滅びゆく世界を救え!
この世界には、『天界』『人間界』『魔界』の三つが存在する。
一般的にはこの認識が常識だ。
しかし実際には『妖精界』と『精霊界』も存在する。
王族や貴族の中には確信を持ってそう考えている人も少なくない。
俺は実際に妖精界に行けるわけだし、精霊界だってあらゆる方向から考えれば間違いなくあると言えるだろう。
人間界から見て天界や魔界というのは全く別の世界になる。
一方妖精界は、人間界と同じだけれど違う可能性の同じ時間に存在する世界といった感じだった。
さて精霊界が存在するのなら、それはどんな世界なのだろうか。
俺たちは町へと近づいていった。
「またこの駒札、というか立札か。書かれた内容は同じだけれど、町に近づくにつれ立札の間隔が狭くなっていて、そして古くなっているな」
「精霊魔術が使えないエリアがドンドン広がっているって事じゃのぅ」
「それに広がるペースが早くなっているアル」
それって危険じゃないか?
いや、精霊魔術が使えなくなったら危険って事もないけれど、世界の常識が一変するだろう。
それに精霊魔術が使えなくなっているのは何故だ?
精霊が世界からいなくなっている?
精霊がどういう存在か分からないけれど、もしも全滅に向かっているとしたらただ事じゃない。
ゴキブリにだってもしかしたら使い道があるかもしれなくて、転生前の世界ではどんな生き物でも全滅は避けようとしていた。
この世界での精霊はそもそも重要な存在なのだから、絶対に守らなければならないと思う。
「俺たち魔法の服を着ているから分からないけれど、なんだかこの辺り砂漠化がヤバくないか?砂漠化って一言でいうとそれも違う気がするんだけど」
「ふむ。全ては乾燥し風もほとんど吹いておらんようじゃのぉ」
「でもこれが砂漠なんじゃないの?」
「確かにその通りなんだけど‥‥」
俺は何か違和感をぬぐい切れなかった。
更に町の方へ進むと、色々とハッキリ見えてくる。
町の防壁はボロボロでほとんど原型をとどめていない。
砂となって崩れ始めている。
魔界の扉も古くなり、今にも崩れそうだった。
「この魔界の扉、最近のじゃないな」
「千年放置されても魔界の扉は此処までボロくはならないと思うのじゃが‥‥」
確かに俺たちが閉じた魔界の扉は、数百年でここまで退廃するとは思えない。
となるとかなり昔から此処にあるのだと想像できた。
「でもなんでこの魔界の扉は此処に残ってるアル?魔界の扉は閉じたら廃棄処分するはずアル」
確かに風里の言う通りだ。
俺たちが閉じたあの魔界の扉も、既に解体作業が開始されていたはずだ。
なのに何故?
「精霊魔術が使えないと、こんな扉壊すの大変そうだよね!」
「みゆき、それだ!」
壊そうにも壊せなかったんだ。
これだけ大きい扉を壊すとなると、大勢の力が必要になる。
その大勢から精霊魔術師を除けば、人員は激減するだろう。
もしもこの扉を閉める前から精霊魔術が使えなかったとしたら、この扉を閉じるだけでも相当大変だったに違いないのだ。
「この扉が此処に残っている事が精霊魔術を使えなくしているって線はなさそうだな」
「この扉はもう死んでおろう」
「うん。だったら町の方アルかね?」
俺たちは町の方へと歩き出した。
その時だった。
地面が少し動いた気がした。
「ん?なんだ?」
そう思ったのもつかの間、地面は一気に動き出して俺たちを飲み込もうとしているようだった。
「蟻地獄か?」
「足が引っ張られるアル!」
「なにこれ?まったく!」
みゆきは足から水蒸気を噴き出して空へと上がった。
環奈も続く。
俺も妖精魔術を使って足に絡みつく砂から離れた。
キャッツは羽に姿を変え、風里を持ち上げようとした。
しかしなかなか持ち上がらなかった。
「大丈夫かキャッツ?」
いつでも助けられる状態だったが、俺は風里の姿を見て考えていた。
蟻地獄って事は、この下に何か空間がある可能性がある。
俺は邪眼で地面の下を確認した。
しかしそこには何も見えない。
見えない事が逆におかしく感じられる。
何かがある。
俺はそこに飛び込む決意をした。
「みんな!この中に入るぞ!まあ大丈夫だろう。俺の妖精魔術は健在だし、みゆきのチート魔力もある。何とかなるさ!」
俺はそう言って風里の手を掴んだ。
するとみゆきは俺に抱き着き、環奈は風里の腕を取った。
陽菜も環奈の肩につかまり、キャッツはそのまま風里の背中に張り付いた。
俺は全員を包む結界を張った。
さて、鬼がでるか蛇がでるか?
