3話【魔族隷奴】
──意識が覚醒し始める。
あやふやだった触感や空気の香りが徐々に身体を纏い始め、僕が作られていくのを感じる。
さっきまで魔王といた記憶や情景が過去のものになり、寝そべる僕の上には空が、周りには木々が立ち並びどうやら森の中にいるのだろうとわかる。そして足元には女の子が僕の下敷きになって…………
「………」
足元、っていうか女の子を踏みつけていた。
「…うわあああああ!?誰!?なに!?」
「こ、こっちのセリフなんだけど!?いきなり上からでてきて一体何なの!?」
慌てよろけながらも距離を置く。
…僕異世界転移したことないからわからないんだけどみんな小さい子供を下敷きにして転生するモノなんでしょうか。
小説家になろうランキング上位の転生者さん教えてください。
「お、お前!さては反乱派のものね!?わたしが一人になったのを見て飛行魔法で追ってきたって訳!?」
「反乱軍……!?ち、違うって、僕は異世界転生した元高校生で…」
世界観がわからないから反乱軍がどういうものかもわからない。
魔王にもっと聞いておくべきだった、少なくとも軍隊がいて魔法がある世界なのはわかったけど僕自身をどう説明するのが正しいのだろうか。
「お母様がいなくなったからって舐めないで!私だって魔王の娘…!ううん!次期魔王として、お前みたいな弱そうな人間くらい一人で殺せるんだから………!」
「えっ?…」
…今魔王の娘って言った?
冷静に少女の姿を観察する。
年齢は(元いた世界基準で)12歳ほどだろうか、背は120cm前後ほどに見える。声はあの母親とは似つかわしく、おてんばと言う印象が強い明るく元気な感じだ。
紅いフード付きのコートがその性格の明るさを反映させた様に自己主張をしている。
よく見ればその腰まであろう長いまっすぐな髪の毛はつい先ほどまで見ていた魔王と同じ山吹色をしている。
………そして何より側頭部に見える両のツノの形は…。
「……もしかして…君が魔王さんの娘………?」
「やっぱりわたしを知ってるんだ!殺す!!!」
「……」
……臆病で気弱って言ってなかったっけ?魔王様。ついでに虫も殺せないみたいな。
今目の前にいる少女は真逆の印象を受ける少女だ。
声が大きくて強気で勇敢。
虫は殺せないけど人は殺せるのかな、もしかしたら異世界での人間に立場は虫以下なのかもしれない。
「……!ま、、待って!!!僕は君のお母さんに頼まれて異世界転移してきて……」
「待たない!人間め…!いつまでも魔族を下等種族だと思って…!私をこれまでの魔族と同じと思うなあっ!【火術:ファイアボール】っ!!」
「っ!?」
彼女が手を上に振り上げるとその指先から炎の塊が生まれ始める。
彼女と5メートル程の距離があっても火傷するんじゃないかってくらい熱い、大きな火球が彼女の腕の先に生成されていた。
……魔法。
ついさっき魔王にやられたものよりよっぽどわかりやすく身の危険を感じる凶器だ。
あれを投げるのか飛ばすのかはわからないけど、もし当たりでもしたら間違いなく僕はまた死ぬだろう。
「落ち着いて話を聞いて!僕は別の世界から来た吉田っていう人間で…!」
「お母様が人間に頼み事を!?冗談もいい加減にして!だいたい人間が魔族に協力するわけないでしょっ!」
「そういう世界観とかもまだ掴めてないんだって!まだ僕人間と魔族の違いもわからないのに…っ!」
「あーもう何言ってるかわかんない!うっさい!消えろーっ!!!!」
彼女が腕を振り下ろそうとする。
……直感と経験であの腕が下り切ったら僕にあの巨大な火球が飛んでくるのがわかる。
死ぬ、また死ぬんだ。
このまままた何もできずに…
ふと、魔王の表情を思い出す。
娘を思い取り乱し僕にこの少女への愛を叫んだあの母親を。
僕が死ぬのは良い。
もう既に一度死んだ身だし、この世界で生きたいと思うだけの理由も目的もない。
……でももし今僕が死んだら、目の前の女の子はこれから色々な人達に命を狙われて死ぬと魔王は言っていた。
それは嫌だ、なんか嫌だ。
人の話も聞かないし良い子かどうかもわからない魔族の女の子だけど、少なくともこの子が傷付いたら悲しむ人がいる。
僕は……
まだ死ぬわけにはいかないっ!
