42話【記事と心配】
異世界人を名乗るコノハという女性に連れられて、僕は喫茶店に来ていた。
赤煉瓦の壁が夕陽に照らされて、店内は暖かな光に包まれている。窓際の席にいるからか、少し眩しいくらいに感じた。
「吉田くんは、何飲みます?コーヒー?それとも、ソーダフロートとかの方がお好きですか?」
「…………コーヒーで」
差し出されたメニューを確認せず、答える。
目の前の女性が何を考えているのかはわからないが、間違いなく僕は試されていた。
「……ふふ、「ソーダフロートなんてあるのか?」って顔ですねえ。その通りです、残念ながらこの異世界にはまだそういう飲み物はありません。メロンソーダもアイスもあるんですけどね〜…残念です。あ、店員さん注文いいですかー」
……………この人は僕も異世界から来てることに気づいている。と、今の会話で確信した。
カズトを殺された事で復讐しにきたのだろうか。あるいはまたリリスを奪いに?どうやって僕の事を知ったのかは知らないが、とにかく今僕はこの目の前の怪しげな女性に命を握られている……。
こんな時僕のあの【スキル】が使えれば脱出できるのに……っ。
「…あぁ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。ウチはカズトくんと違って乱暴な事はしません。穏健派の優しい異世界人ですから。約束通りあと25分私とお話ししてくれたら報酬をお支払いして帰りますよ」
「……証拠は?貴方が異世界人だって言う証拠と、乱暴なことはしないって証拠」
「ん、証拠?うーん、そうだなあ…」
腕を組んで悩む彼女の元に店員さんがやってきて、注文を取る。彼女はメニュー表を指さしてアイスコーヒーを二つ頼み、店員から紙のナプキンを一枚受け取った。
「じゃあ証拠はこれでっと…」
「………」
サラサラと胸に刺していたペンでナプキンに字を書き始める。そこには異世界の言語ではなく僕が慣れ親しんだ『日本語』で東雲木葉、と書かれていた。
………間違いなく、彼女も僕と同じところから来ているらしい。
「それから、流石に緊張はしますけど……まあ仕方ないか。ステータスオープン」
彼女の掛け声と共にステータスウインドウが表示される。
そこには今ナプキンに書かれた名前と二つのスキル【異世界翻訳】と【瞬間移動】が表示されていた。
「はい、これがウチのチートスキル【瞬間移動】」です。すごく便利ですがカズトくんみたいに話すだけで害があるみたいな邪悪なものじゃないですよ〜」
どうやらこれで手の内を明かすから信用しろ、という事らしい。……少なくとも、僕の要求には答えてくれた。
「あなたの事はウンディーネさんに聞きました。覚えてますか?カズトくんを倒した現場にいた青い髪のや女性です。その方から現場にいた青年の話を聞いて調査したところ……貴方を見つけたってわけです。ふふっ、初めは情報が間違っていて女性かと思ってしまいましたが…」
くるくるとペンを回しながら、僕を見つけた経緯も説明してくれる。しかしその動作全てが罠にさえ見えた。
「それでですね、ウチが知りたいのは……」
…きた。目的は「魔王の欠片」の正体か?…いや既にその正体すら突き止めていてリリスの居場所を聞いてくるのかもしれない。そのどれにしろ答えるつもりは────。
「ウチが知りたいのは、貴方がどうやってカズトくんを倒したのかってことです」
「……………え?」
どうやって倒したか?え、えっと…。
「だってあのカズトくんですよ!私達人間派閥の異世界人でさえ一番警戒していたのにどうやって貴方が!?て言うか方法はどうにしろその「魔王」と「鎖の勇者」の戦いの正しい出来事を記事にしたい!!それがジャーナリズムってもんじゃないですか!?」
じゃ、ジャーナリズム………?
