黒死鳥の代替わり
俺たちの冒険が始まった。
まず向かうのは、この大陸の西の端である。
正確には少し手前だが、そこから西の大陸に渡り竜宮城を探すのだ。
ルートは、本来なら大陸の南の方を通るのが一番安全で楽ではあるが、俺たちはあえて北部の山に近いルートを通って行く。
理由は、リンの戦闘力を上げる為の経験値を得る為だ。
此花領の北部、大陸中央方面はこの大陸の中では比較的強い魔物が多く危険と云われている。
まあ俺がいるし、阿吽の腕輪を持つリンなら大丈夫だろう。
「ほら!もっとしっかり戦え!やられはしないだろうけど、戦い方に無駄が多いぞ!」
俺は見てるだけだ。
それでこうしてアドバイスというかヤジを飛ばしている。
下手クソな戦い方を見ているのは、少しストレスにも感じるが面白くもあった。
「そんな事言ったって、私は昨日まで魔法使いやってたのよ!すぐに近接戦闘できるわけないじゃん!」
文句を言いながらも、リンは必死に襲ってくる魔物を倒してゆく。
俺はそれを見ながら、魔石と死体という名の素材を回収していった。
リンの戦い方は単純である。
阿虎のサポートを受けながら、吽龍の爪で斬り裂き敵を倒すだけ。
魔法も当然使えるが、使ったら戦闘の練習にならないので今は封印している。
リンは元々土系、地属性の中でも主に土の魔法を得意としていたが、阿虎と吽龍を手に入れてからは雷と風系の魔法もかなり威力を増していた。
「なかなか上達してきたじゃないか!あと二匹だぞ!」
「分かってるわよ!」
残り二匹の狼型魔獣はアッサリと斬り裂いて、とりあえずここにいた魔物の群れを全滅させていた。
「どうだ吽龍の鎧と爪は?」
「凄いわね。この程度の魔物なら攻撃を受けてもノーダメージよ。爪も切れ味が半端ないわ」
疲れた顔にも、少し楽しさが感じられる表情をしていた。
「そりゃリンのレベルでも、既にマスタークラスレベルの剣士相手なら勝てるだろうしな」
「そこまで強くなっている気はしないけど、性能だけ見ればそんな気もするわ」
「後はリンがちゃんと使いこなせればって所だな」
尤も、戦いの中で魔力も強くなっていくだろうから、使いこなせるようになった頃には更に強くなっているだろうけどね。
「一旦休憩するか?」
「こんな所で?もう少し行くと町があるから、そこでゆっくりしましょ!」
地図を確認すると、もうすぐチャウチャウの町があった。
小さな町のようだが、一応冒険者ギルドもあるし、防壁にも囲まれている。
「まあリンが大丈夫ならそうするか」
「何?心配してくれてるの?でも大丈夫。私今結構楽しいから」
リンの言葉に嘘はなさそうだった。
楽しいという気持ち、なんとなく分かる。
俺の場合の無双とは少し違って、魔物を倒しているって感覚があるからな。
これくらいの力の差でやる無双ゲームは楽しいのだ。
「俺はちょっとチート過ぎるからな」
なんとなく笑みがこぼれた。
魔物もいないので、俺たちは少しペースを上げて西へと向かった。
森を抜けて丘を越えた向こうにチャウチャウの町が見えてきた。
「かなり小さな町だな」
「まあね。数年前に村から町になったばかりなのよ。此花家領地は治安も割と良くて人口が増えてるからね」
どうやら此花家の領地らしい。
俺も此花家の一員になってしまったわけだが、領地ではどういう扱いを受けるのだろうな。
「治安が良い割には死者も出てるよな。ゴブリンファミリーに殺られたヤツもいるわけだし」
「あんたが倒さなかったら、次はちゃんと中堅の冒険者パーティーが派遣されていたはずよ。それにこんな事は滅多にないのよ」
「さいですか」
どうやら冒険者パーティーが全滅する事なんて滅多には無いらしい。
それでリンの友人たちも油断していたんだろうか。
となるとしばらくは強いモンスターとも出会えなさそうだな。
「北側ルートはとっといた方が良かったかなぁ」
俺の金集めは、ドラゴンがいる、或いは盗賊がよく出るという理由で、山の北側を中心に活動していた。
だから強いと言われるドラゴンは既に討伐済みだ。
ドラゴンは既に狩っているのだから、さっさと西の大陸へと渡りたい所だが、それではRPGとしては面白くない。
