世界ルールの終わり
「神武国は全く忌々しいな」
「秘密組織と何らかの繋がりがあると考えると、我々伊集院と有栖川、そして九頭竜という三大国すべての利益を奪っている事になる」
「得をしているのは皇国くらいでしょうか」
「やはり皇国が裏で何かしらやっているに違いないのだ」
「とは言え証拠は何もない」
「そもそも神武国など人外の国を認めるべきではなかったのではないか?」
「しかしあの時はアレが最良だと決めたではないか。それに俺たちの戦力の半分を、たった一人、木花咲耶という人物に殺られてしまった。あの時の力関係では下手をするともっと酷い事になっていた可能性もある」
「過去ばかり振り返っていても仕方がなかろう」
「かといって今はまだ動くタイミングではないだろう」
「いざとなればなんとでもなる戦力はもう揃っているからな。しかし忌々しい」
「とにかく今は情報収集が必要だな。くれぐれも自ら戦争しようなどとは考えるなよ九頭竜」
「俺たちよりも有栖川の方が心配だけどな」
「大丈夫だ。やるならバレないよう誰かにやらせるさ」
「それでは皆さん、時間ですのでこの辺りで終了します。次回も予定通りという事でお願いします」
俺は御剣を殺した猫獣人について調べる為に、魔界にあるサタン王国を訪れた。
もしも知らない猫獣人がいるとしたら、この場所しか考えられなかったからだ。
「茜娘、この猫獣人を知らないか?」
俺は自分の見た映像を住民カードに移してそれを確認してもらった。
「見た事ないにゃ。それにしても凄いスピードなのにゃ」
茜娘に聞けば分かると思っていたが、茜娘が知らないとなるともしかしたら猫獣人ではない可能性もある。
十年前に人間界にいた猫獣人は、全て南の大陸へと追いやられていた。
そしてその全てを茜娘は把握していた。
ここ十年で産まれた奴だったとしても、各国で全ての猫獣人を管理している以上分かるはずなのである。
仮に本当にこれが猫獣人だとして、可能性として考えられるのは、実は猫獣人が南の大陸以外にもいた場合だ。
俺は世界全てを見たわけではないから、それが絶対に無かったとは言い切れない。
でも獣人は隠れ里を作れないからきっとすぐに見つかるだろうし、とにかく謎であった。
「おう策也来ておったのか。最近オーガ王国が大変な事になっておるそうじゃの」
声をかけてきたのは、この王国を取り仕切っている佐天だった。
佐天はすっかり成長し、真の悪魔王サタンになっている。
でも普段は人間の姿で生活しており、なかなか美人の金髪お嬢様だ。
「まあな。それで佐天にも聞きたいんだが、この猫獣人を見た事がないか?大事な最後の国王にとどめを刺した奴でな。見つからないとまた少し世界が荒れそうなんだよ」
「ん~‥‥見た事は無いの。しかしこの動き、尋常ではないの。今のわらわよりも速そうじゃ」
「やっぱりそうか。いくらスピードのある猫獣人とはいえ、十年未満で此処まで育つヤツなんてあり得ないと思うんだよな」
獣人族は寿命が人間の半分くらいなので、成長は割と早い。
しかし此処まで成長できる奴は俺のようなチートじゃなきゃあり得ない。
「こやつ首輪をしておらぬか?」
佐天の言葉に俺は改めて映像を確認した。
「確かに、言われてみればこれは首輪に見えるな」
従属の首輪だとしたら、殺しは誰かに強制的にやらされたという事なのだろう。
そしてそんな首輪を付けなければならないくらいに、こいつは扱いが難しいと考えられる。
「ありがとう、佐天、茜娘。俺は人間界に戻るよ。何か分かったら連絡をくれ」
