木彫りの熊を届けよ!
洞窟にいたゴブリンを一掃し、後は部屋が一つ残るだけだった。
おそらくここは宝物が置かれている部屋だろう。
殺られた冒険者の装備品がまだ見つかっていなかったからね。
部屋に入ると、案の定宝物が集められていた。
パッと見た感じだと、大したモノは無いように見えた。
装備品も衣服も、そんなに高級そうではない。
とりあえず、まずは金とアイテムを分けていった。
「おっ!住民カードがあるじゃないか」
見れば結構な数住民カードがあった。
中にはゴールドカードまである。
とりあえず金とカード以外は異次元収納魔法で回収した。
さて、カードはざっと四十枚くらいはある。
しかし紛失届けが出されているものや、死亡してから一年以上経っているものは使えない。
一応それでも買い取ってもらえるので無価値ではないが、俺が欲しいのは使えるカードだった。
俺は一枚ずつチェックしていった。
「これは使えない‥‥これも使えない‥‥これは‥‥生きてるな。魔力を調整して‥‥」
俺は魔力変化の能力を持っている。
この世界に存在する魔法とスキルはほぼすべて使えてしまうのだ。
チート能力に感謝だね。
「えっと‥‥美菜‥‥十六歳女。写真登録はしてあるな。あれ?この顔は‥‥ああ、さっき外で死んでた子だ」
となると他のメンバーのもあるだろう。
これで既に住民カードを四枚手に入れたも同然だ。
この時点で最初の目的である住民カードを手に入れるミッションは達成だった。
俺はドンドンカードをチェックしていった。
使えるものは魔力の登録変更を行い、自分の魔力で登録しておく。
全てのカードの持ち主が俺に変わっていくわけだ。
ゴールドカードは失効していて使えなかった。
だけど、一枚面白いカードが見つかった。
「これは使えるな。ブロンズカードで失効まであと十五日、持ち主は間違いなく死んでいるだろう。歳は十六歳で男、名前が『御伽総司』‥‥同じ苗字か!」
しかも苗字があるって事は、こいつは貴族という事である。
俺は運命を感じた。
自分のカードにするなら、もうこのカードしか考えられなかった。
「ん?まだクエストが生きている?」
カードに登録されているデータをよく確認すると、ギルドからのクエストが未達のままだった。
クエストの内容は、『木彫りの熊を届ける』というものだった。
「さっきのアレか!」
俺は木彫りの熊を異次元から取りだした。
両方揃ったのも何かの縁だ。
俺はこのクエストを達成してやろうと思った。
それからもしばらく確認作業は続き、結局使えるカードは十一枚だった。
男性が七枚、女性が四枚で、貴族はあの一枚だけ。
ランクは全てブロンズだけれど、死んでいた四人のカードは、このゴブリン退治がシルバーに上がる条件も兼ねているようだった。
だったらこのクエストも達成報告する事にした。
ギルドのクエストの達成報告には二種類ある。
ギルドまで出向いて、必要なモノを提示する方法。
提示物が必要な場合は、必ず報告に出向かなければならない。
ただしギルドはどの町のギルドでも可能となっている。
もう一つは、クエストの依頼主や対象者に、クエストの達成を承認してもらう方法だ。
木彫りの熊を届けるクエストなら、届けた際に受け取りチェックをしてもらう事でクエストが達成となる。
クエスト報酬はギルドまで取りに行く事もできるが、振り込みも選べるようになっている。
つまり俺がこれから行う事は、木彫りの熊を届け、受け取りチェックをしてもらう。
そしてゴブリンの魔石を持ってギルドに行き、クエスト達成を確認してもらうという事になるわけだ。
「さて‥‥」
これから俺は、この世界で御伽総司として生きていく事になるわけだから、そのカードに入手したお金を全て入れておいた。
しかし流石に十六歳でこの子供の姿はない。
不老の呪いで成長が止まっている事を説明すればとも思ったが、本物の御伽総司はしっかり十六歳まで成長している。
その映像が既にカードには登録されていた。
金髪の超イケメン勇者という感じだった。
