戦闘開始
空の移動には慣れないが、実際この移動の速さはありがたい。そう思い必死にバランスを制御しながらエルムは白衣の裾をなびかせていた。
遠く森の上空辺りに浮かぶノールが見える。一瞬こちらに視線を向けたと思ったがまたすぐに森の方を向いてしまった。隣を私の速度に合わせて飛んでいるギベオンはなんらかの意図を受け取ったのかふむ、とか言っていたがどのようなやり取りだったのか、やり取りがそもそもあったのかすらわからなかった。
「娘はどこだ?」
「ノールが守護すると言ってきたから安心だろう」
言ってきたのはわからなかったが、そうということはあのノールのいるあたりにカシアがいるのか。戦闘音はしていないから国王と騎士団はまだカシアを見つけていないようだ。
なによりもまず騎士団からカシアを守る必要がある。そして隙をついて魔族からも逃げねばならない。どこに逃げればいいのかもわからないが、人間界では国王や騎士団から、魔界では魔族たちから逃げることになる。どちらが現実的なのだろうか。そもそも、この目の前の魔族の王をうまく出し抜くことができるか…。だが、できるできないではない、やるしかないのだ、娘を、カシアを守るためには。
♢♦︎♢♦︎♢
走り出して少しした頃、後方で戦闘音が聞こえ始めた。宣言通りコウモリの魔族が騎士団を牽制しているのだろう。ひとまずこれで騎士団の追跡はかわせるだろうが、この後どうしたらいいのかまだいい案を思いつかずにいる。できればカシアの父親、エルムさんと合流させてあげたいが、それはそのまま魔族に囚われることにつながる。
(…でも、国王陛下から逃げると決めた時点で人間界のどこに行っても安心はできない、か)
手を繋いで走る大切な少女を見ながら考える。どこであってもいい、この子が安心できるところに共にいよう、と。
♢♦︎♢♦︎♢
息が上がる。腕の振りがどんどん遅くなる。だのに相手はどれだけ戦っていてもスピードも威力も落ちない。戦闘が長引くほど不利だと嫌でもわかってしまう。これが種族の壁か。
カシアをうまく逃しつつなどと甘いことを考えている余裕はとうになくなって、今はただ国王陛下と神官長を護ることしか考えていなかった。
コウモリの魔族の一群からうまく陛下、神官長と3人で抜け出したところまでは上手く行った。その隙を生み出した騎士団長の腕は見事としか言いようがない。だが、相手もただで見逃してはくれなかったのだ。執拗に追いかけては攻撃してくるコウモリ魔族の攻撃を走りながら、そして複数を守りながら捌くというのはまだ若輩のアズロには経験値が足りなすぎた。何度目かの滑空攻撃を迎撃しようと剣を構え直す。だが、いつしかパターン化されていたその攻撃がフェイントであることに気づいたときには、もう目の前まで小さなコウモリたちが迫っていた。
「しまっ-!」
まとわりつくコウモリのうちの1匹がアズロの首筋に牙を刺そうとするのが視界の隅で見えた。
♢♦︎♢♦︎♢
「やめてっ!」
その場に響く、聞き覚えのある声。今はこの場で聞きたくなかった声。
近くの蔦がコウモリをはたき落とすのを見ながらアズロは体力の限界で倒れ込む。
「なんで…。なんで来たんだ、カシア…」
カシアから少し遅れて現れたセランが治癒魔法をかけてくれたようて身体が楽になる。
「おやおや。せっかくお嬢ちゃんを狙うワルモノから守ってあげてたのに、お嬢ちゃんの方から来ちゃうとは困ったものだ」
セリフの割に大して困ってなさそうな声でノールが言う。
そのセリフから目の前の少女が何者か察したらしい国王が剣を構えたのが見えた。隣の神官長は息が上がってしまってまともに構えも取れていないことを考えると、国王陛下はご自身でも研鑽を積まれていたようだと、頭の妙に冷静な部分で感心する。
カシア、国王、ノールが互いに見合って動けずにいる。そんな静かな均衡を崩したのはノールだった。
コウモリの集団がどこからともなく現れ、剣を構える国王と隣でやっと息が整ってきたらしい神官長、少し離れて2人の前で剣を構える俺を取り囲む。その隙にカシアとセランが身を翻してまた逃げ出そうと走り出した。
「凍てつけ」
突如地面から生えた氷柱がずぶりと肉を抉りパタパタと血が周りに飛び散った。
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