8話【初戦闘】
ダンジョン内は想定よりかなり入り組んでいて大きく、既に数分は走り回っていた。
声の主がまだ無事だと良いけど…
「リリス、そこの廊下を右だ!」
「右ね!…」
僕の方はといえば何故かダンジョン内の人の位置がある程度わかることを理解し始めていた。
これが持っている2つのスキルのうちの追加効果なのかあるいはまた魔王にされたちょっとした特典なのかまだわからないけど…。
「…!優人見て!見つけたよ!」
「!」
長い廊下を進み階段をひとつ下った場所、探していたそこへようやく辿り着く。
「グオオオオオオオオオッッッ!!!!!」
「…っ」
と、巨大なその怪物の低い唸り声が聞こえる。
確実に僕の二倍はあるであろうその体躯に明確な恐怖心が生まれた。
逃げたくなる弱い心は、今隣にいるリリスのおかげでかろうじて支えられていた。
この子を置いて僕が先の逃げるわけにはいかない…っ。
「優人、あれは迷宮オークだよ!」
「迷宮オーク…!?」
何だその強そうな名前は。
いや今の逃げ腰な僕には多分どんな名前を聞いても強そうに聞こえるんだろうけど。
でもオーク、つまり怪物。頭部から生えた巨大な一本の角は確かにその名前に相応しい気がする。
主要な武器として使っているであろう両の手は異様な発達をしているのか明らかで肘から下がにの腕より肥大化していた。
…生物としては不自然なほど硬そうな筋肉をしている。
そしてその足元…
頭から血を流した女性がそのオークの足元に転がっていた。
「……なっ」
分かってはいたけど、人が怪物に襲われている。
当然これまでの人生でこんな光景を見たことはなかった。
怖いからではなく、見たことのない光景に、初めての経験に今更になって自分が異世界へ転移してきたことを実感する。
そっきリリスが言っていた実際に見て改めて感じるという言葉を思い出した。
「ウオオオオオオオオッッッッ」
「っ!」
オークが僕と目を合わせると獲物として見なされたのか走ってこちらに向かってきた。
やばいやばい急げ。すぐに僕のスキルで──っ
「【火術:ファイアボール】!」
輝く火球がオークへ一瞬で向かい炸裂した。
リリスの攻撃を正面から受けたオークはというとその胸から上が蒸発している。
「……えっ」
「…何驚いてるの。これくらいで」
驚く、当然だろう。
確かにあんな巨大で強そうなモンスターを一撃で屠るリリスにも、そんな高威力の魔法をさっき僕にぶつけようとした事にも驚いてるんだけど…。
それよりも…。
「…ま、魔族を殺したの?」
「殺すって…相手は下級魔族なんだから。コアの魔石に傷をつけない限り死なないもん。あの状態からでも半日もあれば元気にまた歩き回るよ」
「そ、そうなんだ…」
今のは何もできなかった僕がかける質問じゃなかった。
僕がもっと早く動いていればリリスに攻撃させずに済んだのだから。
けど…まあこの状態からでも復活するならいいのかな…?
やはりこの世界の倫理観は僕とは乖離してしまっているみたいだ。
混乱を胸に押し込んで倒れていた女性の元に駆け寄った。
格好から見るにいわゆる冒険者、って感じがする。
冒険者を見たことないから自信はないけど。
「よかった…!息はあるよリリス!。頭の傷も大きく裂けたりはしてないみたい…リリスの鞄にあった包帯と布を使えば最低限止血はできると思う」
「そ、そっか…」
複雑そうな表情のリリス。
包帯を巻く手を止めて僕は彼女に何か言葉をかけようとしたが、巨大な地響きのような音に遮られてしまった。
「!?今度は何の音!?」
「足音だよ…!まずい…迷宮オーク達が大勢こっちに向かって来てるんだ…!」
彼女の言葉に頭が真っ白になる。
オークの大群がこっちに向かってきてる?元いた世界では一度も聞いたこともないセリフだ。
こんなわかりやすく恐怖を感じる言葉なかなか無い。
「っ…………!優人はその人を背負って逃げて!!わたしなら一人で足止めできるから!」
「け、けど…」
「はやくっ!」
言われて駆け出そうとする僕の足が止まった。
迷宮の奥からなる地響きのような足音のせい、ではない。
もう一方の僕たちがきた道から現れた巨大なムカデ状の生物に進路を阻まれてしまったからだ。
「逃げ道が…ない…」
「っ!【ファイアボール】!」
僅か一瞬のうちにリリスがこちらへ振り返りまた火球の魔法を放る。
しかしその炎はムカデの甲羅に弾かれて火の粉となって消えた。
「め、迷宮ムカデまで潜んでたのこのダンジョン……っ!【幻術:シャドーウォール】!」
かなりの速度で這って近づくその生物と僕たちの間にリリスが黒い影の壁を貼った。
幻術という名前とは裏腹に、それなりの強度があるようで迷宮ムカデはぶつかり気持ちの悪い腹を半透明の壁越しに見せつけた。
……これで僕らに退路はない。
「迷宮ムカデくらい時間をかければわたしにも倒せるけど…でも今力を使い切りたくない。…………向かってくるオーク達は倒すから隙を見て優人は逃げて!」
「…!」
再度逃げる様に言われ僕は思い出す。
そうだ。
僕の目的はこの背中の女性を助けることだけじゃない。
僕はリリスを、魔王の娘を全ての脅威から無事に逃し切らなくてはいけないんだ。
こんなところで彼女の力を使い果たさせてしまっては本末転倒になる。
消耗は抑えなきゃいけない。
魔法がどれだけ身体に疲労を及ぼすのかはわからないけど…今日四度目の魔法を放ったリリスの呼吸が乱れているのを感じる。
………僕だ、僕がやらなきゃいけないんだ。
守るって決めた僕が。
もう何度も彼女に助けられてる。僕が守る理由なら十分だ!
「リリス!下がってっ!」
「……えぇっ!?」
小さな少女に背中の女性を押しつけて、僕が前に駆け出す。
廊下の先から七、八体程のオーク達が我先にと向かってきている。
僕はその先頭のオークに向かって手を伸ばし、あの忌々しくも美しい魔王の手つきを再現して叫ぶ。
「…『転倒しろッ!』」
「グォオッ!」
先頭のオークが倒れ、後ろの怪物たちも巻き込まれる。
転んだオークは後ろの化け物たちの重みに耐えきれず歪な形に潰れた。
この狭いダンジョン内ならあの大きな身体もむしろ邪魔になる…!
続いて最後尾に見えたオークに焦点を合わせて再び命令。
「『オーク達を薙ぎ払えッ!』」
僕の命令を聞いたオークが、その巨大な腕を振り周り前方にいた同族たちの頭部を消し飛ばした。
戦える。僕にも、できることがあるんだ…!
後方から同族の頭を潰して回る僕の支配下のオークに高揚感と征服感を感じた。
最後の一体を倒し属隷化している僕のオークに最後の命令を与える。
「『…可能な限り僕たちから離れて』」
その言葉を聞くと最後のオークは頷き、ダンジョンの奥へ姿を消していった。
………安堵して腰が抜けてしまったらしくその場にへたり込む。
後ろにいたリリスが「やるじゃん」と小さく笑って僕に近づいてきてくれる。
…その後ろで、魔法の壁にヒビが入る音を僕達は聴き逃した。
何とかここまで修正が終わりました。
少しでも読みやすくなる様にゆっくりと以降の話も修正していきます。