36話【対峙3】
「っ……」
一瞬、何が起きたのかわからなくなる。
カズトが魔法とスキルを発動し僕達に命令をかけようとしたその瞬間、身体に強い衝撃が走って僕の意識が軽く飛んだ。
なにやら顔全体を何かが覆っている感覚がある。
「…だ、大丈夫?お兄ちゃん…」
「り、リリス…?」
「………良かった、操られてはなさそうだね」
どうやら僕はリリスにその頭部ごと抱きしめられていたらしい。
向こうの【人間隷奴】の音を完全に遮断するため、彼女の身体を使って防いでくれていた様だ。
そのおかげかはたまたリリスが僕を押し倒す様に抱きしめた衝撃音がカズトの声を掻き消してくれたおかげか、何とかアイツのスキルにかからずに済んだらしい。
しかしそれが意味することは────。
瞬間今まで以上の強い殺気が僕を襲う、飛び跳ねる様に身体を起こすと、こちらに剣を向けるドランの姿があった。
「わ、わルいお前ら…逃げてくれ…!」
「!!……」
…考えうる限り最悪の状況だ。
出口も階段もドランとカズトが抑えている、僕らは病院の角のスペースへ追い込まれている形だ。
リリスが僕を守ったから、僕がいたせいでドランを敵の駒に取らてしまった。
きっと反射的に近くに居ただけの僕の方を助けてしまったのだろう、こんな戦力にもならない僕を。
「………ん?変だな…」
疑問を挙げたのはカズトだ。
剣を構える騎士の肩に腕を置き僕らに問いかける。
「妹ちゃんが吉田君の身体をカバーして、音から守ったのは見ていた。だから吉田くんが僕の従属下にないのはわかる。けどなぜその子は僕のスキルの影響を受けていない?……………ハハ、そうか。その子か…!!」
最悪に最悪が重なる。
リリスの正体がどうやらバレてしまったらしい。彼の求める「魔王の欠片」の正体を。
「はは…はははは!!そうか、てっきり君も奴隷を飼って妹にしているだけかと思っていた、そんな噂が街でも流れていたからね!なるほどそうやってカモフラージュしてたなんて…!」
「っ………!【ファイアボールッ!!】」
「ぐッ…し…【真空斬…!】」
ゆっくりと近づいてくるカズトへリリスが放つ牽制の火球は騎士の一撃に一瞬で打ち消される。
カズトがなんて命令したのかは聞き取れなかったが、今は自動で彼を守るために最善の行動をするらしい。
剣を振り下ろすと、更に騎士は両耳に詰めていた耳栓まで取り出す。
「おぉ…竜騎士という駒はいいね!ここまで自分で判断してやってくれるとは最高の奴隷だ!」
「…………っ」
ドランは苦しそうな表情だけを浮かべている。
ギシギシと歯軋りを立てる彼の顔に大して、身体は鎖の勇者を守る様にその剣の切先を僕らに向けていた。
「【幻術:シャドーウォ…】」
「止めろ」
カズトの一声に一瞬でドランが従う。
……リリスの両腕を、切り落とした。
「……………っ!!──う、うわアアアアアアアアアアッッッ!!?」
「あ、あァぁ…ッ」
痛みでその場に倒れ込む少女、ドランの表情が更に深く曇る。
何が楽しいのかカズトは笑顔でその光景を見ていた。
「アハハハハ!魔法は使わせないよ!次やるなら今度は脚だ!!」
「…も、もうやめてくれ!僕らは大人しく従う!もう良いだろ!!」
両手を広げて守るように彼らとリリスの間に立った。
…もう降参するしかない、少なくとも今これ以上被害を出したくはなかった。
「もう良い?まだダメだって、言っただろ?今日は天がお前を、吉田君を殺せって言ってるんだ」
「!……わ、わかった。なら僕を殺してもいい!だからこの子とドランは解放してくれ!」
「っ……な、何言ってるの…ゆ、うと」
不思議そうな顔で僕を見る勇者。…… どうやら言っている言葉の意味がわからない様だ。
「…うーん。なんかズレてない?ボクの目的はそこの魔王の娘だ、それと君は個人的に殺したい。別にどちらかが果たせれば良いとかそういう話じゃないんだよ」
「…… ま、魔王のむスめ、だと…!?」
「………あれ、竜騎士は彼女の正体を知らずに守ってたのかい?…ハハ、ハハハ!それは余計に面白いなあ!」
彼らの後ろにある鏡から僕の後ろのリリスの姿が見える。