正直な所、早く西の端まで行きたければ、既に知っている北側ルートを行けばすぐに到着する。
なんせ俺は瞬間移動魔法が使えるからね。
でも、リンの特訓もしておきたいし、あえて知らない道をゆっくりと進む事にしていた。
「到着よ!」
「小さくても一応町だから、住民カードの確認は必要なのね」
俺たちは防壁門の所でカードを石板にタッチさせて確認を済ませた。
当然だがどちらも宝石が青く輝いて、問題なく入る事ができた。
ダイヤモンドカードを見て気が付いたのか、流石に国の第三王女が子供連れで突然町に来たわけだから、門番は少々驚いていたけどね。
町の中はそれなりに人はいた。
でもやはりまだ村といった雰囲気がある。
畑が町中にある町は初めて見たのではないだろうか。
小さな庭のような畑ならあったかもしれないが、それすら覚えてはいない。
俺の場合記憶も魔法により保存されていたりするので、ちょっと調べてみたらいくつかのシーンが思い出された。
ちなみにこれはゴーレムたちが金儲けでしていた冒険の記憶だけどね。
「じゃあとりあえずそこで何か食うか?」
「そうね。まだ小さな町だし、食事ができる店もあまりなさそうだからね」
とりあえず俺たちは防壁門から入ってすぐのところにある、ギルド内にある飲み屋で食事をとる事にした。
飲み屋は当然普通の食事もできる。
俺たちは正面にある入口のドアを開けて中へと入った。
中に入ると、飲み屋の席の方まで割と冒険者がいた。
入っていった俺たちは冒険者たちの注目を浴びていた。
どうやら冒険者が集まって何か話し合いをしていた所に、俺たちは入っていったようだった。
「子連れの女か‥‥」
「姉弟だろ」
「冒険者には見えないな」
冒険者たちが何やら俺たちの事を言っていた。
総じて歓迎されているようには感じなかった。
「今ちょっと話し合いの最中でね。ギルドに用なら後にしてもらえるかな?」
ギルド職員らしき髪の長い男性だった。
「私たち食事をしに来たのよ。席を譲ってもらってもいいかしら?」
リンがそう言って客席の方を見ると、そこに空いている席はなく、立っている冒険者も何人かいた。
誰も席を立とうとはしなかった。
「すまないが、今こちらは重要な話し合いの最中でね。食事も後にしてほしい」
ギルド職員らしき長髪の男は、先ほどよりも少し語気を強めてそう言ってきた。
「私の食事よりも重要な話なら、私にも聞かせてもらえるかしら?どんな話なの?」
リンは相変わらずの対応だった。
どんな時も臆さず怒らずいたって普通だ。
「いい加減にしてもらえないか?君みたいな子に話しても仕方のない話だよ。とにかく出て行ってくれ」
「いいから話しなさい。人を見た目だけで判断しちゃ駄目よ」
リンは相変わらずだが、ギルドの職員らしき長髪男はイライラしているように見えた。
「リン。お前の正体は明かしちゃまずいのか?名前出せば対応変わると思うぞ?」
いい加減ゆっくりしたかったので、俺は魔法の呪文をリンに授けてやった。
『この紋所が目に入らぬか!』的なね。
でもそれをリンが使う前に、俺の言葉で気づいたヤツがいるようだった。
「あれ?あの子、此花家第三王女の麟堂姫じゃね?」
「確かに似てるな。髪が短いんで分からなかったが‥‥」
「間違いないよ。姫様だよ」
冒険者の言葉に、ギルドの職員らしき長髪男も改めてリンを見直し、そして気が付いたようだった。
「あなたは、麟堂姫ですか?」
「そうよ。私は此花麟堂。今はちょっと冒険者をやっているわ」
「おお、そうでしたか。失礼しました」
長髪男は恐縮して頭を下げていた。
まあいきなりいるはずもない王女がこんな所にいたらビックリするだろうな。
「それはいいわ。で、なんの話し合いをしていたの?」
リンは改めて長髪男に訊ねた。
すると頭を上げた長髪男は、今この町の西で起こっているある問題を話し始めた。
「実はですね、先日からこの町の西にある川にですね。黒死鳥が現れるようになりましてですね。対応に困っているんですよ。そこで冒険者を集めて討伐会議をしていたわけです」
黒死鳥か。
先日本で読んだな。
