砕け散った牙!悪魔王サタンの町
『これはほんの挨拶代わりだ。早く降伏しないと、更に多くの獣人の仲間が死ぬ事になる』
ベットーとヒヤッコイの町が一瞬にして破壊された日、更に小鳥遊の王都カンチョロイも同じように壊滅させられた。
俺たちは状況を報道する為、そして少しでも蘇生ができればと各町を回った。
最初に行ったベットーの町では多少町の人の魂を回収できたが、他の町での回収は叶わなかった。
俺たちは、一応南の大陸内では安全とされる獣人王国牙に来ていた。
そこでベットーで拾えた魂を蘇生させ、爆発があった時の状況を詳しく聞いていた。
「爆発は地中から来たような感じでした。まず地面が揺れて、次の瞬間光に包まれていました」
セバスチャンにもどういう攻撃があったのか調べさせているが、似たような可能性を聞かされていた。
『伊集院には、設置型爆破魔法と呼ばれる魔法を操る者がいるという話があります』
もしもそれが本当なら、それを沢山設置して同時に爆発させた可能性がある。
或いは設置型爆弾のような魔法なら、魔力をためる事さえできれば大きな爆発を生み出す事も可能だろう。
「元々伊集院が統治していたベットーとヒヤッコイの爆発は、セバスチャンの言っていた設置型爆破魔法によるものの可能性が高い。ただカンチョロイのは町の様子がより酷い状態だった事から、別の何かによる可能性があるな」
「有栖川は以前から大量破壊魔法を開発していたんだよ。もしかしたらそれかもしれないんだよ」
大量破壊魔法か。
核兵器のようなものかな。
俺は空中都市から魔法を放って、そのような事ができると以前世界に発信した。
抑止力になればと思ったからだ。
しかしアレを見て大量破壊魔法を開発しようと考えたとしたら、今回の破壊は俺の責任かもしれない。
「どうしたのじゃ策也?」
「いや。以前そのような兵器を持っていると、俺は世界に発信した事があったんだ。それを見てそんな兵器が開発されていたとしたら、俺の責任なんじゃないかと思ったんだよ」
「大丈夫なんだよ。有栖川は何十年も前から開発していたんだよ」
「そっか‥‥」
だからといって、完全に無関係とも言い切れないよな。
今回の伊集院や有栖川は、神武国や妖精王国に対して『お前たちだけの力ではない。偉そうにするな』とメッセージを伝える意味もあったのかもしれない。
なめてるつもりはなかったけれど、大聖での伊集院への対応はそう捉えられてもおかしくないだろう。
「それでどうするんじゃ?」
「とにかく事実は報道していく。これを見て世界はどう思うか」
尤もこんな力を見せられたら、今まで以上に伊集院や有栖川には逆らえない世界になるのだろうな。
「こんな魔法を使う者をなんとかできないかな‥‥」
洋裁の言葉に俺は少し恐怖した。
その中には俺も含まれる可能性があるからだ。
強すぎる力は恐怖を生み、人々の排除の対象になり得る。
でも洋裁の言った中に、自分が含まれていない事を俺は分かっていた。
俺は心を落ち着かせた。
「ハッキリ言うと、この程度の魔法は時間と人数さえ集める事ができれば可能なんだ。おそらく今後、このような魔法は各国使えるようになっていくだろう。大切なのは使わせない事なんだ」
転生前の世界でも核兵器の排除はずっと云われていた。
しかし結局失くす事はできなかった。
理由は、人間には必ず悪い事を考える者がいて、それに対応するにはやはり必要だからだ。
もしも本当に核兵器の廃絶ができていたら、その後悪い奴らが核兵器を持って世界は支配されてしまうだろう。
だからみんなで持ってみんなで使わないという形にするしかない。
それにそうでないと、俺やみゆきはこの世界では生きちゃいけない人になってしまうから。
「大切なのは、力を持っている者にでも、ちゃんと間違いを指摘できる強さだ。それができる人がいなければ、もしかしたらこれはもう止められないかもしれない」
熊獣人や犬獣人がやった事だって、小鳥遊が毅然と反対してれいば、止められた可能性もあっただろう。
命がけの事だからそんなに簡単じゃないのは分かっているが、それができる人がいなくなれば、どんな世界も駄目になっていく。
「ふむ。たとえそうでもやっつけていけばいいと思うのじゃがの」
「そうすると、今度はやっつけた側が狙われる事になる。木花咲耶がやられたようにな」
「わらわが狙われる側になるのは嫌じゃの」
「じゃあどうするんだよ?」
「俺たちは今、謎の報道記者だろ。世界中の人たちが今回の伊集院と有栖川の行いに対して、非難の声を上げるように情報を伝えていくんだ。『ペンは剣よりも強し』なんだよ」
「ん~‥‥分からない‥‥」
言っても分からないかな。
伊集院がこの世界で強かったのは、報道を独占しコントロールしてきたからなんだよ。
直ぐになんとかできるとは思わないけれど、地道にやっていくしかないだろう。
その為のマイチューブだ!