地面の中へと吸い込まれていった。
そこには、広い世界が広がっていた。
地面は真っ黒で何もなく、空は地面のような色をしていた。
真っ黒な空の世界の天地を逆さにしたような世界。
しかし遠くには普通に地面が見えた。
その世界は水中にある火山地帯のようで、風が強く吹いているようだった。
「こりゃマズイのぉ。下の闇は深淵の闇じゃ。落ちたら死ぬどころか消滅じゃぞぃ?」
「深淵の闇?聞いた事あるな」
俺はこちらの世界に来てから読んだ本を、魔法記憶から引き出して思い出していった。
すると一冊の本がヒットした。
バクゥという魔獣が出てくる短い物語の本だった。
話の内容は単純で、バクゥが世界を食べて闇の世界へと変えていく話。
全て食べたらその世界は消滅してしまう。
そんなバクゥを、世界が食べ尽くされる前に英雄が倒す。
その話の中で出てくる深淵の闇は完全な無の世界で、落ちたら最後というヤバいものだった。
「とりあえず結界を解くぞ!そしてみんな遠くに見える世界まで移動だ。風里は大丈夫か?」
「キャッツが落ちるのは防いでくれるけど、移動は難しいかもアル」
「よし、じゃあ俺が手を引いてやるから行くぞ!」
俺は結界を解くと、風里の手を引いて深淵の闇の上を移動した。
「みんな大丈夫か?」
「わしは余裕じゃぞぃ」
「わたしも大丈夫だよー!」
「私も大丈夫アル」
ついでに陽菜も空は飛べるから大丈夫のようだ。
とにかく深淵の闇の上は危険だ。
とりあえず地面のある場所へと急いだ。
すると向こうに巨大な生物の影が見えた。
考えるまでもなく魔獣だろう。
近づいて確認したその姿は、アリクイのようなバクのような、それでいて巨大すぎるほど巨大だった。
「バクゥじゃのぅ」
「これがバクゥか。ちょっと大きすぎやしないか?」
全長は優に百メートルは超えている。二百メートルを超えるかもしれない。
今までに見た魔獣の中でダントツに大きい。
邪眼で確認した所、強さは神クラスに近かった。
「おいおいなんだこいつは?人間に手に負える魔獣じゃないぞ?」
「バクゥは魔界では害獣と呼ばれておるぞぃ。小さい時に駆除しておかないと世界が滅ぶと言われておる。大きくなるまでに何百年とかかるから、それほど危険視はされておらんがのぉ」
でもこのバクゥは、その何百年を成長したのではないだろうか。
よく分からないこの世界で。
「とにかくバクゥの事は後回しだ。まずは一旦陸地に降りるぞ」
俺たちは深淵の闇を抜け、普通に立つ事の出来る場所まで移動した。
「とりあえず此処までくれば一安心だな」
俺は邪眼でこの世界の事を調べていく。
場所はよく分からないが、人間界を表とするなら、この世界は裏の世界といった所か。
転移魔法で戻る事はできそうだが、仮に戻った後にこちらに戻ってくるのは危険かもしれない。
その時深淵の闇がそこまで広がっている可能性があるからだ。
この後の行動、よく考えた方が良さそうだ。
「策也殿、どうするのじゃ?」
「あんな化け物、倒せないアル」
「うん。魔王よりも強いよ、きっと」
「ああ、調べたら正直俺と五分か、俺以上かもしれない」
「ほう。策也殿と五分とな。だったらなんとかなりそうじゃのぉ」
環奈、無茶言ってくれるな。
でもまあ、事実ギリギリなんとかなるだろう。
相手は戦闘が得意な魔獣ではなさそうだからな。
ただ問題は、俺が本気でやったらそれはそれでこの世界がヤバい気もする。
さてどうやって倒すか。
バクゥは深淵の闇を歩く事ができる魔獣で、常に深淵の闇の上にいる。
落としてしまえればいいが、その為にはバクゥを気絶させるくらいの攻撃は必要だ。
ほとんど神クラスの魔獣を気絶させるって、やっぱりこの世界は終わりかな。
一体この世界は‥‥。
アレ?もしかして精霊界か?