少し無理はあるが、姿を子供に変えられたとするべきだろうか。
登録写真は自在に変更が可能で、そもそも映像は自由登録である。
本人確認は確実に魔力で出来る訳だから、映像はあくまでオマケだ。
俺は色々考えた結果、人型の人形を作る事にした。
ゴーレムの魔法に必要なのは、魔石を砕いた魔砂と、姿を作る何かがあればいい。
よく使われるのは水や砂という事になっているが、俺は何処にでもある空気で作る事にした。
登録してある映像はバストアップなので、今一身長なんかが分かりにくいが、推測よりも少し高めの百七十五センチくらいで作ってみた。
「ふむ。バランスも良いしこんなもんだろう」
俺は満足して、他の使えるカードに関しても全てゴーレムを作成していった。
後はどうやってコントロールするかだが、俺自身の思考を分ける事にした。
分けられた思考というのは、俺の分けられた魂の事である。
つまり俺は、思考を分ける為に自分の魂を百に分ける事ができるというわけ。
魔力というのは魂に宿るので、一つの魂には俺の百分の一の魔力があると言える。
それをゴーレムに憑依させる事でそれぞれが俺の分身として動くというわけだ。
ただし魂をゴーレムに憑依させた場合、魂の魔力に匹敵する魔力がゴーレムに無い場合は体が消滅してしまう。
そこで魂の魔力によって体を維持しなければならなくなるのだ。
ほとんど魔力の無い体であるゴーレムの場合、魂に宿るほとんどの魔力が身体の維持強化に使われる事になる。
つまりほぼ魔法が使えなくなるという欠点はあった。
それでもそれぞれが俺の分身として動く事ができるので便利だろう。
魔力が身体強化に使われているわけで、物理戦での強さは魔力相応の力を発揮できるわけだしね。
試しに全て動かしてみたら、なんとも言えない感覚だった。
それぞれが俺で、全ての俺から入る情報が、全て本体の俺でリンクされている。
いや、本体だけじゃなくて、全ての俺が全ての俺から入る情報を把握していた。
説明は難しいが、とにかく問題はなさそうだった。
俺は四人のパーティーメンバーと御伽総司のゴーレムだけを残して、他は魔砂へと戻して回収した。
「さて、まずは木彫りの熊を届けるか」
俺はこの部屋にあった地図を広げて見た。
木彫りの熊を届ける先は、ここから最も近い『カタス』という村だった。
ここに住む『辰巳』という男に渡せばクエストクリアとなる。
俺はこのまま洞窟を出てカタスに向かう事にした。
地図は回収し、洞窟を出た後は穴を魔法で隠しておいた。
またゴブリンが住み着くのを防ぐ為でもあるが、将来何かに使えるかもしれないと思ったのでとっておく事にした。
そして再び西へ向かって歩き出した。
辺りは既に暗くなり始めていた。
でも地図によればカタスの村は近い。
陽が沈む頃には到着するだろう。
そう思っていたのだが、又も色々と素材を集めながら歩いていたら、カタスに付く頃にはすっかり夜になっていた。
とはいえまだそんなに遅い時間ではない。
木彫りの熊を届けるくらいなら大丈夫だろう。
俺は村の中を千里眼で探索した。
外を歩いている村人が一人だけいた。
俺はその村人に聞く事にした。
現在六人のパーティーみたいになっているので、向かうのは総司ゴーレムだけにしておいた。
それでも意識は俺なので、何も問題なかった。
直ぐに外を歩く村人と接触できた。
「こんばんは」
俺が声をかけると村人もすぐに『こんばんは』と返事を返してきた。
その村人は若い男だった。
それでも総司の設定年齢よりはかなり年上に見えた。
「すみません。ちょっと尋ねたいのですが、この村に辰巳という人は住んでいますか?」
俺がそう尋ねると男は普通に答えてくれた。
「辰巳に用か。それならこの道を真っすぐ突き当たりまで行って、そこから右に真っすぐ突き当たりにある家だ」
対応には特に違和感もなく、この依頼に村ぐるみで何か問題があるようには感じなかった。
実はこのクエスト、よくよく考えれば変な依頼なのだ。
総司がカードを失くしてから、或いは死んでから既に一年近くが過ぎている。