「よし!説明するぞ。例えばみんなで伊集院と有栖川を非難する記事映像を公開するんだ。『非道伊集院と有栖川!人間の敵!こんな魔法は二度と使うな!』なんてね。もしもコレに世界中の人が賛同して声を上げれば、伊集院と有栖川の人間は人に会うのも怖くなって、もう二度とこのような事ができなくなるだろう。人は一人では生きていけないんだ。だから多くの人が声を上げれば悪行は止められるんだよ」
「報道で人々をコントロールするのじゃな」
抑止力は武力だけではない。
人々の声も力になる。
「ただすぐには無理だろうけどな。だからこれからも報道しつつ、住民を避難させる必要はあるだろう」
「避難というと、安全な場所は此処だけかの?」
「まあそうだけど、此処はすぐにいっぱいになるだろうな。おそらくあの爆破を見て獣人の多くは此処に逃げて来る。それに人間は此処には入れない。だったら何処に逃げるのか。狙うのは町だろうから、町からさえ出ればいいんだよ」
「そうなんだよ。村に逃げるんだよ」
「自分たちにできるのは‥‥避難誘導くらいか‥‥」
「茜娘はどうだ?何か意見はあるか?」
「無いにゃ。策也に任せると決めたのにゃ」
「そっか」
責任重大だな。
ハッキリいって世論誘導が上手く行かなければ、いずれは此処も攻撃されるような気がするんだよな。
「よし、霧島を召喚するから二手に分かれて各町を回って行こう。そして町が攻撃される可能性を伝えて避難を促す。避難場所は俺と霧島で町から離れた場所に作っていく。それと元島津領のノーナルの町辺りは人がいないから、攻撃対象にはならないだろう。あそこも避難できる場所と伝えておいてもいいかもな」
「分かったにゃ」
「頑張るんだよ」
「仕方がないの」
「民だけは‥‥ちゃんと逃げてもらいたいね‥‥」
こうして俺たちの地道な戦いが始まった。
俺たちの活動はなかなかうまくはいかなかった。
逃げた方が良いと言っても、そう簡単に住み慣れた場所を離れ避難生活なんてできない。
聞いてくれる人は町の一パーセントにも満たなかった。
「仕方がない。攻撃されるかされないかは伊集院と有栖川次第だからな。それに小鳥遊や熊獣人たちが少ない町は攻撃の対象からは外れる可能性も高いし、最後は自分たちで判断してもらうしかないだろう」
それ以上に問題は、獣人王国牙だった。
割と近い所に里がある兎獣人たちが既に押し寄せてきていたのだ。
しかも中には戦いに加担した者も多いだろう。
そういう者たちを町に入れるのは当然リスクになる。
できるだけ助けてあげたい気持ちもあるが、そのせいで此処が攻撃対象になっては敵わない。
「町に入るのは断ってるにゃ。でも勝手に町の周りに居座ってるにゃ」
それに戦いに加担した者とそうでない者を見分ける術もない。
「とにかく町には入れちゃダメだ。戦いと無関係な獣人だけを受け入れていこう」
俺たちはとにかくできる事を続けていた。
二週間が過ぎた頃には、犬獣人や熊獣人までもが獣人王国牙へと逃げてきていた。
俺たちはもう町から離れられず、とにかく町への侵入を止めるのに必死だった。
「これじゃ、町に入れなくても此処が攻撃される可能性があるぞ」
「町の外におる獣人たちを全部排除するのじゃ」
「でも逃げてきている人たちなんだよ」
「このままじゃ、此処が最優先ターゲットになる‥‥」
「どうするにゃ?」
「こうなったらあいつらを強制的にどこかに瞬間移動させていこう。あれだけの人数だと時間もかかりそうだが、ここが攻撃されるよりはマシだ」
かなり骨の折れる作業になりそうだな。
俺がそう思った時だった。
