此花第三王国と密島山女
上手く行っているモノを変えると失敗する。
だから上手く行っている時には変えないのがセオリーだ。
そうは言っても変えたり変わったりはするもので、世界ルールの変更によって此花王国も頭を悩ませていた。
「お父さんもどうしたらいいか分からないみたいだわ」
リンの父親といえば此花王国の王様だ。
その王様が頭を悩ませているのは、此花第三王国の事だった。
世界ルールの変更前から既に動きはあったが、この所第二王国以降の統合が各国で行われている。
第四王国まであった早乙女は全てを吸収し一つとなった。
早乙女なら新たな国を作って従え『帝国』にするかと思われたが、ガッチリと国を固めてきた。
伊集院も同じく、第二第三を統合している。
此処は元々統合されているのと全く変わらない体制だったけどね。
統合せず別れた国もあった。
西郷第二王国だ。
独立して東郷王国となっている。
西郷の領地から西にある島なのに東郷とはこれいかに。
これで後に残っている第二以降の王国は、東雲第二と此花第三だけになっていた。
東雲の問題は、第一よりも第二の方が圧倒的に国力が大きく、第二は第一を吸収する形を望んでいる事だ。
当然そんな事を第一が認められる訳もなく、話し合いは平行線のよう。
此花も似たようなもので、第三と国力がほぼ同じ事が問題となっている。
ただこちらの場合は、第三が吸収される事を望んでいるのに、第一が渋っているのが現状だ。
渋る理由は、第三がいくつかの島からなっていて統治が難しい事。
だけど一緒にならなければ国力が半減し、他国から侮られる存在になりかねない。
ただでさえ第二は神武国となっていて、既に国力で愛洲に抜かれてしまっているという見方が主流だ。
尤も上にいた小鳥遊が最下位まで落ちているだろうから、順位としては変わってないけどね。
そして今日は十二月二十九日で、年が明けるのももう間もなく。
年明けまでに決めて来年の順位を確定させるか、それとも決めずにとりあえず来年まで持ち越すか、その辺りも少なからず話をするきっかけになっていた。
「でも割と国家ランキングは重要なんだろ?だったら吸収一択じゃないのか?」
ランキングはこの世界では色々な所で意識される。
どうやって決めているのか分からないが、おそらく皇が金や人の動きを全て総合して出しているのだろう。
あくまで俺の憶測だけどね。
そしてこのランキングは、国家間の交渉などで力を発揮する事となる。
「そうなんだけどさ。第三の王族ってある意味一度捨てた王族じゃない?それを再び王族として迎え入れるのは、トラブルになると思うのよね」
「会って話した事はないのか?」
「無いわね。こちらから会いに行くのも気が引けるし、向こうからも来ないし、今までは会う必要もなかったもの」
人と会うのって、しばらく会ってないとドンドン難しくなるよね。
一応今までは同じ国として外から扱われてきた訳だから、連絡は辛うじて極偶にあるらしいけれど、その内容も業務的で形式的な感じだそうだ。
「そんなんでよくこんな大切な事を決めようとしているな」
「仕方ないじゃない。今までは世界ルール的にこれで良かったんだから。そうだ!だったら策也会って来てよ。あんたが一緒になっても大丈夫そうだと思ったらお父さんに言ってみるわ」
「なんで俺が?」
「お願いよ。策也も一応此花の人間だし、向こうもあんたの事なら知ってるだろうし、ねっ?」
くそっ‥‥ねっ?じゃねぇよ。
でもまだ此花第三には行った事が無かったよな。
ちょっくら見て来るくらいならいいか。
どんな所か見ておきたいって気持ちもあるし。
「分かったよ。会って来てやるよ」
「ありがとう策也。流石私が見込んだ男だわ」
リンに見込まれても嬉しくないけどな。
さて行く事は決まったが、どうやって行こうか。
