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見た目は一寸《チート》!中身は神《チート》!  作者: 秋華(秋山華道)
お助け編
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魚が獲れない?!失われた魚を取り戻せ!

転生前に俺が暮らしていた国、日本。

そこは世界一魚が獲れる豊かな海に囲まれた島国だった。

どうして日本の周りでは色々な魚が豊富に獲れたのだろうか。

どうして他の国では魚の種類が少ないのだろうか。

それには当然理由があるわけで。

美味い魚が食べられる国に産まれて本当に良かったな。

全ては先人たちが日本を良い状態のまま守り抜いてきてくれたおかげなんだよ。

ご先祖様と日本万歳!


東の大陸を飛び立った俺たちは、なんとか夕方には西の大陸に渡る事ができていた。

正直もっと早くに渡れると思っていたのだが、できれば伊集院統治の町よりも、少し遠いが四十八願統治の町に行きたいという事で時間がかかってしまった。

ウラッポーからほぼ真東にあるのは、四十八願領内にある伊集院統治の町『ヌスックライ』で、そこから北に行った所に四十八願統治の『ゲバイタ』の町がある。

どちらも港町だけれど、ヌスックライは伊集院の要望で近年になって作られた新しい町だ。

元々は何もなかった所だが、開拓開発して今では大勢の人々が行きかう港町となっている。

一方ゲバイタは古い町で、この辺りは昔から多くの人が住んでいた。

当然港町だし魚が豊富に獲れる所だろう。

どちらの町に行くのがより楽しめそうかと考えれば、みんなの答えは一つだった。

町に到着したのは、既に日が沈んだ後だった。

「もう真っ暗なのじゃ。飯を食いにいくのじゃ」

「そうだな。流石にみんな飛び続けて腹も減っただろう。港町だし美味しい刺身が食えるに違いない」

そう思って冒険者ギルド併設の飲み屋に来たわけだが、どういう訳かメニューに魚料理は少なかった。

むしろ肉料理の方が多く、港町に来た感じがしなかった。

「魚が生で食えると思っておったのじゃが、どうやらメニューにはなさそうじゃの」

「おっかしいな。別に肉が嫌いな訳じゃないけど、町の外では牛肉ばかり食ってるからな。港町でくらい魚が食いたいよな」

「魚の方が美容にもいいと聞きますわ。肉ばかりだとお肌が荒れそうですわ」

俺たちがそんな会話をしながらメニューを思案していると、後ろから声をかけてくる者があった。

「失礼ですが、もしや策也さんとエルグランドさんではありませんか?」

見るとそこに立っていたのは、四十八願女王の側近だと思われる三蔵夏芽だった。

「夏芽か。久しぶりだな」

「ご無沙汰しております」

「半年ぶりくらいですね。お元気そうで何よりです」

エルはさりげなく空いている椅子を引いて座るよう促した。

夏芽は少し頭を下げると席に座わる。

「宮陽の女王は元気にしているか?」

女王はみゆきの祖母なので、やはり元気にしているかどうかは気になるんだよね。

「もちろんです。ところで今日はみゆきさんはおられないのですね」

「ああ。みゆきは今ナンデスカの町の学園に通ってるんだ。元気にやってるから安心してくれ」

これは宮陽女王へのメッセージだ。

みゆきが元気にやっていると分かれば安心だろう。

「そうですか。それは良かったです」

「ところで夏芽はどうしてこの町にいるんだ?王都にいなくて大丈夫なのか?」

夏芽は宮陽の側近だと思っていたから、こんな所で会うのは違和感を覚えた。

「あまり大きな声では言えないのですが、わたくしは今密命を受けてゲバイタの町に来ているのです」

「ほう。それは俺たちが聞いてもいい話なのか?」

「みゆきさんの夫である策也さんの仲間であれば、お話しても大丈夫でしょう。いや、そういえば困った事が有ればとおっしゃってくれていましたよね?できる事なら少し力を貸していただけないでしょうか?」

