妖精大王爆誕?と四十八願の女王
ロッポモンのダンジョンで手に入れた本は俺が預かる事になった。
新たに自分が魔王となろうとする者が現れかねないし、悪いヤツには知られたくない事が書かれているから。
魔王でなくても、強い自分のコピーを作りたいと思う者はきっといるだろう。
尤もタヌキツネのムジナなんて魔獣は超絶レアで、探して見つかるものではなさそうだけどね。
俺も実は後一体は欲しいのだが、見つけられる自信なんてまるでないのであきらめた。
さて俺がもう一体欲しいという事は、使い道があるという事だ。
俺はそれを実際にやる事にした。
「四十八願領内に戻ってきたが、出発する前に試しておきたい事がある」
「なんですか?」
「おそらく集めた魂を使って何かするのであろうのぅ」
「分かった!策也は自分のコピーを作るんだ!」
「みゆきの言う通りだけどただのコピーじゃないぞ。正直一人で何役もするのは疲れたからな。大聖や資幣をコピーに任せてしまおうと思っている。つまりただ蘇生するのではなく、器だけ変えてしまおうと思っているんだ」
そう、俺がやりたいのはゴーレムへの負担を減らす事。
大聖や資幣は常に召喚しっぱなしで、ずっと魔力を使う事になっている。
俺にとっては微量の魔力だけれど、やはりずっとは怠いわけで。
「そこで用意したのが、オリハルコンと水銀で作った大聖と資幣の体だ!水銀を使っているのは、オリハルコンは希少で量が足りなかったからね」
命は当然オリハルコンにしか宿せないわけで、足りない所は水銀で賄う。
まあ人間の体だって半分以上が水分だし、肌の質感を出すには全部金属よりも液体が含まれた方が容易になる。
オリハルコンのみの体よりも少し熱に弱くなるが、それはそれで使い道もある。
ほぼ死なないわけだし使いようだ。
「また色々考えますねぇ」
「策也殿の発想はどこからくるんじゃろうのぅ」
環奈、俺の発想はただの妄想でしかないのだよ。
申し訳ない。
それでも魔法がイメージだとしたら、妄想って最強かもしれないんだけどね。
「じゃあとりあえずやってみるか。みゆき、蘇生を頼む。もしも蘇生後十秒しても俺が思考を安定させる事が出来なければ蘇生は解除してくれ」
「がってん招致したよ!」
みゆき、時々何処で覚えてきたのかって思うような事を言うよな。
俺は捕らえておいた魂を取り出し、大聖と資幣の体につなげた。
「よし蘇生だ!」
みゆきはほんの一瞬で蘇生を完了した。
マジで早くなったな。
指輪の力か。
直ぐに俺の頭の中では、新たな思考が俺の思考を混濁させる。
しかし俺の思考が新たな思考を制圧し、コントロール下に収めた。
「ふぅ~‥‥なんとかできたな」
新たな大聖と資幣が立ち上がった。
「凄いですね相変わらず。両方とも策也だと考えていいのですか?」
「ああ。ゴーレムとほぼ同じだ。ただしこれからは維持する為の魔力を必要としない分楽になる」
たったそれだけだけど、俺にとっては圧倒的に気も楽だったりする。
百パーセント任せられる自分だから、不要な時は共有意識を限界まで失くしておけるのだ。
俺は瞬間移動魔法を使って、現在の大聖と資幣を一瞬で入れ替えた。
今までの大聖と資幣の体、ご苦労さん。
この体はまた改造して別の所で使う事にしよう。
「ではそろそろ旅を再開しますか?」
「いやまだだ。もう一つ試したい事があるんだ」
「ふむ。なんじゃか分からんのぉ」
「スフィンクスの蘇生とかアルか?」
「それも考えてはいるけれど、今考えているのは俺の分割した魂の蘇生だ!」
正直これはリスクも考えられるが、おそらくはきっと上手くいくという確信が何故かあるんだよな。
「魂を分割して蘇生する‥‥分身を作る?そんな事をしたら自身が弱くなりませんか?」
