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見た目は一寸《チート》!中身は神《チート》!  作者: 秋華(秋山華道)
魔王編
20/184

それぞれの必殺技

その昔、今が泉黄時代(みよじだい)と定められるよりも遥か昔、この世界には三種の人間が暮らしていた。

肌の白い白人、少し色づいた肌をしている黄色人、そして茶色から黒っぽい肌の色をしている黒人。


この三人種の間では絶えず争いが起こっていた。

ある時、白人と黄色人が手を組み、黒人を根絶やしにする協定が結ばれた。

黒人を悪魔の遣いとし、何年にもわたって黒人抹殺が行われ続けた。

とてもまともな神経で語る事のできない、悲惨な時代だった。

いつしか、完全に黒人はこの世界から姿を消していた。

しかし時々、突然変異なのか、或いは血が混じっているからなのか、黒人は産まれて来た。

それは悪魔の子として嫌われ、多くが生まれてすぐに殺された。


時は流れ、徐々にそんな歴史は忘れられていった。

黒人が生まれても、多少差別される事はあったが、殺されるという事は無くなって行った。


二千年近くが過ぎた頃、この世界に初めて魔王が現れた。

人類は対抗する術を持たず、徐々に世界は魔王によって支配されていった。

そんな時に立ち上がったのが、黒人として生まれてきた青年だった。

彼は魔物や悪魔との戦いの中で強くなり、最後には見事に魔王を打ち倒した。

すると人類は、黒人である彼の事を勇者として称えた。


その後魔王は四度復活したが、その度にその時代にいた黒人が魔王を倒した。

正確な記録が残っているのは魔王が三度目に復活した時からだが、この世界で黒人が生まれれば、それは勇者として育てられる事になったという。


四度目の復活をした魔王が討伐された時、人々は気が付いた。

今回の魔王討伐は、勇者が五人がかりで戦ってかろうじて討伐に至っており、この次に魔王が復活するような事になれば、人類は負けてしまうのではないだろうかと。

魔王は復活を繰り返すたびに強くなっているのではないかと。

そこで人間同士の争いに終止符を打つ時だと考えた人類は、世界ルールを儲けて今の泉黄時代をスタートさせた。

ただ、最初に理想としていたようなルールは作れなかった。

完全に戦争を失くす為、『戦争禁止』にしようと考えたが、それこそ戦いを忘れる可能性もあり、徹底的に反対する国や貴族があった。

その中心は早乙女王国と九頭竜王国だった。

早乙女は世界征服の野望を持ち、九頭竜は皇の神器を欲していた。

両国はその思いを捨てきれなかった。

そこで決まったのが、その時あった皇族、王族、貴族の維持だ。

この数は絶対で、これを変化させてはならないという取り決めだった。

力によってこれを変える者たちが現れれば、全ての国が一致団結しこれを打倒する。

しかしこの取り決めには抜け道が多かった。

相手を全滅させない限りは侵略戦争も可能で、平和への取り決めが成功したとは言い難かった。

それでもある程度の秩序が生まれ、住民カードによって統治され、人材と情報を統制する者、経済を動かす者、ネットワークを支配する者、軍事力を持つ者などが牽制し合い、大国が無暗に戦争できない世界へと収まってきた。