此処から飛んで行ったら四時間くらいで王都のある本島まで行けるが、それじゃつまらないよな。
一緒にならないなら来年の方がいい訳だし、のんびり行くか。
「ところでミケコが時々こっちに来てるみたいだが、迷惑かけてないか?」
「迷惑ではないわよ」
「そっか、ならいいが‥‥」
「でも妙な圧力がある子ね。兄上様の為に一生懸命でいい子だとは思うけど」
「まあな」
迷惑ではないけど扱いが微妙に困るといった感じだろうか。
でもそれくらいなら我慢してもらうか。
「それじゃ行ってくる。夕凪も妄想はほどほどにな」
「はっ!バレてたみたい‥‥」
「ははは。行ってらっしゃい!」
俺は瞬間移動で三日月島へとやってきた。
「よう!みんな元気か?」
「策也か。此処にくるのは久しぶりか」
博士は相変わらずマジックボックスの前で作業をしていた。
「元御剣領の魔法通信ネットワーク構築は大変だろうけど頼むぞ」
「大丈夫だよ。あれくらいの広さなら余裕だ」
心強いお言葉ですこと。
九頭竜から主導権を取り戻す為には願ってもないミッションだからな。
「我が君、お帰りなさいませ」
「王仁にはずっと働かせているな、すまない。休みたい時が有れば適当に四人に任せて休んでもいいからな」
王仁には此処のトップを任せているから、なかなか自ら休もうとしないんだよな。
今は平和だし各部署に担当もいるんだから、好きなだけ休んでくれても問題ないのにさ。
「いえいえ、特に苦にはしていませんよ」
「そうか。ならいいけどな」
それにしても、他の連中が見当たらない。
いったい何処へ行ったのやら。
「で、お前たち二人しかいないのか?」
「太妖と日凛は食事に、密島の四人は‥‥」
「あ!お兄ちゃん!会いに来てくれたの?!」
「おお禰子!今日も可愛いな!」
禰子はとにかく可愛い。
長く黒い髪の天辺には天使の輪もできるくらい天使なのだ。
「もうお兄ちゃんったら」
「ところで隣の部屋で何してたんだ?」
「えっと‥‥」
何か言いにくい事でも?
もしかして薬か!
なんてそんなわけないよね。
すると後から賢太が出て来た。
「おや?策也様いらしてたんですか?」
「賢太か。魔法アイテムの研究は最近どうだ?」
賢太は秘密基地でマジックアイテムの研究の指揮をとってもらっているケンタウロスの魂を持った男。
海神の自爆で共に死んだ中の一人だ。
赤い目をした執事っぽいヤツで割と賢い。
「そうですね。先日送られてきたアイテムが少し面白かったかと」
先日送ったアイテムと言えば、雲長に昔貰ったんだけどすっかり忘れてずっと放置していたヤツか。
「何か面白い物でもあったのか?」
「何を何処から召喚するのか分かりませんが、召喚リングがございました」
召喚リングか。
試しに使ってみるもの面白いかもな。
何が出ても今の俺なら多分倒せるだろうし。
「そっか。何が召喚できるのか分かったら教えてくれ」
「かしこまりました」
すると今度は死志が隣の部屋から出て来た。
赤くて長い髪が眩しいから、こいつは何処にいても目立つ奴だ。
「あれ?策也様じゃないですか。今日は何かありました?」
「ああ。ちょっと大和に乗って行きたい所があってな」
「戦闘ではなさそうですね。そろそろ暴れたい気分になりそうなんで、戦いが有れば呼んでください」
「そうだな」
でも死志を呼ぶと無茶苦茶になりそうで怖いよ。
「策也さん、いらしてたんですね」
「山女ちゃんこんにちは」
「はい。こんにちは、です!」
今度は山女も同じ部屋から出て来た。
ちなみにこの子も海神と共に爆発で死んだ中の一人だ。
ウェンディゴの魂を持っていて、見た目は癒し系のポワポワした感じの女の子に仕上げている。
茶髪が好きではない俺が珍しく茶色の髪にした辺りから、他とは少し違う想いがある事は察してほしい。