そういやそんな事言った記憶が‥‥あるな。

魔法で記憶を完全に保存できてしまうのも考え物だ。

忘れていればしらばっくれる事もできるのに。

いや、流石に夏芽、というか四十八願宮陽の願いとなれば聞くしかないな。

「とりあえず聞くよ」

「この町でもやはりこの展開になるんですね」

エルは少し笑いを堪えているようだった。

他の仲間たちも少し呆れたような顔をしていた。

「話は簡単です。このゲバイタの町で獲れる魚の量が年々減少していて、その原因を探っているのですが正直全く分からなくて困っているのです」

なるほど、それでメニューに魚料理が少ないのか。

しかしこんな海の町で魚の獲れる量が減る理由なんて、そんなに多くはないはずだ。

魚の乱獲なんてものはこの世界の人口から考えてあり得ないし、概ね原因は海の魔物だろう。

「すぐに思いつく原因は海の魔物だろうな。クラーケンとかリヴァイアサンが住み着いていたりはしないのか?」

そう言いながら、俺は此処に来るまでに渡って来た海を思い出していた。

魔物がいる気配が異常なくらいなかった気がする。

普通どんな海でも、多少魔物がいるはずだよな。

つまりそれは食べる魚がいないという事ではないのか?

「魔物の線はかなり調べていますが、おそらくあり得ませんね。むしろ魔物の出現も同じように減っていると言いますか、不思議なくらい魔物も出なくなっているのです」

やっぱりそうか。

となると別に理由がある訳だが、すぐには思いつかないな。

「年々獲れる量が減っているって言ったよな。それは何時ぐらいからなんだ?」

「そうですね。五年くらい前でしょうか」

「その頃にこの辺りで何か大きな変化はなかったか?例えば大きな地震があったとか」

「特にそのような事は‥‥大きな変化と言えば、伊集院の要望でヌスックライの町が作られた事くらいでしょうか。それに伴って川を作ったり埋め立てたり。そうそう、現在この町の水道システムは伊集院が無料でやってくれたんですよ。この町は洪水に苦しめられていたので、川を埋める費用も出してくれました」

それだわ。

俺は頭を抱えて俯いた。

川を埋め立ててしまうとかそりゃマズイだろ。

川ってのは上流の山や森から海まで色々な栄養素を運んできてくれる大切なものだ。

それが無くなれば魚の餌となるプランクトンなどが減って、寄り付く魚も減るだろう。

川を上る魚だっているわけで、無くなったらもう帰ってはこなくなる。

「策也?もしかしてそれが原因ですか?」

「その通りだよ。エル‥‥」

この世界の人は大自然の大切さってのを理解しなくてもいいくらいに恵まれていたのかな。

或いはそれは悲しい事だったのかもしれないが。

食い扶持を心配するほど人が増えない環境だったって事でもあるからな。

「策也、説明を待っておるぞ?」

俺は佐天に促されて説明を開始した。

「海を豊かにしているのは森林なんだ。そしてその森林から栄養素を海に運ぶのが川だ。この辺りには森林はないけど、川が海を豊かにしてきたんだよ。その川を埋め立てたらどうなるかは、結果を見れば分かるだろう」

「なんと‥‥そうだったのですか‥‥水道システムに目がくらんて伊集院のいう通りにしたのが間違いだったと‥‥」

伊集院は、ゲバイタの洪水被害を失くす事と水確保の水道システムを作る事で、ヌスックライの町の統治権を確保した感じか。

その結果、ゲバイタでは魚が獲れなくなった。

伊集院がそこまで考えてやったのかどうかは分からないが、狙ってやっていたとしたらかなりいやらしいよな。

「ただ、間違いだったとは言い切れないな。洪水で亡くなる人がいなくなって、便利な水道システムもできたわけだからな。伊集院の町ができた事だってマイナスばかりじゃない。それにすぐには無理でも、魚が獲れる町にこれからする事はできるだろ」

「できるんですか!?」

夏芽の大きな声に、このギルドフロアにいる皆の視線が集まった。

「失礼した‥‥」

照れる夏芽は少し可愛かった。

ちょっとギャップ萌えを感じた。

夏芽ってなんか凛々しい女性って感じだからね。

さて、対応としては色々と考えられる事はあるが、毎回俺が答えを出してやるのもどうなんだろうか。

最近みんなにも呆れられているしな。

俺は地図を広げた。

「夏芽。川は元々どのように流れていて、今はどんな風になっているんだ?」

「えっとですね。東にある山や森から流れ出た川が陸地の真ん中辺りを西へ向けて流れ、そこから枝分かれしたのがこの町を取り囲むように流れていました。それを大きな一つの川としてヌスックライの町の方へ通してから、枝分かれしたこちらの川を埋め立てていった感じです」

