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番外編【レベッカ・リリアン】


………最近、ちょっと気になってる男の子がいる。

いや恋とかそういうのじゃないけど。


魔王様とやらが私たちの街を攻めてきて早数日、その彼がどうも現れないのだ。

ここ一週間毎日私のパンを食べに来てくれてたのになんだか寂しい。

…い、いやだから恋じゃないって。


初めて彼が来た日はいつだっけ?きっと5日くらい前の朝だったと思う。

赤いフードを被った小さな女の子を連れて、その握りしめた10ゴールドを私に差し出してこう言ったのだ。


※※※※


「これで買えるものなんでもいいからください!」

「………はあ?」


その手には1ゴールドが握られていた、これで買えるパンはうちにはない。

てかどこにもねえよ。

二人とも孤児なのだろうか、ここらじゃ見ない格好をしてるけど。

…そういえば、最近どっかの村が魔族に襲われたって話聞いたっけ。そこの人なのかも。


でもただのアルバイトの私ににパンを値引きする権限なんてないしなぁ…。


「ゆ……お兄ちゃん。やっぱ無理なんじゃない?拾ったお金で夕ご飯買うなんて無理だよ…」

「い、いや!まだわからない…僕が今から完璧な交渉術で朝食を確保するから待ってて!」


どうやらとんでもない極貧生活を送る兄弟が来た様だ…。


ていうかお兄ちゃん、つまり男なんだ。こっちのやつは。

羨ましくなるくらい細身でちっちゃくて、言葉にするなら「可愛い」って感じの中性的なヤツだったから。

初見じゃちょっとわかんなかった。

……目だけがキモいくらい濁ってるけど。


にしても交渉なんてされたって無理なんだから困る。

つい先週値切ってきたお客さんにこっそり割り引いたのがバレて店長に怒られたばっかりだもん。

バイト代減らされちゃうと私だって遊ぶお金がなくなっちゃうし…。


なんて考えてたらその男の子が私の耳に顔を近付いて囁いてくる。

すごく甘い、いい香りがして何だかドキドキしてしまった。

い、いや、そんな色仕掛けみたいなのされたって値引きは────。


「もし売ってくれないなら大声をあげて泣きます。それでもいいですか?」

「……………」


な、何だこいつは……。

顔を見ると既に泣いてる。しゃんとせい。


「いいんですか!?妹の前で情けなく泣き喚く男の姿を見て何も思わないの!?」

「いや情けない自覚あるならやめろよ!ていうか泣くな!」

「…お、お兄ちゃんの交渉術それなんだ…」


全部聞こえてたらしい。当たり前か、今叫んでんだもん。


「だいたいこんな一ゴールドで売れる商品なんて──」

「あ、い、いや!商品じゃなくていいんです!えっとそうだな…じゃあその後ろの焼きがまに落ちてるパンクズを貰えませんか?」

「ぱ、ぱんくず?」


パンクズ、パンを焼き上げた時にひび割れたりして落ちたかけらだ。

………うーん、本当はこういうのも売っちゃダメなんだけど…。

まあいっか。これなら採算が合わないなんてこともないし多分バレないだろう。

そう思って手で窯の中からパンクズをいくつか袋に入れてあげる、思ったよりたくさん取れてちょっと気持ちいい。


「ありがとうございます!ありがとうございます!!これを薄めて飲めば多少のカロリーには…!」

「良かったねお兄ちゃん。ほらもう泣かないで…」


そんなやりとりをして兄妹は出て行った。

マジで何だったんだろう…。ちょっと普通にキモいしできればもう二度と来てほしくない。

そんな私の思いとは裏腹にその夜も男はやってきた。


「あの、おすすめのパンはありますか?」

「オススメのパンクズの間違いじゃなくて?」


私が煽ると彼は右手の10ゴールドを掲げてみせる。

おぉ…金を持ってる…。


「ふふふ、ちょっとロリコン騎士が僕の妹に貢いでましてて…」

「そのお金大丈夫なやつ!?」


そんなお金できれば触りたくない。

ていうかそんなヤバい騎士がいる事に驚きだ。竜騎士ドランのさんに退治されちゃえばいいのに。


「それで、10ゴールドだと何が買えます?ていうか買えるものりますか?」

「ま、あるにはあるけど…」


今朝に比べれば10倍の価値のお金だけど、でもまだはした金。

普通のパンは買えないし、第一もう閉店間際でほとんど残ってない。

それでも買えるものって言ったら…。


「……ん」


私は店の隅に隠す様に置いてあるあるパンの山を指差した。


商品名はブサイクパン………ていうか私の失敗作。

岩みたいに焼き上げに失敗しちゃったパンがいつもそこに置いてある。

誰も買わないので毎日そのままゴミ箱に捨てちゃういらない子達なんだけど…。


「おお…!サーターアンダギーみたい…!」

「サーターアンダギー?」


知らない単語だ。


「えっと、丸めたドーナツ…あ、ドーナツも知らないかな…」

「知っとるわ!…バカにしてんの?」


な、何だこいつは…そんな有名な食べ物くらい知ってるに決まってる。


「い、いやそういうつもりはないんだけどさ!…そのドーナツの仲間の揚げ菓子に似てるんだよ、サーターとアンダとアギだから…えっと砂糖と油の天ぷらって意味の食べ物でさ」