誰かが近くで強力な魔力を発した。
ほんの一瞬だった。
ただなんとなく嫌な感じがした。
魔力が発せられた所に人影はない。
消えた?そう感じた。
それが合図だったのか、上空に巨大な魔力が現れた。
誰かが町に入って、大量破壊魔法の効果的な発動タイミングを伝えていたのか。
俺は咄嗟にそう判断し結界を張った。
上空の魔力に対抗する為には、そんなに大きな結界は張れない。
しかし町の者たちは助けないと。
茜娘が俺を信じているからな。
俺は町を覆う大きな結界にした。
そこに巨大な魔力が落ちて来た。
「なんなんだよー」
「策也!お主、この結界の大きさで耐えられるのか?!」
「無理でもなんとかしないと」
「この攻撃だと、無敵の自分でも死ぬっすかね‥‥」
「策也の力なら大丈夫にゃ。信じてるにゃ」
こりゃ持たないな。
せいぜいあと一分か。
とりあえずこの魔法がどういうものかは分かった。
なるほど、多くの魔石で作った魔法移動装置を落としてきたのか。
上空にワイバーンの姿が見えた。
あそこからこの装置を落とし、どこかで数万人規模の魔法を発動して、それを此処へもってきているんだ。
まさかこんなやり方があるとはね。
完全に核爆弾の投下だな。
「菜乃。妃子。出てこい!もうすぐこの辺り影も無くなるぞ。影の中にいたらどうなるか分からない」
「これはまたマズイ状態なのです」
「こりゃ死ぬのね」
正直俺一人なら逃げられるんだが、この魔法の後じゃ長くこの場所には戻ってはこられない。
魂を回収して蘇生も難しいだろう。
となると助ける方法はアレしかないよな。
少なくとも今思いつくのはそれしかない。
「みんな!深淵の闇を発動する。もう一度精霊界に行くぞ!」
「それしかないか‥‥」
「出口はもうないじゃろうな」
「きっとなんとかなるんだよ」
「よく分からないけど行くにゃ」
「私は結構楽しみなのです」
「闇の中の方が落ち着くのね」
帰ってこられるかどうか。
「深淵の闇発動!」
俺は町全体へ広げられるだけ深淵の闇を広げて闇へと落ちて行った。
町の猫獣人のほとんどは闇に落とす事ができたかな。
町の外までは流石に無理だったけど。
俺たちは再び精霊界へとやってきた。
「みんな!着地はできるな!?無理そうな奴がいたら助けてやってくれ!」
「猫たちは大丈夫にゃ」
「人だけじゃないぞ。色々な物が落ちてきているから気を付けろ!」
とは言ったものの、獣人たちは大丈夫そうだな。
身体能力が高い。
人間だったら確実にほとんどが死亡コースなんだけどな。
そんなわけで、全員無事に精霊界の地表へと降り立った。
「とりあえず俺は、出口がまだ開いているかどうか見て来る」
「わらわたちは此処で待機しておるぞ」
「了解」
そう言って俺は瞬間移動した。
「駄目だな。完全に出口は閉じてるわ。となると進む道は更なる深淵の闇しかないか」
俺はバクゥの作った深淵の闇の場所へやってきた。
流石に此処は回復まで何十年、何百年とかかるだろうからほとんど前と同じ状態で残っていた。
戻れないなら進むしかあるまい。
でもいきなりは怖いので、まずは代わりに何か蘇生して‥‥。
ん?そういえば、精霊界で蘇生したら何になるんだろうな。
それは試してみないとね。
俺はミノタウロスの魂を取り出して蘇生してみた。
「神の蘇生」
すると何か変な生き物が誕生してしまった。
牛のようでミノタウロスのようで、その間の生き物のような。
これってもしかして、精霊界は人間界と魔界の狭間にある世界という事だろうか。
とりあえずこんな生き物を精霊界に放置してはいけないな。