夏芽の説明を聞くと、確かにこの辺りは洪水の多い所だったのだろう。

でもそれは逆にこの辺りの土地を豊かにもしてきたのだ。

だからヌスックライの方ではなくこちらに人が住んでいた。

本当ならその大きな川をこの町の近くへ通せば良かったのだろうが、わざわざ向こうへ通したという事は、やはり伊集院は知っていたのだろうな。

かといって今更川を戻せとも言えないし、どうするかね。

「今更こちらに川を通すのも難しいだろうな。伊集院は最初から魚を奪おうとしていたみたいだからな。みんなはどうしたらいいと思う?」

俺にはやるべき事がある程度見えている。

でもまた勝手に決めてやると色々言われるだろうし、今回はみんなも巻き込むぞ。

「表立って川を戻せんのじゃったら、地下の川を作るのはどうじゃ?栄養素が大事ならそれで行けるじゃろ?」

「確かにそれで栄養素は運べるな。でも川に戻ってくる魚とかもいて、そんな魚は戻っては来ないだろう。でもやる価値はある。他には無いか?」

「必要な栄養素を魔法で作って海に撒くんだよ!」

「そういう方法もあるな。でもちょっと面倒か。そういう装置を作れるヤツがいればいいが、その栄養素がどんなものなのか俺も覚えてないんだ」

この世界での記憶は全て魔法で記憶している。

でも前世の記憶なんてそこまで覚えていない。

『フルボ酸鉄』とかって名前だったと思うが、それがどんなものかなんて全く分からないんだよ。

「いっそ町の周りを全部森林にしてしまえばいいのですわ」

「ベネ‥‥流石にそれは無理じゃないですか?」

「そうですの?いいアイデアだと思ったのですが‥‥」

「いや、発想はいいと思うぞ。町の周りは既に色々と使われているが、近くの海沿いなら可能だ。ただ『普通』にやれば時間はかかるけどな」

「普通にやれば?ですか?それは普通じゃない方法もあるって考えていいんですかね?」

夏芽め。

俺の誘導に見事に食いついてくれたな。

そう、普通じゃない一気にそれをする方法もあるんだよ。

「固有魔法や特別な魔法なら植物の成長を早めるようなのもあるだろ」

「有名な所で言えば妖精の力ですね。そして妖精に近いヒューマンであるエルフなら、多少似た魔法が使えますね。ベネ?そうでしょ?」

「エルフにはそんな力があるんですか?」

「エルグランド様のおっしゃる通りですわね。ただノーリスクの妖精の力と比べて、我々エルフのは少しリスクも伴いますわよ」

へぇ~そうだったんだ。

リスクってのは知らなかったな。

どんなリスクがあるんだ?

「リスクですか?」

「そうですわね。わたくしたちエルフは森の民と云われるくらいですから、自然植物系の魔法が使えますわ。それを使えば一週間もあれば森の一つや二つは作る事ができるでしょう。しかしわたくしたちエルフの魔法で作った森にはドリアードやトレントが住み着きますの」

トレントやドリアードは、一般的には精霊と云われている。

しかしどちらかというと魔物に近い存在じゃないだろうか。

精霊界にはいないからね。

ただし魔物とも違って魔石が存在しない。

おばけや幽霊と同様、厳密には何処にも分類されていない存在と言えるかもしれない。

それ以上の事は知らなかった。

「そうすると何か問題があるのでしょうか?倒してしまえばそれで済みそうですが」

「トレントに関してはそうする必要があります。しかしドリアードと我々エルフは友好関係にあります」

「森を傷つけるとエルフが怒るって話、ありますでしょ?アレは森がドリアードそのものだからなのですわ。そしてドリアードは、基本的にはエルフや妖精以外が森に入ってくる事を嫌いますの。つまり我々の力で森を作った場合、その森にはエルフと妖精以外は入れないのですわ」