確か百年に一度代替わりの為に、下流まで鯉を獲りにやってくるとか。
それ以外では滅多にお目にかかれない珍しい鳥獣で、ドラゴン並みに強い。
「黒死鳥。それは厄介ね。それって今の私なら倒せると思う?」
リンは俺に訊ねてきた。
普通に考えれば無理だろう。
「流石に無理ですよ。それに一羽じゃないんです」
俺への質問だったが、長髪男は口出しせずにはいられないといった感じだった。
「無理だな。仮に一羽であっても一ヶ月くらいは修行しないと倒せるようにはならないだろう」
どう考えてもリンが倒すには無理があると俺は思った。
でも俺の言葉を聞いて、長髪男や集まっていた冒険者は期待の目でリンを見ていた。
「えっと‥‥一ヶ月あれば倒せるというのですか?子供の言う事ですが‥‥」
「そうみたいね。えっと紹介していなかったけど、こっちの子供は私の遠縁の親戚で此花策也っていうの。多分黒死鳥も倒せる強さを持っていると、思う?」
「なんで疑問形やねん!」
おっと、前世で少し関西に住んでいた時の言葉が出てしまった。
「俺なら黒死鳥くらいは楽勝だな。ドラゴン百匹の群れも倒した事あるからな」
流石に俺の言葉は嘘と思われたようで、ギルド内がざわついた。
「いやいや流石に子供には無理だろ」
「一頭倒したと言われても信じられないしな」
「ははは、まあ子供の言う事だからな」
くっそ。
まあこんな子供が言った所で普通は信じないか。
「ねぇ。ここは此花家の領地だし、なんとか助けてあげられないかな?」
どうやらリンは、俺になんとかしてほしいという事のようだった。
倒すのは簡単だ。
おそらく今日中に片づけられる程度のものだろう。
しかし、百年に一度のイベント、俺はちょっと見たくなった。
「なぁあんた?黒死鳥が川に現れなくなればいいのか?だったら俺に良い考えがあるんだが任せてもらえないか?」
「えっと、君が黒死鳥を倒すというんですか?流石に難しいですよ」
先ほどと同じような反応が冒険者からも聞こえた。
尤もな反応だが、流石に少し面倒になってきた。
それを察してか、リンが一歩前にでて言った。
「この件は此花家が対応するわ!とにかく時間を頂戴。策也?どれくらいでできるの?」
「ああ。今日中には川に黒死鳥が現れないようにするつもりだけど?」
俺の言葉を聞いて、また冒険者たちは少し呆れたような反応をしていた。
見た目が子供なの、本当に面倒くさい。
「じゃあ三日貰える?此花家がなんとなするから」
「えっ?はい。なんとかしていただけるのなら、それくらいは大丈夫ですが」
とりあえず長髪男も、そこにいた冒険者も、リンが言うのなら納得するしかないようだった。
「じゃあとりあえず今日はお開きね!私は少し食事をして休みたいのよ。席を譲ってくださいな」
「えっ?は、はい!」
リンの言葉に、集まっていた冒険者たちは『本当に大丈夫なのだろうか』という不安を隠せないまま、席を立ち多くは外へと出ていった。
「じゃあ食べるわよ!注文お願い!」
リンは飲み屋の店員を呼んで注文していた。
俺も少しだけ気になったものを頼んだ。
何度も言うが、俺は食事をする必要がないんだけどね。
だからと言って食べられないわけでもなくて、美味い物なら食べてみたいという気持ちはあった。
こうして俺たちはしばらく食事を楽しみながら休息を取った。
時は既におやつの時間に向かっている頃、俺たちは休息を終えて黒死鳥の出る川へと向かった。
地図を見た限りだと、おそらく川の上流の何処か山の中に黒死鳥の巣があるのだろうと予想できる。
普段はきっとこの山で隠れて暮らしているのだ。
黒死鳥は人に見つからないよう、隠れ里的な場所を魔法によって築いているらしい。
だから山に入る人がいても普段は遭遇する事がないのだ。
しかし代替わりが百年に一度あって、その時だけ下流へ下って人前に姿を見せる。
そんな珍しいイベントは是非見てみたい。
隠れ里的な所にも入ってみたいしな。
「あの川ね。どうして黒死鳥が現れるようになったのかしら?」
「ああ、代替わりの為に鯉を捕まえに来てるんだよ。だから俺はその代替わりを見てみたい。討伐に行くわけじゃないからな」
