4話【奴隷】
「その魔族隷奴は、魔王だけが使えるチートスキル。持ち主が言った命令はどんな無茶なモノでも私達魔族を従わせる、最強のスキルなの」
彼女、リリスがそう言うとため息を付いてその場に座り込んだ。
「最強の…スキル…」
魔王がそれなりのスキルを与えるみたいなこと言ってたからある程度期待…というか意識はしてたけどまさかそんなえげつないものを渡してたなんて夢にも思わなかった。
「まったくもう…、何で魔族隷奴をよりによって人間に…いやお母様の性格考えたらそれくらいぶっ飛んだ事は平気でしそうだけど…でも何でこんなヘニャヘニャな奴に…わたしの方が絶対こいつより…」
とかなんとかリリスはぶつぶつ言っている。
そうして深いため息をついた後、僕を見上げてつんけんとした態度で話しかけてきた。
「それで?」
「え?」
「私を奴隷にしてどうするの気?…裸にしてお前のおもちゃにでもなるの?」
「裸おもちゃ!?…い、いやしないよ!そもそも奴隷になんてしたつもり…」
「…」
「……あ」
…ふと、彼女の顔を見て気づく。
僕はあまり人と話すのが得意じゃない、学校でだって数人の友達とまでいえない距離の人と毎日一言か二言話してあとは退屈な休み時間をぼーっとして過ごすようなそんな僕だ。
要するにあまり人の目を見て話さない、だから、そのせいで今更になって気づいた。
…泣いてる。
「…わ、私を人間のギルドにでも売ればお前は一生遊んで暮らせる。次期魔王を捉えたものとして歴史に名前だって残ると思う。ずっと均衡状態だった魔族と人間の戦争を終わらせた真の英雄だって………」
「…………そんなことしないよ」
「何で!?お前人間でしょ。魔族の私を助ける理由ないじゃん!…」
俯くリリス。表情は読めないけど震える声から感情は痛いほど伝わる。
魔王の娘が一人、仮にも王様の娘、お姫様だ。
異世界であっても、お姫様の周りに誰もいないなんて普通は考えられない。
……よく見れば彼女の傍に大きな鞄が見える。
(私が死んで、他の魔族や人間が私の娘を襲う)…そう魔王は言っていた。
じゃあ状況を考えると、この子は今、他の人に襲われるのを避けるために一人でどこかへ逃げる途中だったのではないだろうか。
いや後ろの鞄やこの周りに木しか見え無い、人気の感じられない森を見ればどう考えたってそうなんだろう。
……僕はどれだけ話し相手のこともよく見ない人間だったんだろうか。
「…ごめん」
「…は?」
謝罪の音葉が口をついて出た。
「えっと…さっき言った通り、僕は君を守るためにいる。君のお母さんにそう言われて転移してきたんだ。…僕はこの世界のこと何も知らないけど、それでもできるだけ君の役に立ちたい、信じてほしい」
「……」
呆然と口を開けて僕の顔を見つめるリリス。
そりゃそうだ。僕だって何言ってるかわからない。頭に浮かんで伝えたいことをただ言ってるだけ。国語のテストなら赤点だろうなってくらい言いたい要点がわからない。
あと最後ちょっと声が小さくなっちゃって恥ずかしい。
こんなんじゃ誰も僕のいうことなんて…
「……っぷ」
「…え?」
「…あはははは!ばかじゃん!せっかく魔族隷奴を持ってるのにわざわざ感情論で訴えるとか!」
なぜかリリスには大ウケだったらしく、お腹を抑えて芝生を転げ回る。
「んふ…っ…っふ。ありえない…っ。今までそのスキル持っててお前みたいに非効率的な方法で話すやついないって…しかも信じてとか…!!ぷふっ」
「……」
仕方ないだろ。スキルなんてついさっき生まれて初めて使ったんだから…。
あと自分より小さい子に笑われるのってすごく恥ずかしい、何だろう。顔がマジで熱い。耳まで熱い。
これ僕が軽いマゾじゃなかったら泣いてたと思う。
「…ねえ、名前、優人だっけ?」
「え、う、うん」
「ふーん。変な名前だねっ」
「そりゃリリスからしたらそう思うだろうけど…こっちの世界では普通だったんだよ」
「あぁ、そっか!」
思ったより素直な子みたいで、僕の言葉に明るく返事をしてくれるのは嬉しいと思った。
「えっと……それで、リリスは僕を信じてくれるの?」
「ふふっ……まあ芯までってわけにはいかないけどさ、あのお母様が選んだ人だし…一応それなりに信じてあげようかな。大体アンタが魔族隷奴を持ってる限りわたし逆らえないじゃん」
「…いや、もうこのスキルは君に使わないよ」
庇護対象に服従させる能力を使うのは心地よくないし…
リリス本人はあまり納得してないようで「ふーん?」とだけ言って鞄を拾っていた。
「じゃあ優人がわたしの奴隷になってよ」
「…はい?」
「どうせあのお母様のこと、だし私に何かあったら優人もやばいんでしょ?じゃあ私の奴隷になって」
ニコニコと天使のような笑顔で彼女は僕にその直径1メートルはありそうな大きな鞄を差し出しながら言った。
鋭い、さすがあの魔王の娘…。
実際僕は1年間この子を死守しなきゃいけない訳で信用を得ない手はない訳でして…。
まあつまり、
「…………仕方ないな」
「やったあ!これからよろしくねっ、わたしの奴隷くん!」
天使のような笑顔で悪魔みたいなことを言う魔族の君。
彼女の代わりに鞄を背負って、僕達は森の先へお互いのことを話しながら歩き始める。
───この日僕は、魔王の娘の奴隷になった。