「分かったにゃ」
「困った事があったらわらわが手を貸してやるからの」
「おう。何かあったら頼むわ」
俺はそう言いながら手を振ってその場を後にした。
結局この日、猫獣人の事は何も分からなかった。
それでも色々と放置できない事があったので、そちらはしっかりとやっておいた。
オーガ王国の終戦宣言と、領土の神武国への譲渡発表。
更に先手を打ってネットには『誰かが御剣の王を殺した』事を映像と共に発表しておいた。
正直映像はどうするか悩んだ。
猫獣人だと、疑われるのは俺の管轄する国ばかりだからな。
でも隠した所で。殺したのが風里では無いと信じてもらえなければ意味がない。
まずそちらを信じてもらう事が大切だと判断した。
さて次の日、いきなり世界会議の臨時招集が発表された。
そこには、黒死鳥王国の環奈、妖精王国の大帝、オーガ王国の風里、神武国の東征も呼ばれていた。
つまり俺は大帝として参加する事になった。
もちろんリモートで人々は黒塗り、声は魔法で変えられているけどね。
「これから緊急世界会議を始めます。今回の緊急開催は、オーガ王国の御剣領侵攻によって、世界ルールに問題が生じた事によるものであります」
まずは皇が会議の開催とその理由を伝えた。
この辺りはもう皆が知る所である。
「そして昨日、オーガ王国の風里王妃の終戦宣言によって戦争は終わった。これに風里王妃、間違いはありませんね?」
「はい。その通りアル」
「さて問題はその戦争中に起こりました。問題は大小一つずつあります。一つは貴族である豪傑家を終わらせた事。もう一つが長く守られていた王族三十三のうちの一つである御剣家を滅亡させた事にあります」
一瞬どよめきが起こった。
みんな知っているくせによくやるよ。
「風里王妃に質問です。あなたは世界ルールはご存じでしたよね?」
「はい知ってたアル。でも私たちオーガ王国は違反行為はしていないアル。それにそのルールはオーガには適応されないはずアル」
「とりあえず適応されるかされないかは置いておきます。魔法通信ニュースで御剣殺害に関しては否定しているのを拝見しました。しかし豪傑家の方もやっていないと?」
「違うアル。豪傑家の奉先は生きているアル」
「なんだと!?おっと失礼‥‥」
有栖川、慌てているな。
奉先を殺す事がそもそもの目的で御剣をけしかけて来たんだろ?
或いはオーガ王国の滅亡か。
それが無理だったから最後には御剣を殺したように見せて、オーガ王国に世界ルール違反を押し付けてきた。
だいたい十年前の戦争で散々世界ルール違反を犯していた奴らが、なんでなんの罪にも問われなかったんだ。
それを罰する事ができる者もいないから、仕方がないと言えば仕方がないんだけどさ。
権力者ってのはいい身分だよ。
だけど風里の力を甘く見ていたよな。
俺もだけどさ。
そして風里には俺が付いている。
悪い事をしたのならともかく、そうでないなら俺は全力で守る。
「豪傑奉先は今どこにいるというのですか?」
「神武国で預かってもらっているアル」
「それは本当ですか?」
「ああ本当だ。だが誰にも渡すつもりはないぞ。こいつの事はかなり評価していてな。今回手に入れた領土の領主を任せようと思っているのでな」
これで商人ギルド連盟の最も重い一票を神武国が手に入れた事になる。
俺に喧嘩を売ろうとしてきた有栖川には好きにさせないよ。
人外国に対する輸出入規制みたいな事をしようとしたからな。
尤も、いずれは有栖川の独占をなんとかするつもりだったけどね。
