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38話【魔王2】


──覚悟を決めた僕は、まず自宅へ来ていた。


カズトを引きずり出すには、三つの鍵が必要になる。

必要なのはこの今日買った黒いワンピースとできるだけ大きな身体を持つ魔族。…そして以前リリスが考えた「魔王の娘を餌にして異世界人を引き摺り出そう!」作戦。

……つまりリリスを餌にするのではなく、偽物の魔王…この僕を使ってカズトを誘い出す。


急いで服を着替えると次に迷宮へ行って、適当な大きさの魔族を探した。

幸いすぐに一番目当ての六メートル程の身体を持った迷宮オークくんが見つかってくれたので【魔族隷奴(まぞくれいど)】を使用し僕に従属させる。

日の落ちた今、この子の巨体の上に乗っていれば顔もそう見えないはずだ。

仮に見えたとしても「魔王」と「性別」という二つの先入観のカモフラージュのおかげで、僕とはすぐに気付けない。


街へ近づくとやはり目立って、騎士達に止められた。


「な、何だ貴様は…!そこから降りろ!!」


剣や槍を構えた彼らは作戦通り、僕とはわからない様だ。

眼下の彼らに向かって、頑張って声を大にして伝える。


「私は魔王!こ…この街を焦土にされたくなければ、鎖の勇者、カズトを連れてこーい!!!」

「な、ま、魔王だと………!?」

「っ…ウンディーネさんだ!!!異世界人様にすぐに来てもらう様伝えろ!!!」


どうやら信じてくれたらしい。

ここまでは何とか上手く行ってる…。後はギルドまで辿り着いて、屋上へ誘い出せれば成功だ。

揺れるワンピースのスカートを抑えて、祈りながら移動する。


……かなり無茶な作戦だと思えたが、無事にアイツは僕の目の前に現れた。

僕らを見上げ、離れたところからざわざわと何かを言う民衆の中の、その顔に向かって最後の宣言。


「…っお前はああああああああ!!!」

「……勇者よ。魔王の恐ろしさ、見せてやる…!」


因縁の異世界人、カズトが僕を見上げて睨んでいた。

……後は野となれ山となれ、全力でアイツを倒すだけだ。

作戦の最後の鍵を開けるため、僕はステータスをオープンした。




ーーーーーーーーーーーー




吉田君の提案に乗ってギルドの上へ移動したボク(・・)達は、屋根の端と端に立ち、互いに睨み合う形で立っている。

少し身体が大きいだけのオークなど、あの場で殺し、こいつの間抜けな姿を民衆に晒すことも実力的にはできた。

…けどそれをすればボクが鎖の勇者であるとあの場の全員に晒す様なモノだ。

そんなバカな真似はできない。


それに、こいつの弱さはさっきの戦いで知っている。

何も焦る必要はない。

ここで始末出来ればもうこれからのボクの悠々自適な異世界ライフを阻害するモノは全てなくなるんだ。


ギルドはこの辺りでもかなり大きな建物のため、確かに下にいる奴らにボク達の姿を見られる心配はない様に見える。


「…それにしても、吉田君が女装趣味まであったとはね!」

「……」


ボクの煽りに、彼は何も答えない。

魔王を演じるため女装までするとは、どこか頭のネジが飛んでるんじゃないだろうか。

しかもてっきりオークを使って僕と戦うつもりなのかと思っていたが、それも屋根に載せるのを手伝わせた後は街の外へ帰していた。

……まああんなC級のモンスターじゃボクに傷をつけることもできないだろうが…。


「…ハハ!本当にイカれているのかい!?わざわざボクに殺されにくるなんてさ!」

「………」


…また無視か。

単にイカれているのか、あるいは彼も「魔王の欠片」の価値に気付いているのか?…はたまたその両方か。

まあ恐らく何か作戦はあるのだろう。

竜騎士から逃れたことを考えると実は強力な魔法を使えるのだろうか…。

あるいはピンチにチート能力が覚醒した?……ハハ、漫画じゃないんだ、ありえない。

しかし、そういえば彼が魔法を使う姿を見てはいない。

警戒するに越したことはないだろう。

……まあどんな力があろうと人である以上は【人間隷奴(にんげんれいど)】に逆らえないんだ。


「…ねえ、カズト!リリスを返してくれないか!?」


ようやく吉田君が口を開く。


「…そうだな、今土下座するなら考えてやってもいいさ!」


もちろんこれは嘘だ。

流石に吉田君もわかっているのかゆっくりこちらに歩みを進めてきた。


「…何言ってるかわからないけど、ノーってことだよね?」


彼は少し歩く速度を上げる。

…何言ってるかわからない?

そういえば、この場所は風が強いことに気づく。

そのせいで自然と、会話する声も大きくなっていた。

………まさかこの風が作戦かな?