魔物研究の指揮をとらせているが、今ではすっかりやる事がなくなったみたいで、そろそろ別の仕事も考えてやらんとな。
「所で今、何をやってたんだ?」
「暇だったので、皆さんと麻雀をしてました」
「そうか。麻雀か」
他の奴らはやる事あるだろうに、まあいいけどさ。
特に大きな事件や戦争は起こりそうにないしな。
でも暇なのか。
「じゃあ山女ちゃん、俺はこれからザラタンで此花第三領まで行くんだが、一緒にくるか?」
「本当ですか!?是非ご一緒させてください」
うんうん。
この子はとっても素直でいい子だよなぁ。
魔物だったのに邪心とかまるで感じられないんだよね。
能力の影響かな。
「というわけで、王仁、問題無いな?」
「はい。後はお任せください」
「よろしく」
こうして俺は山女を連れて大和へと移動した。
大和には海神や青い三連星が常駐している。
俺の管轄する各町には強力な結界が展開できるようになったから、黒死鳥王国なんかの防衛も連絡が入ってから向かえば余裕だしね。
「よう海神。いきなりで悪いが大和を出せるか?」
「主じゃないですか。大丈夫ですが突然ですね」
「さっきリンから頼まれてな。真っすぐ西に行って、此花第三の王都近くまで頼む」
「分かりました」
実際運んでくれるのはザラタンの大和なんだけどね。
「主。いらしてたんですね」
「主じゃん。どうしたんですか?」
「どうして主が此処に!?」
青い三連星は割と騒がしい。
特に後の二人。
そして三人目の海穂は、何か悪い事でもしていたような態度だな。
「お前たちが自堕落生活してないか見に来たんだよ」
「そんな生活しませんよ」
「そうそう。毎日特訓しているんですから!」
「私は寝てたいです‥‥って、山女さんも一緒なんですね」
「そうなんです。連れてきてもらいました」
海穂よ、別に寝ててもいいけどさ、隠れてコソコソとやってくれよ。
上司はさぼっている部下を見れば注意しなくちゃならないからな。
なんて、此処はそんな世界ではない。
役割を果たさなければならない時に、その役割を全うしてくれればそれでいいんだよ。
「何やら騒がしいと思ったら、みなさんおそろいですね?本部の小さいお子様も一緒ですか」
「小さいお子様って、兎白もそう変わらないだろ?」
「兎白の方が設定年齢も上ですし、身長は二センチも大きいです。大人と子供くらいの差は十分にあります」
兎白は妙に自分を大きく見せようとする所がある。
でもおっさんがマウントポジションを取ろうとしているような嫌な感じはまるでない。
子供だからな。
「こんにちは兎白さん。これから此花第三領に行くんですよ」
「もしかして『クキ』の町ですか?あそこは行くの止めた方がいいです。サメがいますよ」
サメなんて海ならどこでもいるんだけどな。
「サメさんがいるんですか。見た事がないので見てみたいです」
「あんな野蛮なヤツが見たいなんて、山女さんは変わっているのです」
やっぱり因幡の白兎はサメが嫌いか。
この世界は本当に日本を世界にしたような所だよな。
そんな事を思って、俺は一度皇国へ一人で行ってみたんだ。
そこでこの兎白にも出会った訳なんだけど、思ったほど日本じゃなかった。
皇国は日本風の木造建築物が立ち並んでいると思ったんだけど、他と変わりなかったんだよな。
変な世界だよ。
「とにかく立ち話もなんだ。今日は何か作るからみんなで食事会しようぜ」
「おー!」
こんな感じで俺たちは、この後菜乃と妃子も加えて夜まで食事しながら騒いだ。
そして夜は早めに布団に入った。
朝日が昇る前には、クキの町近くまで来ていた。
「じゃあな海神、海梨、海菜、海穂、兎白、そして大和」
「昨日は久しぶりにごちそうが食べられました。ありがとうございました。三連星の料理はイカ料理ばかりで飽きるのですよ」
おいおいこいつら共食い推奨なのか?