「分かりました。それは確認すれば済む事でしょう。それよりも今回の問題は、二百七十一年つづいてきた世界ルールに初めてほころびができてしまった事です。殺したのは映像を見る限り猫獣人のようですね。猫獣人が現在暮らしているのは、今日お呼びした四つの国だけだと認識していますが、間違いありませんか?」
「オーガ王国には猫獣人がいるアル」
「妖精王国にも少数ですがいますね」
「神武国も結構受け入れている」
「黒死鳥王国にも僅かじゃがおるのぉ」
環奈には悪いな。
こういう所に出てくるのは嫌だろうけど我慢してくれ。
「となるとこの国のいずれかの猫獣人が犯人と考えられる訳ですが‥‥」
「昨日早速確認をとりました。あの写真に写った猫獣人は、いずれの国にも存在しませんでした」
「それは間違いないのですか?」
「はい」
「管理出来て無かっただけじゃないのか?」
「別に国に責任はないのだから、差し出せばいいものを。そうしないのが怪しいと思える」
尤もな意見だな。
犯人がいれば差し出してしまえばいい。
でもマジでいないんだよな。
「少しよろしいでしょうか。映像は確かに猫獣人ですし、あのスピードは猫獣人の能力が無ければなかなか到達し得ない所だと考えます。しかし猫獣人最強と言われた元獣人王国牙の先代王ですら足元にも及ばないレベルです。正直この者はただの猫獣人とは考えられません」
俺みたいなチートでもない限り無理な域まで強くなっている。
皆はそれに疑問を持たないのだろうか。
「では一体なんだと考えておられるのでしょうか?」
そうだな。
俺ならパワーアップしたゴーレムで作れそうだが、それを此処で話す訳にもいかない。
だとしたら‥‥。
「能力の高い何者かが猫獣人に変化した可能性はないでしょうか。人間の中にも変化できる者が少数ですがいると聞きますし、能力の高い者が猫獣人に変化できたら可能性はあると思われます」
ほとんど可能性はゼロだと思うんだけどね。
姿形だけ真似ても、あのスピードは普通の人間が出せるレベルではない。
「あくまで可能性の話で、ほとんど考えられない話だな」
九頭竜くん、それを言ったら猫獣人があの域に達する事もそうなんだよ。
「或いは幻影魔法の類でそう見せられていたという可能性も考えられます。本当はその幻影の裏で普通に殺されていた訳です」
「その可能性の方が幾分ありそうだが、映像には一切の揺らぎも感じられない。そのレベルの幻影となると、それもまた難しいのではないか?」
伊集院くんのおっしゃる通りですよ。
アレは幻影では無かったんだからさ。
「何にしてもじゃ、この件に関しては人外のわしらには全く関係の無い事じゃないのかのぅ?くだらない話はもう止めにせんか?」
流石環奈。
俺たちにとって議論すべきは誰が殺したかとかそんな話じゃない。
世界ルールだとかなんだとかは、人外の者には関係が無いだろって所なんだよ。
「くだらないだと?」
「これは大切な話だ」
「これからどうすればいいんだ」
まあ人間様にとっては、今まで平和を守ってくれていた憲法のような世界ルールの前提が崩れてしまった訳だから、大問題なんだろうけれどね。
でもルールなんてものは時代と共に変えるのが当たり前だし、もう一度今にあったモノを作れば良いと思うんだけどさ。
多分どうやっても新しいルールは成立しない気がするけれど。
少なくも今、満場一致の新しいルールなんて想像できない。
「どうもこうも、今後どうするのか考える必要があるんじゃないでしょうか?」
ん?この喋りは?千えるか?