説明を聞いてもよくわからない。

まあそれと私のブサイクパンが似てるからってなんなんだろうか。


「あはは…余計な話しちゃったね。ただなんかそのパンが可愛くって、えっと…10ゴールドだと幾つ買える?」

「………二つ。私が詰めとくからそこでコーヒーでも飲んで待ってて」

「本当!?この前までコーヒー死ぬほど飲んでたくらい大好きだから助かるよ!ありがとう」

「……し、死ぬほど飲んでた?」


本当はこのパン、10ゴールドで一個なんだけどついおまけしてしまった。

…まあ店長は私のパンなんてどうせ最初から売れると思われてないだろうし、…あと可愛いって言葉が嬉しかったからいいか。


その日の夜、試しに持ち帰った私のパンを砂糖に塗して焼いたら結構美味しい。

今度あの変な男の子にも食べさせてあげようなんて思った。



そして翌日、今度はとんでもない人を連れてその青年はやってきた。


「え、りゅりゅりゅ竜騎士様…!?」

「…あ?どっかであったか?」

「い、いえいえいえいえ!滅相もございません私なんてただの町娘でして…!」


私のバイト先に、あの竜騎士様が立ってる…!

半年くらい前からドラゴン退治を専門にしてる冒険者ならみんな知ってるすごい冒険者様だ。しかも王国騎士でもある。

私は頭を思いっきり下げて彼の入店を歓迎した。


「で、リリスちゃんに食べさせたってパンってどれだ?」

「あぁ、だからこれだよ。…同じもの食べるためだけについてくるとかマジで頭おかしいな…」

「フン……俺の身体もリリスちゃんと同じモノで構成されてるって考えたら幸せになるだろ?」

「お、お兄ちゃんわたし普通にこの人無理かも…」


あの兄妹は竜騎士様と友達の様で普通に立って話してた………私の失敗したパンを見ながら。


「ええ!?ちょ、それを竜騎士様が食べるんですか!?」

「ん?あ、あぁ…ダメか?」

「ドランは顔がキモいから嫌って言ってるんだよ」

「いや言ってないわ!!!あ、ででででもあんまり美味しくないから買わない方が…こっちの店長一推しのハニーマフィンとか美味しいですよ!?」


と、私は別の商品をお勧めする。

あんなパンでお腹でも壊されたらたまったもんじゃないから!