結果的にはそんなに悪くない時代になったと誰もが評価した。


そんな中、もうすぐ魔王が復活しようとしている。

なのに今、勇者はこの世界には存在しない。

魔王の復活を予見する者たちは、大きな不安を抱かずにはいられなかった。

本当に人類の歩んできた道は正しかったのだろうかと。



今日はいよいよ西の大陸に渡る日だ。

草子の誕生日が今日だという話を朝リンに聞かされたが、流石に昨日の今日で本格的な祝いをする気にはなれなかった。

だからとりあえず『おめでとう』を言って朝食にケーキを食うだけだった。

ちなみにこの世界、割と美味しいものはある。

ケーキだって転生前の世界のと比べれば若干味は落ちるものの、そういうモノは存在していた。

「よし、いよいよ西の大陸だな」

俺たちは朝食後直ぐに、ムガサリの町の外、南西方面を望める砂浜にきていた。

西の大陸に渡るには、この海を南西方向に飛んでいく事になる。

正面に大陸は見えない。

水平線が広がっているだけだ。

とはいえ飛んでいけば、地図通りなら二十分ほどで西の大陸に渡れるだろう。

「いよいよじゃのぉ」

「わたしは楽しみだよー!」

「僕は魔獣が増えている話を聞いて気が重いですよ」

そういう草子だったが、表情はわりと明るかった。

恐さや面倒くささもあるけれど、冒険の旅にドキドキワクワクするのは、やはり男の子だからだろうか。

みゆきは女の子だけれど楽しみにしているのは、子供だからかもしれない。

「正直私は気が重いわぁ‥‥策也もいるし大丈夫だとは思うけど‥‥。全く魔王にあったら文句を言ってやりたいわ」

リンは何よりも面倒なのかもしれない。

既に総司は見つかっているわけで、とりあえず旅の目的は達成しているわけだからな。

それでもこの旅が嫌というほどでもなさそうだ。

結構楽しんでいるようには見えた。

「俺は早く戦いてぇよ!外の世界にどんな強いヤツがいるのか。里に籠って生きて来たけど、本当にそれで良かったのか。自分の目と体で確認したい!」

「私は邪鬼くんと一緒なら‥‥楽しいアル」

「今日も暑いわぁ」

オーガ二人のラブラブぶりを見て、陽菜が羽を片方バタバタと振っていた。

こいつ本当にちょっと前まで魔獣だったのかね。

魂だけになったら人間への敵意も消えたし、魔獣って誰かに負の感情を植え付けられた存在なのかもしれないな。

「では出発だ!」

俺がそう言うと、まずは最初に霧島が飛びあがった。

霧島は今日から、ダイヤモンドミスリル製のサイボーグ形態にしている。

見た目は人間と変わらないが、体に触れると人形(ゴーレム)だと分かる。

セバスチャンや資幣と同じで、一応左手だけは人間に限りなく近い素材で作られ、住民カードが収納できるようにはしてあった。

ちなみに資幣の店だが、今日から開店予定。

仙人で集めたお宝や素材をドンドン売りさばいて行くぞ。

霧島の後には皆が次々に飛びあがった。

俺はみゆきが飛びあがるのを確認してから後に続いた。

一番後ろは脱落者がいないかどうか確認する為、陽菜に任せておいた。

リンも既に飛ぶだけなら問題はなさそうだ。

戦闘で使うにはまだまだだし、そもそも吽龍の翼は戦闘向きの飛行用ではなさそうに見える。

青龍がそもそもそんな飛び方をしないからね。

海の上の飛行は順調だった。

空から見れば、既に西の大陸も確認できた。

「西の大陸じゃぞぃ!」

「えー?まだ見えないわよ?」

「俺は見えるぜ!オーガは人間よりも優れているからなー!」

オーガは確かに身体能力も魔力も人間より優れている。

ただ、視力に関してはそんな話は聞いた事がなかった。

「そうなのか?風里?」

俺は少し後方を飛んでいた風里に近づき聞いてみた。

「私にはまだ見えないから‥‥私はオーガじゃないのかもしれないアル‥‥」

少しショックをアピールする顔をしていた。

察するに、悟空は強がりを言っているか、あくまで固有の特徴なのだと理解した。

それでも間もなく、裸眼でも確認できるところまで近づいてきた。

向かっているのは西の大陸の東の端で半島になっている所だから、特に大陸が見えてきたという感覚はない。

まだまだ島に見える。

でも徐々に陸地は右手に広がってゆき、大陸であると感じられるようになった。

「来たわねー!」

「そうじゃのぉー!」

「この海を見た時も驚いたが、別の大陸を見るのもなんか感動するなー!」

悟空は最初に海を見た時『でっかい池だな』とか言ってたんだよな。

隠れ里とその周辺でだけ生きて来たオーガにとっては、何もかも新鮮で感動するのだろう。

それを考えると、オーガは人間によって閉じ込められた中で暮らしているわけで、『人間にそんな権利があるのか』とか思わされてしまう。

エルフやドワーフとはそれなりに共生しているわけだし、オーガや獣人とも一緒に暮らせる日が来ればいいのになと思った。