クラーケンはイカとは違うのかもしれないが‥‥。
「美味しいじゃないですか」
「そうだそうだ!イカは最高でーす!」
「私もそう思います!」
そのうちこいつら自分の手足食べ始めるんじゃないだろうな。
「策也さん。また遊びに来てもいいですよ。その時は兎白が相手してあげます」
素直に遊びに来てほしいとは言わない兎白でした。
「おう。その時は相手してくれ」
「仕方がないですね。兎白は願いを叶える兎なのです」
とりあえず嬉しそうだしいいだろう。
「みなさんありがとうございました。また遊びにきます」
山女ちゃんが挨拶をしてから、俺たちはまだ暗い中クキの町へ向けて飛び立った。
よく考えれば、兎白がいるなら瞬間移動魔法で連れて行ってもらっても良かったんだけどな。
兎白の瞬間移動魔法は特別で、見た場所ではなく座標指定で飛ぶ事ができる。
だから大和に乗せてるんだよな。
その能力をコピーしようとしたが出来なかった。
もしかしたら神というのは本当なのかもしれない。
さて俺たちは明るくなる前にクキの町に入った。
島国だから外部の冒険者が来る事も少なく、防壁門の所ではすぐに他所者だとバレた。
そしてすぐに俺が此花策也だという事もバレ、いきなり国王の屋敷へと案内された。
「よく来てくれた。策也殿が来るという話は昨日の内に麟堂姫から聞いていたよ」
「そうなんだ」
一応連絡はしておいたのね。
「山女も座っていいぞ?いいよな?王様」
「あ、ああもちろんだ」
俺の人形たちは、みんな似たような服を着せている。
男性は執事服、女性はメイド服に近いものだ。
戦闘が主な仕事である女性は、スカートを短めにしたりもしているけどね。
そんなわけで山女もメイド服だから、遠慮して座らずに立っていた。
「こんな服を着ているけど、この子は俺の仲間だからな。それにこの町にいる誰よりも強いぞ」
言っても信じられないだろうが、海神を狙った刺客の一人だからな。
あの時よりも更に強くなっているし、魔力以上に能力の高い子なのだ。
「この町の誰よりも、か。見た目からは想像できないな」
「その方が効果があるからな。いや、こっちの話ね」
山女は性格もいいしとにかく可愛くていい子だ。
でも俺ですら敵にはしたくないと思える能力を持っている。
尤も今では能力をコピーして知っているから、俺には通用しないけどね。
「それよりも、此花第三王国は吸収される事を望んでいるのか?」
「できれば現状維持でもいいが、第二王国の王族は君以外すべて殺されただろ?御剣王国も裏ではどこかの国に潰されたという話がある。一緒にならなければ近い内に潰しに来る勢力があるだろうと考えてね」
一度世界ルールがリセットされ、一応戦争禁止の新たなルールはできた。
でも最近の流れなら、陰謀や謀略によって狙われる可能性は否定できない。
この王様は見た所割とまともな指導者のようだ。
その判断は正しいだろう。
気持ちとしては今のまま、或いは逆に吸収したいとの思いもありそうだが、国を守る為にあえて吸収される事も厭わないといった感じか。
嘘を言ったり何かを企んでいる様子もない。
「その判断は正しいと思うよ。分かった。できるだけいい待遇で一緒になれるようにリン‥‥ドウには話してみる」
「そうか。ありがとう。所でさっきの話なんだが、その山女という子がこの国の誰よりも強いというの、確かめさせてもらってもいいだろうか?我々も吸収されるなら強い者にそうされたいからね」
国とは言ってないんだけどね。
それに俺のボディーガードか何かだと思ったのかな。
俺、あんまり強いと思われてないみたいだし。
「どうする山女?」
「殴ったり蹴ったりするのは好きじゃありません。能力を使ってもいいですか?」
あれかぁ。
下手すると死ぬからなぁ。
死んでも蘇生させる事はできるけど、トラウマになったら最悪だしなぁ。
「分かった。でも様子を見て駄目そうなら、ハリセンがあるからそれで戦ってくれ」
「分かりました」
「という訳で王様、とりあえずオッケーだ。それで誰が相手をするんだ?」
この町はだいたい千里眼と邪眼で確認したけど、まともに戦える奴なんていないぞ?