「おぉ〜、確かに見た目から綺麗だな。リリスちゃん買ってあげようか?」

「え、い、いや大丈夫です…」

「いいって。その代わりリリスちゃんが俺に食べさせてくれ」

「ごめんなさい無理なので!!!お兄ちゃん助けて!!」


そう言って竜騎士さんがマフィンを持ってきたので私は震えておっことさない様に丁寧に袋に詰めた。

たぶん、人生で一番緊張したと思う。

続いて後ろに立っていたあの変な男の子がブサイクパンを9個と、「昨日はありがとう」と言って100ゴールドを差し出す。


どうやら、昨日のおまけに気づいて気を使ってるみたい。

…どうせ捨てちゃうんだからいいのに。


「…ていうか今日はお金あるのね」

「あーうん、まあ無事仕事見つかったから」

「へえ………それはおめでとう。何の仕事?」

「ああ、ぼうけん──「変態ペットブリーダーだよな」」


男の子の言葉を遮って竜騎士様が答える。

いやなんだその職業は。私がちょっとバイトに勤しんでる間にそんな狂った職業が生まれてたのだろうか。


「よ、よくわかんないけどおめでとう。でもどうせならこんなパンじゃなくてもっと良いの買えばいいのに」

「え?いやだってこのパン安いし」

「そこは嘘でもこのパンが美味しいいって言いなさいよ…」


いや実際値段くらいしかウリがないんだけど…。


そんなちょっとのやり取りをして店を出ようとした男の子に!私はふとあることを思い出して引き留めた。


「あ……そのパン!……えっと、砂糖をまぶして焼いたら美味しかったわよ」

「本当?じゃあ今日は妹とそうやって食べてみようかな」


男の子はそう言ってにっこり笑うと店を後にした。

後で聞いた話だけど美味し過ぎて夕ご飯に朝ごはんの分も全部食べちゃったらしい。

ほんと、バカで変な人。


それで


一日開けて、その次の日、まあつまり二日後に開店間際から彼は来た。

何だか寝れてないみたいで目の下に酷いクマができてる。


私のパンを一個だけトレイに乗っけて、いつもより真っ黒な目でレジに立ってた。

食欲がないから妹ちゃんの分だけ買いに来たらしいけど…。


「……あんた大丈夫?」

「…えっ?ああ、大丈夫大丈夫!!あはは、は…」


め、めちゃくちゃ大丈夫じゃなさそう。

私のパンの味のせいじゃないだろうな。


「はい、10ゴールドよ」

「…………あっごめんそうだよね。えっとお金お金……あ」


すごい上の空って感じだ、流石に心配になる。


「…あぁ、そっか服を洗ってもらってた時…ご、ごめん店員さん。ちょっとお金忘れちゃったからキャンセルしても…」

「…いいわよ、それ私が払っておくから」

「え?で、でも…」

「その代わり今度竜騎士様を私に紹介して。私もちょっと前まで冒険者しててあの人のファンなの。それでチャラ」


10ゴールドの対価にはこちらのリターンの方が大きいけどまあいっか。

彼もそれで納得してくれたみたいでフラフラした足取りで帰って行った。

……大丈夫かな。

その日は彼のことばっか考えてレジミスを二回もしてしまった。


次の日はお昼にあいつがやってきた。

無事なら朝来て顔を見せろ、って言いたかったけどなんか全身ボロボロであざだらけになってる。

え、えぇ…。ちゃんと無事じゃない…。


「あ、あんた大丈夫…?」

「あぁ、ごめんちょっと汚い格好で…さっきまで図書館に行っててさ」

「図書館ってそんな怪我する場所だっけ!?」


もうずっと行ってないから思い出せないけど少なくともそんなボロボロになる場所ではないだろ。


「…あ、でも妹に服選んでもらってさ!明日からはもっと綺麗な身なりでこれると思う!」

「……妹ちゃんが?ふーん、どんなの?」


結構可愛い子だったし服のセンスも悪くない子だ。

どんなコーディネートをしたのかちょっと気になる。

私のそわそわが伝わったのか彼が手に持った紙袋から一枚の服を取り出して見せてくれる


「じゃーん、ほら見て!」


………………………………黒の、ワンピース……?

い、いや似合うだろうけど、どうなんだろう。


まあ本人が嬉しそうだしいいかな……?


「…ああそういえば、昨日はありがとう。今日ドランに君のこと紹介するよ、この後アイツに会う予定だしさ」

「え、あ、今日?い……いや!やっぱ待って!まだ心の準備できてないから!」

「え?準備?」


どうしよう、適当に言ったことだっただけに本当に紹介してくれるなんて思ってなかった。


「…わ、私もう何年も冒険なんてしてないからさ!今あっても話しが合わないかもっていうか…だからちょっと依頼受けて最近のダンジョン事情とかオススメの狩場とか調べてから会いたいっていうか…!あぁぁ、でもどうしようもうパーティーの皆アルゲニブを出てるんだった…!さ、流石に一人じゃ…」


私が今更何か調べたって竜騎士様と話は合わない気がするけど。

…うん、まあちょっと言い訳してるだけ。私なんかと会っても竜騎士様に釣り合わないだろうし。

やっぱり紹介しなくていいよって断ろうとした。


「それなら今度僕とダンジョンに行く?妹が誰かと同行任務したがっててさ、一緒に行ってくれると僕も嬉しいんだけど…」

「え、あ、あんたと?」

「ダメ?もちろんそのあとでドランにもちゃんと紹介するし」


う、うーん……。

それならいいか。


またこいつの妹ちゃんとも会いたかったし。

なんかあの子すごく見ていて癒されるんだよね。

そうして今度出かける約束をして、また私のパンを今度は二十個も買ってお店を出て行った。

私のパン好きすぎるでしょ。


最近あのパンの売れ行きに店長もちょっと嬉しそうにしてる。


一応あいつのおかげでもあるし、同行任務の時にはサンドウィッチと砂糖をまぶして焼いた私のパンを焼いていってあげよう。

そんなやりとりから数日たって、あいつは今日も店に来ない。

わざわざシフトを増やしてもらったのが勿体無いじゃん。


この間魔王様ってのが来た時の被害はたった一人、異世界人様だけだって聞いてる。

だから来れないはずないのに何をしてるんだろう。

早く元気な姿を見て安心したい。

アイツに似合いそうな装備も買ってあげたし、妹ちゃんが喜びそうな景色の綺麗なダンジョンも調べた。

だからあとはすり合わせするだけなのに。


早くまた私のパンを買いに来い。

お前が買いにこないせいでまた隅にブサイクなのが残されちゃってるじゃん。

そうだ、ちゃんとお前じゃなくて名前を聞いて…そう言って叱ろう。

それで私の名前もちゃんと呼んでもらおう。

だから早く会いに来い。


私の名前はレベッカ・リリアン。

最近ちょっとだけ気になってる男の子がいるただのパン屋のアルバイトだ。


挿絵(By みてみん)

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