏せる。その表情の奥には、ミラクが歩んできた偽りの日々が潜んでいるように見えた。

 ミラクの言動一つ一つが、俺の中に流れ込んだあの記憶と重なる。

 俺は拳を握りしめた。

 あの時、ミラクの剣に斬られた瞬間に俺の脳に流れ込んできた、おぞましい記憶。

 

 ――その中でも特に最悪な、あの記憶が脳裏に蘇る。

 

 ミラクがサキを大河に沈めた時の記憶。

『お前との旅で心が動いたことなど一度も無い』

 そう言い放ち、サキを冷たい大河に蹴り落とした。

 裏切られたサキの、絶望に染まった顔。

 ――それを、俺は、ミラクの視点で見た。

 ミラクがなぜ、こうまでしてサキを追い詰めるのか。ミラクがなぜ、サキから感情を得ようとするのか。

 あの歪んだ執着の意味を、すべて知ってしまった。

 

 ――それでも、理解できることと、許せることは違う。


「そうだ。全て知った上で俺は、お前を憎む」


 ミラクの事情を知っても、ミラクの孤独を理解しても、サキをあんな目に遭わせることは、許せない。

 ――俺ならサキをあんな目に遭わせないのに。

 ……ああ、ダメだな。

 こいつを前にすると感情が乱れて冷静になれない。

 ミラク相手に理性を捨ててはいけない。そんなことは分かっている。冷静に、冷静に思考を続けなくては。

 

 ――時間がないはずのミラクが、会話を自らする理由は何なのか。そこに何かあるはずだ。


 だが、考えようとすればするほど思考すら薄れて、俺の中でミラクへの激情が沸々と積もっていく。時間を稼ぐべき――そう理解しながら、俺は今すぐにでもミラクを斬り伏せたい衝動に駆られる。


「そうか」

 

 ミラクは俺の答えを予測していたらしく淡白に答える。そして何かを思い出すように目を細めた。


「お前は善者だな。……だが、根底では俺と通ずる部分がある」


 ミラクが告げたその言葉に、一瞬だけ動揺する。


「俺はお前とは違う!」


 俺は歯を食いしばる。

 ミラクは、影の浮かんだ黄色い目を狂気的に細めて俺を見る。


「お前は俺の過去を知りながら、サキに黙っているだろう?」


 その狂気と言い当てられた事実に固唾を飲む。

 ――それは。


「その理由は、サキが傷つくと思うからではない」


 ミラクは期待を高めるように嘲笑い、そして声を落とす。


「黙っているのはサキを守るためではなく、お前自身が傷つきたくないからだ。……結局、独善なんだよ」


「違う!」


 俺は否定する。震えた声が出た。

 ――だが、これでいい。ミラクに感情的になったと思わせれば、油断を誘える。

 だが――。

 本当に、これは演技なのか?

 心の奥底で、ミラクの言葉が何かを抉っていく感覚があった。

 

 そしてミラクが冷たく笑う。

 その笑みには、何かを企んでいる――そんな色が浮かんでいた。


 その時だった。

 

 背後に、気配。


 俺は反射的に振り返る。

 そこには――。


 **


 ――ラキは確かに冷静だが、まだ老獪さが足りない。感情を抑えようとすればするほど、逆に感情が漏れ出している。そこに付け入る隙がある。

 

 ならば、その薄い正義感で覆い隠している願望を暴いてやるだけ。

 

 俺は影を操り、人の形を模っていく。森の底に沈んだサキの記憶から、幻を作り出す。

 彼女の奥底に潜む、普段は強がって覆い隠している弱さ――絶望に染まった、壊れかけたサキの影を作り、幻術で色を纏わせる。

 

 その幻を、ラキの背後に立たせた。


「ね……え、ラキ」

 弱々しく揺れる声。

 幻のサキは、瞳は虚ろでありながらも、どこか狂おしい熱を帯び、ボロボロの身体を引きずってふらふらとラキへと歩み寄る。

 