生き返ってすぐに殺しちゃってゴメンね。
俺は魂を捕まえると、今度は異次元収納からアダマンタイトで作られたジョウビタキを取り出した。
これには俺の育てた魔砂が埋め込まれている。
つまりこのジョウビタキに魂を憑依させれば、視覚と聴覚を共有できるゴーレムになるはずだ。
こいつを深淵の闇にぶち込んでみよう。
俺はミノタウロスの魂を憑依させたジョウビタキゴーレムを深淵の闇へと投げ入れた。
視覚をリンクすると、そこには魔界の景色が広がっていた。
「ビンゴ!」
俺はジョウビタキを妖糸で捕まえ、こちらの世界へと戻してからゴーレムの憑依状態を解除した。
これでなんとか帰れそうだな。
獣人王国の民をほとんど連れてきているから、人間界へ戻した後の受け入れ場所を確保するのが一番の問題か。
俺はとりあえずみんなの所へと戻った。
「というわけで、精霊界の深淵の闇に落ちれば魔界へ行ける。そこから人間界に戻るわけだが、これだけの大人数を何処で受け入れるかだ。元の場所へはもう戻れないしな」
猫獣人だけでも一万人くらいいそうだよな。
全部で一万二千人といった所か。
「とりあえず魔界に行くのじゃ」
「そうだな。俺たちはちゃんと魔素対策の指輪をしておくぞ。一応結界で守るがずっとは無理だからな。獣人たちは越えられない山くらいの魔素ならなんとかなるよな」
「大丈夫にゃ」
「では出発だ!深淵の闇!」
俺は町から脱出した時と同じように、全員を深淵の闇へと落とした。
直ぐに魔界の上空へと出た。
こりゃ思っていた以上に魔素が濃いな。
いくら獣人でも結界が無ければ即死級だぞ。
しかし落ちる間にドンドン魔素は薄まってゆく。
「そろそろ結界を解くぞ。各自着地に備えてくれ」
「策也下を見るのじゃ!」
佐天の言葉に俺は着地地点を確認した。
するとそこにはワームの群れが見えた。
「気持ち悪いんだよ」
「あれはなんなのにゃ?」
「ワームだな」
ワームはミミズの化け物といった感じで、体長は二十メートルを超える。
地中を移動する事ができる割と強い魔獣だ。
猫獣人の一般人レベルだと倒すのは難しい。
俺は光背彗星と妖糸で一気に倒していった。
流石にあそこに降りたら猫獣人たちに死人が出るだろうからな。
「光の雨なのにゃ」
「凄まじい魔法じゃの」
「綺麗なんだよ」
なんとか皆が着地するまでに、俺は全てのワームを倒す事ができた。
「ふぅ~‥‥流石に魔力を使い過ぎて疲れるな」
「綺麗な景色の後に気分が悪くなる景色を見せられると辛いんだよ」
「もうこういう景色は見慣れておるが、ミミズはちょっとヤバいの」
「うえ‥‥自分久しぶりにナイフに戻ろうかな‥‥」
「ところでこの魔物は食えるかにゃ?大猟なのにゃ」
このミミズを食うとか、よくそんな発想になるな。
「ミミズは食べない方がいい。でもミミズがいる土は良い土なんだよな。この辺りは野菜を育てるのに良いかもね」
俺はなんとなく思った事を言った。
すると獣人の一人が反応して呟いた。
「野菜か。人間が育てていた美味しいヤツだな」
それに対して他の獣人たちも反応した。
「あれ、一度自分でも作ってみたかったんだよな」
「俺もだ。自分で育てたら毎日だって食べられるんだろ?」
「野菜が育つなら、此処で暮らすのもアリなんじゃね?」
「町は間違いなく消滅しちまってるもんな」
「人間界で暮らすの、なんか怖いよな。またあんなのが落ちてきたら、今度は確実に死ぬぞ?」
「魔界だかなんだか知らないけれど、ここの方が人間界よりも良さそうだ」
おいおい、もしかして魔界で暮らすのか?