どうやら痛みでツノを消す魔法が解けてしまっている様だ。
……僕らがドランを騙していた事まで、バレてしまう。
「そうだろ吉田君!あの魔王に娘がいたことは知っている、王国騎士が調査で突き止めていた事だからね!しかしその子が魔王の欠片の正体だったとは…!ましてソレがずっとあの人間の街に潜んでたなんて!」
「っ…………」
どうやらもう全て向こうに情報は明かされたらしい。
打つ手は、ない。最後の悪足掻きにもう一度だけこの子を見逃してもらえる様頼もうとした、その時────。
「わ、わたしをあげるから、お兄ちゃん達を見逃して…!」
「……な、リリス…!?」
「お前の目的はわたしでしょ!!お兄ちゃん達への事なんて個人的なことじゃない!わたしがあなたの奴隷でも何でもなる!だからこの人たちを見逃してっ!!」
リリスが、僕より一歩前に出て叫んだ。
「あなたの目的は私の魔石でしょ…!?もしダメっていうならここで魔石ごと自爆だってするよ…!」
「……!」
……どういう意味だ。
リリスにはカズトが「魔王の欠片」を探す目的を知っているのか、青年も彼女の言葉に何か嫌そうな顔をしていた。
「…………あぁ。わかった、良いよ。君がボクに付いてきてくれるなら「お兄ちゃん」は助けてあげる」
「……ま、待ってリリス!!駄目だよ!」
引き止めようとする僕を勇者の奴隷下にあるドランが止める、彼は複雑そうに表情を歪めて強く噛んだ唇から血を流していた。
「くそっ…………『リリス!止まれ!行くな!!』」
【魔族隷奴】を使用して引き止めようとするも既にカズトが彼女に鎖を巻きつけ、もう身体は彼女の意思では動かせない様になっていた。
「…さて、行こうかお姫様。大丈夫悪い様にはしないよ」
「ま、待ってよカズト…頼むから…っ」
身体ごと壁に固定され僕も身動きが取れない、何とか言葉を投げかけ続ける。
頭の中が熱くなっていた。
「………ねえ、お兄ちゃん」
ゆっくりと顔だけをこちらに向けて、リリスが僕に語りかける。
「…短い間だったけど、わたし優人のこと大好きだったよ。優しくて面白い、すごく素敵なお兄ちゃんだった。………ありがとう」
にっこりと笑って鎖に引かれるがまま歩みを進める。
…待ってくれ、そんな言い方じゃまるでもう会えないみたいじゃないか────
「…おっとそうだ、竜騎士。『そのままそこの変態野郎を殺せ』」
「!!」
ドランが僕の首をその大きな手で締め付ける。乱れた息が一瞬で止まり空気の供給が止められた。
「ま、待って!!約束が────ッ!」
振り向いて抗議するリリスの頭を鎖が打ち抜く。
意識を失った様でそのままぐったりと倒れた彼女を、カズトが抱き抱えた。
「…ハハ、じゃあね、お兄ちゃん」
そう言って病院を出ていく青年、手を伸ばすが届かない。
「ぐっ…………アァ…っ」
何か叫ぼうとしても口からは意味を持たない掠れた小さな音が僅かに落ちるだけだった。
やがて足音と鎖の音さえ聞こえなくなっていく。
もう、終わりなのか…?
「……聞こえるか、優人ォ…!うんコ出す意識だ…ッ。もう毎日やッた事あんダろ!!」
「…!!」
ドランの言葉にハッとする。
まだ諦めるわけにいかない、生きてる限り足掻き続ける…!
ドランの胸にしっかりと右の手を当てた。その間もギリギリと首を絞める音が骨を伝って聞こえる。
既に身体は壁を擦るように持ち上げられていて、足も浮かせたままだ。
胸に当てた右手にだけ神経を集中する。
つま先から段々と感覚が消え、視界がぼやけていく。
息の出来ない苦しさが消えて頭の中が白く綺麗になっていった。
手のひらに心臓の鼓動を感じる。
右手だけに神経を集中する。
やがて腰、怪我をしていたはずの肩の痛みも忘れ、ただ肌寒さが全身を支配し始めた。
鼓動のリズムに意識を合わせて手の中心へ最後の力を振り絞る。
もう音は何も聞こえなくなっていた。
…集中する。
重い左手を持ち上げる様に動かして、そっと右手に重ねる。
何度も作ったことのある、慣れ親しんだ僕の構えだ。
今、この瞬間。ただ右手の感覚に集中して、心の中で唱える。
───【零式:胸骨圧迫】ッ!