まさかそんな風になっているとはね。

なるほど、それでドリアードは森の精霊なわけか。

場とそのものが一体となっている存在、それが精霊。

そうするとトレントはその中に生まれた癌のようなものなのかな。

森には良い森と悪い森がある。

陽の光が通る清らかで豊かな森と、陽の光が入らない闇の森。

おそらくドリアードは良い森の管理者で、トレントは悪い森に誘う者って所だろう。

「ねぇねぇ‥‥策也なら妖精に命令して森くらい作れるんじゃないの?」

こら洋裁。

いきなり出てきてそういう事言うんじゃありません。

「妖精霧島を使えば少しはその能力が使える。というか俺も少しは使える。でも妖精の力は妖精が集まる事で高まるんだ。実際妖精王国や炎龍王国の森は妖精たちに作ってもらった。だけどそれはそこに自らが住む為だ。関係ない場所を妖精にやらせる命令はできないよ」

「とりあえず森は、エルフの方々なら作る事ができる。でも一度作ってしまったらそこには入らず保護しなければならない。そういう事でよろしいですか?」

「そういう事になりますね」

「トレント退治くらいはして差し上げますわ」

よしよし。

今回は俺がやろうと言い出したんじゃないぞ。

みんなで話しているうちにやる事になる感じだ。

「もしもお願いしたら皆さん請け負っていただけますか?」

「どうしましょう策也?やりますか?」

「主にやるのはエルとベルだからな。どうするかは任せるよ」

俺がそういうとエルは少し笑いを堪えているようだった。

エルには俺がやっている事がバレてるな。

ちょっと悔しくもあるが、でもエルにバレていても‥‥。

「わたくしはやって差し上げて良くってよ。エルフとしての能力なんて一生使う事なんて無いと思っていましたもの。役立つのなら使ってみたいですわ」

流石ベル!

単純で実にいいぞ。

「そうですか。ではそういう事です」

「ありがとうございます。では王都と連絡をとって予算など話し合ってから、何処までをどれくらいの報酬でお願いするかお伝えしたいと思います」

まさか向こうがそう来たか!

こっちはボランティアっていうか、せっかくウニ十字結社の初活動かと思っていたのに。

既に今までのお助け活動は、入社日をさかのぼって結社の活動という事にしているけれど、やっぱり初活動は初活動としてやっておきたいやん?

「お金は貰えなくても多分大丈夫なんだよ。別に報酬が欲しくてやるんじゃないと思うんだよ」

おお金魚よ!

お前は単純にいい奴だよな。

ちょっと頭が弱いだけで。

「主に働くのはエルとベルじゃ。決めるのはお主たちじゃ」

おいおい佐天よ。

きっと穴掘りもやる事になるんだぞ。

むしろお前たちの方が重労働間違い無しなんだからエルたちに任せる必要はないんだよ。

「ベネ?どうしますか?」

「わたくしは報酬なんて不要ですわ。最初からそのつもりでしたわよ」

ベル、愛してるよ!