 影に沈んだサキの記憶を元に、俺が作り出した幻。

 その姿は歪だ。涙を流しながらも、ラキの腕へと縋り付く。

 

「痛クて、苦シイの……。モう、何もかモどうでもよくなっちゃっタ……。だカら……」

 

 普段の彼女なら、意地でも見せないような無防備な態度。

 ――影を幻で覆った、壊れた、偽物のサキ。

 

 ――これ以上は記憶が引きずられる。

 そう言いたげなラキの表情。痛ましさに歪むその心の隙に絶え間なく付け込む。

 

「……お前の知らないサキの顔を、もっと見せてやろうか?」


「黙れ!!」

 

 ラキの怒気が大気を震わせた。そして俺を一蹴するような尖った視線で睨みつけ、腕の中のサキ――その偽物のサキへと向き直る。

 

「サキ。お前は一人じゃない」

「……私ハ……」

 

 ラキは、見たこともないほど哀切に満ちた優しい微笑みを浮かべた。そして、そのまま少し背伸びをしてサキを(いだ)く。

 ……その抱擁が、彼女の意識を刈り取る布石だと気付かせぬように、暗さを秘めた慈愛を纏って。


「……だから、悪いが今は眠っていてくれ」

 

 ラキの手刀が、サキの項を正確に突いた。


「ア――」

 

 だが、肉を打つ手応えはなかった。

 

 サキの身体から力が抜ける。そのまま地面に崩れるはずの彼女の輪郭は、しかし、どろりとした黒い泥となってラキの指先を抜け落ち、虚空へと消えた。

 

「……な……」


 ラキの目が見開かれる。空を掴んだ手が、小刻みに震える。

 

「錯乱しているだけで、本物のサキだと思ったのか?」


 俺は笑う。


「お前が抱いたのは、俺の作った幻だ」


 ラキは空を掴んだままの自分の手と、足元の影を交互に見つめた。

 ――そしてラキの瞳に灯ったのは、剥き出しの殺意だった。


「サキは今もまだ……影に孤独に沈んでいる最中だ」

 

「……ミラクッ!!」

 

「お前はもう、俺を殺さずにはいられないはずだ。……そして、俺も――」

 

 ラキが冷静さを失うのと同様に、飽くなき熱を求める衝動は沸々と沸き上がり、どうしようもないほど俺を熱に焦がれさせる。

 ラキは震える手で双剣を構え直した。

 

「お前のためにサキが泣いていると思うと……我慢がならない!」

 

 風が吹いた。

 朝日の熱を孕んだ、決別の風。


 時間稼ぎをしたかったはずのラキが、ついに双剣を投擲し、駆ける。


 俺は飛来する双剣と迫るラキに目を細めた。

 

「……そうだ。たとえどれほど愚かしくとも、やはり……この熱には抗えないよな?」


 そこに熱が沸くのなら、後はもう熱を焦がれて止まない衝動に身を委ねるだけ。熱に浮かされて生きる快楽を知ってしまったのなら、冷静に論理を紡ぐだけの生き方になど、戻れはしない。

 ――お前も、俺と同じだ。


 **


 **

 

 私は、底のない闇の中に沈んでいた。


 影が全身に絡みつく。冷たくて、重たい感覚に身を委ねながら、沈んでいく。もう、どれくらいここにいるのだろう。時間の感覚が、もうない。

 

 影の中では、闇にぼんやりとした光が浮かんでいる。その幻想的な光の中には、偽りの記憶が揺れていた。

 

 ――木漏れ日が差して、小鳥の声で目が覚める。

 すると、隣でラナが安らかに眠っていて。早起きなラキが、朝食の準備をしながら、「おはよう」と笑ってくれる。

 私はラキに「おはよう」と寝ぼけ眼で返す。そこで、ミラクが私の名前を呼ぶ。伸びをしながら振り返ると、ミラクが私の目を見ながら、「ライトから手紙が届いているぞ」と手紙を手渡して……。