でも魔素さえ平気なら、魔界も人間界もそんなに大きくは違わないのかもしれない。
海が逆だったり太陽が違ったりするけど、ちゃんと野菜なんかは育つしな。
あの空に見える黒いのが太陽かどうかも怪しいけど。
「だったら、魔界で暮らしたいヤツは一度ここで生活してみるか?おそらくこの辺りはワームの縄張りだっただろうから、他の魔物はいないだろう。一応周辺も調査してからになるけど、此処に住むなら色々と手伝ってやるが」
「本当か!ならば頼む!」
「もうあんな恐怖はまっぴらごめんなんだ。人間界には戻りたくない」
「魔界は魔物が人間界よりも多いんじゃぞ?」
「あんなものが落ちて来る世界より魔物の方がマシだ」
そうとうあの大量破壊魔法には恐怖を植え付けられているな。
おそらく俺がいなけりゃ全員死んでたわけだし、普通はそうなるのかもね。
「分かった。じゃあとりあえず今から辺りを見て来る。住む事ができそうならこれから町作りだな」
「よっしゃー!」
「ありがとうございます!それに助けてもらったお礼も言ってませんでした」
「ありがとうよ。人間なのに流石は茜娘の友人だ」
俺はこの後お礼の嵐に襲われた。
正直怠かったけど、嫌な気持ちではなかった。
お礼の嵐が収まってから、俺はこの辺りを見て回った。
思った通り魔物はほとんどおらず、山に入らなければ大丈夫だろう。
俺は早速町の位置などを決め、悪魔っこたちのいる魔人の集落とを繋ぐ転移ゲートを作った。
ジャニーズに会って『魔界での生活に必要な知識を教えてやってほしい』と頼んだら、快く引き受けてくれた。
そしてそこに行けば、人間界に戻る為の魔界の扉もある。
戻りたい者だけはそこから人間界に戻ってもらう事にした。
人数は五百人ほどだったので、俺の仲間たちの町で受け入れる事ができるだろう。
そんなこんなで一週間ほど、俺たちは魔界で獣人たちの町作りを手伝った。
だけどずっと魔界にいる訳にもいかない。
「俺たちはそろそろ人間界に戻るぞ。この一週間結構動きがあったからな」
俺たちが深淵の闇を使って大量破壊魔法から逃げた後、更に別の二つの町が設置型爆破魔法によって破壊されていた。
それを受けて、ようやく世界から伊集院と有栖川を非難する声が上がり始めたのである。
そのきっかけはリンだった。
『伊集院と有栖川!いい加減にしなさいよね。こんな戦争が許されると思っているの?一般人は犠牲にしないのが世界ルールでしょ!これ以上は世界が黙っていても私が許さないわよ!」
当然これは此花の意思ではなかった。
ただの一王族、一領主の発言ではあったが、魔王を倒した英雄の発言でもあった。
するとそこから、続々とリンに賛同する声が上がったのである。
流石はリン、男前だ。
俺たちが頑張って報道し続けてもなかなか動かせなかった世界の世論が、リンが一人立ち上がった事で動き出したのだ。
もしも賛同する声が上がらなかったら、今度は此花がターゲットにされかねない状況でよく言えたものだ。
とは言え、今後伊集院や有栖川からは敵視される事になるかもしれないけれどね。
でも、リンのリスク覚悟の発言が世界を救ったかもしれない。
伊集院と有栖川を非難する世論によって、伊集院と有栖川は小鳥遊への対応を変えざるを得なかった。
ここで変えなければ、世界は破滅へと向かう可能性があったから。
誰も逆らえないと思っていた伊集院と有栖川にとっては想定外の流れだっただろう。
でも俺たちの努力とリンの勇気が、かろうじて世界の流れを変えたのである。
南の大陸にはもうほとんど敵も残っていないだろうし、今後は普通に残党狩りをしながら伊集院と有栖川が統べる事となる。
獣人王国も別の場所に作るらしい。
