プロローグ
「これは…!予想以上だ!」
明かりはついているものの、雑多に置かれたものが多すぎるせいで至る所に差した影のために暗く感じる室内で男が声を上げた。
剣と魔法の世界。そこにあっても、研究者は存在する。
むしろ魔法が発展しているがゆえに、才能によるそれを超えようと努力するのが研究である。
白衣の男の前には、机に横たわる赤子がいた。
おくるみに包まれて眠る赤子の周りには、様々な種類の鉢植えの花が並べられている。
不思議なのは、赤子の腕の動きに合わせて、花たちが動いていること。
「そうなれば、次は…」
男はぶつぶつと呟きながら何事かをノートに書き込んでいった。
♢♦︎♢♦︎♢
ざぁっと、風が花びらを舞い上がらせていく。
「あめ、ふりそう」
雲ひとつない青空を見上げて、カシアは呟いた。
ダークブラウンの髪にくりくりっとした緑の瞳。やや小柄な女の子は森の中から自宅の方を眺めると、
「はしれば、まにあうかな」
言うや否や、駆け出していた。
カシアが家に飛び込むと同時くらいに、突然の夕立があたりを覆った。あちこちの家から、慌てて窓を閉める音、洗濯物を取り込んでいるのだろう衣擦れ音が聞こえてくる。
「あら、カシア、おかえり。夕立に降られる前におうちに着いてよかったわね」
取り込んだ洗濯物を畳みながらママに声をかけられた。
「ママ!ただいま!」
ぎゅっと抱きつくと、ハグしながらカシアの頭をゆっくり撫でてくれる。
「ただいまー。いやー、濡れた濡れた、まいったよ」
しばらくすると、玄関からパパの声がして、タオルを持ったママが出迎えに行く。その後ろを、カシアもとてとてと着いていく。
「お疲れ様」
「ありがとう」
そんな両親を見ながら、カシアは小首を傾げて呟いた。
「どうしてパパは、あめふるまえにじゅんびしなかったんだろう」