食事中にも少し話していた。
決して討伐するのではなく、話し合いに行くのだと。
「ふぅん。でもよく考えたら、黒死鳥って人間の言葉が話せるの?」
「話せる者もいるって書いてあったが、俺が黒死鳥の言葉を話すつもりだ」
話せる者がいるとは書いていなかったか。
人間の姿になって一緒に暮らしている者もいるような事が書かれてあったから、おそらくそうだと俺が勝手に判断した。
「そうなんだ。王女でも知らない事よく知ってるわね」
「知ってる事だけしか知らないけどな」
ちょっとこのセリフ言ってみたかったんだよ。
前世ではどちらかと言うと俺は無知の部類だったからな。
こっちの世界じゃ一応肩書は賢者らしいし、これからは存分に言えそうだ。
俺は気分よく目的地に向かって歩く、というよりは跳んでいった。
しかし歩幅が狭いのはちょっとストレスに感じた。
それから間もなく、目的の川が見えてきた。
道の先には橋があり、この橋はチャウチャウの町と西方を繋ぐ重要なものだ。
この辺りに黒死鳥が出るとなると、西方とのアクセスが遮断されてしまう。
一度南へ下って行けなくはないが、当然日数がかかるのでこの辺りが通れないのはチャウチャウにとってはかなり辛いのだろう。
橋の近くまでくると、俺たちは黒死鳥が来るのを待った。
「いねぇな」
「話によるといない時も多いみたいね。ただ出会ったら最後。ほとんどの人が殺されてしまうって話よ」
そういえばリンは食事中も長髪男と話していたな。
それは俺も聞いていた。
黒くて死を呼ぶ鳥なんだよな。
この橋を渡るのはロシアンルーレット的なギャンブルとなっているとか。
そんな事を考えていたら、山の方からそれらしき気配を感じた。
「来たな」
「あれね。えっと‥‥結構数いるわよ?大丈夫なの?」
「問題ない。そうだな。リンは足手まといだから、そっちに離れれておいてくれ」
俺はそう言って霧島ゴーレムを召喚した。
霧島ゴーレムは設定二十四歳の男で、一応俺の代わりが必要な時に使おうと決めていたゴーレムである。
スーツをラフに着こなしたキャラで、割と格好いい系だ。
リンはその霧島ゴーレムと共に少し離れた所へと移動した。
「さて‥‥」
黒死鳥は、体長が十メートル以上はあるだろうか。
大きさはドラゴンと同じくらいに見える。
姿かたちはプテラノドンのようなカラスといった感じで、羽には手がついていた。
黒死鳥は近づいてくると、直ぐに俺の存在に気が付いた。
どういう反応をするのか興味があったが、黒死鳥の名の通り即戦闘態勢で向かってきた。
マジかよ。
俺はすぐに大声で言った。
当然黒死鳥の言葉でね。
「『話がしたい!』」
するとこちらに向かって飛んできていた黒死鳥たちは、皆一斉に空中で旋回すると、全てが俺の前方少し離れた所に舞い降りてきた。
数は七羽だった。
その内の一羽が歩いてこちらに寄って来た。
「『我らの言葉が話せる人間がいるとは思わなかった。尤も、今までは出会えば即殺してきたから、話す間もなかったのかもしれないが‥‥。で、我らと何を話そうというのだ?人間』」
この中では一番強そうな黒死鳥が話してきた。
見る限り確かにドラゴンと並ぶと言われる意味が分かった。
金集めの際に倒したドラゴンと同程度のプレッシャーを感じた。
「『黒死鳥がこんな所に姿を現すってのは、もうすぐ新しい王が産まれるからだろ?その為に今、鯉を集めているんだよな?それ、俺がやってやるから、新しい王の誕生を見せてはもらえないか?』」
黒死鳥は思わぬ事を言われたようで驚きを隠せなかった。
まあこんな事言うの俺くらいだろうからな。
とはいえ断ってきたら力ずくで見るつもりだけどね。
少し考えているようだった。
黒死鳥、話せば割と分かり合える魔物なのかもしれない。
「『俺の一存では決められない。王に相談する必要がある。しばし待たれよ』」
黒死鳥はそう言うと、その場で羽を羽ばたかせた。
「『直接話す。案内してくれ』」
「『ついてはこれまい』」
そういって黒死鳥は皆大空へと舞い上がった。
俺は魔法でそれについて行った。
霧島はリンをお姫様抱っこして後に続いた。