「エルの言う通りだ。だけどそうはならない方法がある。妖精として蘇生するんだ。妖精はみんな知っての通り魂に近い存在だ。生きた魂とも言える。そしてそれはゴーレムに憑依する事もできるし、人に隙間があれば入り込む事もできる。おそらく大魔王が俺の魂の隙間に入ったのは妖精魔術の類だろう。実際に総司の使役している妖精木陰にも頼んで試してある。つまりこの方法で、俺の魂の一部を生きた魂にすれば、ゴーレム召喚に必要な魔力供給など面倒ごとから解放されるわけだ」
「そううまくいくかのぅ」
「理屈では大丈夫だ。それに今後も霧島は使う事になる。その時に体が乗っ取られるような事態がまた起こるとも限らない。大魔王の時は霧島以外に不動やセバスチャンという三つ分の魂があったから、本体の俺から魂を引きはがす事ができた。でも一つで可能かどうかは分からない。だから今後、仮に三つ分、三パーセントの魂で霧島を蘇生するならば、より多くの魔力が必要になってくる。辛くはないが面倒なんだよ」
「わたしも不安だよぉー」
「その為にみゆきに蘇生してもらう。仮にこの蘇生で何かヤバい事になったら、直ぐに蘇生解除してくれ。最悪本体の方も一緒に蘇生解除してくれれば、そこから改めて本体の方の蘇生によって全てが元通りになる」
「分かったよ。私頑張る!」
不安はない訳ではないが、俺はとにかく試してみたくてウズウズしていた。
「じゃあこれから妖精界に転移するが、何があるか分からない。行きたくない者は此処に残ってもいいぞ」
「わしはいくぞぃ。面白そうじゃからのぅ」
「私も行くアル。興味あるアル」
「わたくしももちろん行きますとも。これでも魔法に優れたエルフの王です。何かあればきっとお役に立てるはずです」
「そっか。ならば全員一緒だな」
俺は転移魔法を発動し、妖精界へと移動した。
「ではやるぞ。まずは俺の体から三パーセント分の魂を取り出す。今俺の掌の上にある。みゆき、魂を感じて神の加護で蘇生してくれ」
「妖精として生き返れー!」
蘇生は直ぐに始まった。
徐々に妖精の姿が見えてくる。
「おっ!やった!成功だ!‥‥アレ?妖精にしては体がでかくなってないか?」
「やはりそう上手くはいかなかったようじゃのぅ。ふぉっふぉっふぉっ」
「これはもしかして‥‥」
「妖精大魔王‥‥アル」
俺の魂を使った蘇生は成功だった。
成功だったけれど、これは想定外だった。
俺が与えられた妖精の体は、人間と同じサイズとなる妖精大王だった。
妖精大王は、極稀に妖精界に誕生する、妖精界の絶対的王。
魔力の強い者が妖精大王として生まれてくれば、全ての妖精は大王に従うとされている。
何百年に一回誕生するかどうかと云われており、泉黄歴に入ってからの記録はない。
「どうすんだこれ?」
「たとえ三パーセントの魔力とはいえ、策也の魔力ならこうなるのは必然だった気がします」
「俺は妖精の王様なんてやる気ねぇぞ!」
「そいじゃぁスフィンクスも妖精として蘇生すればどうじゃろぅ?」
「いやそれは駄目だ。スフィンクスは強すぎる。大魔王よりも強くなって手がつけられなくなるぞ」
妖精は一般的に魔力のある種族と云われているが、実際はそうでもない。
普通の妖精は人間の上級者クラスであり確かに高い魔力を有しているが、それ以上の魔力を持つ者も多くはいないのだ。
それでも妖精が強いとされるのは、少ない魔力でも大きな力を発揮できる能力があるから。
上級者クラスの魔力でも、マスタークラス以上の魔法が使えてしまう。
「それにゴーレムとしての蘇生と違って、生身の肉体には制限がかけられない。奴隷の首輪でいう事を聞かせる事は可能だけれど、妖精大王が奴隷とか無理だろ?何をやっても危険だ」
「確かにのぉ」
「妖精にして蘇生するのって、考えるととんでもなくヤバいですね」