流石に伊集院と有栖川の支配下でという事になる訳だが。
おそらく獣人王国は、熊獣人が中心の国になるはずだ。
「人間界に戻るのかにゃ?だったら一つお願いがあるにゃ」
茜娘は、しばらくここで町作りを手伝う事に決めていた。
一応女王なわけで、新たな町作りを手伝わないわけにはいかない。
「なんだ?金の相談も含めてなんでも聞くぞ?」
いやぁ、言ってみたかったんだよね。
転生前は『お金以外の相談なら聞くよ』っていうのが、相談事を聞く時の返事だったからな。
金持ちって素晴らしい。
「今、伊集院たちが南の大陸の残党狩りをしてるにゃ?」
「そうだな」
「実は猫系獣人の仲間がまだ残っているにゃ。獣人王国に賛同できなかった仲間が別に里を作ってるにゃ」
なるほどな。
それで猫系獣人の里だったはずなのに、概ね猫獣人しかいなかったのか。
「わかった。そいつらを此処に連れてくればいいんだな?」
「無理に連れてきてもいいにゃ」
「もしかしてかなりヤンチャな奴らなのか?」
「より戦闘に向いている種族なのにゃ」
だろうな。
猫系獣人って事は、ライオンや豹、虎なんかの特徴を持ったヤツもいるんだろう。
「場所は分かっているのか?」
「牙のあった場所から西に歩いて一日くらいの所にゃ」
割と近いな。
だったらすぐに終わらせる事ができるだろう。
「洋裁、金魚、佐天。そんなわけで猫系獣人たちに会いに行く事になった」
「伊集院や有栖川もそろそろ残党狩りに動き出すと思うんだよ」
「焦る事はなさそうじゃがの」
こうして俺たちは猫系獣人に会う為に人間界へと戻るのだった。
場所はそんなに遠くない為、全て徒歩での移動だ。
徒歩と言っても俺たちの徒歩は、凄いスピードで走っているようなもんだけどね。
魔界をそのまま少し西へゆく。
そして魔界の扉で人間界に戻り、更に西へと向かった。
大量破壊魔法と言っても核兵器ではないから、放射能による汚染なんかはない。
その分環境には優しそうだが、逆に使いやすくなったりもするのかな。
俺はそんな事を考えながら歩いて行った。
二時間ほどで猫系獣人が住むと思われる里へとついた。
特に何かで囲われているわけでもなく、本当にただの集落だ。
ただ住んでいるのは明らかに猫系獣人と分かる姿をしていた。
フードで耳を隠したりしていないからね。
ライオン獣人の男なんてタテガミがモフモフだしな。
男だから触りたいとは思わないけど。
俺たちが里に近づくと、向こうもこちらに気が付いたようで、肩を怒らせながらこちらに歩いてきた。
「なんだお前たち。人間だな?何しに来た?」
「今この大陸で戦争が行われているのは知ってるのか?」
「戦争だ?知らねぇよ。人間が何処で何しようと俺たちには関係ねぇ。そして俺たちの生活を邪魔するなら誰であっても排除する。もう一度聞く。あんたらは何しにきた?」
ほうほう、流石はライオン獣人だな。
おそらくこの集落のボスか。
茜娘よりも強そうだ。
「猫獣人の女王、茜娘は知ってるよな。そいつに頼まれてあんたらを避難させにきた」
「避難だと?」
「そうだ。もうすぐこの大陸で獣人の残党狩りが始まる。あんたらは人間に敵対していた訳じゃないけど、見つかれば狩りの対象になるだろう。その前に逃がしてやってくれと頼まれたんだ」
「面白い事をいうな。誰が来ようと俺たちは排除するだけだと言ったはずだが?」
強いヤツってのは話を聞かないもんなのかね。
「無理やり逃がしてもいいって言われてるんだ。それも魔界にな。だけど一応同意の上の方がいいだろ?お前らも急に連れていかれても困るだろうし」
「話が分からないヤツだな。仕方ない。力づくでお帰りいただこう」
結局暴力かよ。
とはいえ茜娘も戦わないと納得しなかったし、こいつらも似たようなもんなんだろうな。