「愛洲か。ではこの王族が一つ欠けた状況、あんたはどうするというんだ?」
九頭竜は偉そうに文句ばっかりだよね。
「そうですね。解決方法はいくつか考えられます。一つは誰かを御剣として維持させる。次に新たな王族を追加する。更にもう皇プラス王族の数を三十三に減らして改めて今のルールでやる。ルール自体を見直す手もあります。大きく分けてこの四つではないでしょうか」
「そんな事は誰でも分かるわ」
「ならばこの中で最も可能性があるのが、皇プラス王族の数を三十三、王族の数で言えば三十二に減らす方法だということもお分かりでしょう。他だと色々な問題が生じ全会一致で決めるのは難しいでしょうから」
その通りです千える様。
さあさっさとそれに決めてこんなくだらない会は終わらせようぜ。
「いや、もう一つ方法はあると思うぞ」
九頭竜め。
また何か嫌な提案してきそうだな。
「それはどういった対応でしょうか?」
「人外の国は人間の国のルールに従わなくて良いとして優遇されている所があるだろ?だから全ての国を同列の国と認め、同じルールに従ってもらうようにするってのはどうだ?」
うわぁ~やっちゃってるよ。
そんなものに従える訳がないし、今回の議論から外れてるじゃん。
だいたいこっちは別に王族扱いされても嬉しくないんだよ。
自由に生きられる場所が欲しいんだ。
九頭竜は六龍を従えているから、何か嫌な事考えてそうだしなぁ。
「私は今回の戦争で、人間界のルールに従ってきたアル。でも普段のルールには同意できない所が多々あるアル」
「神武国もそんな話には乗れないな」
「当然黒死鳥王国も無理な話じゃ。国そのものが無くなってしまうわぃ」
「妖精王国も同じだ。それにどうせ同列にするなら、人間界のルールを全て一度リセットした方が良いんじゃないのか?」
全く、ルールなんてのは最小限が一番なんだよ。
戦争したくなければ『戦争しない』でいい訳だ。
それで戦争が無くなるなら苦労もしないんだけどさ。
本当なら『何処かの国が戦争を始めたら、世界のすべての国は戦争を始めた国を止める』みたいなルールを作りたい所なんだけどな。
でも今回の戦争でもそうだけど、そうなるとどっちが先に手を出したかでもめる事になって、自分たちの利益で事実は捻じ曲げられるだろう。
結局どんなルールを作った所で、こいつらが世界を動かしている以上戦争はなくならない。
今のルールは無いよりはマシだけどさ。
まあ転生前の世界でも似たような感じだったか。
国際法ってのがあったけれど、完全に守られる事はなかったもんな。
それでもそれなりに効果はあった。
「それは面白いな。世界ルールを全て一度リセットする。分かりやすくて素晴らしい」
ちょっ!
九頭竜にとってはそうかもしれないが、小国にとってはマジヤバいぞ。
ちゃんと反対しろよ。
でないとやられるぞ。
つかうっかりマズイ事言っちまったようだな。
みんなゴメンよ。
「そういう話ならもうわしらは必要ないじゃろぅ?失礼してええじゃろうか?」
「そうアル。私も流石に疲れてるアル」
「そうだな。人間のやる事にもルールにも興味はない」
東征、お前一応人間と思われてるんだぞ。
せめて『人間界のルールに興味はない』って言ってくれ。
「リセットしたら改めて全員でルールを作る事になるのでしょ?だったらその時にまた呼んでください。ここに来られていない方々もおられる事ですし」
「そうですね。とりあえず人外国家の方々は退席していただいて良いでしょう。後はこちらで話す事にします」
ふぅ~‥‥マジ疲れるわ。
俺の言葉で世界が動く可能性があるからな。
しかし発言権を失うってのもマイナスだ。
勝手に変な事決められたりしないよね?
そうなれば断るだけなんだけどさ。
たぶん千えるもいたし、酷い事にはならないと信じよう。
そう信じていたけれど、この日の決定はハッキリ言って良くないものだった。
決定内容は、『世界ルールは一度リセットする』というものだった。
「ヤバいヤバい。こんな事になるとは。面倒なルールだったけど、世界ルールのおかげで大きな戦争が起こりにくかったのは事実だ。それがリセットされたとなると、荒れる予感しかしないぞ」
「いっぱい戦争がはじまっちゃうの?」
俺が独り言をつぶやいていると、みゆきが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「ルールが無くなったからと言って今までの事が全てなくなる訳じゃない。むしろ色々な事が自由になるのはいい事だ。でも自由になるってのは、悪い事をするのも自由にしてしまう」
「じゃあちゃんと悪い事ができないルールは必要なんだね」
「その通りだ」
それが難しいんだけどな。
何処までやれば一番民にとって良いのか、結局少しずつ調整していく必要があるんだ。
リセットってのは最もやってはいけない事。
なんで千えるはコレを見逃した?