「『止まってっ!!』」
「っ!?」
僕の口をついて出たのは情けなくも止まっての言葉、命乞い。
ただそんな必死の命乞いが功を成したのか彼女の腕は肩の上ギリギリで静止する。
「どういうこと…何で私の身体が…!?まさかお前、このスキルは…っ」
「…?スキル……?」
……スキルって言った?今。
そうだ、確かあの魔王様と別れる時聞こえた、あの抑揚のない機械みたいな声。
確か……【スキル『異世界翻訳』『魔族隷奴』を獲得しました】…って。
異世界翻訳は名前の通り異世界の言語を翻訳する能力だとして、二つ目の魔族隷奴も名前の通りなんだとすると………
………試してみるか。
「くそっ…何で私の身体が動かないの…っ」
「………コホン。…『魔法を解除して!』」
「っ!?」
彼女の手の先にあった巨大な火球がすぐに消えた。
やっぱりだ、僕のこのスキルは…。
「ま、魔法が…どうして!?わたしは解除するつもりなんてなかったのにっ!!!………だったらもう一回!【火術:ファイアラ
「『き、君の名前を教えて!』」
また手を上へ振り上げる彼女の動きが静止し、僕の言葉に答える様に唇が動き始める。
あ、危ない。命令があと少し遅くなっていたら今どうなってたんだ…。
「!?……わ、私の名前はリリス…。リリス・ヘルファンタズマ。第十七代目の魔王になる、魔王の正統後継者…です…っ」
「り、リリスね…うん。僕は吉田優人。…お願いだから……『…僕の話を聞いて』」
「………っ。………………わかった…」
すごい不服そうに、今にも襲いかかりそうな表情でこちらを睨みながら、それでも両の手を下ろしてどうにか戦闘態勢を解除させる。
…間違いない。
僕のこのスキル【魔族隷奴】は魔族に僕の言うことを聞かせる能力みたいだ。
………感情までは操れないみたいだけど………と、鬼のような形相で睨み続けるリリスを見て思った。
……これちゃんと話しあわないとそのうち殺されるな……。
「……えっと…信じられないと思うけど、ついさっきまで僕は君のお母さんと話してたんだ。君を守ってほしいって言われて…僕自身よくわかってないけど、君を守るためにこの世界に転移してきたんだ」
「転移…………つまりお前異世界人!?お母様一人で召喚魔法を発動させたの!?」
「え?…あー……た、たぶんそうだと思う……」
よくわかんないけど、どうせよくわかんないことしかさっきから起きてないんだからとりあえず話を合わせた。
「………………お前のそのスキルの名前は」
「…え?」
「私に命令してるこのスキルの名前を言って!」
「え、えっと………多分、【魔族隷奴】…?」
「!…………………」
僕のスキルの名前を伝えると、途端にリリスは大人しくなった。
何か心当たりがあるのだろうか。
…ていうか発音とか音程が合ってる自信ないけど大丈夫かな…。
「…………あーもうっ、信じる、信じるよ異世界人!!」
するともう攻撃するつもりはないとリリスが両手を広げてみせた。
「…え!?急にどうして…」
「そのスキルを持ってるのを見せられたら信じるしかないじゃん!………だってそのスキル、魔族隷奴はお母様だけが………」
「───魔王だけが使える最強のチートスキルなんだから」
…どうやらあの魔王様、僕にとんでもないスキルを残していったらしい。
行間を開けることを覚えました。
過去作も少しづつ修正していきます。