「キャー!ええっ?飛べるの?」
リンは驚いていたが、構わず飛んで黒死鳥の後について行った。
正確には俺の魔法で飛ばしているんだけどね。
「『我らについてくるか』」
「『俺は特別だからな』」
黒死鳥は飛行速度を上げてきた。
まっ、余裕だけどね。
俺は合わせて飛行速度を上げた。
ただリンにはきついかもしれないので、そちらの速度は上げずにおいた。
速度はドンドン上がった。
俺は魔法で風の抵抗を受け流して飛んだ。
それでもGはかなりのものだ。
流石の俺でも何もしなければ少しきついと感じる速度だった。
そんな時、一瞬にして黒死鳥の姿が消えた。
「消えた?いや、おそらく‥‥」
俺は千里眼と邪眼で辺りを探った。
すると魔力の歪があるのを見つけた。
「なるほど。ここで魔力を上手く使いながら入るのか。空中だし、人間が黒死鳥の里を見つけるのはほぼ不可能だな」
しかし、俺には問題がなかった。
魔力によって隠された場所へ、俺は入っていった。
少ししてから霧島もリンを連れて入った。
その場所は、今まで下に見ていた森とはまるで違っていた。
どちらが現実の世界なのかは分からないが、そこには完全に別の、森ではない世界が広がっていた。
「こんな場所があるんだ。なんかすげぇ!」
俺は感動して自然と言葉が出てしまった。
リンも感動したようで、口を開けてただその景色を見ていた。
一言で言うなら『オアシス』といった感じの場所だ。
下には、先ほどの黒死鳥たちが、倍ほどの大きさがありそうな別の黒死鳥へと歩み寄っているのが見えた。
おそらくその大きな黒死鳥が現在の王なのだろう。
俺は一気にその場所へと下りて行った。
「お主か。黒死鳥の世代交代を見たいと言うのは」
人間の言葉で、その黒死鳥は話しかけてきた。
間違いなく黒死鳥の王だ。
「あ、ああ。人間の言葉が喋れるんだな」
「ふぉっふぉっふぉっ!百年も生きておったらそんなもんじゃろぅ」
思ったよりも気さくな王だな。
それになんというか、普通の魔獣と少し雰囲気も違う気がする。
説明は難しいが、敵意を感じないというか、殺気が無いというか、とにかく魔獣らしくなかった。
「で、俺は代替わりとやらを見てみたいんだが、どうなんだ?」
まあ駄目と言われても見るんだけどな。
「かまわんぞぃ。その代わりと言っては何じゃが、一つお願いを聞いてはくれんかのぅ?」
お願いか。
「鯉なら俺が必要な分獲って来てやるぜ?それとは違う願いか?」
「それは助かるのぅ。でも願いはそれとは別じゃ。代替わりが終わってからお願いするで、一応気に留めておいてくれればええぞぃ」
ふむ。
代替わりが上手く行ったら頼みたい事があると言った感じか。
「できる事ならオッケーだ。まあ俺がやりたくない事なら断るがな」
「オッケーじゃ」
そんなわけで、俺は無事に代替わりを見せてもらえる事になった。
おそらく一週間後くらいになるという話で、それまでに鯉を二百匹は集めてほしいという事だった。
俺は魔法で木の水槽を作り、霧島や其の他ゴーレムを使って鯉を集めていった。
二百匹は数時間で集まった。
「もう集まったのかぃ。早いのぉ。おそらくこれだけあれば大丈夫じゃと思うが、念の為あと百匹ほどお願いしておいてもええかのぅ?」
追加注文が出た。
まあ特に疲れるほどでもないし、一週間暇なので俺は普通に了解した。
「いいぜ」
それから一週間、俺は次期王が産まれてくるであろう卵の傍でのんびりと待った。
川にはもう黒死鳥が現れないという事で、リンと霧島で一度町のギルドには報告に行かせたが、それ以外はこの不思議なオアシスで黒死鳥たちとの時間を過ごした。
「黒死鳥強すぎ!」
「また黒死鳥相手に特訓してたのか?」
リンは戦闘力アップの為に、黒死鳥と対戦して自分を鍛えていた。
格上の魔獣相手に戦うのはいい経験になるだろう。
この先こいつら以上の魔獣に出会う事はほとんどないのだし、魔獣最強レベルを知っておけば目標も定めやすくなる。
「まあね。で、そろそろ産まれそうなの?あれから一週間になるけど」
既に産まれる予定日になっていたが、産まれる気配はなかった。