「策也さん!どの辺りに降りますか?」

「そうだなぁー?!あの崖になっている辺りの上に降りられそうだ!そこにしよう!」

「了解しました!」

「分かったアル」

「私が一番よー!」

ようやく無理なく飛べるようになって、リンははしゃいでいるように見えた。

それにしても、近づいてきて何かがおかしいと感じる。

俺は千里眼で先を見た。

そこには信じられない光景が広がっていた。

「ねぇねぇ策也ー!なんか何かがいっぱい動いているよぉー!」

気づいたのはみゆきだった。

「もう少し黙ってた方が面白かったんじゃがのぅ」

環奈は更に先に気が付いていたようだ。

「何々?どうしたのー?ん?アレは‥‥なんで崖の上に魔物がいんのよ!それも一体や二体じゃないわよこれ?」

西の大陸で魔獣が増えているという話は聞いていた。

しかしその数は、おそらく俺たちが想像していたよりも遥かに多そうだった。

「どうすんだ?って倒しゃいいだけだな」

「そういう事だな。とりあえずあの崖の上のだけサクッと片付けようぜ」

「了解じゃ」

俺たちは魔獣がいてもお構いなしに崖の上に降り立つべく飛んで行った。

先に降りたのは環奈と悟空だった。

戦いたいと言っていた二人がスピードを上げ、真っ先に大陸へと到着していた。

そして二人は崖の上に降り立つと同時に、そこにいた魔獣を倒していった。

「凄まじいな。こりゃ俺たちの出る幕はなさそうだ」

二人は『ここは俺たちの場所』と云わんばかりで、他が入る余地は無かった。

ほぼ俺たちが崖の上に到着すると同時に、崖の上の戦いは決着していた。

「わしの方が多かったぞぃ」

「くっそ環奈マジつえぇ。かなり本気でやったのによ」

魔獣を倒した数は、七対三くらいで環奈の方が多かった。

それでも俺はこの悟空の強さを見誤っていたと感じた。

ドサの騎士隊長と割と五分の戦いをしていたので、実戦はまだまだだと考えていたが、これはかなり信頼して楽をしても良さそうだ。

「みんな問題ないな?」

俺は全員が西の大陸に降り立った事を確認しながら、倒した魔獣を回収していった。

「なんだかあまり見た事のない魔獣が多いですね」

草子の言う通り、知らない魔獣が多かった。

中央大陸しか知らないわけで、当然と言えば当然にも感じる。

それでもかなりの本を読んでいる俺なら知識くらいはあっても良いはずなのだが、魔法記憶を掘り起こしても知ってる魔獣は少なかった。

とはいえ特にそれが問題かというとそんな事はない。

この程度の強さの魔獣なら、何かしら知らない攻撃をしてきたとしても十分対応できるだろう。

「そうだな。ただ知らないからと言って問題はなさそうだけどな」

「この程度なら力の差でどうとでもなりますね」

草子は少し慎重な物言いだった。

何かしらの嫌な予言でも聞いているのだろうか。

だとしても本当にヤバい予言なら話しているはずだろうし、俺はそれなりに注意していくという事でこの話を終えた。

「ねぇねぇ策也。なんか下は凄いね」

みゆきの言葉に皆が崖の上から西の大陸の広大な草原を見ると、魔獣が信じられないくらいに湧いているのが見えた。

「魔獣湧きすぎだろ?」

俺は少し苦笑い気味に言った。

「こりゃやはり魔界の扉が開いておるのじゃろうのぅ」

「こんな中を私たち突っ切っていくの?大丈夫なのかしら」

「この魔獣の数がどの程度のものなのかは俺には分からんが、こりゃ里に籠っておいた方が安全だってのは分かるわ」

「これじゃ‥‥新たな里も作れないアル‥‥」

皆不安を口にしたが、その表情と声は真逆に感じた。

そこで俺は一つ提案する事にした。

「これだけ魔獣がいるんだ。倒すのもちょっとゲームにしようぜ。一撃でどれだけの魔物が倒せるか勝負だ」

すると案の定みんなが乗って来た。

「ふぉっふぉっ!策也殿には負けるじゃろうが、他には負ける要素がないのぉ」

「さっきは負けたが、一撃ってんなら勝てるぜ」

「僕はこの中じゃ一番弱いのでしょうが、これなら勝機はありますよ」

「そうなの?私だってまだ本気は見せた事ないのよ。策也、魔法もオッケーなんでしょ?」

「ああ。一つの魔法、一つのスキル、一つの攻撃、何でもいいぞ」

「なら阿吽の腕輪の威力を見せてあげるわ」

「私も‥‥割と自信ある‥‥アル?この場合どう喋ればいいアルか?」

「それで良いぞ」

「そうアルか。自信あるアル」

「わたしは自信ないなぁ。でもなんとか一匹は倒せるように頑張るよ」

「おう頑張れみゆき!」

「うちは空から見てますわぁ」

「陽菜も参加してみろよ。あそこにいる魔物程度なら結構倒せると思うぞ?」

「そうどすかぁ。じゃあ一応やってみますわぁ」

自信の無い者もいたけど、とりあえず全員参加の『一撃でどれだけの魔物が倒せるか大会』が始まった。