「そうだ!ちょっと千えるの所に行ってくる!」
「千えるって、愛洲さんちの氷菓さんだっけ?」
「そうそいつだ。じゃあみゆき!子供たちを頼む」
「分かったよー」
俺はみゆきの返事を聞いてから、愛洲領のカガラシへととんだ。
今回はおそらく屋敷にいるだろう。
俺は千里眼と邪眼を使って千えるを探した。
思った通り千えるは屋敷にいた。
俺は今回は柵門から普通に客として屋敷へと入った。
「突然どうしたんですか?というか今日はまともに玄関から入ってきたんですね」
「まあな。アレでいいなら次からはそうするが?」
「いえいえ、前回は記憶が無くて気になりませんでしたが、流石に今はビックリしちゃいますよ。というか策也さんって突然やってくるんですね」
そういえば瞬間移動してきてるんだよな。
普通は不思議に思われるか。
「細かい事は気にするな。それよりも昨日の世界会議、どうしてルールのリセットに賛成したんだ?どう考えてもヤバいだろ?」
「私もそう思いました。だけど‥‥四十八願さんが真っ先に賛成したんですよ」
「四十八願が?」
四十八願と言えば危機回避の予言が能力の家だ。
女王である婆ちゃんはみゆきの祖母でもあるから、俺の婆ちゃんでもある。
その人が賛成したという事は、少なくとも四十八願にとってはその方がいいという事。
そしてもしもこの先世界に危機が訪れるのなら、これはやった方がいいとも考えられる。
「最初小国はみんな反対しましたよ。そしたらまずは伊集院がこう言いました。今回の戦争もオーガとの戦争だったし、十年前のだってある意味獣人との戦争だったと。だから今は人間同士が争っている場合じゃなくて、人間同士がまとまれるルールを新たに作っていくべきだと」
まあ確かに戦争は人間とそれ以外の戦いとなっている。
九頭竜が六龍を使って攻撃したのも黒死鳥王国だった。
でもそれは国ができたからではなく、全て人間側の思惑でそうなったんだ。
そして今回も人間側の思惑で、人間とそれ以外の対立構造を生み出そうとしているようにも見える。
「そしたら四十八願さんが『とりあえず私はルールを白紙に戻す事には賛成します』って言い出したのですよ」
「ほうほう。今のルールはもう限界だと判断したようにも感じるな。有っても無くても同じなら、いっそ無い方がいいといった感じか」
「私もそう受け止めました。それに、新たにルールを作るとなれば、これから話し合いを多くやっていく必要があるでしょう。それがもしかしたらいい方に働くのではないかと考えました」
確かにな。
話し合いをするきっかけにもなるか。
それがいい結果に繋がるとは言い切れないが、四十八願の婆ちゃんがリセットに賛成したのなら最悪にはならないはずだ。
このまま進めば最悪だったものが、ちょっとだけ良くなるだけって可能性はあるけどね。
「分かった。そういう事ならとりあえず今後を見守る事にするか。ただ、どっちにしてもこれから世界は荒れる方向に進む気がする。今まで虐げられて来た者がそうで無くなろうとしているからな」
「人間の立場で言えば、正直荒れないで上手く調整できれば良いんですけどね」
「まったくだな。でも今までの権力者だったり、利益を享受してきた者はそれを許さないだろう」
一般人の感覚で言えば、少し利益を還元するくらいいいじゃないかと思う。
でも一度権力を手にしそれが当たり前だと思った者は、それを失う時には恐怖を感じる。
価値観や文化が急には変えられないように、人の立場や生活も急には変えられないのだ。
大きな問題を起こさない為には、ゆっくりと時代を進めていきたいものだ。
俺が言えた事じゃないけどな。
『我が君、今よろしいでしょうか?』
『俺は思考が複数あるからいつでも大丈夫だぞ』
『そうでしたね』
『それでどうした、王仁』
『エルグランドから至急話があると連絡を貰いました』
『分かった。今から行くと伝えておいてくれ』
『了解しました』
エルが至急の話か。
なんだろうな。
「じゃあ千える。俺は帰るよ」
「なんのおもてなしもできませんでした‥‥」
なんで残念そうなんだ?