確かにこの風声ならボクの【命令】の声も多少はかき消せるだろう、そして声の聞こえない距離からチクチクと魔法で攻撃するのが君の作戦…。

………ハハ、くだらない。

こんなものある程度距離を詰めて仕舞えば何の意味もない。


「…そういえばさ!病院でカズトは人間隷奴をハズレスキルなんて言ってたけど、本当その通りだよね!」


奴が歩みを進めながら更にボクを挑発してくる。


「こーんな風の強い中じゃあ、全く何言ってるのかわかんないんだもん!」

「…………」


にっこり笑って、くだらない挑発を続ける。

現にボクは吉田君が何を言っているのかわかる。【人間隷奴】は使えないと錯覚させるためだろうか?

…………浅はかだ。

それじゃあ「人間隷奴は使わないで下さい」と僕に言っている様なものじゃないか。

僕も屋根の中心に寄る様に歩き始めた。


「…ハハ!君のスキルはどうなんだ!?ここじゃ魔族なんて一匹もいない!お前のスキルの方がハズレだろ!」

「周りに誰かいるならともかく!ここじゃ僕しかいない!お前結局一度も僕にそのゴミスキル使えたことないもんね!」


………何だと。

彼は更に速度を上げて近づいてくる。

…もう互いの顔まではっきり見える距離だ、声もさっきよりよく聞こえる。

……魔法の射程内ギリギリまで近づく気か?


「だいたい人間を操るスキルなんてキモすぎるんだよ!君が前の世界にいた時の欲望が見え見えっていうかさあ!カズトってモテなかっただろ!?」


鎖を握る手に力が籠る。

今は十分僕の間合いだ……良いだろう。

それなら思い知らせてやる。

まずボクのスキルで命令する、それが万が一失敗しても鎖で攻撃…隙のない二段構えだ。


「そこまで言うならやってやるよ…!『僕に従え!』」

「………」


鎖をすぐに振れる様に、肩を横に引いて命令する。

…………………全ての思考を裏切って、彼は手を地につけて跪いた。


……効いた、のか?


「…は、ハハハ。ハハハハハハ!あっけない!弱すぎるだろッ!あそこまで言ってこんな簡単にボクに従属するなんて────」

「………………イメージしろ。何度もやった救命措置の動き、鼓動に合わせてただ手のひら一点に…あとは方向を…」


……何かぶつぶつ言っている。よく見れば屋根につけたその両手を忙しなく小刻みに動かしていた。

…!まさか本当にスキルが効いてな──!

考えるが早いか鎖に力を込めて思いっきり振り回す。これが当たれば彼はもう血飛沫だ。

しかし何か衝撃音がした後、その男は僕の前に瞬時に現れ──


「ぐっ………」


僕の身体が屋根の端へと突き飛ばされる。

足に力を込めて何とか踏みとどまる事ができた。

…しかし何が起きたかわからない。顔をもう一度あげ奴を見上げようとした時。


「うわあああああああ!!」

「っ………」


アイツの拳が僕の左の頬を思いっきり抉る。

屋根の斜面を転がる様に落ちていく、まずい…。


鎖を屋根の突起に巻き付け身体を支えた。

口の中に血の味が広がる。

アイツ、本当に人間隷奴が効いてな…。


「もういっぱあああああああつ!」

「!、な、『く、来るなッ!!』」


その言葉も虚しく鳩尾に一撃を受ける。

また何度か斜面を転がり落ち、体の節々にダメージが入った。


「くっ…………!そ、そうか、あの耳栓だな!?竜騎士から受け取っていたのか!!」


すぐに理解し手に複合魔法を形成する。

混ぜる時間がいつもの倍以上に長く感じた。その間もまた吉田は僕の方へ突っ込んでくる。

なんとか右腕の魔力の融合が間に合い、間一髪で魔法式も用意できた。

こ、これでボクの勝ち…!


「【音響術(ハーモニクス):拡声する声(ハウリングボイス)ッ!】『ボクに従え!』」

「!………………だからさあ!」


顔面に拳が叩き込まれ、ボクは後ろへ飛ばされた。

どうして、どうしてボクのスキルが効かない!


人間である限りこのスキルは絶対服従のはずだ。

まさか魔王に転生させられた事で種族も魔族になっているのだろうか、と考えたが以前見た彼のステータスの種族の

項目を思い出し余計混乱する。


一体どんな強力な魔法を、チートスキルを使っているんだ!例え鼓膜を破ったって僕の言葉が聞こえる限り防ぐ方法はないはずだ!

本当に何でコイツは──


「…だから、何言ってるかわからないって言ってるでしょ。日本人なら、日本語で喋れよ」


いつの間にか僕の右手から離れていた鎖を彼が持ち、僕の身体を拘束する。

…日本語………!?ま、まさかコイツは…!

僕の疑問に答え合わせしてくれる様に、ステータスウインドウを表示して見せてくれた。


「………お前、【異世界翻訳(いせかいほんやく)】を……!解除したのか…!?」


吉田優人のスキル項目、異世界翻訳が暗い文字になっていた。

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