「まずは私から行くわよ。阿吽の腕輪を貰ってからずっと魔法は封印してきたけど、私は本来魔法使いなんだから!」

リンはそう言うと、吽龍の羽で魔物たちのいる方向へ空を移動した。

どうやら空から魔法で攻撃するようだ。

「じゃあ行くわよ。久しぶりに本気の魔法よ!」

「おっ!?リンの基礎能力から考えると、この魔力はやけにでかいな」

「あの腕輪がかなり力を貸しておるようじゃのぅ」

環奈の言う通り、阿吽の腕輪がリンの魔力を押し上げている。

ずっと共にあった中で、リンがようやく腕輪の使い手として認められたのかもしれない。

「いっけぇー!」

リンの放った魔法は、一見トルネードの魔法に見えた。

竜巻が上下逆となり、上空から地面へと猛烈な風を運ぶ。

これだけなら普通のトルネード魔法なのだが、猛烈な風の中に雷が荒れ狂う。

地面へ到達したそれは土を巻き上げ、魔物たちの動きも封じていった。

「風と雷と土の魔法の合わせ技じゃのぅ」

「すげぇ威力だな」

環奈や悟空も認める破壊力抜群の魔法だった。

しかし、これは一度にどれだけの魔物を狩るかの勝負だ。

「威力は凄まじいが、倒せた魔獣は六体といった所か。完全にオーバーキルだな」

「それでも使い方によってはもっと倒せても良かった魔法じゃのぅ」

確かに上から下に打ちおろすだけじゃなく、横に向けて放って自在にコントロールできれば、近くにいる魔物を一掃する事だって可能に感じた。

リンが戻ってきた。

「おっかしいなぁ。もっと倒せる予定だったんだけど」

どうもしっくりこない所があったようだが、今までずっと魔法を使ってこなかったのだ。

「いきなり思い通りとはいかないだろ。でも思った以上に良い魔法だったぞ。伊達に王家の人間じゃないといった所か」

どこの世界でも、能力の高い人間が人の上に立つわけで、この世界でもそれは変わらない気がする。

みゆきは皇の血、乱馬は早乙女の血を受け継いでいるわけで、相応の力を持っているのだ。

此花の第八位は高すぎるような気もするが、それでも王族なわけで、やはりその辺の一般人とは違うと感じた。

「じゃあ次はわしの番じゃのぅ」

環奈が前へと歩み出ていく。

「ちょっとまったー!」

俺はすぐにそれを止めた。

流石に環奈が本気でやったら、結構な数の魔物が倒されてしまうだろう。

そうするとそこで決着がついてしまうというか、魔物が大きく減って後からやる者が不利になってしまう。

「なんじゃ?」

「ここはあまり倒せそうにない者から順番にやるべきだろう。環奈は最後にしてくれ」

「‥‥ふむ。仕方ないのぉ。それじゃわしはしばらく見ているとしようかのぅ」

「そんなわけで次はみゆきだ!」

みゆきは魔力は俺以上な所もあるが、戦闘向きの性格じゃないし、何より経験値が少ない。

コールドの魔法で数体魔物を倒した事はあるけれど、せいぜい今回もその辺りが限界のはずだ。

「わたし頑張るよ!多分普通に倒せると思う!」

みゆきは何やら自信がありそうだ。

風里と一緒にイメージトレーニングしていたし、魔物を倒せるようにはなっているかもしれない。

「よし!じゃあみゆきやってみな」

「じゃあ行くよー!」

みゆきは崖の上から攻撃をするようだった。

右手(コブシ)を腰に構え姿勢を少し低くした。

武道家が力をためているようなポーズだ。

「かー‥‥めー‥‥はー‥‥」

「ちょっと待て!」

俺は嫌な予感がしてみゆきの攻撃を止めた。

つか流石にその技は鳥の人が怒ってきそうだ。

いくらみゆきが可愛くて許される子だとしても、これはマズい。

「どうしたの?」

「いや、その技の名前はちょっと駄目な気がする。別のにしてくれないか?」

「そうなんだぁ‥‥これなら正義って感じでなんか魔物も攻撃できるような気がしたんだけど」

確かにそれは行けそうな気もするが、此処でその技を使わせるわけにはいかない。

「とにかくそれはあまり良くない。別のにしてくれ」

「分かったよ‥‥」

少しションボリとするみゆきが可哀想ではあったが、残念ながらそれは駄目なんだよ。

みゆきは改めて構え直した。

「じゃーんけーん‥‥」

「ちょっと待ったー!」

俺は再びみゆきを止めた。

これもマズい。

ハンターな子供が文句を言ってきそうだ。

「どうしたの?」

「それも駄目だ」

何故みゆきがそんな技名を思いつくのだろうか。

最後まで聞いてみれば違うかもしれないし、おそらく違うのだろうけど、俺の嫌な予感はガンガンと警笛を鳴らしている。

「じゃあ何かいいのかなぁ?策也いいの考えてよ」

「よ、よし。じゃあ‥‥アンパン‥‥は駄目だから、ジャムパンチってのはどうだ?」

「んー‥‥結構いけそうな気がするけど、ちょっとだけしっくりこない所があるみたい」

そこまで分かってしまうのか?