「いや、別にいいよ。俺は昨日の会議の事を聞きに来ただけだしさ」
「また今度は遊びに来てくださいね」
「気が向いたらな」
千えるの所に遊びに来る事なんてあるのだろうか。
まあ不老不死だから、この先どこかでそんな事もあるかもしれないな。
「それじゃ!」
俺は今度はエルフ王国スバルへと飛んだ。
スバルは結界で常に守られた町なので、瞬間移動で入る事ができない。
俺はおとなしく防壁門から中へと入った。
するといきなり知った顔を見つけた。
「ベルじゃないか!」
「あら、策也くんじゃありませんか。わたくしベルトーネに会いにいらしたのかしら?」
ベルは俺をくん付けで呼ぶ数少ない女だ。
一応町一番の美人と言われる綺麗な女でもある。
「いやいやいや、エルに会いにきたんだよ」
「あら残念。目的はエルグランド様なのですわね。久しぶりにわたくしの活躍をお話しして差し上げようかと思ったのですが」
いらないし。
つかそんな話聞いた記憶は無いぞ。
「元気そうで何よりだよ。じゃあ俺は急ぐから!」
「もう少しお話を聞いてくださっても‥‥」
今ベルと話すと長くなりそうだからな。
「また今度な!」
俺は早急にベルの前から離脱した。
そしてそのまますぐにエルの屋敷を訪れた。
屋敷の者に案内され、俺はエルが待っている部屋に到着した。
中ではエルが椅子にも座らずに待っていた。
「策也にしては遅かったですね」
「まあな。町の入り口でベルに捕まってたんだ」
「ああ、ベネですか。それは仕方がありません」
「それで至急の話ってのはなんだ?」
案内された部屋にはマジックボックスが置かれていた。
そこから察するに何かの映像についての話ではないかと考えられた。
もしかしたらあの猫獣人に関する話だろうか。
「御剣殺害の映像を見ましたよ。それでわたくしも気になる事があったのでちょっと調べてみたのです。そしたら‥‥」
エルはそう言ってマジックボックスを操作して映像を表示させた。
それは静止画、つまり写真だった。
「こいつは、あの猫獣人じゃないか」
映し出された写真には、フードで耳は隠しているものの、間違いなく御剣を殺した猫獣人の姿があった。
そしてどうやらその写真は、この町で撮られたもののようだった。
「あの映像を見て、何処かで見覚えのある顔だと思って調べてみたんですよ。そしたら五年ほど前の防犯カメラに撮られていた人でした」
スバルは流石だな。
徹底的に防衛防犯に尽くされている町だ。
普通こんなものは何処の町に行っても残っているものではない。
「それでこれから何かが分かるのか?」
「はい。実はこの日、ある事件が起こったんです」
スバルで五年前に事件と言えば‥‥。
「ああ、あの上杉の王子と武田の王女がホテルの一室で自殺したってヤツか!」
「はい。でも上杉も武田も自殺したなんて最後まで認めませんでした。この二人はもうすぐ結婚する予定で、それを機に停戦も考えていたというのです」
「その話が本当なら確かにおかしいよな。正にこれから幸せになるというのに自殺はあり得ない」
誰かに殺された可能性の方が高いだろう。
「でも誰かが殺せる余地は、どれだけ調べてもありませんでした」
「死因はどう発表されたんだ?」
「暗黒魔法のデススペルですね。外傷も無ければ毒もありませんでしから」
「それで自殺なのか?」
「現場に使った後のスクロールが落ちていました。それでお互いにデススペルを掛け合ったか、或いは自分に掛けたと決められたようです」
「スクロールか‥‥」
スクロールは魔法の巻物だ。
これを使えば、そこに書かれた魔法を一度だけ使用する事ができる。