つまり依頼を受けたのはそれ以上前になる。
そんなに期間の長いクエストはそうそうあるものではないと思うのだ。
尤も俺自身ギルドの依頼を受けた事もなくゲームでしか知らない所だが、期間が一年以上なんて見た事も聞いた事もない。
だから少し警戒というか、少なくとも何か意味があるのではと思えてならなかった。
とりあえず、この村にきて村人と話した感じでは何かあるとは思えなかった。
「ありがとうございます。それでは」
俺は男に少し頭を下げてから道を歩いて行った。
村に灯りはほとんどなく、完全に真っ暗になってきた。
俺は魔法でライトをつけた。
ライトくらいはゴーレムでも使えた。
それにゴーレムで行動中の俺も、ゴーレム内にある魔砂を経由して本体から魔力を送り、魔法を使う事が可能だ。
いや、使っているように見せる事が可能といった所だろう。
ただ距離が離れるとそれだけ魔力消費が増えるので、これができるのは近くにいる時くらいだった。
ちなみに千里眼と邪眼は本体でしか使えない。
今は村の外で本体が待機しているし、村の広さは魔法効果範囲内なので問題は無いけどね。
十五分ほどで家についた。
先に千里眼で確認しておいたので迷う事はなかった。
俺はノックする前に考えた。
もしかして辰巳とやらは総司と知り合いではないだろうかと。
こんな長期依頼を頼むのだから、その可能性はあると思えた。
もしも知り合いだったら、対応を考えておく必要があるだろう。
記憶喪失にでもしておくか。
一応住民カードの映像通りに作られたゴーレムではあるが、身長など細かい所には誤差もあるはずだ。
まあその辺り突っ込まれたら、本体で乗り込んでいって、子供の姿に変えられ記憶を消された事にしておくか。
とにかく俺はドアをノックした。
「ごめんください」
直ぐに返事が返って来た。
「はーい。どなたですかぁ?」
小さな家なので、何処にいてもノックの音は聞こえそうだし、声を張れば会話もできそうだった。
「ギルドの依頼で届け物を持ってきました」
「おっ!はいはい。今出ます!」
少し驚くような返事が返ってきた。
届けられた事を驚くというよりは、喜び驚いたといった感じだ。
もしかしたらこの木彫りの熊は、何か特別なアイテムかもしれない。
或いは希少価値のあるものだろうか。
ゴブリンの洞窟にあった物だけど、本当にこれで大丈夫なのか不安になった。
そうは言ってももう今更なんだけどね。
玄関のドアが開いた。
中から出てきたのは、二十歳前くらいの男だった。
服装は村人にしては少し良さ気のものを着ていた。
本体による探索魔法では、この家には他にもう一人いるようだったが、そちらは出てはこなかった。
「辰巳さんですね?」
「はいそうです」
見る限り特に不自然な所もなく、どうやら知り合いでもなさそうだった。
俺はホッとして木彫りの熊をそのまま差し出した。
「依頼の品はこれで良かったですか?」
「はいはい。もちろんです。ありがとうございました。すぐに受け取り確認しますね」
男は木彫りの熊を受け取ると、近くにあるテーブルに乗せた。
喜んでいた割には、扱いはさほど丁寧ではなかった。
高級とか特別な物というわけではなさそうだった。
男は左手から住民カードを取りだすと、手慣れた操作ですぐに操作は終わった。
そういえばゴーレムではカードを左手に収める事はできない。
まず本体の俺の左手から住民カードを取りだし、それを異次元収納した。
その後男が見ていない隙に異次元収納魔法で住民カードを取りだした。
ちなみに異次元収納魔法は高度な魔法ではあるけれど、魔力はほとんど使わないのでゴーレムでも使用が可能だ。
カードを開き、クエスト項目を確認する。
未達のクエストがすぐに完了へと変わり、報酬が振り込まれたようだった。
「はい、確かに。ありがとうございました」
俺は特に話す事も無いし、直ぐに立ち去る事にした。
振り返って歩き出す。
「ご苦労様でした」
後ろから聞こえる男の声はやはり嬉しそうに聞こえた。
2024年9月30日 言葉のおかしな所を少し修正