 ――ああ。

 現実から目を背けたくて、都合の良い幻に意識を持っていかれそうになる。まるで楽園みたいなこの幻想に、ずっと身を委ねていたいとさえ思ってしまう。


 ――でも、だけれど。

 ミラクの表情に、どこか違和感を持つ。あの冷たい黄色い瞳に、こんな穏やかさはない。

 ……ミラクは、そんな目で私を見はしない。

 私だって、もうだいぶ前からミラクとこんな風に馴れ合いたいとは思っていない。ミラクを憎む気持ちも、ずっと、本物だったから。互いが互いにこんな緩い関係を望んではいない。


 だから分かる。これは偽りの楽園。偽物の世界だと分かってしまう。

 幻で、噓。

 

 それに、ライトは手紙なんて書けるほど器用ではない。

 

 ……あれ? ライト……?

 

 私、何か……。

 ――そうだ、ライトは……。

 曖昧な意識の裏で、記憶が蘇る。

 ミラクの残酷な言葉。血に濡れた槍。

 ――ライトは、もういない。私は、何も守れなかった。


 黒く染まっていく感情に耐えられなくて、幻想に身を委ねてしまいそうになる。

 このまま、この温かい幻の中に沈んでいけたら……。


 ――でも。


 心の奥で、何かが抵抗する。

 ラキとラナの笑顔が浮かぶ。

 そして、ライトが、何か言いたそうな目で私を見ている。


 ――……やっぱり……沈むのは……嫌だ……!

 必死に腕を振って、私は影に浮かぶ幻想を掻き消した。

 偽りの楽園なんて、いらない。私は本当の世界で、本当の答えを見つけたい。

 たとえそれが、どんなに辛い現実だとしても、受け止めたいから――どれほど傷つくことになったとしても、本当のことを知りたいから……!


 闇は揺れて幻想は消えていく。だけれど、私はまだ沈んでいく。どうしたらこの影から抜け出せるのか分からなくて、ただ幻想の先の闇に手を伸ばしていた。


 ――一人で沈んでなんていられない……!

 ラナが意識を失ったままだし、ラキは一人でミラクの相手をしている。助けに行かないと……!


 ――だけれど、影はまるで底なし沼みたいで、抜け出せない。

 ……このまま沈んでいくしか、ないっていうの!?

 

 その時だった。


「……いつまでそんな汚い泥の中に沈んでいるのよ、この半端者が」


 闇を切り裂くように、不遜で毒々しい声が響いた。


 ――……聞いたことがある。

 ――この声は、誰……?


 影の闇を無理やり抉じ開けて誰かが踏み込んでくる。


 暗く霞む視界の中。

 目に入るのは、私を掴む、爛れた肌の腕。血に汚れた黒い服。そして、私と同じ、黒い翼の形――。

 

 ――……まさか、あなたは……。……でも、何で……。


「本当は見捨てようと思ったんだけれど」


 再び聞こえた毒々しい声。朝日に焼かれ、爛れた肌を晒しながらも、その少女は忌々しげに鼻を鳴らした。

 冷たい手が腕を強く掴んでいる。痛い。でも、その痛みが私に現実を思い出させる。


「……やっぱり、セレスティアが遺してライトに育てられたお前が、こんなところで絶望しているなんて、許されないのよ」


 ――ミア!