「分かったよ。かかってこい。少しだけ相手してやるから」
「ちょっと待つのじゃ。こやつの相手はわらわにさせてくれ」
「何かあるのか佐天?」
「ちょっとな。先にけりを付けておいた方がいいと思ってな」
何を言っているのかよく分からないけれど、佐天がそうしたいなら任せるか。
「分かった。任せる」
「そんなわけでわらわがお主の相手じゃ。かかってくるといいぞ」
「別に一対一と言った覚えはないがな。まあいい。相手してやるよ!」
そういってライオン獣人の男は佐天へと襲い掛かった。
佐天とスピードは互角か。
茜娘よりも少し遅い。
つまりライオン獣人の能力は猫獣人とは違うようだ。
「止まれ!」
突然ライオン獣人が叫んだ。
すると声に驚いたのか佐天の動きが少し止まった。
そこにライオン獣人のパンチが炸裂する。
まともに食らった佐天は十メートルほど飛ばされ、その後地面を更に転がった。
「佐天!大丈夫か?!」
「問題ないのじゃ。なるほどのぉ。お主の力はそれか。ちょっと厄介じゃしわらわも本気でいくかの」
佐天はそういうと、本来の魔物悪魔、つまり悪魔王サタンへと姿を戻した。
「な、なんだお前?」
「この格好は久しぶりじゃの。わらわは悪魔王サタン。お主を魔界へ連れていくぞ」
やはり佐天はこちらの姿の方が戦闘力が上がるみたいだな。
そりゃそうか。
同じ魔力なら体がでかい方が本来は有利。
それにどうやら佐天は魔法を使わずに勝とうとしているみたいだからな。
「サタンだか佐天だか知らないが、次でとどめを刺してやる」
佐天はかかってこいと云わんばかりに指を自分の方へクイクイと曲げた。
ライオン獣人は佐天へと向かっていった。
「動くな!」
ライオン獣人の言葉に、佐天の動きは完全に止まったように見えた。
なるほどね。
そういう能力なのか。
こいつに命令されるとしばらくその命令に逆らえなくなる。
この能力は後でいただいておこう。
しかし佐天はこの危機をどう乗り切るのか。
ライオン獣人の渾身の一撃が佐天の顔面へと入った。
これは‥‥。
痛そうだがどうやら効いている様子はなかった。
「お主のパンチなぞ効かんのじゃ。奥歯を噛んでおれ!」
佐天は思いっきりライオン獣人の顔を殴った。
二十メートルはぶっ飛んでいった。
更にそこから十メートルは転がった。
「死んでないだろうな」
「大丈夫じゃろう。あ奴は結構強いからの。だから手加減は無理じゃった」
俺はすぐに倒れたライオン獣人の元へと瞬間移動した。
「生きてるか?」
反応がない。
まるで屍のようだ。
でも魂はまだしっかりとくっついているし、気絶しているだけだな。
俺は回復魔法をかけてやった。
そしてついでに能力もいただいておいた。
ほうほうもう一つ能力を持っているのか。
頭の回転が三倍早くなるのね。
こりゃ三倍考えられていいかもな。
あの鬼退治漫画に出てくる主人公と違って、『判断が遅い!』なんて絶対に言わせないぜ。
「他に戦いたい者はおるかの?お主たちじゃわらわたちには絶対に勝てんぞ。こっちのはわわらの十倍は強いしな」
佐天がそういうと、他の連中は戦闘態勢を解いていった。
「どうやらみんな納得したみたいだな。では準備ができたら魔界に連れていく。持って行きたい物があるなら此処に集めてくれ。全部俺が運んでやる」
獣人たちは素直に俺の命令に従った。
別にさっき盗んだ能力は使ってないんだけどな。
戦いで完全に負けると、従うのがこいつらの本能なのかもしれない。
三時間ほどで準備は整った。
荷物は異次元収納に入れた。
俺は魔界の扉を取り出してドアを開けた。
この辺りの魔界がどうなっているのか確認するの忘れたけど、多分大丈夫だよね?