益々俺の嫌な予感は当たってそうな気がする。

「少しくらいしっくりこないくらいでいいんだよ。色々と大人の事情があるからな」

「そうなんだ。じゃあとりあえずそれでいってみるよ」

ふー‥‥。

なんとか世界の平和は守られそうだ。

さて、今度こそみゆきの番だ。

改めて拳を腰に構える。

そして一気に拳を前へと突き出した。

「ジャムパーンチ!」

するとみゆきの拳の先から、牡丹の花が飛び出して、それが徐々に大きくなりながら魔物へ向かって飛んで行った。

そしてそれが魔物に命中すると、魔物はフッ飛ばされ、ボタンの花は散って花びらが辺りを覆い尽くすように舞った。

「綺麗にできたよ!」

無駄に花を具現化しているようにも見えるが、これはみゆきが攻撃する為に必要な事なのだろう。

それにこれなら戦場も華やかになる。

これでいいんだ。

「綺麗だな。ボタンの花が飛んで行くから、名付けてボタンパン‥‥」

ヤバいヤバい。

これもよく考えたらジムさんが怒ってくる案件じゃないか。

「策也、どうしたの?」

「いや、この飛び出す花は別のに変える事はできないのか?」

「ん~‥‥多分できると思うけど、大きくて花びらがいっぱいの花だと牡丹かなって」

「大きいのだったら、ダリアとかどうだ?」

ダリアならキク科だし皇家にあっている気がする。

「牡丹よりも大きな花なの?」

「ああ。大きいのは三十センチにもなる。花びらも多いしダリアにしな。そして技の名前は『ダリアパンチ』だ!」

「そうなんだ!じゃあわたしそうするよ!」

「うんうん」

良かった。

本当に良かった。

これで世界の平和は完全に守られただろう。

それにしてもみゆきの苗字、鹿島とか若松じゃなくて本当に良かったよ。

此花に感謝だな。

「とりあえずみゆちゃんの結果は魔物一体ね。次は誰かやるの?」

「次は陽菜だな」

「うちどすかぁ。こんな小さい体で戦えるとは思われへんねんけど」

陽菜は不安なようだが、ちゃっと戦えるように作ってあるのだ。

全く問題はない。

後は自信を持ってもらえれば大丈夫なんだが‥‥。

「よし。じゃあ俺が少し手を貸してやる。そして俺の言う通りにしな。リンの記録は抜けるぞ?」

「うちがそんなに?」

「とにかく、陽菜は羽を広げて魔力で体を固定しておけばいい。後は俺が投げて魔物を倒すから」

「うちを武器にするんどすか?」

「そのように作ってあるから安心しろ。それに陽菜の魔力ならドラゴンクラスが相手でも体が壊される事はない」

「不安どす」

これだけ言っても陽菜は不安そうだった。

でも多分すぐにその不安は吹き飛ぶだろう。

「じゃあ羽を広げて」

陽菜は俺の左掌の上で羽を広げた。

その形を右手で調整してやる。

「この状態をキープだ。魔力で完全固定しろ」

「分かったどす」

陽菜は素直に言う通りにした。

俺は陽菜を持ったまま、崖の下へと降りて行った。

下まで降りると、魔物が気が付いてこちらへ向かってくる。

さて、近づいてきた所に陽菜をぶちかましてやるぜ。

俺は魔物がなるべく近くにくるまで引き付け、そして陽菜を投げつけた。

「いけぇ!ウイングラン!」

本当はバードなんちゃらっていう技の名前にしたかったが、これも世界平和の為にやめておいた。

「ひぇー!」

陽菜はものすごいスビードで俺の手から放たれ、次々と魔物を貫いていった。

「落ちそうになったら自分で飛べよ!」

「先にいっておいておくれやす」

魔物を八体貫いた所で、陽菜は自らの力で飛び上がった。

「どうだ?問題無かっただろ?」

「ほんまやなぁ。傷一つおまへんわぁ」

これで陽菜も自分の体に自信が持てるだろう。

これからは戦闘力としても期待できそうだ。

尤も俺に誰かの助けが必要な事なんてそう滅多にはないだろうけどね。

「次は草子だな」

「僕の番ですね。学園では主席だったんですから、その力をお見せしますよ」

