魔界の王
昼間のはずなのに薄暗い室内、それもそのはず、窓から差し込むはずの陽光がないのだ。
カシアは無事だったろうか。攫われた自身よりもそればかりが気にかかる。あの騎士団はカシアを狙っていた。まさかまだ幼いあの子が有無を言わさず処刑なんてされないと思いたいが…禁忌の存在であることが知られたのならそう悠長なことも言っていられまい。
コツコツ、と部屋がノックされる。攫われたはずなのに牢にいれられるわけでもなく、窓に鉄格子付きとはいえ室内では自由にされている事実を不思議に思っていたが、もしかしたら思った以上に魔界の王は理性的なのかもしれない。
「失礼する。魔界の王、ギベオンだ。この度は手荒な真似をしたこと、お詫びする」
「…」
驚きで言葉が出ないこちらを急かすでもなく、ギベオンと名乗った男はこちらを見ている。長い黒髪に金色の瞳が夜を彷彿とさせる、すらりとした体躯の青年にしか見えない。だが、王というからにはそれなりの年齢なのだろう。魔族は魔力によって見た目年齢を維持すると、昔リラが言っていた。つまり、この王の実年齢が高ければ高いほど、青年のような見た目を維持している魔力が膨大なものということになる。
「…こちらこそご挨拶が遅くなり失礼しました、魔界の王ギベオン殿。私は研究者のエルムです」
「ふむ、エルム殿か。このような対面の仕方ですまないが、よろしく頼む」
「…」
「ふっ、警戒するのも無理はないな。まずは貴殿に来てもらった理由を話そう-」
そしてギベオンが語ったのは、
1.魔界は生命を育む力が年々低下していて、もう新しいいのちをつなげなくなっていること。
2.それゆえ生きるための土地として人間界の一部に求めていること。
3.何度か王国に打診しようと手紙を出してみたが悉く返事はなく、かと言って使者を送れば襲撃と思われ騎士団に討たれたこと。
4.何年も話し合いを求めて来たが叶わず、遂に魔界の生命維持が難しくなった今年、侵略してでも領域拡大を図ることにしたことであった。
「…そちらの事情はわかりました。ですが、人間界とて自らを脅かすかもしれない魔族と隣人になりたいとは思わないし、ならばこそ領地の一部を魔族に提供するという選択はしないでしょう。可能性を残すのであれば例えば、樹の魔族など非好戦的な種族だけ人間界での生活を許すと言った形での提案になるかと思います」
「ふむ」
自分の提案を否定されても特に大きな反応は見せず静かに耳を傾ける王は、もしかしたら本当に人間界との共存を長らく願って来たのかもしれない。魔族の王がその考えを持つならば、リラとの生活をまた願うこともできるのだろうか…。
「ただ、人間界の土地については国王陛下に最終決定が委ねられるでしょうから、ただのしがない研究所の一員である私を連れて来てもそちらの望みに近づくことはないと思います」
攫われた身でありながら、自身の価値を下げる発言をしてしまえば役に立たないと処分される可能性もある。その可能性に声が震えそうになりながらも正直に話す。
「…ふむ。無論、そうであろうな。だが我は貴殿に土地を譲るよう頼みたくて来てもらったわけではない」
「…」
「…もう、時間がないのだ。手荒で悪いが、人間界をいただく。全部とは言わん、一部で構わないのだ。そしてその一部をもらうために、貴殿の魔法のような物理攻撃を戦力として欲しい」
「ホウセンカのことか」
「そう確かに呼んでいたな。あれは魔法として起動しておきながら物理になる、いわば防御魔法を空振りさせるための攻撃として面白い。だが、純粋な人族の魔力として発動しているわけではなさそうだな?」
流石に魔王の目は誤魔化せないようだ、と観念する。
「一度見ただけで、そこまで考察されるとはね」
そう、魔族に見られたのは10年ほど前に森で魔物に襲われる子供たちを助けるために使った一度だけだろう。そこからずっと、狙われていたのか。その可能性があったため守護結界のある王都に引っ越しまでしたが、どうやらそれだけでは足りなかったようだ。
「どうだ、エルムよ。その力、助力した樹の魔族のためにも振るってくれぬか」
そこまでわかるのか、と驚きを通り越して呆れる。リラと出会ってからずっと研究してやっと開発した独自の魔法技術。人間界で自分にだけ使える技。そう、樹の魔族のリラから授けられた樹の魔族の加護により植物の動きをごく短時間なら魔族のように制御できる、それこそがこの技術の肝である。
リラ曰く、樹の魔族は争いを嫌うため魔界の侵略戦争には力を貸さない。だからこそ、その代わりとなりうるこの力を欲したのか。
この底知れない魔界の王相手にどれほどの駆け引きが意味をなすのか…エルムは気を引き締めて相手を改めて見据えた。
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