37話【対峙4】
……僕は彼女のなんだろう。
必死にただ足を動かしながら考えていた。
病院を抜け出し、人気の少ない通りを棒の様な足で進む。
カズトの居場所はわからない、リリスをどこへ連れ去ったのかも。
あれから30分は歩いている、足は僕らのアパートへ向かっていた。
日が傾いて、もう直ぐ夜が来る。
この6日間の僕たちのずっと一緒の時間思い返す。
同じ屋根の下でご飯を食べて、時には主人になり、ペットになり、妹になり、掛け替えのない人になっていた。
魔王に与えられた理由なんてもう関係ない、ただ今は僕の妹を取り返したい。
純粋な僕の中に生まれた理由のために歩き続ける。
作戦は何一つ思いつかない、元々使える頭を持ってないんだ。
…そのせいで前世は散々だった。
父親の「お前に人は救えない」という言葉が何度も何度も脳内を反響する。
重くなりかけた足を気力で必死に持ち上げて進ませた。
……僕の家は代々続く医者の一族をだった。
勿論僕もその跡取りとして幼少期から様々な知識を覚え込まされ、必死に毎日を勉強に費やす。
それでも出来の悪さにだんだん周りとついていけなくなり、高校受験には失敗。
親戚中から色々な事を言われたのを覚えてる、それでも一番記憶に新しいのはやはり父の言葉だったんだ。
やがて自分が何をしたいのかもわからなくなって、勉強が嫌になり、全力で何かに打ち込む事もなくなり、気がつくと教科書を、本の類を開けない身体になっていた。
……それでも一番最期、僕の今際の際のこと。
学校の帰り道にトラックに轢かれそうになった女の子を助けようとしたあの記憶。
僕はあの子を救えたのだろうか、助けられたのだろうか?
一年間リリスを守りきれればそれがわかる、それだけが初めの頃の僕の異世界での原動力になっていた。
───でも今は、違う。
リリスを助けたい。
あの可愛い僕の妹を。
ちゃんと僕自身の意思で、僕自身の責任感で。
あと少し、僕とあの小さな魔王との楽しい異世界隠居生活を、続けたい。
これまで得た全てを借りて、僕の全てを捧げてみよう。
……自分自身と向き合って、為すべき事がわかった。
自然と足取りは軽くなっていた。
ーーーーーーーーーーーー
……やった。
ついにやったぞボクは!
「魔王の欠片」を手に入れたんだ!!
あの忌々しいコノハやアヤメよりも先に、この僕が!!!
テーブルの上に横たわる小さな少女を見つめボクは喜びに震えていた。
ここはギルドのすぐ地下に作らせたボク専用の基地。
上からはここは見ることのできない特殊な設計で建築されており、ここでならギルドにいる奴らの動向もわかるし足元から【人間隷奴】をかける事もできる。
まさにボクのための世界だ。
この場所をがあったからこそあの吉田君のステータスを知ることができたし、その他の色々な情報を聞くこともできた
…彼は無事死んでくれただろうか。いや、仮に生きていたとしても僕を見つける事はできないだろう。
少しの荷物をまとめ、あとはこの少女を「聖地」へと運ぶだけだ。
もう数分すればこの街を出る準備も済むだろう。
…そう思いカバンに幾つかの道具を詰め始めた所で、重い金属の扉を慌ただしくノックする音が聞こえた。
「誰だ?」
この場所を知るものはそういない。
パーティーの仲間か、あるいはごく一部の金持ちだけだ。
くだらない依頼を避けるため僅かな信用できる者、ボクを心から信仰する者に限っている。
そんな奴らがもう日の落ちた今押しかけてくれるとは考えにくい。
「ウ、ウンディーネです!その、問題が発生してまして…!」
「緊急事態?」
扉を開けるとそこには僕のパーティーの一人、ウンディーネが額に汗を浮かべて立っていた。
この女は顔が昔好きだったアニメのキャラクターに似たため奴隷商から買い取った、一番のお気に入りだ。
問題とは一体何のことだろうか。
やれやれ、今ボクとしては「魔王の欠片」以上に優先する事など──
「き、緊急Sランク依頼が発令されてるんです!ギルドが…」
…ふと、上の階が異常に騒がしいのに気付く。
絶え間なく響く足音、冒険者達の騒がしい声、よく聞けば避難を知らせる鐘の音までもが鳴っている事に。
「────ギルドが!魔王に襲われているんです…!!」
「………は?」
慌てて地下室を出てすぐに上へ駆けていく。
ギルドの正面に巨大な魔族、オークが立っていた。
その肩の上には漆黒のワンピースに身を包んだ小柄な女が仁王立ちしているが、暗闇で顔がよく見えない。
…ありえない、魔王は死んだはずだ。
娘の危機に地獄から舞い戻ったとでも言うのだろうか?
その光景を見ている冒険者達が口々に言葉を叫びだす。
「だ、迷宮オークを従えてるぞ!誰か倒せないのか!?」
「何言ってんの、あの魔王が余計な事をすれば一体を焼き尽くすと言ってるのよ!?異世界人様を待ちましょう!」
「あ、あぁ…そうだな!幸いさっきウンディーネさんが呼びに行ってくれてた!俺達は絶対余計な事をするな!」
魔王は人々のそんな反応を当然の事の様に堂々と周りを見渡し、やがてボクの姿を見つけると声を大にして語りかけてきた。
「鎖の勇者カズトよ!!!我が妹を攫ったその暴挙、今後悔させてくれる!」
……妹、魔王の娘は一人のはずだ。
あのリリスという少女を攫った事を、コイツは知っている。
そのどこかで聞き覚えのある声に、記憶を辿る。
「そこのギルドの屋上で一対一の決闘を受けろ!ここなら人間達に顔も見えないで済むだろう!」
……ボクがその自分の正体を隠したいことも、知っている。
可能な限り目立ちたくはないそのボクの心理を。
つい最近どこかで聞いた声、少しハスキーなその声。ま、まさか……
「わ、私は十七代目魔王!!ユート・ヘルファンタジアだ!!!」
こちらへ顔を真っ赤にしながら叫ぶその表情に、その正体に、気づく。
まさかアイツは…………!
「!………っお前はあああああああああ!!」
「……勇者よ。魔王の恐ろしさ、見せてやる」
十三人目の異世界人。吉田優人が、ボクを見下ろしていた。