俺の邪眼で見た所、確かに生きている。
それにかなりのプレッシャーも感じるし、きっと良い王が産まれてくるはずだ。
「産まれてくるのが遅れるかもしれんのぉ。この子はかなり強力な力を持って産まれてきそうじゃ。そういう時は産まれるのが遅くなるんじゃ」
「へぇ。そうなんだ。それは楽しみだな」
普通よりも強いのが産まれてくる時に立ち会えるとか、ラッキー以外の何物でもない。
待つのは苦痛ではあるが、俺は楽しみの方が勝っていた。
「強いのが産まれてくると、食べる鯉の量も増える可能性があるのぉ。もう少し捕まえて来てくれるかの?」
「ああ構わんぜ」
当たり前のように頼んでくる爺さんだな。
黒死鳥が川に現れると困るのは人間側だし、まあいいけどね。
俺はそう言ってから新たに魔法で水槽を作り、霧島ゴーレムがそれを担いでオアシスから出ていった。
更に日は流れて四日後、ついに待っていた日がやって来た。
数羽の黒死鳥の魔力によって温め続けられていた卵が、少し輝きを放っている。
そして時々左右に揺れたりしていた。
「いよいよだな」
「なんか緊張するわね」
「こりゃわし以上の子が産まれそうじゃのぉ」
白かった卵は、今少し光輝いている。
そして時間が経つごとに虹色へと変わっていった。
何かのゲームでガチャを引いている感覚になった。
いいの出ろ!
そんな気持ちになっていた。
卵にヒビが入った。
中から強大な魔力を感じる。
その強力な魔力で卵の殻を破ろうとしているようだった。
光が増す。
ヒビが大きく広がった。
そしてとうとう中からクチバシが出てきた。
一気に卵の殻がはじけ飛んだ。
それは沢山の刃となって周りにいる者たちを襲ったが、それを気にする者は此処にはいなかった。
リンは吽龍の鎧に守られていた。
俺はいくつかの傷を負ったが、そんなのはどうでも良かった。
「すげぇ。この魔力ヤバくないか?」
産まれて来た黒死鳥のヒナは、かなり大きな魔力を纏って生まれてきた。
俺ほどではないにしても、おそらく魔王クラス。
俺が勝手に付けているレベルで言えば、二百を超えるものだった。
「こりゃたまげたわぃ。わしよりも強くなりそうじゃのぉ」
「可愛い。あんなに大きいのに可愛いなんて反則ね」
リンだけは少し感じる所が違っていたが、それはそれで納得のいく感想だった。
さて産まれて来た黒死鳥のヒナだが、直後から狂ったように鯉を食い始めた。
可愛いと思った気持ちはすぐに吹き飛んでいた。
「可愛く‥‥ないかも」
「ワンパクでもいい、たくましく育ってほしい」
「食欲も凄まじいのぉ。わしが産まれて来た時は百九十二匹の鯉を食べたらしいのじゃ。おそらくその数は越えそうじゃの。追加を頼んでおいて正解じゃったわい」
おそらく産まれた直後に食べる鯉の数でだいたい成長した時の強さが決まるのだろう。
この爺さんが百九十二匹なのだとしたら、おそらくこいつは二百二十匹くらいか。
俺のだいたい予想通り、食べたのは二百二十一匹だった。
食べ終わったヒナからは魔力の輝きが失せ、丸々と太ったヒヨコを二メートルくらいにでかくしたようなのがそこで眠っていた。
「問題なくわしの後継者が産まれおったわぃ。これでわしも心おきなく引退できるのぉ」
「へぇ。爺さんはこれでもう引退なのか。で、引退したらどうなるんだ?まさか死ぬとか?」
黒死鳥の王である爺さんが、少し寂し気にそんなセリフを吐くもんだから、俺はもしかしたらと思った。
「無事産まれたのでな。お主には願い事を聞いてほしいのじゃ」
そういえば産まれたらお願いがあるって言ってたな。
「もしかして介錯でもしてほしいのか?任せろ。俺はこう見えてこの世界最強だからな。苦しまずに殺してやれるぞ」
「ふぉっふぉっふぉっ!そんなわけなかろうが‥‥」
まあ冗談だけどな。
「それでどんな願いなんだ?」
全く予想が付かなかった。
すると爺さんは、次の瞬間人間の老人のような姿に変化した。
そして言った。
「わしを一緒に連れてってはくれんかのぉ?パーチーとやらに入れてほしいのじゃ」
「却下!」
俺は即拒否した。
だって爺さんとか連れてってもなんも楽しくないだろ?
