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ある〇〇〇の日常

本編の裏の主人公的存在の前日譚です。

旅芸人の一座の女の子視点(最後のみ三人称)です。


2025/03/26追加。

※この話は飛ばして、次話からお読みくださっても大丈夫です。

 死の直前、思う。

 ――あの狂った男と、私たちの一座が出会ってしまったのは、何がきっかけだっただろうか。なぜ、こんなことになったのだろうか。


 ……あいつと出会ってしまったのは、そう。

 ――あいつの目みたいにどこまでも淀んだ鈍色の空の日だった。


 **

 

 私たちは帝国西部を旅する旅芸人の一座だ。

 荷馬車で西部各地を旅して、村や町の広場でサーカスを披露するのが仕事。帝国は不安定だけれど、そんな情勢だからこそ、曲芸は人気があった。

 西部は人族が多いから、私たち人族だけの一座でも、野蛮な盗賊まがいの冒険者にさえ気をつけていれば旅はできる。

 

 ……そんな私たちがあいつと出会ったのは、ひと月ほど前のこと。

 

 山道を進んでいるとき、騒ぐ風に混じって妙な気配がした。

 ――次の瞬間。

 高い木から音もなく降り立った影が、あいつだった。


 曇り空から覗いた微かな日に浮かび上がる痩身。乱れた黒髪の隙間から覗く、獣のように爛々と光る黄色い瞳。

 ……どうみても怪しかった。

 私たちはその男を盗賊の類いだと判断した。目で合図すると団長や他の団員は警戒し、すぐに剣を抜いた。私も荷馬車の影に隠れ、団長を援護しようと弓を構えた。

 

 ――だが。あいつは腰に差していた剣を地面に置いて、両手を挙げた。降参の意思を示しているようだった。


「俺には、()お前達を攻撃するつもりはない」


 あいつは薄ら笑いで言った。

 警戒しながらも、団長たちは剣を下ろし、男の様子を窺った。


「お前は、何者だ」


 団長が一歩前に出て、男に問う。


「俺の名はミラク。……見ての通り、掃いて捨てるほどいる冒険者だ。お前らは、この辺りで話題になっている旅芸人の一座だろう」


 その男――ミラクは淡々と答えた。


「団長は来る者を拒まない性格(タチ)だと聞いている。俺を、一座に入れてくれないか。今見せた通り、身体ならそれなりに動く」


 いきなり現れて仲間になりたいという要求。

 明らかに不審な奴だった。だが、団長は本当に来る者を拒まない主義だ。

 あっさりとあいつを……一座に受け入れてしまった。

 だけど、私はあいつが危険な気がしてならなかった。


 だって……あいつの黄色い目は――久しぶりに見つけた獲物に昂る、飢えた狼のようだったから。

 

 **

 

 山の中の小池のほとりで休憩していたときのこと。

 団員たちはそれぞれに思い思いの時間を過ごしていた。


 池の近くでは、若い団員がふざけ合っている。水をすくって掛け合ったり、枯葉を投げつけたりと、まるで子供のようだ。少し離れた場所では、楽器を弾いて歌を歌う者たちもいる。

 笑い声が絶えず、陽気な空気が満ちている。こういう瞬間こそ、旅芸人の一座らしい時間だ。


 しかし、ミラクだけはその輪の中に加わることなく、木の根元に腰を下ろし、小池の水面に落ちる枯葉をうつろに眺めていた。


「ねぇ、あんた、ミラクだったっけ」


 普段なら放っておいたかもしれない。でも、私はなぜか気になってしまった。


「……何の用だ?」


 ミラクは私の方を見もしないまま、心底つまらなさそうな声で言った。


「あんた、ウチの一座に入ってひと月は経ったけど、まだ馴染んでいないわね」


 そう言いながら隣に腰を下ろす。


「そうか。俺は一座に貢献していると思っていたが」


「そういう話じゃないわよ。私の弓でリンゴよりも小さな的を射抜くのにも負けないくらい、あんたの化け物みたいな身体能力は人気よ。それでも、あんたは一座に馴染んでいない。……なぜかわかる?」


「わからないな」


 私は思わずため息をついた。


「あんたは誰にも心を開こうとしないじゃない」


 ミラクはそこで初めて私をじっと見た。

 暗い黄色い瞳。その奥で、何かが沈んでいた。それが何なのかはわからない。怒りでも、悲しみでも、喜びでもない。感情の名を持たない、ただひたすらに何かを欲する熱のようなもの。


「……私にも正直、あんたのことが何もわからないわ」


 ……ミラクは私とは根本から何かが異なる。そう思った途端、怖くなった。私はミラクから視線を逸らし、立ち上がると、その場を離れた。


 **


 次に曲芸を披露する村に向かうため山の奥に入り込んだ深夜。

 あいつ――ミラクは、唐突に化けの皮を剥がした。

 今までの彼は、どこまでが演技でどこからが本心だったのか。

 ……それはわからない。

 でも、あいつが私たちに近づいた理由は、きっと殺すためだったのだろう。


 ――そうでなければ、目の前に広がる惨劇を躊躇いもなく引き起こせる理由が無いのだから。

 