そう考えると辻褄があってくる。
精霊界が食われ、そこから精霊が逃げ出した。
だからこの辺りでは精霊魔術が使えなかったと考えられる。
少し違うかもしれないがだいたいそんな所だろう。
だとするなら、この世界は壊さずバクゥを倒さなければならない事になる。
それにできれば倒したいよな。
バクゥの魂とか魔石とか、あったら絶対良い事に使えるだろうし。
俺が必死に作戦を練っていると、みゆきの楽しそうな声が聞こえてきた。
「あは!そうなんだ?でもきっと策也がなんとかしてくれるよ!」
「ん?みゆき?誰と喋ってるんだ?」
俺はみゆきの見つめる先を見てみた。
するとそこには、小さな炎が浮かんでいる。
よく見るとその炎は、人の形をしていた。
「精霊さんだって!火の精霊、水の精霊、風の精霊、地の精霊、みんないるよ!」
みゆきがそういうと、他の精霊も姿を現した。
「ほう。えらくちっこいのぉ」
「うん。可愛いアル」
可愛いと思えるような見た目ではないが、小さいという一点においてはそう表現ができるかもしれない、そんな小さな存在だった。
「みゆき、話ができるのか?」
「う~ん。何となくそう言ってる気がするだけだよ」
「そっか」
前々から偶に感じていた事だが、みゆきって相手の心が読めるような所あるよな。
「じゃあ一応確認してみてくれるか?この世界は精霊界なのかどうか。この世界の事について分かるならそれも教えてほしい」
「分かった。聞いてみるね!」
みゆきは何やらブツブツ精霊と話し始めた。
しばらく話した後、みゆきに話してもらったこの世界の話は、世界の危機を教えてくれるものだった。
まず、この世界は精霊界で間違いない。
そして話をした相手が精霊である事も間違いないが、精霊界そのものが精霊であり、話していた相手は世界の一部に過ぎないという話だった。
その精霊界という名の精霊は、人間界の理をつかさどる世界で、人間界の火、水、風、地を存在させている。
だからもしも精霊界が無くなってしまったら、人間界では火も水も風も地も存在しなくなり、人が住める世界ではなくなるという事だった。
そして今の状況だが、どうやらバクゥに精霊界への侵入を許し、この世界は食われ崩壊へと加速し続けている。
どうして侵入を許したかは定かではないが、人間界でバクゥが深淵の闇に落ちたからではないかと推測された。
俺の考えだと、おそらくバクゥが既に人間界を食い始めていた所、誰かによって討伐されたのだが、その際とどめを刺せずに深淵の闇に落としてしまったのだろう。
そして落ちた先が精霊界だった。
俺たちが落ちた蟻地獄はきっと精霊界に通じる深淵の闇だったのだ。
人間界にできる深淵の闇は、虚無の世界に繋がっているのではなく、精霊界に繋がっていたという事だろう。
俺の推測というか完全に憶測だけどな。
「話はだいたい分かったよ。ありがとうみゆき」
さてこれでバクゥを捨て置く選択肢は完全に無くなったな。
なんとしても精霊界を守らなければ。
俺たちは長い時間をかけて作戦を考えた。
「よし。これで行くか。三日月刀を改造するからちょっと貸してくれ」
「うほ。これで更に強くなりそうじゃのぉ」
「強くなるかどうかは環奈次第だけどな。とにかく一撃だからな。集中してくれよ」
俺は三日月刀のリミッターというべき部分を解除した。
別に嫌がらせでリミットをかけていたわけではない。
ただ普通は必要のない所だったからね。
でも今回は必要と判断した。
俺たちは少し休んだ後、いよいよバクゥに挑む。
俺一人で勝利条件を満たす事はできない。
本気でやればバクゥを倒せたとしても、必ずこの世界の多くが崩壊してしまうからだ。
この世界へのダメージを最小限にし、バクゥを倒さなければ勝ちではない。
後は俺的勝利条件として、魂と魔石、バクゥの体の回収も含まれる。
「さあ行くぞ!」
「おー!」
「楽しみじゃのぅ。震えてきよるわぃ」
「バクゥは今までで最大の強敵アル」
倒す方法は色々と考えたが、首を完全に切り落とすしかないという結論だった。
バクゥは再生能力が半端なく、首の皮一枚でも繋がっていたら死なないという話は本にも書いてあった。
あの本の内容を何処まで信じていいのかは分からないが、本当だという前提で作戦は立てていた。
バクゥの近くまでくると、俺とみゆきは空へと上がった。
此処からは深淵の闇の上で戦う事になる。