先ほど貰った名刺に目を落とすと、そこには「東雲新聞社長」の肩書きが書いてあった────。
「…………ふむふむ、つまり女装して貴方に見惚れてる隙に平手打ち拘束プレイで精神を砕いた、と」
「だから全然違うって!!普通に殴って勝ったって何回言えばわかるの!?」
「ふふ、新聞とは時に嘘を織り交ぜて大衆の興味を惹くことも大切なのです……!」
…「正しい出来事を記事にしたい」とは何だったのだろうか。彼女は僕の話した内容を全て脚色してメモしている…。実際のところドランやリリスの話は伏せて話しているため僕の内容ですらちょっと事実とは違うのに。
別にあいつのこと好きじゃないけどこのままじゃカズトがバカみたいな死に方をしてしまった事になってしまうぞ…。
「……うんっ。いやあ!これはいい記事になります!!完成したらすぐに吉田くんのお家にも記事を届けますね!!!」
しかしもう内容を変えるつもりはない様だ…。ご、ごめんカズト………。
ただどうやらこれで彼女の聞きたいこととやらは終わったらしく、メモを見返しながらほとんど飲み切ったアイスコーヒーを音を立てて吸っていた。
…なんて自由な人だろう……。
「……ねえ東雲さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ん?コノハでいいっすよ〜。同じ日本人の陰キャ仲間じゃないですか」
勝手に陰キャ仲間にされてるらしい。……いや否定はしないけど。
「えっと、コノハ。……死んだ人を生き返らせるチートスキルを持った勇者って知ってる?」
「死んだ人を!?いやそんな壊れチートスキルあるわけ無いじゃないですか……そんなのあったら色々とこの世界の意味が…。……いや、待てよ…」
「!心当たりがあるの!?」
「……い、いや。ある意味っていうかそう言うことができそうな人はいるって程度です。基本みんな自分のチートスキルは明かしませんし」
ある意味でも、いる。もしその人に会えればドランの妹を生き返らせることができるかもしれない。
しかしそんな光明とは裏腹にコノハの顔はどんどん暗くなっていく。
「うーん、でもあれは「最悪」ですよ?叶うなら絶対もう会いたくない…。通称「希望の勇者」様……」
「き、希望の勇者?随分な二つ名だけど…」
「まあ、彼女は色々特別ですから…………本当もう顔も見たくない……………」
どうやら何かトラウマがあるのか、どんどんコノハの顔色に汗が滲み浮かんできた。
「ていうかウチ以外の異世界人さんはみんなどっか性格が飛んでますからねえ」
コノハさんもだいぶぶっ飛んでると思うけど……。
多分、僕以外の異世界人はみんな変わってる人くらいに思った方がいいのだろう。
「他の異世界人含めてウチの知っていることで良ければ話しましょうか?と言っても多分頑張って調べれば1ヶ月で集まる情報でしょうが」
「ほ、本当に!?すごく助かるよ!!」
「んふふ、ウチと吉田くんの中じゃないですか〜!待っててください、確か胸のポケットの方に……」
そう言って彼女が上着の中を漁り始める。……良かった、先に色んな知識があればいずれリリスを守る時に役に立つかもしれない。一年後に僕が彼女のそばを離れた時にあの小さな魔王の武器になるかも、そう安心してコーヒーを飲み干そうとグラスを持ち上げたところで。
「お兄ちゃんから離れろおおおお!!!」
僕のそばの窓を突き破って、妹がダイナミックに入店してきた。
………………え?
「お兄ちゃん大丈夫!?起きたらいないから心配したんだよ!怪我は!?」
「い、いや僕は大丈夫………て言うかリリス」
「あいつわたしのお兄ちゃんを独占して何をするつもり!?どこに消えた!!出てこい!」
向かいの席には既に彼女はいなくなっていた。代わりに5万ゴールドが空のグラスの下に敷かれている。なるほど、これが【瞬間移動】のスキル………。
「り、リリス落ち着いて。僕なら大丈夫だから、あの人ともちょっとお話ししてただけだよ」
「え?お、お話………?」
僕の全身を見渡し、怪我がないか確認しているらしい。
「…あ。………ごめんお兄ちゃん、ちょ、ちょっと心配で…」
「えっと…出かけるって書き置きはしておいてはずだけど……玄関に…」
「………あ。」
その表情はどうやら「何か紙があるのは見えたけど慌てていて確認しなかった」という感じだ。
か、過保護もここまで行くとちょっと問題が……。
「……えっと。リリス、とりあえずテーブルから降りようか………」
「ご、ごめんなさい…………」
その後店員さんをうまく説得して、僕らは二人家路についた。
ちなみに五万ゴールドは窓の修理費に消えた。…………にぃぃ……(泣き声)。