ただし自分の力以上の魔法を使えば気絶する事になる。
「別の魔法を使って気絶した後、そのまま放置されて死んだ可能性もあるな」
「絶対に無いとは言えませんが、ほぼ推定死亡時刻には付き人が部屋を訪れています。両国の者が複数いましたから、この人たちが殺したという事も考えられません」
どう見ても自殺としか考えらえない状況か。
逆に怪しくもあるが‥‥。
「まあ何にしても、他殺の可能性はほぼ考えられないと」
「しかし、御剣を殺害した猫獣人のスピードが有れば、一瞬で二人を殺害する事は可能だったかもしれません」
あのスピードは異常だった。
俺の知る限り、あのスピードについて行けるのは俺とみゆき、後は何人も思いつかない。
おそらく伊集院や有栖川には、そのレベルの者がいると考えられる訳だが‥‥。
「この猫獣人ですが、町へ入った記録がありませんでした。おそらくこのスピードで防壁門を通り抜けたのでしょう。そして私の結界探索でも追いきれませんでした。唯一記録できたのが先ほどの写真という訳です」
「十中八九この猫獣人の仕業だろうな」
そしておそらくこいつを動かしているのは有栖川か。
上杉と武田の戦争は今もずっと続いている。
今ではほとんどレクリエーションのように同じ事が繰り返されているとか。
概ね上杉が武田領に侵攻し、武田がギリギリの所で踏ん張って上杉が撤退する。
死者は多くはないけれど、戦争には物資が必要だ。
その流通を仕切っているのが今までは有栖川であり、戦争を続けさせようと考えていたと見ていいだろう。
「これらの情報は何かのお役に立ちそうですか?」
「おそらく犯人は有栖川だ。でもこれだけじゃどうにもならないだろうな。下手に情報公開すればスバルも攻撃されかねない。この猫獣人クラス相手だと今の防衛力じゃダメだろう」
この十年、俺はしっかりと防衛力強化を図ってきたつもりだった。
しかし十年あったのは相手も同じか。
どこでこんな猫獣人を見つけてきたのだろう。
やはり俺と同じように、ゴーレムを作るようになったとか。
あれ?もしかすると‥‥。
これは多分異世界の住人を人間界で蘇生した者じゃなかろうか。
知的レベルの高い魔物を人間界で蘇生したら人間になる事が分かっているが、エルフになった者もいた。
つまり人間界で知的レベルの高い魔物を蘇生すれば、ヒューマンに蘇生されるという可能性が高い。
ほとんどは人間だけれど、当然中には獣人になる者もいるのだろう。
この猫獣人はそれなのではないだろうか。
強い魔物の蘇生であれば、このスピードを持つ猫獣人が誕生しても不思議ではない。
有栖川や伊集院が強力な魔物を蘇生して使っているのは分かっていた事じゃないか。
俺はアホだな。
こんな単純な事を見落としていたなんて。
ただそれが分かった所で、今は何もできないけどさ。
「わたくしでもこの猫獣人に勝てる気がしないですね」
「こいつはおそらく神に近いクラスの魔物を蘇生したものだと思う。そしてそんな事をするのは伊集院か有栖川だ。ここまで推測できても、では何をすればいいのかと聞かれれば難しい」
「そうですね。出て来た時に倒すか捕らえるか‥‥」
誰の仕業か分かった所で、ハッキリとした証拠が無ければどうにもならない。
結局できる事と言えば、一歩ずつ対処していくしかないよな。
いっそ有栖川をいてまうか?
それこそ愚策。
頭を倒せば手足が暴走して、世界はより混乱に向かうだろう。
とにかく次に俺の前にこいつが出て来たら絶対に逃がさないぞ。
バクゥの目を使ってひっ捕らえてやる。
俺はそう決意した。
2024年10月8日 言葉を一部修正