草子は決して弱くはない。

普通のパーティーに入って冒険者をすれば、普通にプラチナレベルまで行ける能力者だ。

精霊魔術ではなく妖精魔術を使う辺りも、普通のマスタークラスを超えている。

そもそもマスタークラスというのは、そこまで行くと力に差はなく、戦闘の展開次第で勝敗が別れるレベルって事だ。

決して望みが全くないわけでもない。

ただ環奈や俺がいる時点で、その望みはほぼゼロなんだけどね。

「じゃあ行きますよ!」

草子はそういうと、空の上を駆けて魔獣が多そうなエリアの上空へと移動した。

リン同様、真下に向かって攻撃するようだ。

草子は何処からともなく巨大な打ち出の小づちのようなものを取りだした。

どうやらこれだけを入れておける収納用アイテムから取り出したみたいだ。

それは武器と言うよりも縁起物のようなアイテムだが、とにかく大きい。

打ち付ける部分の直径は一メートル以上ある。

重量もありそうでハンマー武器としても使えそうだ。

「これは重さ六トンにもなる大槌なんですが、まさか武器として使える日が来るとは思ってもみませんでしたよ。スーナシリングのおかげですね」

草子は大槌を手に持って、そこから地面へと向かって落ちていった。

そして大きく振りかぶり大槌を振り下ろす。

「打ち出の大槌!」

その攻撃は魔物一体を完全に捕らえた。

そしてその直後、大槌が地面を打ち付けた途端、大きな爆発が起こった。

地属性の妖精魔術による爆裂だ。

大槌の勢いに乗せた爆裂魔法は、半径百メートルくらいのクレーターを作る大きな爆発を起こした。

「これ、本人も爆発に巻き込まれるんじゃ?」

「いや、大槌の影に隠れて上手く自分の身だけは隠している」

次の瞬間には、そのエリアにいた魔物の多くが動きを止めていた。

「ん~‥‥もう少し倒せると思ったんですけどね。魔物も案外しぶといです」

クレーター内には百体くらいの魔物がいたが、完全に倒せたのは中心部に近い二十一体だけだった。

それでも倒した魔獣の数は、此処まででダントツのトップだった。

「妖精魔術の爆裂は凄いわね」

「ただ惜しいのぉ。どうしても地属性魔法だけとなると、殺傷能力には乏しいのじゃ」

殺傷能力を高める為に、本来は火属性魔法もプラスする事が多いのだが、草子はそこは苦手のようだった。

そもそも地属性の妖精しか使役していないからな。

その分大槌のパワーを上乗せして補っていたわけだが、本来なら魔法だけで同じくらいの威力が出せたりするんだよね。

「よし、次は‥‥」

強さの順番で行けば、次は悟空と言いたい所だ。

しかし本人は自信を持っているし、戦闘経験と言えば風里よりも上だろう。

「風里。行ってみようか」

「分かったアル‥‥」

さて一体どんな技を、或いは魔法を繰り出すのだろうか。

能力の高さは分かっている。

風系の魔法を使いこなすのは、飛行能力だけとって見てもマスタークラスどころではない。

おそらくドラゴンですら簡単に倒せるレベルだ。

あのオーガの里で一番強いと判断できるくらいの能力。

きっと草子の記録は抜くだろう。

風里はトルネードの魔法を二つ同時に発動し、スォードトンファ―をその中で高速に回転させた。

左手のは右回り、右手のは左回りに回転している。

そしてトルネードの頭の部分が魔物の方へと垂れていった。

次の瞬間、風里の体はトルネードの勢いに乗るように、一気に魔物の方へと跳んで行った。

その光景は、巨大な龍が魔物たちを吸い込み食らうようだった。

「電撃爆龍斬!アル!」

トルネードと電撃を使った魔法という事では、リンの魔法とソックリだった。

ただ風里のはトルネードが二つあり、魔物たちを引き寄せる辺りが違っていた。

そして風里自体がトルネードの先で龍の頭となり、魔物を斬り刻み確実にとどめをさしていた。

魔法としても必殺技としても、リンのを凌駕するものだった。