性格は痛い子だけど、心は腐っちゃいないな。

「みんなわたくしにひれ伏してお礼をいってくだされば満足ですわ。おほほほほ」

あー‥‥やっぱ駄目な子だわ。

ホントにこんな性格、ずっと嫌われて生きてきたんだろうなぁ。

「ベネの言った事は冗談ですからね。報酬は不要ですから是非やらせてください」

はい、状況を楽しんでいたエルも、最後はベルの暴走に傍観者ではいられませんでしたとさ。

そんなわけで俺たちは、ゲバイタの漁業復活の為に作戦を実行する事になった。

やる事は二つ。

町の北側の海沿いに大森林を作る事と、上流の川から地下水を流すトンネルを海までつなげる事。

森林作成チームはエルとベル、そして妖精霧島。

トンネルチームはその他みんなでやる事になった。

良かった。

なんとかウニ十字結社の初仕事がスタートしたよ。


活動は次の日から始まった。

森林を作るチームの妖精霧島はほぼ役立たずだった。

妖精大王でも一人では大した事はできないのです。

妖精は集まると倍々ゲームで森林作成能力を上昇させる分、一人じゃ駄目なようにできているんだな。

その分エルとベルが頑張ってくれた。

一方トンネル掘りチームは、何故か佐天が張り切っていた。

「この環奈刀はどんな岩盤でもサクサクと切れるのじゃ!」

本当によく切れるなぁ。

自分で作っておいてなんだけどさ。

切れ味するどい包丁とか買ったら試しにドンドン切りたくなる、佐天はそんな心境か。

これまでも使う機会はあったのに結局『月誅』だもんな。

これで武器を使う戦いをするようになるだろう。

そんなわけで俺の役割は掘り出した岩やらなんやらを異次元収納に回収して、トンネルが崩れないよう強化コーティングするだけだった。

しかし佐天は水中でもよく動くな。

金魚や洋裁は魔界の海で慣れてるけど、佐天は初めてのはずだ。

流石は悪魔王といった所か。

こうして俺たちはそれぞれの作業をこなし、それは一週間続いた。

トンネルは開通し、森も後はトレントを討伐するのみだった。

「討伐も我々エルフと霧島だけでやります。他が入るとドリアードも出てきて攻撃してくるでしょうしね」

どうやらドリアードは、エルフと妖精以外の部外者的な者が入ってこない限りは姿を現さない事がほとんどのようだ。

「じゃあ俺たちは町でのんびりしているよ」

「お任せください。今日中には終わるでしょう」

「トレントなんてわたくしたちの敵ではありませんわ」

こうして霧島の俺はできたばかりの森へと向かった。

「かなり深い森になったな」

「トレントがいるからですわ。奴らを倒してしまわないと森に光りはほとんど入りませんの」

確かそういう森だとちゃんと栄養分が作られないから意味がなかったはず。

トレント退治は、今回の目的達成の為に必要不可欠な事でもあった。

逆にドリアードは、陽の光が入る元気な森にしてくれる。

転生前の世界で人間がワザワザやっていた事を代わりにやってくれるので、人間に有益な存在ともいえるのだ。

トレント退治は俺たちにとっては大して難しいものではない。

奴は中級から上級クラスの強さだからね。

ただ素材が優秀で、並みの冒険者にとっては大物とされるし、幻惑の能力も持っているので魔力の低い者は相手にするのは危険な対象とも言えた。

「幻惑の中で戦っていると、ちょっと酒を飲んで戦っているみたいだな」

「だから油断は禁物な相手なんですよね。でも我々にとってはこの幻惑も、戦闘を楽しむ為のちょっとしたスパイス程度です」

この程度の幻惑なら完全に遮断する事も可能だけれど、受けても大した事はないので俺はそのままの状態で戦いを楽しんだ。

午前中から始めた戦いも、気が付けば空が少し色づき始める時間になっていた。

トレントはおそらく全部狩れただろうが、一応確認しながら俺たちは森の中をゆっくりと戻る。

徐々に景色は色を変え、確認ももうすぐ終わる、そんな時だった。

突然上空から妖精のようなエルフのような姿をした何者かが降りてきた。

「トレントを退治してくださってありがとう。おかげで住み良い森になりそうです」

俺はすぐに気が付いた。

これがドリアードなんだろう。

美しい女性のような姿をしているのだな。

「森のドリアード。お会いできて光栄です。全て狩れたと思うのですが、もうトレントの気配はありませんか?」

「大丈夫です。この森は豊かな森となる事でしょう。ところで森の創造者様方、私に名前を付けていただけませんか」

名前か。

なんだかこの世界に来て名前を付ける事が多いな。

「そうですねぇ。何が良いでしょうか?」

「いきなり名前と言われましてもねぇ。難しいですわね」

適当でいいんじゃないのか?