「そりゃそうさ。妖精は妖精魔術を使うから神の加護による蘇生は想定されない。妖精界に人間が行く事もレアだ。俺が行けたのは偶々な上に、おそらく子供だったからだろう。子供は蘇生魔法なんか使えないし、転移魔法も無理だし、邪眼だって持ってない。俺みたいなイレギュラーな存在が、バグを利用してチート行為をして初めてこのような事ができるんだからな」
自分で言っててアレだけど、マジで俺超絶チートなんだな。
もう一億年以上このような事は起こり得ないんじゃないだろうか。
「策也が妖精の王様をやればいいんだよ!」
みゆき、それが嫌だからって話をしているんだよ。
でもとりあえずそうするしかないよな。
妖精大王が出現して、それを隠す事は多分不可能だから。
「分かった。やるよ。でも最低限しかやらないぞ。あくまで妖精のまとめ役と、形だけの妖精王国国王をやって、後は誰かに丸投げしてやる」
人間界に戻った後、俺はすぐに妖精霧島を空中都市バルスに送って誕生を報告した。
妖精たちは大喜びだったが、妖精霧島は最低限の報告だけをして戻ってきた。
それからは俺の体に入り、引きこもりを決める。
霧島は精神衛生上の観点から、しばらく使うのはよそうと思った。
ちなみに妖精霧島の容姿は、エメラルドグリーンの長髪にやさしい顔立ちのイケメンで、背中には妖精の羽が生えている十八歳くらいの青年だ。
俺の魂に記録されている、妖精である場合の容姿がそうなんだろう。
それにしても、楽をしようとか楽しそうだとやった事が裏目に出てるよなぁ。
これからは自重しようと反省した。
妖精霧島がなんだかんだしている間、本体の俺とパーティーは、四十八願領内の町『サカシー』に到着していた。
「なんだかやけに賑やかだな」
「ねぇねぇ、何かあるの?」
みゆきが道行く人に聞いていた。
「お嬢ちゃん知らないのかい?今このサカシーの町に四十八願の女王様がおいでになっているんだよ。女王様は人気があるからね。みんな一目見ようと集まっているのさ」
「女王様なんだ!凄いね!わたしも見たいよ!」
「だったらこの通りで待っているといい。おそらくこの道を通るから拝する事ができると思うよ」
「そうなんだ!ありがとー!」
女王様ねぇ。
よくよく考えるとこの世界に来てから王様には会った事が無かったな。
黒死鳥とかドラゴンとかエルフならあるけど、やっぱり人間の王とは違う。
環奈にしても七魅にしてもエルにしても、偉ぶる所があまりない。
もしかしたら人間の王もそうなのだろうか。
俺は少しだけ興味が湧いた。
「もう少しここで待ってよーよ!女王様通るらしいよ!」
「そうだな。みんなはどうする?」
「一緒に見ますよ」
「女王様は美人かのぅ」
「美人なんじゃないかな。四十八願家は代々美人の生まれる家系らしいし」
突然洋裁が湧いて出て来た。
全く自由な奴だな。
「そうなのか。まあでもみゆきにはかなわないよな」
「策也にとってはそうアル」
「ロリコンじゃのぉ」
「環奈の目は節穴か?同級生だっちゅーの!」
まあ否定はできないんだけどね。
早く不老不死を解除して大人にならないと、これはずっと言われてしまうのだろうな。
「あれじゃないですか?女王様の乗ってる馬車は」
「間違いないな」
俺はどういう訳か少しドキドキした。
ただこの国で一番偉い人を見るだけなのにな。
馬車が近づいてくる。
馬車のドアは空いていて、中が見えるようになっていた。
「警備とか大丈夫なのか?」
俺は不安になった。
でも辺りを見るとみんな好意的に見ているから、事件なんかは起こり得ないのだろうな。
馬車が目の前に来た。
女王の姿が見えた。
初老のおばさんといった感じの年齢に見えたが、確かに綺麗な人だと思った。
思ったんだけど、俺は何かが引っかかった。
かつてどこかで会った事があるような、そんな気持ちだった。
「あっ!目があったよー!優しそうな人だったね!」
「そうだな。みゆきみたいだ」
アレ?