「リン。参考になるんじゃないか?」

「悔しいけど、私とは全然レベルが違うって感じ」

倒した魔物の数は三十三体だった。

おそらく数を倒そうと思えば、もっと倒せただろう。

最初からもっと近くに行って技を繰り出していたら、倒した魔物の数も後十体は上乗せできていたに違いなかった。

「もっと倒せると思った‥‥アル‥‥」

風里が戻ってきた。

「そうだな。破壊力もあるし、相手を吸い寄せて倒すから範囲攻撃的な要素もあるしな。優秀な技だと思うよ」

「なかなかやるな羅夢。だけどその記録は俺が抜いてやるぜ!次は俺なんだろ?」

悟空は風里の技を見ても動じる所がなかった。

これはよっぽど自信があるのだろう。

期待できそうだ。

「ああ。軽くみんなの記録を抜いてきてくれ」

「任せておけ!」

悟空はそういうと崖の下へと降りて行った。

さてどんな技を繰り出すのか楽しみだ。

とはいえ槍を使うとなると、大量に魔物を倒すのは難しいだろう。

最も多く倒せそうなのは回転させる事だが、それだと風里の記録は抜けそうにない。

一枚歯のカミソリよりも二枚歯の方が綺麗に剃れるのだ。

しかも風里のは吸引効果付きだしな。

となると他は、突きを沢山くりだしたり、如意槍を伸ばしたりを考えるが、いずれも数を倒すには向かない。

一体どうするのか。

悟空は槍を構えた。

やはり槍を使うようだが、果たして何をする。

俺はワクワクしていた。

しかし次の瞬間俺は目を疑った。

「伸びろ如意槍!」

まずは近くの魔物を貫くと、更に別の魔物へ向かって槍が伸びる。

それを貫くと更に槍は伸びるが‥‥。

既に悟空の顔に余裕はなかった。

最初に貫いた魔物が死んで、その場に倒れようとしたわけだが、攻撃を続けようと思うならそれを支えなければならない。

更に次に貫いた魔物も同じで、遠くなればなるほどその重みは増してくる。

三体目の魔物を貫いた所で悟空は力尽き、槍の攻撃は終了した。

「三体だな」

「三体じゃのぅ」

「わたしよりも多いよ!」

「みゆきちゃん‥‥何も言わないであげた方がいいよ‥‥」

「邪鬼くん、その技で三体も倒せるなんて‥‥凄いアル‥‥」

「そ、そうね。流石パワーあるわよね」

「あれだけ言ってうちよりも少ないとか、恥ずかしいどすなぁ」

陽菜、素直すぎるぞ‥‥。

悟空は槍を元に戻すと、集まって来た魔物をただひたすら倒していた。

まあ、悟空は強いんだけどね。

しばらくして悟空が戻って来た。

「百体ほど倒してきたぜ」

誰も何も言えなかった。

「誰か何か言ってくれよ!」

「たった三体しか倒せませんでしたなぁ」

「やっぱり何も言わないでくれ‥‥」

悟空はガックリ肩を落とした。

「さていよいよわしの出番じゃのぅ」

「そうだな。環奈の本気を見せてもらうぜ」

「そうね。一度黒死鳥の本気の強さを見てみたかったのよね」

「そうですね。何といってもドラゴンと並ぶ魔獣ですからね」

みんな話をそっちに持って行こうと必死さがうかがえた。

「そうかの。本気はどうかと思っておったが、みんなが期待するなら本気でやってみるかのぅ」

その話を真に受けて、環奈の闘志には火が付いたようだった。

ちょっとヤバい事になるかもな。

環奈は黒死鳥の姿へと戻った。

通常の黒死鳥よりも圧倒的にでかいその姿は、流石に百年王をやっていた貫禄があった。

この中で歳も圧倒的に上だ。

強者の風格が漂っていた。

一体どんな攻撃を見せてくれるのか。

悟空が無暗に魔物を狩ったおかげで、もう近くに魔物の姿は無い。

遠くにはまだまだいるが、一体何処からどんな攻撃をするのか。

「それじゃいくぞぃ?」

環奈はそういうと、口の辺りに魔力をため始めた。

もしかするとドラゴンブレスのような攻撃かもしれない。

ドラゴンブレスは、例えばフレイムドラゴンなら一キロ先まで焼き尽くす事もあると言われている。