王様はそこそこだし、騎士隊の連中も正直並み以下だ。
島国だから戦争に巻き込まれにくいだけで、この国が大陸の中央にあったら簡単にやられてしまうだろうな。
「この国には強い者がおらんと思っているようだな。確かに俺はそれほど強くはないし、騎士隊も今一だ。だがこれでも全体的に見れば戦力はあるほうなんだぞ。そして強いのもいる」
「ほう、そうなのか。それは楽しみだ」
やけに自信ありげだな。
二キロ圏外に強いのがいるという事か。
「あと三時間もすれば戻ってくる。申し訳ないがそれまで待っていてもらおう」
三時間か。
結構時間が空くな。
「そいつは今どこにいるんだ?」
「今は西の山の中で魔物狩りをしているはずだ。言っておくが近寄らない方がいいぞ。そこには結構な量の魔物がいるからな」
こんな島国に結構な量の魔物ねぇ。
ここ十年魔物は減ってきていると言われている。
俺が世界中で結構な数狩りまくったし、雲長もあれだけ強くなった所を見ればかなり狩っていたのだろう。
魔界の扉もここ十年一度も確認できていない。
なのにこんな所にはいるのか。
「対戦は何処でやるんだ?」
「町の外西側の荒野でどうだ?」
「分かった。じゃあ三時間経つ少し前にそこに行く。それまで少しブラっとさせてもらうぞ」
魔物が出るというのはやっぱり気になるよね。
見に行かないとな。
「分かった」
「山女、いくぞ!」
「はい」
俺たちは屋敷を出ると、人が見ていない隙に一気に空へと上がって西へと飛んだ。
荒野を抜けて山に入ると、直ぐに魔物の気配を感じる。
「やけに魔物が多いな。島国でこれは珍しいよな」
「どういう事でしょうね。見た所生態系ができているようには見えないです」
山女はずっと魔物の研究をしてきているので、見ればだいたい魔物の様子が分かるのだ。
俺たちはとりあえず先へ向かった。
すると魔物と戦う人間の気配があった。
十人近くいるだろうか。
中には魔人の姿も見える。
そしてみんな結構な魔力を持っていた。
その中でも一人飛び抜けて魔力が大きい者がいた。
おそらく王様が言っていたのはこいつの事だろう。
俺たちはその者たちの上空へと移動した。
「なかなか強そうなのがいるじゃないか」
「そうですね。町にいた騎士たちとは大違いです」
その者たちの戦いは慣れたものだった。
おそらく毎日のように此処で魔物を討伐しているのだろう。
これだけ魔物を狩って素材を集めていたら、結構な金になるはずだ。
島国でこれだけの国力があるのはそういう事か。
しかし魔物が多すぎる理由が分からないよな。
「策也さん、あれを見てください。魔界の扉ですよ」
「マジか?」
見ると確かに魔界の扉らしき物が見えた。
大きさは高さ二メートル程度の小さなものだが、そこから魔物が出てきている。
「魔界側のこの島は、割と魔物が湧く場所なのだろうな。大型種はあの扉からじゃこちらには来られないし、いい訓練場といった所か」
世界ルールは今では廃止されているが、どう考えてもこの扉はその前から此処にあったよな。
つまり隠れて残していたのか。
今ならもう処分する必要はないけれど、此花が吸収合併したら此処はどうなるのかね。
個人的には、この戦っているメンバーを見れば残しておいた方が良いと考えるが、リンの父親は処分するかもしれない。
「この場所は残しておいた方がいいと思います。魔物の数はバランスがとられていますから」
「山女が言うならそうなんだろうな」
魔物が何処でどうやって何故生まれるのかなんてまだ分かっていない。
でも魔物研究の結果を見ると、バランスがとられていると断言しても差し支えない数字が出ていた。