みゆきみたい?
ちょっと待て。
みゆきじゃない。
誰だ?
そうだみゆきのお母さんである皇みこと、或いは東雲みそぎに似ているんだ。
しかしこの事は此処では言えないな。
アレはあの時のパーティーメンバーだけしか知らない事で話してはいけないから。
とにかく、これはちょっと調べてみる必要があるかもしれない。
俺はそう思いながら馬車を見送った。
この町で女王の事を調べようと思ったのもつかの間、俺たちが今日の宿屋を見つけた頃、四十八願の使いという者がやってきていた。
「少々お時間いただけないでしょうか?そちらのお嬢さんに会って話がしたいという方がおられまして。おっと申し遅れました。わたくし『三蔵夏芽』と申します」
三蔵って事は、四十八願家に仕える割と上級の貴族か。
若そうだが割としっかりとした物言いで、尊大さは無く好感の持てる女性だった。
「わたしに会いたい?」
「左様でございます」
四十八願の者がみゆきに会いたいって事は、やはり‥‥。
「俺たちも一緒でいいんだよな?」
「はい。もちろんでございます。見た所冒険者パーティーのようですが、皆仲間ですか?」
「うん!みんな良い人‥‥いい奴らだよ!」
みゆき。
確かに人じゃないのもいるけどさ、そこは良い人でいいんだよ。
「そうですか。ではなるべく早い方がいいのですが、今からで大丈夫ですか?」
「いいよね?策也?」
「ああいいよ。このまま案内してもらえるのか?」
「はい。もちろんです。それでは馬車をご用意しますので少々‥‥」
「馬車とか用意するの大変でしょ?わたしたち強い子だから何処でも走っていっちゃうよ?」
「いえ。大切なお客様を走らせて‥‥」
「みゆきがそれでいいなら大丈夫。場所を教えてくれればすぐにいく」
まあ準備も有ったりするからゆっくりしたい場合もあるだろうが、早い方がいいっていったからな。
と、意地悪な事を考えてみたり。
「分かりました。では走りますか。私の後を付いてこられますか?」
「付いていけないヤツはうちのパーティーにはいない」
「そうですか」
夏芽はそういって笑みを浮かべた。
割と能力の高そうな使いの者だけど、さてどんなものか。
「では行きます!ついてきてください!」
夏芽は次の瞬間その場から消え、道の向こうへと走り出した。
俺たちもそれに続く。
へぇ~結構やるな。
マスタークラスは超えている。
おそらく女王の側近兼ボディーガード的な役割を持った人なのだろう。
でも少し不安だな。
この国は確かに平和な感じだが、此処まで旅した中でこの世界は思ったほど平和ではないと感じている。
魔界の扉も有ったりするし、何処で魔物に襲われるか分からない。
女王がみゆきの母親に似ているからか、その辺りが妙に心配になった。
三分ほどで目的地についた。
「はぁ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥皆さん、余裕なんですね」
夏芽は一人息が上がっていた。
「強い子なんだよ!」
「話は知ってるよな。俺たちがどんなパーティーなのか」
「噂には聞いておりましたが流石です。それにそちらのエルフの方はエルフ王国スバルのエルグランド王ですよね?失礼ですが今思い出しました」
「いえいえ。私はこのパーティーでは新米ですし、今はただの冒険者です。王というのは気にしないでください」
「恐縮です」
まあ一緒に冒険している俺たちが、俺たちの事を忘れるからな。
別に偉いとか凄いとか考えず、普段はただの冒険者としか考えていない。
こうやって誰かが接してきてはじめて自覚するという。
「で、では屋敷の中へ案内します」
「よろしく」
俺たちは夏芽に案内され、屋敷の中へと入っていった。
屋敷は質素な感じで、王様が滞在するような雰囲気ではなかった。
おそらく庶民派の王様なのだろう。
個人的には好きになれそうだ。
夏芽がドアの前で止まりノックしていた。
どうやらこの部屋に、みゆきに会いたいと言ってきた人物がいるらしい。
尤もそれが誰かは既に分かってはいた。
「失礼します。お客様をお連れしました」
夏芽の後に続いて、俺たちも部屋へと入った。
そこは広い食堂で、二十人くらいが一緒に食事ができるような長いテーブルが置かれていた。
入口からの最奥、誕生日席というか議長席というか、そこに彼女は座っていた。
「女王様じゃのぉ」
「うん。私場違いな場所に来てるかもアル」
「招待したのはこちらですから、気にする必要はありませんよ」
