16話【異世界人】
生首を見たのは初めてだった。
教会の前、飾るように棒の上に突き立てられ首の断面から滴り落ちる血を、その下に置かれた赤黒く錆びたバケツが受け皿となっている。
僕とリリス以外の人は特に気にも止めていない様で堂々と買い物をしていたり雑談なんかをしていた。
「なんだ…これ……」
初めて見る異様な光景に目を疑う。
警察は何をしてるんだ?何で周りの人たちはこれを当然のように受け入れてるんだ?
……その答えは一つだ、ここが異世界だから。
警察はいない、常識は僕のものと全く違う。
ここは異種族であればこんな非道な行為が許される世界なんだ。
「っ…」
自分の左手を優しく包む感覚に、冷静さを取り戻す。
側を見るとリリスが僕の手を握りしめてくれていた。
この匂いの中深呼吸する気にはならないが小さく息を吸って吐き、改めて現状を整理する。
僕は今異世界にいる、1年間は帰れない。
側の少女を守るために1年間この世界で生きなきゃいけないんだ。
───適応しなきゃいけない。
「あ、ありがとうリリス…」
「別に、お兄ちゃんのためじゃないから…」
少女に礼を伝えた後、あたりを見渡し知り合いを探す。
幸い昨日の乱痴気騒ぎで何人かの人と繋がりは持てた。
…あんまり自分から話しかけるのは得意じゃないんだけど今はそうも言ってられない。
立って十時の方向に褐色の大男が見えた。
どうやら向こうも僕に気づいたらしく陽気に手をあげ話しかけてくる。
「おーっ!変態とペットちゃんじゃないかあ!」
昨日の記憶があんまりないんだけど僕らそんな呼ばれ方してるの?
「こんにちは、えっと……」
「おいおい!人の名前くらいちゃんと覚えろっつーの!」
お前がいうな。
大男はサニーと名乗った。こいつだ僕らの職業を言いふらして回ってたやつはああ!!
…一応僕らも本名で挨拶をしたが生返事が返ってきたのでこれからもこいつは僕らの名前を覚えてくれないだろう。
「えっと…サニーさん。あのオブジェは何ですか?」
「オブジェ?」
「…………あの生首のことです」
「ああ、あれかあ!」
できれば口にしたくないから遠回しに行ったのにこの大男はどこまで鈍感なのだろうか。
「そういやお前らどっかの田舎から出てきたんだっけか…。ありゃこの前あたりの村を焼いたっていう上位魔族だ、昨日異世界人様が森で狩ってきたらしいぜ」
「い、異世界人が!?」
うっかり驚いた声を上げる。リリスもその話に気になった様子でさっきより半歩前に出て自分からサニーへ声をかけた。
「お、おじさん。その話詳しく聞かせて!」
「おじ…!……まあ嬢ちゃんから見れば十分おじさんだろうが…それに詳しくって言っても俺も人伝に聞いただけだからよく知りはしないぞ。なんか異世界人様が魔王を探しに森へ行ってその途中こいつを見つけてきたとかなんとか…」
なんとも要領を得ない話だが、僕たちが気になっているのはそこじゃない。
「それで、その異世界人ってのは今どこにいるんですか?」
「あ?何だ変態、お前異世界人様のファンか何かなのか?俺も知りはしねえよ…まあでもしばらくはこのあたりにいるんじゃないか?…………確か名前は──」
僕より先に転移してきた異世界人、こんな非道なことができるのはきっと立場が違ったからだ。
魔王に転生させられた僕と国民達から求められて転移したその人。
横にいるリリスとは別な理由で、僕も会ってみたい。
リリスも僕もお互いを繋ぐ手に力が自然と入った。
「───名前は、鎖の勇者、カズト様だったかな」
※※※
「「鎖の勇者、カズト…」」
僕とリリスの声が重なった。
さっきの広場を離れて僕らはギルド側の路地裏にいる。
どちらが言うまでもなくお互い思考の整理がしたかったんだと思う。
リリスにとって、その名前は憎き敵陣営の標的の名前。
けど僕には全く別の、真逆の意味を持っていた。
だってカズト、漢字では和人かな、あるいは数都?字はわからないがこの名前はほぼ間違いなく僕と同じ、日本人のものだ。
……話せば仲良くなれるかもしれない、前世で友達のいない僕だけど、こっちでも未だ友達言える人のいない僕だけど、同じ異世界に転移してきたという境遇を持つ同郷の人なら仲良くなれるかもしれない。
案外事情もわかってリリスを一緒に守ってくれるかも。
だから僕自身も会いたいという気持ちが強くなっていた。
「……さっきのおじさん、異世界人はまだしばらくこの街にいるって言ってた。わたしその異世界人を見てみたい」
「…えっ」
「危険だっていうのはわかってる…別に見つけてすぐ殺したいわけじゃない。あの晒し首の魔族だって知り合いでもないけど…」
さっきの同族の末路を思い出してか、リリスの言葉が言い淀んだ。
「どんな顔をしたやつがあんな事してるのか、見て確かめたいの」
…リリスと一緒にいる以上危険であることは僕自身わかってる。
けど会いたいのは僕も同じ。だから…。
「…わかった、目立たない程度に探してみよう」
僕達は、最初の異世界人【カズト】と接触を試みることにした。