人間界で減ってきているように見えたのは、こういう隠れた所に沢山いるからなのだろう。
「戻るか」
「はい。でもまだ時間もありますから、ゆっくりお散歩しながら帰るのはどうでしょうか?」
「いいね!」
そんなわけで俺たちは、少し外れた別ルートから町へと向かった。
魔物は沢山いたけれど、この程度の魔物なら散歩に差支えがない。
俺たちはマッタリと散歩を楽しんだ。
もしもこれがロールプレイングゲームだったら、散歩中に魔石ゲットや魔物討伐のメッセージ音がずっと鳴り響いていたんだろうけどね。
そして三時間後、俺たちは町から少し離れた荒野にきていた。
「こちらが我が息子の『此花姜維』だ。そんじょそこらの戦士とは違うぞ」
「姜維だ。俺の相手はそちらの御仁か?」
「相手は俺じゃない。こっちのチッコイのだ」
俺は横にいる山女の頭をポンポンと叩いた。
「よろしくお願いします」
「なんだって?!父上、それは本当ですか?」
「本当だ。この子はこの国の誰よりも強いというのでな」
言ってないって。
この町って言ったんだよ。
「そんなまさか」
「あんたも相当強そうだけど、やっぱり山女には勝てないと思うぞ。戦ってみたら分かると思うが」
でもあまり戦うのはお勧めしないけどね。
「手を抜いても殺してしまいそうなのだが?」
「大丈夫だよ。万一そんな事になっても俺蘇生魔法は一通り使えるからさ」
「ほう。策也殿は神官であったのか」
「いや、賢者らしいんだけど」
賢者って賢い人だよね。
俺の場合魔法記憶があるから何でも知ってるみたいな感じあるけど、実際はそんなに賢くないんだよなぁ。
「という事はやはり戦闘よりも頭を使った戦いの方が得意という訳だな」
だからそうでもないんだけどね。
まあでも此処は笑って誤魔化しておこう。
そんなわけで山女と姜維の模擬戦が間もなく始まった。
「始め!」
審判役は先ほど姜維と一緒に魔物討伐をしていた中の一人だ。
この人もそこそこ強い。
人間でここまで強くなっていたら十分だろうってくらいだ。
そして対戦相手の姜維はそれよりも遥かに強い。
魔力レベルで言えば山女とそんなに差はない。
本当ならこれくらいの差であれば、勝つ可能性だって十分に考えられる。
でも山女なんだよね。
姜維が一気に前に出て山女に襲い掛かろうとしたが、丁度中間辺りで姜維が動きを止めキョロキョロとし始めた。
「ん?どうしたんだ姜維は?」
「今山女の姿を見失ったんだよ」
「どういう事だ?そこにいるではないか?」
山女の能力は、まずは透明化だ。
透明に見える対象を選ぶ事ができるのは、自らが透明化しているわけではないという事。
相手にそう認識させる認識阻害魔法の一種だね。
でもこの能力は魔法ではなく、知らない限り認識が不可能になる。
ただし透明化した状態で山女からは攻撃する事はできない。
山女はゆっくりと近づき、姜維の後ろへと回った。
「姜維さん」
ささやき声で声をかける。
すぐさま脅威は剣を振るって後ろに攻撃するが、山女は既にそこにはおらず、振り返った姜維の後ろへと回っていた。
「姜維さん」
又も剣を振るう姜維だが、山女を捉える事はできない。
「何が起こっている?彼女は瞬間移動でもしているのか?」
「違うよ。驚異的な速さで移動しているんだ」
山女の能力その二。
驚異的なスピード。
猫獣人のスピードなんか比べものにならないくらいに速い。
ただしこの能力を使っている時も攻撃は不可能だ。
攻撃できないと言っても、この状態の山女はほぼ無敵。
知っていなければ姿を見る事もできず、相手にしてみれば見えない何かに取り憑かれているように感じるだろう。
いや、そう感じさせる能力なのだ。