「そんな事言わず頼むのじゃ。外の世界のドラゴンと戦ってみたいのじゃ」
甘えるジジイがちょっとキモかった。
「なんだよ。ドラゴンと戦いたい?」
「そうなんじゃ。わしらってホラ、ドラゴンと同列とか言われながら、やっぱりドラゴンよりも下に見られがちじゃろぅ?」
「まあな。実際俺から見ても少し下かもって思ったからな」
この爺さんやさっき産まれて来た新たな王なら、ドラゴンよりも上だろうが、あくまで平均値的には負けているように感じる。
「そう見られるのは悔しいのじゃ。だからどうしてもドラゴンのボスと戦って勝ちたいのじゃ」
爺さんの目はマジだった。
「ねぇ。産まれる所見せてもらったんだし、いいじゃないの。強そうだし仲間としては最高じゃない」
確かに黒死鳥が仲間ってのはなかなか面白い展開ではある。
でも男で、それも爺さんとか仲間にしたくねぇよなぁ。
「そうだ!黒死鳥は変化で人間の姿になるわけだけど、それはどんな姿にでもなれるのか?」
「わしくらいになれば大丈夫なのじゃ。絶世の美女にもなれるぞぃ?」
爺さんの笑顔はいやらしかった。
まあでも俺の考えていた事そのものではあったのだけどね。
俺は環奈ゴーレムを召喚した。
環奈ちゃんの姿は、髪は少し茶色がかった長めの黒髪で、ツインテールの片方だけを外したような感じ。
服装は当然セーラー服だ。
当然かどうかは知らないけどな。
「じゃあこれと同じ姿になれるか?だったら連れてってやる」
「楽勝なのじゃ!」
爺さんは一瞬にして、俺の大好きな環奈ちゃんへと変身した。
「おお!環奈ちゃんだ!よし、今日からお前の名前は環奈だ!」
「分かったのじゃ。わしは環奈としてお前さんについていくぞぃ」
喋り方は流石に違和感があるな。
「普通に女の子みたいに喋る事はできないのか?」
「無理じゃのぅ」
「‥‥」
まあいい。
「じゃあ環奈にはこれをやろう」
俺は異次元収納から環奈の住民カードを取りだした。
「それはなんじゃ?」
「住民カードだ。人間の町に入ったりする時に必要になる。環奈の事を人間が認めた人であると証明する為のものだ」
俺はそう言ってカードを操作し、譲渡の為の手続きをした。
そしてそれを環奈に渡す。
「それに魔力を送り込んでくれ」
「こうかのぅ」
爆発的な魔力が住民カードに注がれた。
その波動が辺りに広がり、リンや他の黒死鳥たちが吹き飛ばされた。
俺は当然サクッと止めたけどね。
「何すんのよ!」
「言われた通りにしたんじゃが‥‥」
「そんなにでかい魔力じゃなくてもいいんだよ。まあいい。それでそのカードはお前の物になった。使い方はおいおい説明するから」
「分かったのじゃ。所でお主の事は策也殿と呼んで良いのかの?リン殿がそう呼んでおるみたいじゃが」
そういえば自己紹介とかしてなかったな。
「そうだ策也だ。まあ別に違う呼び方が良ければ好きに呼んでくれて構わないけどな」
なんか策也殿とか面倒くさそうな呼び方しそうだしな。
「分かったのじゃ。じゃあウンコ殿と呼ぶ事にするのじゃ」
「止めろ。策也殿にしておけ」
このジジイ、環奈じゃなかったら死んでるぞ?
「ちっ!残念なのじゃ」
そんなわけで、俺とリンだけだったパーティーに、新たな仲間が加わった。
黒死鳥の元王様、本名は知らないが今日から環奈という名の魔獣だった。
2024年10月1日 セリフと言葉のおかしな所を調整