それと同じような攻撃ができれば、風里の記録を抜く事もできるだろう。

でも環奈がその程度で終わるとは思えなかった。

一見巨大カラスのような見た目だが、顔は凛々しい鷲のようでもある。

大きく開けた口に光が集まっていた。

「これは‥‥もしかしてアレか?」

巨大な神の兵か?

腐ってやがるのか?

そんな事を思った次の瞬間、環奈の口から発せられたビームのようなものは、左から右へと扇状に放たれた。

正にアレが蟲を薙ぎ払うかの如く、魔物たちを一瞬にして倒していった。

皆少し唖然としていた。

「わしの攻撃はこんなもんじゃ」

攻撃を終えた環奈は、何事もなかったかのように黒死鳥の姿のまま俺たちを振り返った。

腐ってはいない。

パーフェクトなアレだった。

「流石だな」

「黒死鳥凄すぎよね」

「これが魔獣最高峰の攻撃ですか」

「ビームがビーって!凄いよね!」

「感動ですアル」

「僅かの差だが負けを認めるしかないぜ」

「倒した数は百二十一体どすね。他にも三百体以上は倒れております」

これはダントツで環奈の優勝だった。

「じゃあ最後は策也ね!」

「えっ?俺もやるの?」

みんなの強さが見たいと思っただけだから、別に俺がやる必要はない。

だけどやるなら、環奈のこの記録は最低超えないと駄目だろう。

この辺りに見える魔物、残り全部倒す必要あるんじゃね?

「策也の本気も見てみたいのぉ」

「わたしも見たーい!」

くっ!

みゆきに言われたらやるしかないだろう。

「でも本気を出すと流石にマズいから、環奈の記録だけは超える事にするよ」

「となると今のよりも凄いのが出てくるのか?やべぇぜ?」

「いや、最低限でキッチリ百二十二体倒してやるよ」

俺は崖の上から草原へ向けて手をかざした。

既に千里眼は百二十二体の魔物を捕らえている。

俺はそれらすべてに、金魚鉢を逆さにしたような透明な魔力をかぶせて動きを封じていった。

そしてその中で極微量だが濃密な魔力をはじけさせた。

「オメガエンド!」

逆さの金魚鉢が全て一瞬光った。

次の瞬間、百二十二体全ての魔物がそこに倒れた。

「はい。俺の優勝ね!」

「なんじゃ今のは?」

「何が起こった?」

「全部一瞬光ったわよね」

「結界内で小さいけど威力のある爆発が起こったように感じました」

「草子のが割と正解かな。爆発によって小さな粒となった魔力が結界内を超高速で動き回る中、魔物の魔石を砕いたんだ。体も貫いているが、魔力の粒は小さすぎてそれだけじゃ致命傷にはならないけど、それでも致命傷になるのが鉱物の類だ。簡単に言うと柔らかいモノは素通りして終わりだけど硬いモノは砕くんだな」

皆言っている意味が分からないようだ。

「分かりやすく言うと、超小さなマジックミサイルを魔物の魔石めがけて何億何兆とぶつけて砕いたわけ。魔石が弱点の魔物にしか使えない魔法だけど、並みの魔物ならこれでイチコロなのよね」

魔石を破壊できるのには魔力を連続してぶつけた時に起こる振動なんかも関係しているが、説明した所で分からないだろうからそうする必要はないだろう。

「策也がすごーいって事は分かったよ!」

「本当、環奈とは別の恐ろしさを感じたわ」

「こんな事ができるのは、この世界でおそらく策也さんだけでしょうね」

「うむ。ただ魔法を使う事自体は不可能事ではなさそうじゃから、わしも似たような魔法を考えてみるぞい」

「私も色々と試したくなったアル‥‥よ」

「全くよく分かんねぇよ!俺は普通に体と魔力と技を鍛える事にするぜ」

「うちは理解したどす。何処までも策也さんについていきますわ」

そんなわけで、この魔物を一撃でどれだけ倒せるか大会は、俺の優勝で終わった。

2023年8月31日 誤字訂正

2024年10月1日 言葉を一部修正

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