エルとベルは猛烈に悩んでいる様子だった。

だったら俺が付けてやるか。

「綺麗なウコンザクラのような色をした女性だし、『鬱金(ウコン)』とかでいいんじゃないか?」

ウコンザクラは桜の中では珍しく、薄い緑色をした花を咲かせる。

少しピンク色も入っていて、桜の中で俺の好きな品種の一つだ。

「鬱金‥‥気に入りました。それではこの森の名前は鬱金の森とし、ウコンザクラを咲かせるとしましょう」

おろ?そういう事か。

このドリアードの名前は森の名前でもあり、それがそのまま森を表すものにもなってしまう。

だからエルたちは名前一つに悩んでいたのか。

ドリアードの鬱金が名前を受け入れると、森の様子が少しずつ変化していった。

そして辺り一帯にウコンザクラが生え始め、みるみる成長してゆく、

「ドリアードの力はすさまじいですね」

「そうですわね‥‥」

妖精が束になって森を育てるのも凄かったが、それ以上だな。

それをドリアードは一人で行っている。

まあ自分の体なのだから、それくらいできて当然なのかもしれないけれどね。

気が付くと、ウコンザクラの花が辺り一面を埋め尽くしていた。

「やっぱ鬱金は綺麗だな」

俺がそう言うと、ウコンザクラの花びらが少し(シュ)を帯びた。

鬱金が照れているようだった。

俺は何となく思った事を口にした。

「鬱金さ。こんなに綺麗なんだから、俺たちだけじゃなく人間たちにも見せたらどうだ。これを切り倒そうなんて人間はまずいないと思うし」

こんな綺麗な桜、色々な人に見てもらった方がいいだろう。

転生前の世界でも桜の名所は沢山あったけれど、ウコンザクラがこれほど集まっている場所は見た事がない。

色が派手ではないからまとめて植えられたりもしなかったのだろう。

でも今目の前で朱に染まってゆく花は、どんな桜よりも綺麗に思えた。

「妖精大王、お上手ですわね。もしも人間がこの森を傷つけないと約束できるのなら、花の季節だけは森に入る事を許しましょう」

「本当か!それはいい!もしもこの森を傷付けようとする者があれば、その時は煮るなり焼くなりしてもらって構わないぞ」

「分かりました。桜の季節だけ、ウコンザクラの咲く場所へ入る事を許します」

「ありがとう。鬱金」

こりゃいいな。

こんな綺麗な桜を見ながらみんなで食事とか楽しみだ。

酒は‥‥なるべく控えた方が良いかもしれないな。

粗相をすれば鬱金が黙ってはいないだろうし。

まあでも実際に話してみて、いきなり人間を襲うようなヤツではないように思う。

今年はもう桜の季節は過ぎたが、また来年皆と来る事を考えても良いかもしれない。

先ほどまで咲いていたウコンザクラは、気が付けば散っていた。


「というわけで、此処だと十月中頃が見ごろだと思う。その頃だけは桜を見る為に森に入ってもいいってさ。あくまでウコンザクラが咲いている所だけだぞ」

「それはいいですね。ゲバイタの名所になりそうです」

「まさかドリアードがそんな事を許可するとは思っていませんでしたよ」

「本当ですわ。いきなり何を言い出すのかと驚きましたわ」

いや霧島の俺だって別に考えて言ったわけじゃないんだよ。

ただ何となく思った事が口に出ただけだ。

でもこれで、桜のシーズンは観光客も来るだろうし、おそらく魚も徐々に戻ってくるだろう。

地下に水を通したから、そこに新たな生物の生態系が生まれる可能性もある。

結果、終わってみれば以前よりもだいぶ良くなった可能性があるぞ。

まあ一週間俺たちは大変だったがな。

「ウニ十字結社の初活動は終了だ」

「そうそう皆さん、刺身が食べたいとおっしゃっていましたよね。まだ魚があまり獲れない状況ですが、みなさんの為に用意させていただきました」

「おお!それはありがたいのじゃ」

「頑張ったかいがあったんだよ」

「金魚はほとんど何もしてなかったけどね‥‥」

「洋裁さん、それは酷いんだよー!綺麗な穴になるように細かい仕事をしていたんだよ」

あら、なんだか穴掘りを一緒にやって洋裁と金魚の距離が近づいた感じがするな。

仲良きことは美しきかな。

こうしてゲバイタに魚を取り戻す大作戦は終わった。

みんなで決めた事をやり遂げられたのは嬉しい事だね。

そしてその頃、もう一つ嬉しいニュースが海神から入ってきていた。

どうやら陽菜が妊娠したようなのだ。

相手は予想通りというか環奈爺さんなんだよね。

人間に変化するってのは人間になる事で、変化ができればこうして子供を作る事もできてしまう。

つか環奈は元気だよな。

そして陽菜は良かったね。

環奈の事をずっと慕っていたわけだし。

にしても環奈はこれで落ち着いたりはしないと思う。

黒死鳥王国もなんだか怪しい方向になりつつあるとか。

町全体が夜の町みたいになっているらしい。

そのうち行く事になるとは思うが、ちょっと見に行くのが怖いぞ。

何にしても色々と上手く行っているし良かった良かった。


最後に一つだけ言っておく。

魚を『とる』の漢字は『捕る』が正解だよ。

漁獲する意味で捕るので『獲る』と書いているので、試験に出た場合は『捕る』と書いてね。

2024年10月6日 言葉を一部修正

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