爆ぜる音と共にドランが吹き飛ばされた。
「………………っは、はっ………っ!」
身体が重力に逆らえず背を丸めて倒れ込む。流れ込んできた空気と血の鉄の味を感じながら、胃の中の物を全て吐き出した。
「はぁっ…はぁっ…せ、成功した」
口許を服の袖で拭い、あたりを見渡す。
頭痛と耳鳴りが鳴り止まない。
「……!ど、ドラン…!」
向こうの壁に叩きつけられていた青年に、ふらつく足取りで駆け寄り揺さぶって起こす。
さっきのカズトの話でルーベンスさんが勝手にカズトの支配下を逃れたことから、おそらく気絶か頭部への衝撃で【人間隷奴】が解除できることはわかっていた。
心配なのは衝撃でそれ以上のダメージを負ってしまっていないかということだったんだが…。
「ゴ、ゴホっ……だ、だから言っただろ…。魔法はうんこする意識でできるって……」
「……はは、ばかが…」
どうやら大丈夫みたいだ、人間隷奴の力からも解放されてドランは自分にの力で立ち上がる。
…その時外から何か物音が聞こえ始めた。
「王国騎士団だ!!!病院内で暴れている者がいるとの通報を聞いた!大人しく出てこい!!!」
「…っち。マジで最悪だな……」
何人もの鎧の足音が扉の向こうから聞こえる。
この状況を見られたら僕たちが疑われるのは確実だ。…僕らに罪をなすりつけるつもりだ…!
………心が、折れかける。
足は震えて何かに捕まっていなきゃ立てないし、焦点もはっきりしない、何よりもうハッキリした。
自分がどれだけ無力か。
彼女を守るどころか守られている、やはり僕はダメなんだ。
諦めかけて、崩れ落ちそうになる。
そんなもう限界の僕を見て、ドランは言った。
「…早く行けよ」
「………………えっ」
「ここは俺が食い止めてやる。お前は二階の窓から何とか逃げろ、リリスちゃんを救うんだろ 」
救う?僕が?
……無理だ…スキルもステータスも経験値も、何一つ敵う要素がない。レベルが違う。
僕じゃだめだ。
「……ねえドラン、リリスのこと…任せても良いかな…?」
「…………あ?」
ドランにはリリスが魔族であることは知られてしまっている、その上で。
僕は彼に頭を下げた。
「…僕がここに残るから、リリスを助けて欲しい。…僕じゃダメなんだ…だから」
「……」
「……だから、お願い、します」
深く、壁につけた手を離して、同い年の彼に懇願する。
扉を叩く音がさっきよりも早く、強くなっていた。
「……………あのなぁ…」
僕の服の襟を掴んで、無理やり頭を上げさせられる。
しっかりと僕の方を向いて、僕の目を見て
「兄貴が妹を助けねえでどうすんだ!!!!!!!」
「………っ」
「リリスちゃんはお前の妹だろ!!お前が異世界人でも!あの子が魔王の娘でも!血の繋がっていない兄妹でも!!お前があの子のたった一人の兄貴だろうがッッ!!!」
何度も壁に僕に頭を打ちつけながら必死に、ドランが大きく声を上げた。
…その目には涙が浮かべながら。
「あの子はお前の為に連れて行かれたんだぞ!なのに何でお前が何もしようとしないんだ!まだ救えるかもしれない家族の命を!!」
「っ…でも僕じゃ…!僕には…!」
【人間隷奴】と骨振動、その二つがある限りアイツは無敵だ。
そんな奴、ドランにも勝てるかわからない。でもきっと僕よりは…。
「…お前はあの子のお兄ちゃんだろ?」
「………っ!」
「…だからさ、頼むから……。」
段々と力を緩めて僕から手を離す。
「頼むから、彼女の『ありがとう』に…っ。ちゃんと返してやってくれ…ッ!」
「………」
リリスの笑顔を思い出す。
二人で食べたパンの味を、寒くて抱き合いながら眠った夜を。
最後に見せた悲しげな笑顔でなく、初めて会った時に見せた天使の様な笑顔を…もう一度見たい。
左肩が痛んだ。頭もまだ痛い、足に力も入らない。
…それでも、僕は。
彼女の兄として、一人階段を駆け上がって行った。