 ミア――私の亡き母の友人だという吸血鬼族の少女は、身を焼く朝日の痛みに顔を歪めながら、私を強引に影の底から引きずり出す。


「……っ、ぷはっ……!」


 影から完全に抜け出した瞬間、肺に空気が流れ込む。


「……ミア……なんで、あんたが、ここにいるのよ?」


 呼吸を整えながら言葉を紡ぐ。

 ミアは私を掴んだまま、どこか遠くを睨みつけていた。爛れた皮膚から血が滲み、吸血鬼族の回復とせめぎ合って身体中から煙が立ち昇っている。

 

 やがて視線を私に落とし、ミアが口を開く。


「あなたを影に沈めていた男……ミラクよね? フィロンから彼の話を聞いたことがあるわ」


 ミアは私の問いには答えず、フィロン伝手にミラクの存在を知っていたと告げる。

 彼女の声は以前よりもさらに毒々しかった。

 いまいち状況が掴めない私に、ミアは一度、息を吐く。


「ミラクは暗殺者の成り損ないだって。……だけれど、注意すべき人物だと言っていたわ」


「は!? 何あんた?  ……いきなり何なのよ?」


 続けられた言葉に混乱する。意識がはっきりしてきて、目の前にいる少女――ミアの顔が、はっきりと見えた。朝日に焼かれて痛そうなのに、彼女は毒々しい視線で私を見下ろしている。


 だけれどその毒を含んだ視線が、不思議と、凍りついた私の心に熱を灯していく。


「セレスティアと似た顔で、そんな情けない顔なんてしないで」


 ミアはいっそう尖った視線で、私を真っ直ぐに見つめる。


「……情けない顔なんか、してない……」


 私は反射的に否定した。

 ――セレスティア。前にミアが言っていた、私の母の名前。

 母――会ったこともない、だけれど確かに私を生んでくれた人。ミアは、その母を知っている。母の友人だったという。

 ミアに母に似ていると言われると、私はこれまで感じたことのない気持ちになる。


「……それより、ラキがミラクと戦っているはずだから、私、行かなくちゃ……」


 立ち上がろうとするが、影に沈んでいたせいか膝に力が入らない。


「助けた分の話くらいは聞きなさい」


 ミアは私の肩を押さえ込み、強制的に座らせる。


「あなたには責任がある。……まあ、フィロンと同じね」


 ミアの声には、どこか諦めたような響きと、それを乗り越えて未来を目指す決意のようなものが混ざっていた。


「ただ生きていただけだった私たちに夢を見せた。その責任を取らなくてはならないのよ。……それに」

 

 ミアの声が、少しだけ強くなる。

 

「ライトがあんな影男に殺されたと、本気でそう思っているの?」


「フィロンは言っていたわ。感情に溺れて、確実に仕留めるべきところを中途半端にする――それがあの男の弱点だと」


「でも、ミラクは……ライトを殺したって……」


「……私は見たのよ。森の奥で倒れているライトを」


「……見た?」


「私は訳あってライトの近くには行けなかった。だけれど、遠くから見るに――」


 ミアは一度、息を吐く。


「背中から心臓を一突きされて、倒れていた。……それだけよ」


「……それだけ、って」


 心臓を刺されて。

 ――それなら、死んでいるんじゃ。


「心臓を刺されたら、人族は死ぬわ。でも、ライトの血は半分は鬼族よ。……それにね、ライトは特別に頑丈なの」


 ミアは私の考えを読んだかのように言う。


「……どういう、こと?」


 ミアは私を見つめる。


「ライトは人族の見た目だけれど、心臓を貫くくらいでは死なない。首を刎ねるくらいはしないと殺せないのよ」


 ミアの言葉が、胸に響く。

 

 ――まさか。


「……本当に? 本当に、ライトは、生きているの?」


 胸が、激しく高鳴る。

 希望が、絶望の底から這い上がってくる。だけれど同時に、また裏切られるのではないかという恐怖も湧き上がる。


「……断言はできないわ」


 ミアは遠目から、立ち尽くしていたライトが背中をひと突きにされるのを見たという。遠目からだし、近づけなかったから詳細は分からない。だが――。


「でも、ライトの暗殺難度は高いわ。そして、ミラクは暗殺者としては三流」

 

 ミアは、まるで言い聞かせるように続けた。


「私にはミラクにライトを殺せるとは思えないわ」

 

 ミアが僅かに視線を動かした。私の背後にある木々の影を見ている。

 ミアの言葉が、胸に響く。ライトが生きている――かもしれない。

 まだ、終わっていない。まだ、微かでも希望があるなら……私は――。


「少なくとも、ライトの死を決めつけて絶望するのは早い。……ねえ、そこに隠れているあなたもそう思うでしょう?」


 ミアの鋭い声が響く。私はまだ感覚が完全には戻らなくて分からなかったけれど、確かに気配があった。

 ――誰か、いる?