魔界に行くと、いきなりグリフォンが襲ってきた。
グリフォンは、下半身がライオンな感じの鳥型の魔獣だ。
金山に住んでいるとか、金塊を集める習性があると云われている。
習性は少しドラゴンに似ているかもしれない。
獰猛で強さはドラゴン並みとも云われ、一般的には最大限に注意が必要な魔獣に数えられている。
俺は妖糸で一気に斬り刻んでいった。
後から魔界の扉を通ってきた者たちは、ただ俺の戦いぶりを唖然とした表情で見ていた。
「まいったまいった。まさかこっちはグリフォンの巣だったとはな。でも見ろ!金塊が大量だぞ!また金持ちになってしまったわ」
佐天が戦ったライオン獣人はこの里の長で強かったが、他の一般人は皆冒険者レベルでいうと中級から上級クラスの強さなわけで。
グリフォンを倒しまくった俺に恐怖を覚えるくらい驚いてしまっていた。
「あ、あんな強い人はそうそういないから安心するんだよ」
「そうだよ‥‥それに噛みついてきたりはしないから‥‥」
俺は犬かよ!
強い者に従う習性、というか文化のある獣人たちは、益々俺たちの命令には完璧に従うようになっていた。
四時間後、俺たちは茜娘たちの所に戻ってきていた。
「連れて来たぞ」
「みんな元気そうで良かったにゃ」
「茜娘‥‥お前、とんでもないヤツらに頼んでくれたな」
「私じゃお前に勝てないにゃ。助けるにはこれしかなかったにゃ」
「いや、いいんだ。今日から俺たちも世話になる。ありがとよ‥‥」
ライオン獣人のボス、何かを悟ってしまったみたいだな。
この世界には強いヤツがごまんといるんだよね。
それを知っていれば、君たちはもっと強くなれるさ。
既にメチャメチャ強いんだけどね。
「じゃあ俺たちは今度こそ人間界に帰るか」
「それなんじゃが、わらわは此処に残るのじゃ。魔界はわらわの世界。そこでこれから頑張って生きていこうとする奴らがおれば、わらわは助けてやりたいのじゃ」
なるほど、それでさっき戦って立場をハッキリさせておいたのか。
悪魔王サタンの町か。
どんな町になるか楽しみだな。
「そしたらペンギンたちも呼ぶか?」
「いや、あやつらにはあやつらのやりたい事をやってもらうのじゃ」
「多分、お前と一緒がいいって言うと思うぞ?」
「そ、そうかの?まああ奴らがそうしたいって言うなら、好きにすればいいのじゃ」
「分かった。じゃあ伝えておくよ。それでここに来たいヤツだけ戻らせる事にする」
「うむ」
本当は一人じゃ寂しかったくせに。
「じゃあな佐天、それに茜娘」
「ありがとうにゃ!また助けてほしい時は頼むにゃ」
茜娘は遠慮がないな。
本当に猫みたいだ。
猫はご主人には我がままになるから。
「偶には遊びにくるんじゃぞ?」
「おう!此処は俺が作った町でもあるから、ちょくちょく様子を見にくるよ」
「みんなバイバイだよ」
「じゃ‥‥」
こうして俺は、金魚と洋裁だけを連れて人間界へと戻るのだった。
追記、菜乃と妃子は忘れて帰ったので、後で取りにきました。
2024年10月7日 言葉を一部修正