俺たちは案内されるままに、女王が座る席に近い場所に座って行った。
最奥上座にみゆき、向かいに俺、後はエル、環奈、風里と座り、キャッツは風里の膝の上、陽菜は環奈の肩に止まった。
動物がいても気にしない辺りで、おおらかな女王様だと理解できた。
「こんにちは!女王様だよね?お招き、ありがとうござ‥‥ありがとう!」
みゆきはそれでいいんだよ。
いつかは歳をとって普通に敬語とか使う日がくるんだろうけど、今はそのままのみゆきでいてほしい。
そして俺は、常に相手を気にしない事にしている。
だって子供なんだもーん。
「どうも!やっぱり呼んだのは四十八願の女王様だったんだな」
「初めまして。みゆきさん、策也さん。それにパーティーメンバーの皆さん。ご存じのようですが、私は『四十八願宮陽』と申します。ようこそ来てくださいました」
「大丈夫だよー!私も優しそうな人だから会ってみたかったんだぁー」
今日はみゆき、積極的に話をするなぁ。
やはりみゆきも何か思う所があるのだろうか。
「そうですか。それは嬉しいですね。お口にあうかどうかわかりませんが、食事していってください」
「うん。ありがとー!」
「いただきます」
みゆきがこんなだと調子は狂うな。
「どうですか?お口にはあいそうですか?」
「うん。美味しいよ!」
「ああ」
「はい。美味しいです」
王族、それも王様が食べる食事にしては質素だが、味は悪くなかった。
「ところで、みゆきさんは、ご両親はどうされているのですか?見た所まだ冒険者をやるには早いように見えるのですが」
「ん~‥‥」
みゆきはどう答えていいか悩んでいるようだった。
そして俺の方をチラチラと見ている。
俺に答えて欲しいって事か。
六歳じゃこんな時どう答えて良いか難しいよな。
でも俺もあまり考えない方だし、今は喋れない事も多いから、そのまま話す事にした。
「みゆきは孤児なんだよね。ある養護施設にいたんだ。でもちょっと訳があってね。俺が連れて行く事にしたんだよ。ちなみに俺、見た目はこんなだけど歳は十八だから」
「そうなんですね。もしかして両親は亡くされたのですか?」
これは明らかに俺と同じ事を考えているに違いない。
これだけ似ていればな。
「両親は分からない。ただ名前を聞けば思い出すかもしれないって言ってる」
こっちから名前を出して聞く訳にもいかない。
今は知らない事になっているから。
「そうなんですね。では『みそぎ』或いは『みこと』という名前に聞き覚えはないですか?」
やはりそうか。
でも今は答えてやれない。
「ん~‥‥みゆき?どうだ?」
みゆきも察してくれていた。
「うん。ちょっと思い出せないかな」
「そうですか」
女王は残念そうな顔をしていた。
みゆきはその顔を見て、少しいたたまれない気持ちになっているようだった。
我慢だぞみゆき。
この人は敵ではないだろうが、話すならその前に母親に確認をとらないと駄目だ。
みゆきはその後も我慢しているようだった。
なんでもない話を続け、三十分ほど食事をした後、俺たちは帰る事にした。
もう話す事もないからな。
そう思って席を立とうとした時だった。
「最後に、少し話を聞いてもらえませんか?つまらない話なんですが、誰かに話しておきたいんです」
寂しそうな女王の表情に、聞かずに帰る選択肢はなかった。
「どうぞ」
俺は改めて座り直した。
「四十八願家の事は皆さんご存じかと思いますが、予言の家系と云われています」
これは有名な話だ。
特に危機回避に関しては実績もあり、その力によって此花よりも上位の王家六位にいる。
その上は小鳥遊、その上は早乙女といった所だ。
「そのせいで、我が家にはあるしきたりが存在するのですが、それがとてもむごいものなんです」
なんとなく想像できるな。
皇の話も聞いているし、みそぎとみことがどうなっていたかを考えれば分かる事だ。
「四十八願は代々女系なのですが、能力を維持する為には女系の強い血を残す必要がありまして、双子以上の子供が生まれた時は殺してしまうよう決められているのです」
殺すのか。
皇は捨てるだったが、それはいずれ死ぬから捨てるというものだ。
四十八願の場合は、生きていたら困るから殺すという話。
「今から二十三年前、私が三十二歳の頃、私は双子の女の子を産んでしまいました。その二人の名前がみそぎとみことなんです」
予想通りだな。
ただ、殺す必要があったのに殺さなかった?