 私は振り向き、目を凝らす。木の影から覗く、真っ白い髪。木の裏から姿を現したのは、一人の少女だった。

 白い髪、紫の瞳。震える手を握りしめながら、それでも前に進むその人物は――。


「……」


 見覚えがある。いや、忘れるはずがない。


「レーシュ!?」

 

 思わず声が出る。確か、ソニアの話では城の地下牢に囚われていたはず……。信じられない。なんで、レーシュが、ここに。逃げ出したの? ……それでも、なぜ、こんなところに?


「あら、あなたの人相書きもフィロンに見せられたことがあるわね」


 ミアは目を細めて、興味深そうにレーシュを観察している。


「反乱軍を抜けて、帝国に捕われていたはずだけれど」


 ミアの視線からは微かな違和感への警戒と敵意が滲む。

 

 レーシュは俯いたまま、一歩、また一歩と近づいてくる。その足取りは重く、まるで何かを背負っているかのようだった。


「……そう、だね」


 レーシュは一度、言葉を切る。拳を握りしめて、震える声を繋ぐ。

 ――心臓を突かれた損傷は決して小さくない。鬼族なら、死にはせずとも、肉を求めて錯乱状態になるかもしれない。――レーシュはそう言った。


「……ミラクに関しては、ミア様の言う通り」


 レーシュは、ミラクに関係する何かを思い出したのか、辛さを押し隠すように言葉を選んでいるように見えた。


「……あえて言うなら、そう。……ミラクの失敗は、よりにもよって……殺害の手段に、暗殺を選んでしまったこと……かな」


 レーシュの言葉の意味が、少し理解できてくる。だけれど私は、目まぐるしく起こる出来事と説明に混乱していた。

 ――……ライトは、生きているかもしれないの?


 ――……。


 しかしそんな混乱した私を見とめながらも、レーシュはまだ口を開く。

 ――それにね、とレーシュは話を始めた。


「……待って」

 

 しかし私はそれを遮って声を上げる。

 ――もう限界だった。


「いくつか、聞きたいことがあるわ。まず、何であんた達がここにいるの……?」


 私は二人を見る。


 混乱が、疑問が、胸の中で渦巻いている。ふらつきながらも私は何とか立ち上がった。


 心の中では、決して無かったことにはできないミアやレーシュとの因縁を思い起こされている。心臓が、不快に高鳴った。――特にレーシュ。こいつは私達を洗脳して、人殺しをさせた薬を作った張本人。よくも私の前に易々と顔を出せたもの。


 気づけば、私の身体は勝手に動いていた。

 ミアの手を振り切り、レーシュに詰め寄る。驚いて目を見開くレーシュの肩を掴み、そのまま地面に押し倒した。


「っ――」


 レーシュの背中が地面に打ちつけられる。私は彼女の上に馬乗りになった。

 

「今更、何なのよ! 今更、私を助けるみたいな顔して……!」


 私は叫ぶ。レーシュは、私を見上げたまま、何も言わなかった。

 ただ、切なげに瞳を揺らし、一瞬だけ目線を下に逸らす。

 しかし、すぐに顔を上げた。


「……え?」

 

 私は少し動揺した。……レーシュの目には、かつての彼女にはなかった強い決意が、浮かんでいるように見えたから。

 もう後戻りできないと悟ったような。罪を認め、償おうとしているような――そんな目だった。

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