剣を振るう姜維は確かに強いし反応も早い。
でも俺ですら攻撃を当てるにはそれなりの工夫が必要になる。
そろそろ冷静さを失いつつあるな。
俺がそう思った時、姜維は自分を中心とする全方位爆発の魔法を使った。
俺はすぐさま結界で王様と自分、そして審判を包んだ。
「おい!そんな魔法を使ったら‥‥この結界は?‥‥」
「危なかったから俺が張った。今もう姜維は冷静さを失いつつあるんだよ。山女と戦ったらみんなこうなる。そして最後は運が悪けりゃ自殺。良くてもしばらく立ち直れないだろうな」
「まさかそんな‥‥」
「だからここらで止めるぞ。山女!これを使え!」
俺は異次元収納からハリセンを取り出し山女に投げた。
山女は瞬時にそれを受けとると、姜維の背後からそれを振り下ろした。
見事にそれは姜維の頭を捉えた。
山女は動いている時に攻撃はできないが、しっかりと止まった状態なら攻撃が可能だ。
もしも山女に攻撃を当てたいなら、攻撃されるタイミングと同時に攻撃し返すしかない。
この後はもう一方的に山女がハリセンで叩き続けるだけだった。
姜維が自信を失くさなければいいけどね。
「止めた方がいいんじゃないか?」
「そ、そうだな。そこまでだ!」
「お疲れ様でした」
山女は礼儀正しく挨拶をした。
その挨拶も、相手にとってはきつい一撃になるかもな。
「俺は息子が最強だと思っていた。いや、上はいるだろうが、いても能力的には最強に近いと思っていた。策也殿、君は彼女と戦って勝てるのか?」
「そりゃまあ‥‥ね」
あまり強くは見られたくないけど、無暗に嘘はつけない俺。
「だろうな。あの結界のスピードと威力を見れば、彼女に余裕で対処できる事が分かる。そんな君がどうして第二王国を神武国に預けたんだ?自分で十分守っていけるだろう?」
「此処だけの話、あの辺の国はだいたい俺の管轄なんだ」
「つまり神武国は君の国という事か?」
「仲間に任せてはいるけど、事実上そうなるな」
こんな事を話すと嫌な予感しかしないよね。
「だったら、この此花第三も君が貰ってはくれないか?その方がこの地に住む者にとってはいい気がする」
「別に俺が貰わなくても、此花に関してはちゃんと守るつもりだぞ?」
「いや、此花よりも神武国の方がいい。話していなかったが、この国には魔人も隠れ住んでいてな。神武国の方が都合がいいんだ」
さっき魔人も戦ってたから知ってるんだけどさ。
「此花第一の国王が納得するなら、ね‥‥」
「よし決まりだ。これで我が領民は安泰だ!」
「しかしそれだと、これから生まれてくる子供が王族じゃなくなる可能性もあるんじゃないのか?本当にそれでいいのか?」
新しいルールだと、一族筆頭が拒否すれば苗字は継承できなくなる。
だからなるべく近しい関係を維持しておかないとハブられるだろう。
「だったらいっそ此花と分裂して別の国にしてから神武国の下に付くのもいいかもな。いやそうしよう!我が家は安泰だ!」
此花の苗字に思い入れはないのかね。
つかこれだと帝国に一歩近づくじゃないか。
まあ一国だけなら神武国は帝国とはならないし、良いか。
この場所、色々な意味で守っておきたいしな。
既に魔人がいて、魔界の扉もあって、強い奴も割といて生活環境もいい。
でもあくまでリンの親父さんが許可したらだからな。
はい、許可がでました。
本当に此花はそれでいいのか?
今後かなり侮られるぞ?
まあ神武国が守るつもりではいるけどさ。
そんなわけで年が明けた272年1月1日。
此花第三王国は是華王国と名を変え、神武国の傘下に入る事を宣言した。
漢字変えただけかーい!
2024年10月8日 言葉を一部修正