「私は我が子を殺したくありませんでした。三歳までは一緒にいましたが、これ以上は無理でした。もしも生かしておくなら、これ以上は記憶が残りそうだったからです」
やはり殺す気はなかったのか。
「私は予言の力を使いました。私たちの力は主に危機回避です。二人の危機を救う為にはどうしたらいいか。私は予言どおりに行動し、決められた時間に崖から二人を捨てたのです」
なるほどな。
それでその予言通り二人は生きていたのか。
どうやって助かったかは分からないが、おそらく助けた人がいて、東雲の孤児院に連れて行った。
助けた人は東雲に近い人物だったのだろう。
或いは友好国の西園寺か此花の人間か。
「その二人にみゆきさんがとてもよく似ていたんですよ。だからお話したくて今日は来ていただいたのです」
みゆきは何も言えずにいた。
何か、何も話さないでみゆきとこの人を救う方法はないのか。
「話はそれだけか?おばあちゃん」
俺がそう言うと、みゆきが俯いていた顔を上げた。
「おばあちゃん!またその二人に会えたらいいね!」
みゆきがそう言うと、宮陽女王はつかえていたものが取れたように表情を柔らかくした。
「そうだね。そうだね‥‥」
「じゃあ俺たちはソロソロ帰るよ」
「うん。またねおばあちゃん!」
俺たちは立ち上がった。
宮陽女王は目に涙を浮かべてはいたが笑顔だった。
「また遊びに来てくださいね。今度は王都の方にでも」
「うんわかったー!きっと行くよ!」
「そうだな。それとさっき聞いた話は誰にも話さないから。知られるとマズイ事もあるだろ?」
「ありがとうございます」
「今日はお招きありがとうございました。機会がありましたらエルフ王国スバルにも遊びにいらしてください」
「はい」
「ほいじゃあのぉ」
「失礼するアル」
俺たちは部屋から出た。
部屋の前には夏芽が立っていた。
「今日は急な招待にも関わらず来ていただけて助かった。感謝します」
「いや。あんたも女王様の事しっかり守ってやれよ」
「云われるまでもありませんよ」
夏芽は色々と知っていそうだな。
それでこの対応という事は、多分夏芽は女王の信頼できる部下か、或いは友人なのかもしれない。
「何か困った事が有れば、力になってやる。俺は此花策也だ」
「存じておりますよ。英雄此花麟堂姫の勇者パーティーは有名ですからね。力が必要になる時があれば頼らせていただきます」
「じゃあな」
四十八願宮陽はみゆきの婆ちゃんだ。
それは俺の婆ちゃんでもあるわけだからな。
ほんの一時間ほど一緒にいただけだが、良い人で良い王様だとも分かる。
また一つしがらみが増えちまったなぁ。
面倒くせぇ。
でも悪くない。
そんな気持ちだった。
2023年8月11日 誤字を修正
2024年10月3日 言葉を一部修正