 空気が重い。

 焦げた木の匂いと鉄臭い血の臭いが入り混じり、喉の奥を焼く。

 炎に呑まれた荷馬車の残骸が無惨に散らばり、地面には黒く焦げた荷物と、動かない仲間たちが転がっている。


「……やっと、わかった! あんたが、何をしたかったのか……」


 私は倒れたまま、震える手をミラクに伸ばす。


「あんた、初めからこうするつもりで私たちに近づいたのね……!?」


 ミラクが私たちの前に降り立った、あの日の光景が脳裏に蘇る。あれが始まりだったのか。それとも、それより前から決まっていた運命だったのか。


「ああ」


 ミラクが持つ剣の刃先から滴る鮮血が、焼け焦げた土へと落ちる。


「俺は馴れ合い、そして殺すために近づくんだ」


 火の粉が夜闇を舞う。

 赤々と燃える炎の明かりが、ミラクの顔の半分を照らし、もう半分は深い闇に沈んでいた。

 黄色い瞳は猛禽のように鋭く光を帯びている。


 その姿を恐ろしいとは思わなかった。私には仲間を理不尽に殺されたことに対する怒りがあった。


「……なぜ、馴れ合う必要があるの? 仲を深めた人間を殺して、何も思わないの!?」


 落ちていた仲間の短剣を拾い、握りしめる。

 そして、私は何とか震える足で立ち上がった。先ほど撫で斬りにされた背中の傷が深く裂けるが、それでも立ち上がった。

 だが、短剣を構えたところで、ミラクの目には微塵も警戒の色は浮かばない。


「……殺すことでのみ、俺は感情を味わえる」


「は? いったい何を……言ってるの?」


「……殺すことでのみ、お前達が普段当たり前に感じている熱を、俺は感じるんだ。俺は、その熱を欲している」

 

 火が爆ぜる音がやけに大きく聞こえた。

 背後から、誰かのうめき声が聞こえる。

 ……もう助からないと分かっている仲間の声だ。


「……殺さないと何も感じない? 熱が欲しい? 何それ……意味わかんないわよ……!」


 ミラクは、ほんの一瞬だけ目を伏せ、そして薄く笑う。


「殺さなければ、俺は何も感じないんだ。()()感じない……悲しいほどにな」


 夜風に乗って、囁くような声が届く。まるで他人事のような口調からは諦念が滲んでいた。その独白の意味は、私には理解できない。


「今、血を流しながら俺を睨むお前に対して、俺は何も感じない」


 言葉通りなのだろう。

 ミラクの目は冷え切っていて、そこに感情の揺らぎは見えなかった。


「……だが、殺せば変わる」


 そう言うと、ミラクは剣を振り上げる。

 焔の光に照らされる刃は、鈍く赤黒く染まっていた。

 彼の猛禽のような目が、じっと私の表情を観察している。

 ――なぜ。なぜ、そんな目で見つめるの?


「交流のあった奴を殺してこそ、得られる感情(かいらく)は熱く、そして深い」


 その言葉に息が詰まる。――ああ、そう。

 殺した後でなら、ミラクは私に対して感情を抱く。

 その感情をより深くするために、今、彼は生きている私を目に焼き付けているんだ。


「……俺は絶望という感情の極みを求めて、殺している。……お前達とはひと月、共に旅をした。……それなりに期待している」


 ミラクの剣が、ゆっくりと軌道を描く。


 避けなきゃ。

 逃げなきゃ。

 ――動け。動いてよ……!


 思考は溢れるのに身体は動かない。心臓が壊れそうなほど速く脈打っているのに、体は鉛のように重かった。


 寒い。違う、熱い。……血を流し過ぎたせいだ。

 視界が揺れる。耳鳴りがする。


 ……なんで。

 なんで、こんなことに。


 ――その直後、首に熱が奔る。

 思考は途切れた。


 

 **


 

 ミラクは殺しの余韻に浸り、立ち尽くしていた。


 殺した相手の表情。歪んだ瞳。最後の声。

 それらは、ほんの一瞬、彼の中に熱を生じさせる。


 しかし――。


「今回も、外れか。……俺が欲する絶望とは程遠い」


 まるで欠けた器に水を注ぐように零れ落ち、跡形もなく消えていく。仮初の感情は、すぐに無に帰した。


 風が吹く。

 焦げた木の香りと血の匂いを含んだそれが、蹂躙の名残をさらっていく。


 ミラクは剣を振り、刃についた血を払い落とす。

 荷馬車と死体に踵を返した。


「……次を探すか」

 

 ミラクは呟き、次の獲物を求めて夜の闇へ消えていった。

ある殺人鬼の日常

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たいへん遅くなりましたが拝読させて頂きました。 世界観や歴史設定書かれているの親切ですね。 とてもいいなと思いました。 この度は企画参加頂きありがとうございます。 背負う地区顎と(staff)
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