俺かみゆき、どちらかが落ちそうになれば陽菜とキャッツに助けてもらう。
環奈は出番が来るまで待機。
それを守るのはたたき起こした洋裁だ。
一発だけならどんな攻撃も防いでくれると信じている。
最悪駄目な場合は風里が環奈を抱えて逃げる。
戦闘は始まった。
「みゆきはとにかくダリアパンチをかましてくれ!バクゥを弱らせるんだ!」
「分かってるよー!ダリアぱーんち!ダリアぱーんち!」
魔王やスフィンクスを倒した技でも、バクゥにとってはジャブ程度にしか効いていないようだ。
俺は妖精魔術でバクゥの上空から攻撃する。
横からの攻撃は世界を傷付ける可能性があるから。
あのオウムビームを乱射するようなもんだからな。
とにかくまずは弱らせる。
バクゥは戦闘型の魔獣ではないから、反撃は注意していたら回避も可能だ。
なんて油断をしていたらいきなり額の魔石からビームを発射してきた。
「やっべぇ~」
かろうじてかわしたが、精霊界の天井に穴が開いているようだった。
すると世界が大きく揺れる。
この世界自体が精霊なのだから苦しむのも当然だった。
あんなの全力じゃなきゃ止められないぞ。
攻撃よりも俺は防御に徹するべきか。
「攻撃はみゆきに任せる!俺は守りを重視する!長期戦になるが頑張ってくれ!」
「うん。頑張る!」
俺は常にバクゥの魔石を見て移動する。
発射したらそれを止める事に集中だ。
俺と魔力レベルが五分の敵なのだから、魔石からビームよりも妖精魔術の防御力が上のはず。
魔石からビームが発射された。
俺はそれを必死に止める。
「嘘だろ?飛行に使っている魔力分以上も優位に立てないのか?」
完全にギリギリだった。
それでも勝ってるのは大きい。
後は根気と集中力の勝負だった。
徐々にバクゥが弱り始めていた。
ソロソロ行けるか?
いやまだだ。
確実に行けそうな所まで弱らせる。
しかし魔石ビームを止め続けて体の疲れがヤバい。
攻守の勝負なら勝っているけれど、肉体はタダの人間だ。
いくら不老不死でも精神的疲労と肉体的疲労は蓄積されるようだった。
限界も近かった。
でもみゆきが必死に攻撃を繰り返している姿を見て、集中は切らさなかった。
俺は邪眼でバクゥの状態を確認する。
みゆきの攻撃にかなり疲れているように見えた。
此処が勝負だ!
俺は一気に上空へと上がった。
だがそのほんの一瞬に隙が出来た。
バクゥは正面先の地面に立つ環奈に狙いを付けた。
こいつ分かっていやがる!
今一番の攻撃が可能な奴は誰なのか。
でも撃たせるかぁ!
「終末闇裁判一閃!」
この魔法は、イフリートを倒した時に使ったデスカーニバルを一点に集中させたものだ。
俺はそれをバクゥの頭めがけて放った。
しかし僅かの差でバクゥもビームを発射する。
そのビームは環奈へと向かって飛んだ。
環奈は集中していて動かない。
「結局、僕が死ねばいいんでしょ?復活できるのかな?」
洋裁がビームを全て受け止めたと同時に、俺の放った魔法がバクゥの頭を打ち付けた。
やっぱり貫けないか?!
それでも俺は作戦通り妖糸でバクゥを釣り上げるように捕縛する。
「今だ環奈!」
環奈は閉じていた目を開くと同時に、刀を鞘から抜いて一振りした。
「絶円!」
刀の長さは百メートルを超えていたが、振りの速度は全く変わらなかった。
刀はバクゥの首をとらえて、前にいた洋裁もろとも切り裂いた。
「やったか?」
「やられたよ‥‥」
いや、まだ首の皮一枚繋がってやがる!
洋裁も一緒に斬ったから少し力が足りなかったか?
環奈は今の一振りで全魔力を使い果たしたようで、意識を失い倒れようとしている。
みゆきも斬るのは苦手だ。
アレを今すぐ切る力は俺にも残っていない。
五秒あれば行けるが、駄目だ間に合わない。
諦めかけたその時、風里がそれを完全に切断していた。
「龍斬一点突破!アル!」
バクゥの魔石が額から外れ自動回収された。
倒したか。
しかし!
「みゆき!風里を!」
「任せて!」
「うちらもいくでぇー!」
「風里様ー!」
風里は深淵の闇に落ちる前に、飛んできたみゆきたちに助けられた。
「無茶しやがって‥‥でもみんなのおかげで勝てたな‥‥僕はもう疲れたよパト‥‥」
おっと意識が飛びそうになったが、フランダース先生が怒ってきそうなネタを言いそうになってドキッと覚醒した。
俺たちは勝った。
こうしてみんなの知らない所で、俺たちは世界を守ったのだった。
2024年10月3日 言葉を一部修正




