亀裂
その日の始まりは、普通の日常だった。
「パパ、こっちの所長に出す資料の整理は終わったわ。こっちの山は締切までまだあるけど、添付がない論文」
「あ、添付まだだっけ。ありがとう、カシア」
もうサポート業務もすっかり板につき、テキパキとパパの研究資料を片付けていく。
「カシア、今日の所長への報告会なんだけど、一緒に来てみるかい?」
資料を片付けていた私を見て、パパが少し考えてから提案してきた。
所長への直接報告は、数ある研究の中でも特に優先度が高いものについて行われる。通常は研究テーマごとに分かれている班の各班長に報告して、それを班長がまとめて所長に報告するのだ。だから、所長に直接報告できるというのは研究が認められるのと同義で、全研究員の憧れであり、しかも場合によってはそのまま国王陛下にもご報告することもある、らしい。
「えっ?!い、いいの?」
「うん、カシアも卒業したら研究所に来るわけだし、なにより、パパの研究はカシアがいたからこその部分もあるからね」
パパの研究テーマは植物の魔法への組み込み。これまで知られている地水火風といった属性魔法だけでは作り出せないような攻撃方法を探っているものだ。確かに植物に魔力を注ぐことで時限式に発動できれば攻撃方法の幅も広がる、というものだが、資料を整理しながら見ている限り、なかなか人族の魔力と親和性の高い植物を探すのが難航しているようだ。
「…私がいたからこそ?」
資料整理などサポート業務はさせてもらっているが、研究そのものに協力した記憶がなく、首を傾げる。するとパパはドアの方に視線をやってから小声で続けた。
「うん、今のところ最も人族の魔力と親和性が高いとされている植物はポンポンだと考えられているんだけど、それはカシアが赤ちゃんだった頃に一番嬉しそうに触ろうとしていたことで目をつけたんだ」
知らなんだ。赤ちゃんの私の周りに色んな植物を置いてどれに手を伸ばすか真面目な顔で調べるパパを想像してなんだかおかしな図だと思う。
「本当は、カシアの力を全て説明できるような植物を見つけ出したいと思っているんだけど…リラもそうだったけどなかなか君の力は植物操作や感覚共有や移動や、と幅広くてね…。いい説明を思いつけずにいたんだ」
操作はそういえば走る時に草木に躓くことってないからやってるのかもしれない。感覚共有は心当たりがない。移動は、ママができるという植物のあるところへのワープのことだろう。
そんな私の考えを読んだかのように、パパが苦笑しながら答え合わせをしてくれた。
「植物操作は、そのままの意味で植物を自在に動かすことだ。森の中を進む時に避けてもらったり、逆に道を塞ぐように動かすこともあったと思う。昔カシアが森で魔物に出会った時、パパがたどり着く前にカシアが魔物を足止めしていたことがあったと思うけど、それも植物操作だね」
魔物は、よく覚えてる。あんなショッキングな事はそうそうないし。ただ、足止めをした記憶はなかった。突然森で襲われて夢中で逃げて、絶体絶命と思ったらパパが助けてくれた、とは覚えてるんだけど。
「無意識だったのかもしれないけどね、魔物の足元の草を使って魔物を足止めしていたよ」
私すごいじゃん。覚えてないけど。
「感覚共有は、パパは共有に基づくものだと思っているのだけど、本人たちの感じ方は違うのかな。天気が読めたり風向きがわかったりするでしょう?それは植物が敏感に察知している湿度の変化とかに基づいているのかと推測しているんだ」
なるほど、天気。それなら心当たりありまくりだった。
「移動は、前に話したワープのことだね」
だよね、とばかりにうなづく。
「これを全部植物魔法として確立できれば、カシアも他の子供達と同じようにこっちで違和感を感じられずに過ごせるだろうと思っているんだよ」
そこまで言ってからパパは面白いことを思い出したというような顔をして、『まさか、それを勘、の一言で片付けられるとは思ってなかったけどね』と笑った。
「パパの研究は、私のためだったんだ…。知らなくてごめんなさい、そして、ありがとう、パパ」
照れたようにパパが笑う。胸のあたりに温かい気持ちが溢れてくる。
そのとき、突然体の中から魔力だけが引っ張られるような、今まで感じたことのない違和感を感じた。
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